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*** 298 料理教室 ***

 


 タマちゃんや分位体たちが地球から帰って来た。

 みんなまたふっくらと太っている。

 あのスリムなタマちゃんですら、普通の子猫並みに丸くなっていた。


(タマちゃんや神界が創った生命体すらここまで太らせるとは……

 いったいどんだけのご馳走を喰わせたんだ……)



 イタイ子が突然服をはだけて大地に胸を見せた。

 スカートからハミ出たかぼちゃパンツのゴムの上には、完全無欠のイカっ腹が鎮座している。


「マスターダイチ!

 見てくれ見てくれ!

 妾の胸も少し膨らんで来たのじゃ!

 これでもうすぐシェフィーのような胸になれるかもしらんの♪」


「そ、そうか…… よかったな」


(イタイ子……

 それって単に太ったんで胸が膨らんでるように見えてるだけだと思うぞ……

 まあ可哀そうだから指摘はしないでやるが……)




「なあシェフィー、俺は今高原の民たちのところで働いているんだ」


「はい、地球での休暇旅行中も、シスさんが毎日ダイチさまが何をなさっているか教えてくれていましたので」


「はは、それなら話が早くていいな。

 それで、これからは羊の肉が大量に手に入りそうなんだけどさ。

 まず手始めに、高原の王が養ってる寡婦さんたちと子供たちに羊料理を教えてやって欲しいんだ。

 越冬場のレストランで料理を売り出そうと思ってるんでな。

 その次はダンジョン国、ワイズ王国、ゲゼルシャフト王国やゲマインシャフト王国の料理人たちになると思うが」


「畏まりました。

 それでは少々お願いがあるんですが」


「どんなお願いだ?」


「あの、越冬場の中央本部にある大きな厨房以外にも、東側と西側に5キロほど離れた場所に、厨房分室を作って頂けませんでしょうか。

 中央厨房とは転移の輪で繋いで。

 中央厨房は最後の仕上げだけを行う場所にして、モツを煮たりタマネギを切ったり燻製を作る匂いのきつい作業は分室で行いたいと思いまして」


「2つ作っておいて、風向きによって使い分けるのか」


「はい」


「さすがだな。シス」


「はい」


「シェフィーの注文通りの厨房分室を2つ作ってやってくれ」


「畏まりました」


「あとすいません、ストレーさんに3℃から6℃で2週間肉の熟成を行える熟成庫も作って頂けないかと。

 2週間の熟成が終わったら時間停止倉庫に移しますので」


「なるほどな、そうやって肉を最適な状態にして食べるわけだ」


「はい、せっかくの命を頂くわけですから」


「ストレー、全てシェフィーの注文通りに頼む」


「畏まりました。

 熟成庫には雑菌繁殖防止のためにクリーンの魔道具もつけておきますね。

 ああ、湿度も一定に保ちましょうか。

 熟成が終わったら自動的に時間停止倉庫に移しておきます」


「ありがとうございます。

 それから、シスさんに魔改造して頂きたい調理道具があるんですが……」


「はい♪」


(なぜだ…… なぜ『魔改造』と聞いてシスは嬉しそうなんだ……)





 高原商会のレストランの厨房分室ではシェフィーちゃんの料理教室が始まった。

 その日は西からの風が吹いていたために、東側の分室が使われている。


 集められているのは、寡婦たち50名と、12歳以上の子供たちの内50名だった。

 子供たちの男女比は半々である。


 この料理教室では、交代で全員に料理の仕方が伝授される予定だった。

 皆は厨房にある見慣れぬ料理道具を見て目を丸くしている。

 すべてシェフィーちゃんが地球で買って来たものであり、どんなに大量の買い物をしても、配達後にはストレーくんが収納して運んでくれるので便利だった。


 テーブルの上には大きな羊肉の塊も10個ほど置いてある。



「みなさん、わたしはシェフィーと申します。

 このたび高原の民のみなさんと『不戦の約定』を結ばさせて頂いたダンジョン国代表のダイチさまの部下になります。

 これから皆様に料理お料理を教えるように命じられておりますので、よろしくお願い致します」


(なあ、ダイチさまっていうと、あの総攬把さまのご友人なんだろ)

(うん、総攬把さまがすごい人物だって褒めていらっしゃったわ)

