*** 297 大草刈 ***
テミスちゃん(の映像)は、ワイズ王国の農村研修生たちを前に説明をしていた。
「ということで、予定よりは若干早いのですが、これより新しい村への入植を始めます。
村ごとに入植者の旧国名や村名とお名前を読み上げますので、呼ばれた方は前に出て来て入植村の名を書いた板を持つ村長候補の前に集まってください」
旧サズルス王国、サリバス村のマイシクルと呼ばれた16歳ほどの青年も前に出た。
だが、その後に続いて親や兄らしき者たちが出て来て、村長候補の前に並ぼうとしたのである。
テミスちゃんはその3人を念動魔法で宙に浮かべた。
「「 な、なにをするっ! 」」
「あなた方は読み書きの試験に合格していませんので、新農村に入植することは出来ませんよ」
「な、なんだとぉっ!
俺たちはこのマイシクルの身内だぞっ!
子が入植するなら、家族もついて行くのは当然だろうっ!」
「いいえ、新農村に入植出来るのは、試験に合格した方だけだと何度も申し上げたはずです。
他国に世話になっているからには、その国のルールぐらいはきちんと聞いた方がいいですよ。
それに、そのことはあちこちの掲示板にも貼り出してあったはずです。
碌に字も読めない上に、読もうとする努力もしないからこのようなことになるんです」
「な、なんだとぉっ!
お、おいマイシクル、お前からも言ってやれっ!」
「もしマイシクルさんがご家族と一緒にいたいのなら、マイシクルさんも入植は出来ませんが」
「いや、俺はひとりで入植するよ。仲間たちもいるしな」
「な、なんだとこの野郎っ!
今まで育てて貰った恩を忘れたかぁっ!」
「あれ?
親父もお袋も兄貴も、俺は次男だから15歳になって成人したら家を出て行け、兵士になるなり商家の丁稚になるなり好きにしろって言ってたよな。
俺ももう16歳だからな。
だから独立して家を出て行くだけだぞ?」
「こ、こここ、この野郎っ!」
「なあんだ、いつも勉強をサボってたのは、俺を頼ってたのか。
だけど残念だったな。
テミスさんが言うように、試験に合格した者しか新農村に入植出来ないって何度も説明を受けていたろうに」
「覚えてこの野郎っ!
お前の村に忍び込んでぶち殺してやるっ!」
「いえ、それも出来ません。
あなた方は最初の3か月は勤務日に1日3時間しか働いていませんでした。
2か月前にそれを注意したところ、今度は日に1時間しか働かなくなりました。
あなた方を避難させてあげて食事まで振舞ったワイズ王国の恩を忘れ、このような振る舞いをした怠け者はワイズ王国に受け入れるわけにはいきません。
これより元の村に強制帰還させます」
「ま、待てっ! な、何かの間違いだっ!
お、俺は真面目に働いていたぞぉっ!」
「ええ、勤務の最初の30分と最後の30分だけは働いていましたね」
「「 !!!! 」」
「もちろんあなた方には『追放者』というマーカーをつけていますので、こっそりワイズ王国に入ろうとしても無駄です。
それでは元の村で健やかに暮らしてください」
宙に浮いていた3人が消えた。
テミスちゃんはその場の者たちを見た。
「さて、同様に日に1時間から2時間しか働いていなかった方が380人ほどいらっしゃいます。
その方たちにも浮いて頂きましょうか」
380人の男女が宙に浮いた。
「な、何かの間違いだぁっ!」
「お、俺は真面目に働いていただろうっ!」
「私たちにはあなた方が働いていた時間を知ることの出来る魔法があります。
これも説明していましたよね」
「働くから! これからは真面目に働くから!」
「あなたは2か月前に注意を受けたときにもそう仰っていました。
わたしの上司は嘘つきが嫌いなんです。
それではみなさんさようなら」
380人の男女が一斉に消えた。
「さて、残ったみなさん、特に子供たちの中で、ご両親と共に元の村に帰りたい人はいますか?
