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*** 294 交易 ***

 


 次のシーンはまたワイズ王国新聞だった。



【ワイズ王国新聞 (号外2号)】


 大見出し:

「ワイズ王国軍大勝利!!」


 小見出し:

「デスレル皇帝及び譜代爵全員捕獲!!!」

「デスレル帝国軍全滅!!!」


 号外の1面には見出しと大きな写真しか無い。


<デスレル帝国皇帝、シュピーゲル・フォン・デスレル> (写真)


 その写真は、鼻が潰されてまっ平になり、前歯も全て折られた皇帝陛下が、呆然とした顔のまま縄を打たれて座っているお姿のものだった。

 首からは『大敗北』『私が悪うございました』と書かれた看板がぶら下がっており、その隣には刃の部分がチクワのようになった国宝の鍬が写っている。


 2面には同じ姿の譜代爵家当主6人の写真があった。

 3面からはようやく記事が載っている。


『昨日恥知らずにもまたデスレル強盗団がワイズ王国に侵入して参りましたが、我らがワイズ王国軍最高顧問のダイチ閣下と、ゲゼルシャフト王国のアマーゲ将軍閣下、並びにゲマインシャフト王国のケーニッヒ将軍閣下らのご活躍により、将兵22万5000を全て捕獲することに成功致しました。

 もちろんワイズ王国側の損害は皆無でございます。


 これにより、先日の強盗団7万5000と合わせて、デスレル強盗団30万の捕縛は全て終了しております。

 この大戦果により、かのデスレル帝国とその属国群の兵力はゼロとなりまして、帝国は事実上滅びましたので、皆さまご安心くださいませ。


 また、ワイズ王国国王陛下は、この大慶事に際しご声明を発表されておられます。

 そのご声明によりますと、まずはダイチ閣下の偉大なる軍功を称えられ、合わせてゲゼルシャフト王国とゲマインシャフト王国の大将軍閣下方に深甚なる感謝の意を表明されています。


 デスレル皇帝府にありました財宝と食料は全て賠償として押収され、元奴隷たちや農民たちの食事やこれからの生活のために使用されることになります』



 画面はデスレル帝国皇都の暴動のシーンになった。

 だが、その暴徒たちも次々に消え失せて行っている。


 次はデスレル皇宮を囲むように建てられた、直径8キロもの超巨大円筒形刑務所の絵が映された。

 カメラがクローズアップして行くと、壁面が全て独房になっていて、男たちが収容されているのがわかるようになった。


 その男たちは皆ごめんなさいした後に食事を受け取っている。



 最後は、大地とアマーゲ将軍、ケーニッヒ将軍が笑顔で固い握手を交わすシーンになり、そこでエンディングロールが出始めた。




 ゲマインシャフト王国王城会議室の貴族たちは声も無かった。

 いや、ひとりラインラント侯爵だけは『まやかしだ……まやかしだ……』とブツブツ呟いている。



「念のため再度諸兄らには伝えておく。

 このようにデスレルは滅び、今はダンジョン国の管理下にある。

 まだ皇宮には相当額の財が残されているそうだがの。


 だが、万が一にもデスレルの地に赴き、得る根拠もない戦利品などを集めようとすれば、それは勅令違反でありその者は盗賊と見做されて捕縛される。


 また、もしもその盗賊行為が貴族家の指図によって為されていた場合には、『不戦の約定』に反した重罪によって、その貴族家は改易の上平民落ちとなろう。

 努々欲をかかないように」


(((( ………… ))))




「さて、次の説明に移ろう。

 まずはダンジョン国代表のダイチ殿のご厚意で我が国内に建設していた4か所の『農業模範村』であるが、各500名の入植軍人たちの努力により、各村で約6000石の収穫が得られた」