 などという小声も聞こえて来た。



「それではお料理教室を始めましょう。

 まず自己紹介をお願いします。

 お名前を教えていただけますか」


 その場の全員が次々に名乗っていった。

 まあ、実際にはシェフィーちゃんの目には、『鑑定』によって皆の上に年齢と名前のポップアップが出ているのが見えているのだが。



「ありがとうございます。

 今日はまず羊肉の料理からですね。

 ですがその前に、みなさんまずはお手洗いに行って来てください」


 皆がぞろぞろと歩いてトイレに行った。


「それでは次に、全員交代で隣の部屋にある治療室に入って治癒の光を浴びて来ていただけますか」


「あの……

 わたしたち誰も怪我はしていませんけど……」


「目につく怪我は無いかもしれません。

 ですが、ほんの少しのかすり傷や手荒れでも、そこには黄色ブドウ球菌という菌が付着して増えているかもしれないんです。


 この菌は、そのままではほとんど害はありませんが、料理などを通じて体の中に入るとお腹を壊します。

 家族全員が一斉にお腹を壊したときは、たいていこれが原因になっていますね。

 お年寄りや幼児だと死んでしまうこともあります」


「「「 えっ! 」」」


「ですからまず治療室で小さな怪我も治しましょう。

 その次はクリーンの魔道具の部屋で体も服も綺麗にします。

 その上で、肉や野菜などの食材に触れるときには、必ずこのビニール手袋をつけて下さい。

 それから、厨房に入るときには、常にこのエプロンとコック帽を被ります」


「そ、そこまで気をつけるんですね……」


「はい、食事をしなければ死んでしまいますけど、その食事で病気になっては困りますから。

 それに、この厨房ではお客さまに出すお料理を作ります。

 そしてお客さまはそのお料理におカネを払って下さるんです。

 そのおカネがみなさんのお給料の元になるわけですからね。

 細心の注意を払って、安全で最高のお料理をお出ししなければなりません」


((( ………… )))