いたら手を挙げて下さい」
誰も手を挙げなかった。
「それでは新農村への入植者割り振りを続けましょう……」
大地はワイズ王国内にある互助会隊の本部を訪れた。
「やあメルカーフ中尉、ギルジ曹長。
また仕事をお願いしたいんだ」
「農業・健康学校での学問ばかりで体を持て余してたよ。
仕事があるのはありがたい」
「もう500人も『農業・健康指導員』の資格を得たそうだな」
「今は500人ほどだけど、あと1か月もしたら2000人は合格するんじゃないかな」
「それはすごいな」
「いや、みんな『言語理解スキル』のおかげだよ。
俺たちは元々読み書きは出来なかったけど、あのスキルで教本が読めるようになったから。
文字が読めるようになると、世の中が広がったような気がするな」
「そうか」
「ところでダイチ殿、どのような任務でございましょうか。
なんなりとお指図くださいませ」
「まずは、ワイズ王国にいる難民を80の村に入植させるんだが、村長候補が30名足りないんだ。
それで、指導員資格を得た者の内、希望者を30人募って村長候補として入植村に派遣して欲しい」
「それは…… 皆喜びますでしょう……」
「まあ、3年間無事に村長候補の仕事を熟せば村長だし、その後も5年も経てば代官だからな」
「それはそれは……」
「それからちょっと相談があるんだよ」
「お聞かせくださいませ」
「今俺は高原の民のところで仕事をしてるんだが、彼らとも『不戦の誓い』を締結出来たんだ。
ついでに俺のダンジョン国とワイズ王国、ゲゼルシャフト王国、ゲマインシャフト王国の5カ国との条約が結べそうだし」
「それは大いなる成果ですなあ」
「だからしばらくしたら5カ国の代表で集まって調印式をしようと思ってるんだ。
それに交易も始めるから、羊の肉が安く手に入るようになるぞ。
最初はワイズ王国の総合商会や王都の食堂で食べられるようにして、そのうちには新デスレル国の街でも食べられるようにしようか」
「なんと……
肉が食べられるようになると仰せですか……
そのような高価なもの……」
「いや実は高原では羊は安くて麦が高いんだ。
だから肉もけっこう安く手に入るんだよ」
「それは素晴らしい……
これがダイチ殿がよく仰っておられる『交易の醍醐味』というやつですな」
「だがその前にひとつ大きな問題がある。
高原の民が言うには今年の冬には大寒波が襲来するそうなんだ。
同じような大寒波は55年前にも来たそうなんだが、そのときは高原には8メートル以上も雪が積もって、高原の民の3割と羊の7割が死んだそうだ」
「それは酷い……」
「まるで大戦並みの犠牲者だな……」
「あと被害が予想されるのは大陸北部の海岸沿いの地域で、ワイズ王国周辺はそこまで酷い被害にはならないと思うが。
ゲゼルシャフト王国とゲマインシャフト王国では手を打ち始めたし」
「まあ、この国では全ての民があの土魔法で作って下さった頑丈な建物に入れますし、食料も薪もたっぷりありますから大丈夫でしょう」
「俺もたぶん大丈夫だとは思う。
それで高原では、冬の避難所を造って冬の間の羊のエサになる草も刈ってたんだけど、実はもう雪が積もり始めちゃったんで、平原で草を刈ってそれをエサにしてやりたいんだ。
エサ不足で羊が何十万頭も死んだらもったいないだろ」
「なるほど、我らが羊のために草を刈ってやれば、ゆくゆくはその羊の肉を食べられるようになるのですか。
これは気合が入って参りました。
しかもこれは戦闘行為ではありませんので、互助会隊7000が草刈りに参加出来ますな!」
「いや、今旧デスレル領で新農法を勉強している農民や元奴隷40万を草刈要員として雇おうと思ってるんだ。
だから、互助会隊には彼らの指揮をお願いしたい」
「なんと、40万人もですか……」
「そうだ。
彼らは1か月雇って日に銅貨20枚の給金も払おう。
つまり1人当たり1か月で銀貨6枚になるな」