「500人で6000石だと……」

「こ、これも噂は本当だったのか……」

「我が領には1000の農民がいるが、収穫はたった500石だったぞ……」


「また、ダンジョン国からご教授頂いた新農法によれば、これら模範村では冬も農業が可能であり、春までにさらに6000石の収穫が見込めるということである。

 つまり4つの村で年間4万8000石の収穫が得られるということだ」


「「「「 !!!! 」」」」


「さらに、ダイチ殿のご厚意により、これより新たに12の模範村を建設する予定であり、現在建設予定地の選定が行われ始めたところである」


 また手が挙がった。


「どうぞ」


「その『もはんむら』は、既存の農村を潰して作るのでしょうか」


「いや、ダイチ殿には強大な魔法があるのでな。

 川から遠く、井戸を掘っても水の出ない高台や、森が濃すぎて農地を開墾出来ない場所が選ばれる。

 農業用水は巨大な溜池に用意されるだろう。

 ただし、その後の交通の便を考慮して、模範村は主要街道と街から5キロ以内の場所に作られることになる。


 また、これから各貴族家より模範村の誘致希望を募ることになる。

 誘致を希望する貴族家は、王城内に新設された模範村部にある誘致申込書を熟読の上申し込んで欲しい」


「誘致希望を出すに当たっての条件はあるのですか」


「特に無いが、ひとつだけ。

 この誘致申し込みをする貴族家は、その領内の全ての民、すなわち農民、街民はもちろん、領兵や侍従侍女に至るまで全員を一度模範村見学のために派遣することが必要になる。

 まあ、模範村に入植する希望者を募るためのものだ」


「ですが……

 我が領は、どの『もはんむら』からも遠く……」


「それについて問題は無い。

 国内全ての街と村に置かれている避難用の小砦と模範村は、王城裏に新設される『はぶ』という建物と転移魔法の輪で繋がれる。

 よって、如何なる遠隔地の民も、半刻以内に模範村に行けるだろう」


「それはすごい……」


「また、ダイチ殿からの情報によれば、今年の冬には大寒波が到来する可能性が高いそうだ。

 55年前の大寒波では、この国は降り続いた雪に覆われて大勢の凍死者や餓死者を出した。

 あのときの大寒波をも上回るものになるかもしれないとのことだ」


「なんと……」


「このため、冬に入ってからの天候などの状況次第では、軍からの指示により民たちを小砦に避難させる。

 そのために、現在全国220か所の小砦の補強拡張作業が行われているところだ。

 また、小砦に避難した街民や農民のためには、転移魔法の輪によって食料や薪が配られるだろう。

 貴族邸では今から準備をされておかれることをお勧めする。

 特に領兵、侍従、侍女などが凍える事の無いように十分ご留意頂きたい」


「「「「 ………… 」」」」



「次に、今年の春に行われた借り麦の返済について説明する。

 ここに参集された貴族家全員が陛下より麦を借りているが、返済期限年末、無利息という条件に変更は無い。

 もちろん返済が為されなかったときには降爵処分になることもだ。

 当然追い貸しも無い」


「「「「 ………… 」」」」


「同時にここで貴族制度改革についても説明する。

 まず、現在新たな国法を策定中であり、数日以内には公布されることになるだろう。

 この国法は、今までの軍法に優先して国の基本となるものである。

 というより、軍法は国法の一部になろう。


 この国法に於いては、今までの王族貴族と軍と民という区分に『国』という主体が加わる。

 そうして、この『国』に領地を譲渡して法衣貴族となった貴族家には、新設する『上級』という名がついた貴族位が与えられよう。

 例えば私が領地を国に譲渡すれば、法衣上級公爵になる。


 そして、新たな上級法衣貴族には国から年金が支給される。

 むろん借り麦の返済も免除される」


「そ、その年金とは……」


「法衣上級侯爵で年額金貨50枚になる」


「「「「 !!!! 」」」」


「法衣上級伯爵は年額金貨40枚、子爵は30枚、男爵は20枚だ」


「なんと……」


「上級子爵は金貨30枚……」

「上級男爵で金貨20枚……」


「そ、それは役人として国に出仕する見返りですかの!」


「いや、国の役人は別途基準を定めて採用する。

 法衣貴族に出仕の必要は無い」


(((( ……(す、素晴らしい)…… ))))



「この法衣貴族家への転換も、年末までの申し入れとする。

 各家、新国法を熟読した上でご判断願いたい。

 以上で今年の貴族会議を終了する」





 貴族会議終了後、ラインラント侯爵は王都邸に寄子貴族たちを集めた。


「全くあのアマーゲの奴めが増長しおって……」


「いくら陛下の叔父だからといって、些か目に余りますな」


「それでだ。

 そなたたち、それぞれ領兵をわしの領地に集めよ」


「と仰いますと?」


「知れたことよ。

 デスレルの地に乗り込むぞ」


「そ、そのようなことをすれば国を敵に回しますぞ!」


「慌てるでない。

 我らはデスレルの地に『交易』に行くのじゃ。

 そうさの、属国や皇都で生き残りや財を見つけたら、武威を見せつけて全て差し出させ、銀貨の1枚も払ってやればよかろう」


「おお!」

「さすがは侯爵閣下!」


「で、ですが万が一このことが露見すれば、我らは全員改易となってしまいますぞ!」


「わははは。

 そのようなことが出来るわけはあるまい!