「ところでみなさんは羊の肉はいつもどのようにして食べているんですか?」


 ポップアップに『班長』と出ている女性が声を出した。


「ほとんど焼くか煮て食べています。

 干し肉にすることもありますけど」


「焼くときはどうやって焼くんですか」


「あの、焚火で石を焼いてから、その上で肉を焼きます」


「煮るときは?」


「石鍋に入れて煮ます。

 だいたい半刻以上は煮ないと固くて食べられませんが……」


「それではそこにある熱の魔道具の石に触れて石を熱してください。

 その間にそのテーブルに置いてある調理道具をすべてクリーンの部屋に持って行って、綺麗にします。

 この作業は、料理を終えた後と始める前に必ず行っていただきます。


 次は5個の熱の魔道具とその金属の鍋と使って湯を沸かしましょう。

 この厨房では常に熱の魔道具を使います。

 薪や乾燥した羊糞は使わないでください」


「は、はい」



 因みに、総督隊も互助会隊もレベルが上がったために生活魔法は使えるようになっている。

 そのため、魔力アップの訓練も兼ねて、魔石への魔力注入は彼らが行うことになっていた。

 しかも小魔石1個につき銅貨3枚、中魔石1個につき大銅貨1枚の報酬が貰えるのである。


 まあ、まだ彼らのレベルでは小魔石への魔力充填には半日、中魔石には1日かかるのだが、何日かかけて少しずつ充填していくことも出来た。

 小遣い稼ぎには最高である。

 おかげでストレーくんが管理する魔石は超潤沢になっていた。




「それではまず、この羊肉を見て頂けますか。

 ここには今日屠畜した羊の肉が2種類置いてありますが、みなさんはどの部位の肉かお分かりになるでしょうか」


「あの、こちらが腰肉で、こちらが腿肉ですよね」


 ご婦人たちはみな頷いていたが、子供たちはほとんどが首を傾げている。


「そうですね。

 それでは次に、皆さん各自でこの腰肉をそのテーブルの上のまな板に載せて、ナイフで切り分けて下さい。

 厚さは3ミリほどにしましょうか。

 まずは私がやってみましょう」


 シェフィーちゃんは、両手にビニール手袋を嵌め、刃渡り10センチの土魔法製ナイフを持って、まずは肉の周りの脂肪や筋を落とし始めた。

 日本の肉屋が『掃除』と呼ぶ作業である。


「この脂肪ももちろん後で別の料理に使いますので、この容器に入れて取っておきます。

 保存するときには、箱やボウルに入れてあちらのドアの向こうにある収納庫に仕舞いましょう。

 あの収納庫では時間が停止していますので、食材は腐りませんから」


「あの、それは魔法が使ってあるということなんでしょうか……」


「そうです。正確には『魔道具』ですけど。

 さて、それでは肉を薄切りにしましょうか」



 シェフィーちゃんが刃渡り30センチのナイフを振るうと、3ミリほどの厚さに切られた肉がみるみる溜まっていった。


「「「 す、すごい…… 」」」


「みなさんも慣れればすぐにこれぐらい出来るようになりますよ。

 このナイフは、黒曜石のナイフと違って素晴らしい切れ味ですから。

 でも、足の上に落としたりしたら、簡単に床まで突き抜けますから気をつけて下さいね」


「「「 は、はい…… 」」」


「それから、このナイフはこの厨房からは外に出さないこと。

 それに絶対に人に向けてはいけません。

 もしこのルールに違反した場合には総攬把さまに報告が行き、謹慎処分になります」


 男の子たちが硬直した。

 総攬把さまに報せが行くというのはそれほどに恐ろしいことなのだろう。

 彼らにとっては普通の攬把さまですら雲の上の人だし、その攬把さまの上の上の上の人である。

 もはや神さま以上と言ってもいいだろう。


 女の子たちは、そんな男の子たちを警戒の目で見ていた。

 どうやらあまり信用が無いらしい。


「「「 わ、わかりました…… 」」」



 シェフィーちゃんは切り分けた肉を10枚ほどの平たい皿に乗せてテーブルの上に置いた。


「さあみなさん、交代でこの肉を見て下さい。

 特に男の子たちは主にこの肉を切る係になるでしょうから、よく見ておいてくださいね」


 皆熱心に切られた肉を見ている。

 どの肉も切り口は美しく、また見事に均等な厚さに切られていた。



「これから肉に塩と胡椒を振ります。

 よく見ていて、だいたいどんな分量なのか覚えて下さい」


 皿に入れた塩と胡椒を指でつまむと、シェフィーちゃんはそれらをパラパラと肉にかけて行った。

 間近で見ている者たちを交代させて5回ほど見せて行く。


「さあ、皆さん1枚ずつ肉を切り分けてお皿に乗せ、塩と胡椒を振って下さい。

 それが終わったら、順番に焼けている石に乗せて焼いてくださいね」



 周囲には肉の焼ける香ばしい匂いが広がっていった。


「それでは試食してみましょう」


「あの、シェフィーさん、ナイフを使っていいですか。

 これ、13歳以上の羊の肉ですし」


「どうぞ」



 意外なことに高原の民は箸が使える。

 これは金属器が無い世界で食事をするために、灌木の小枝を使って食事をする習慣があるためだった。


 彼らは利き手の反対側の手に箸を持って肉を押さえ、利き手で持ったナイフで肉を切っていった。

 それも実に細かく切っている。

 切り終えると箸を利き手に持ち替えて食べ始めた。


(あのぐらい小さく切らないと食べられないようね……)



 シェフィーちゃんも自分の肉を焼いて試食してみた。


(うーん、思ったよりも相当に固いわね。

 まるでゴムを噛んでるみたいで、歯では噛み切れないわ……

 これは漬け込み液のpHをもう少し下げた方がいいかな……)



「肉を茹でても同じぐらい固いのかしら」


「あの、子羊の肉でしたら半刻以上煮ていれば少しは柔らかくなるんですが、13歳以上の羊肉はいくら煮ても柔らかくならないんです」


「そうですか。

 それでは茹で肉を試すのは止めましょう。

 お湯を沸かしている魔道具の石に触れて止めてください。

 次はこの肉を柔らかくする方法を教えましょう」



「「「 ??? 」」」


「まずは倉庫に行ってテンダーロインと書かれた棚から肉の塊を持って来ましょうか」


 シェフィーちゃんはテンダーロインと書かれた札を持ち上げた。


「これが『テンダーロイン』という文字で、腰肉という意味です。

 皆さんは今学校で字を教わっているでしょうから、そのうちに読めるようになるでしょう。

 それではこの札を持って行って、倉庫の棚からテンダーロインを30個持って来て下さい」



 皆は倉庫に入って行った。

 札に書いてある文字と棚に貼ってある板の文字を見比べて、無事にテンダーロインを選べたようだ。

 女性たちは、棚から降ろした肉を見て腰肉だと確認している。

 子供たちはまだよくわかっていないようだったが、並んでいる肉と札を見て覚えようとしていた。


 因みに、この食糧倉庫は高校の体育館ほどの広さがあり、大変な量の食材が置かれているが、実際にはここは厨房の壁にあるドアを通じてストレーくんの時間停止収納庫に繋がっているのである。


 おかげで本来は壁の外は屋外なのに、広大なスペースが確保出来ていたのであった。




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