「そ、それは……
40万人で銀貨240万枚、金貨にして約2万4000枚を払ってやるということですか……」
「はは、連中はどうせその金をワイズ総合商会で遣うだろう。
そうすればかなりの部分俺の手元に戻って来るぞ。
それになによりみんなが肉を喰えるようになるためだからな」
「な、なるほど……」
「だが唯一心配なのは互助会隊のみんなの気持ちなんだ」
「と、仰られますと?」
「メルカーフ中尉もギルジ曹長も大怪我して傷痍退役になったのって、高原の民と戦ったときだろ。
他にも大勢がそうだったんだろうし。
それで高原の民のために働くのって抵抗は無いかな……」
「ははは、ダイチ殿、それは考え過ぎだ。
なにしろあの戦は、デスレルが勝手に侵攻していったものだからな。
高原の民にすれば家族や財を守るための闘いだったんだ。
むしろ嫌がるのは連中の方じゃないのか?」
「それはまあ大丈夫だと思うんだが……」
「兵の中にもその任務を嫌がるような者はおりますまい。
それどころか肉を喰うために奮励努力いたしますぞ」
「わかった。ありがとう。
それでは、ワイズ王国の農村周辺に作った新農村750の草刈りを始めようか」
「了解した」
旧デスレル帝国属国群の避難民たち47万人は、600人近くを収容出来る学校兼宿泊施設800か所に分かれて暮らしていた。
平均すると1施設当たり580人である。
このうち約80人は14歳以下の子供たちであり、彼らには今まで通り幼稚園や学校での学習を続けてもらう。
残りの大人はすべて仕事に応募して来たために、500人全員が雇われた。
日給は銅貨20枚、期間は1か月で合計銀貨6枚の賃金になる。
500人の内25人は子供たちの世話係、25人は料理当番で、残りの450人で草刈りの仕事をすることになる。
また、学校兼宿泊施設は800か所であるため、そのうちの50か所の民は休日とし、残りの750か所からワイズ王国内750の村や村予定地に草刈り隊が派遣されることになった。
移動は毎日転移の輪によって行われる。
朝、朝食を済ませた避難民たちは、ぞろぞろと輪を潜って仕事先の農村に移動し、そこで互助会隊の指揮の下に草刈り仕事が始まる。
避難民は片足にレッグガードを着け、手に滑り止め付き軍手を嵌め、ダンジョン国産の竹製背負い籠を持って村内各地に分散し、シスくん謹製の安全鎌で雑草を刈って籠に詰める。
籠がいっぱいになると、それを担いで村道に向かった。
そこには荷車と空いた籠があり、草の詰まった籠を置いて空の籠を持ち、また草刈り仕事に戻る。
村道では荷車がひっきりなしに往来して、村の中央にある草集め場に草を運んでいた。
この草集め場は縦横高さ共に5メートルほどの土魔法製の箱が地面に埋め込まれたものであり、草でいっぱいになるとストレーくんが収納してくれる。
そうして、まずはストレーくんがシスくんの協力の下に毒草を分別し、残った安全な草をサイレージに加工するのである。
草はストレーくんの密閉通常倉庫内でヨーグルト液と混ぜ合わされ、およそ4週間ほどで見事な飼料になっていった。
最初の数日の作業の結果、作業員1人当たり1日平均300キロの草を集められたようだ。
(草と言っても水分を含んでいるために意外に重い)
つまり1日当り750の村で約10万トンの草が得られることになる。
1か月で300万トンのサイレージは必要量よりは大分多いが、まあ余ったら時間停止倉庫で保管して来年使えばいいだろう。
ワイズ王国内の草が無くなれば、周辺4か国の地にも遠征隊が出る予定である。
大地は互助会隊に大量の銀貨と大銅貨を預け、避難民たちの休日前に労働日数の分だけ給料を払ってもらった。
そうして、800ある学校・宿泊施設の中央部に、ダンジョン商会旧デスレル領支店を作ったのである。
休日にはほとんどの避難民たちがこの店を訪れ、多くの者が生まれて初めての買い物を楽しんだ。
1番人気はやはり防寒着だった。
大勢が毛糸の帽子や手袋、マフラーなどを買っている。
下着やシャツやセーターなども。
おかげで地球から輸入する中古衣料品の量は膨大なものになっていった。
もはや日本だけでは足りずに、古着大国アメリカからの大量輸入も始まっている。
そして……
アメリカでは、SNSなどを通じて、古着の買い手はあの神界からの使徒さまであり、他の世界の救援のためにお使いになられているという噂が広まったのだ。
アメリカ人たちは、皆一斉にクローゼットの整理を始めた。
そうして、膨大な量の中古衣料品が全米各地の教会に寄付されたのである。
(通常こうした寄付衣料品は教会組織から業者に売却され、その代金は慈善事業などに使われる)
もちろん衣料を寄付した者たちは、これで少しでも使徒さまのお役に立てたと幸福な気分になっていた。
そして、これらの中古衣料は教会を通じてサイアムの米国拠点に売却され、食料と同じ手順でアルスに転移されて行ったのである。
この事態は全米のアパレルメーカーを喜ばせた。
ヒトは、なぜかクローゼットに空きが出来ると新しい衣料を買いたくなるそうだ。
しかも、もし買ってみて気に入らなかったら、あるいは子供服が小さくなってしまったら、また使徒様に差し上げればいいとも思うらしい。
結果として、大地の大量在庫確保は、超大国アメリカのGDPにすら5ベーシスポイントほどの影響を与えたそうである。
大地はお礼にと思って、ダンジョン国幼稚園の映像をサイアムアメリカを通じて公開した。
そこには、45の種族の子供たちが入り乱れて楽しそうに遊んでいる姿が映っていたのである。
大勢の小さな子供たちが大きなスライムの上で跳ねて遊んでいる。
風船のような見た目のリフレクト・ウィル・オー・ウィスプのシッポに掴まって浮かんでいる子供たちもいる。
巨大なラプトルのシッポには5人ほどの幼児が掴まって遊んで貰っていた。
因みにこのラプトルは、良子配下のお裁縫部隊が5人分のアロハシャツ生地を繋ぎ合わせて作った巨大アロハシャツを着ている。
ついでに黒のグラサンにシルバーアクセまでつけていた。
(なんだよアレ……
完全にスーパーヒャッハーかヤー公だろ。
しかもラプトルだぞ。
地球に来たらどんなDQNでも裸足で逃げ出すぞ。
自衛隊出動しちゃうぞ。
なあシス、なんであのラプトル、あんな格好してるんだ?)
(アロハシャツは、たまたま同じようなものが5着あったそうです。
ネックレスは『変化の魔道具』ですね。
それからサングラスは、強い日差しが苦手な種族のために、ジュンさまに頼まれてわたくしが錬成で作りました)
(あー、そうか。
そういえばあそこのケイブバット族の子もグラサンしとるわー)
そうしたボランティアで子供たちと遊んでくれている大人たちの間を、直立2足歩行のワーハムスターやワーキャット、ワードッグやワーキャトルの子供たちが服を着て歩いているのである。
宙を飛ぶ妖精族の姿まであった。
園庭の隅では鶏人族の子たちが鉄棒に止まっておしゃべりをしている。
また、浅い池もあって、人魚族とリザードマン族の子達が水をぱちゃぱちゃさせて遊んでいた。
その間にはもちろんヒト族の子の姿もあり、しかも彼らは種族の垣根を越えてお互いに楽しそうになにやら喋っているのである。
このたった3分ほどの映像は、全地球に途轍もない衝撃を与えた。
使徒さまが援助されている世界は、ヒト族以外のヒューマノイドで溢れていたのである。
サイアムを通じて、タイ王国のスラくんの事務所に異世界との外交・親善交流の要請が殺到した。
もちろんスラくんの返事は、『異世界アルスはまだ救援途上であるために、そのうちに』というものだったが……
もちろん全世界からの中古衣料品の寄付も激増している。
ケモナーがいるのは、なにも日本ばかりではなかったのであった……