 ここに集った貴族家だけで20家、国の半分近い勢力があるのだぞ。

 いざとなったら我らが国を割って独立すると脅せばよいのだ!

 アマーゲの奴めも引き下がらざるを得まい」


「おおお!」

「なるほど!」



「伯爵家は領兵200を出せ、子爵家は120で男爵家は80だ。

 わしは300出す。

 指揮官は我が嫡男のボンクラーとする。

 いずれの領兵軍も我が寄子貴族家の領地を通って、目立たぬように集結するのだ」


「「「 はっ! 」」」


「かの城壁の城門はシュピーゲル伯爵領に面しておったな。

 集結後にはシュピーゲルの領兵と合流後、夜陰に乗じて城門を潜る。

 伯爵は城門警備の国軍兵を買収せよ」


「はっ!」


「あ、あの侯爵閣下……

 我が男爵領はアマーゲめの寄子貴族の領地に囲まれておりまして……

 気づかれずに移動するのは困難かと」


「わ、わたくしの領地も……」


「むぅ、そういえばそうだったの……

 それでは仕方あるまい。

 カウパー男爵とバルトリン男爵は参加せずともよろしい。

 万が一にもアマーゲめに気取られて城門を封鎖されては敵わんからな」


「「 は…… 」」


「それでは約2200の兵力が再集結する場所は、ゲマインシャフトとの間の通路の最初の休息所地点とする。

 各自早急に準備を進めよ」


「「「 ははぁっ! 」」」




 嗚呼、ラインラント侯爵も冷静に考えていればこのような暴挙を起こすことはなかったろうに……

 いくらなんでも、得られるものに比べてリスクが大きすぎるだろう。


 だが、侯爵は大地から麦を騙し取ろうとして失敗していた。

 侯爵である自分よりも遥かに財を持つ若造から、侯爵家の権威によって麦を奪い取ろうという試みが失敗したのみならず、それを国王やアマーゲ公爵の面前で暴かれてしまっていたのだ。


 また、自分よりも若く、軍の最高司令官であり財も能力も人望も持ち合わせているアマーゲ公爵も憎くて仕方がなかったのである。


 つまり、このデスレルの地で交易を装った略奪という行為は、財欲しさではなく、単に大地やアマーゲ公爵に一泡吹かせてやりたいという動機によるものだった。

 一言で言えば嫉妬である。


 古今東西を問わず、ジジイが若者に向ける嫉妬ほど陰湿で幼稚なものは無いのだ。

 それに比べれば女性の嫉妬などそよ風のようなものである。




(なぁシス、こいつら自ら墓穴を掘ってくれそうだな)


(どうやら労せずして貴族家18家を改易に出来そうですね)


(それにしてもこいつらアフォ~だよな。

 デスレルの最高幹部会議すら魔法で覗ける俺たちが、ゲゼルシャフトの全ての貴族も監視してるって気づかないのかね?)


(自分に都合の悪いことは気づかないのでしょう)


(ははは。

 それじゃあアマーゲ将軍に言って、城門警備の部隊を将軍の部下に代えてもらおうか。

 買収に応じるように指示を出して貰おう)


(はい)




 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




 そして1週間後。


 ラインラント侯爵の嫡男ボンクラーは、通路内にある休息所に集結した領兵軍を見回していた。


「よし! 全員無事集まったか。

 それでは明朝よりデスレル国と属国群に向けて進発する!

 食料は持って来たな」


「ははっ!

 糧食2週間分を持参しております。

 足りぬ分は途中で略奪、い、いえ、『交易』で調達すればよろしいかと」


「よし、最初の目的地は旧フォボシア王国の王都だ!」


「「「 ははぁっ! 」」」



 そして3日後……


「なんだこの地は……

 いくら下級属国とはいえ、旧王都に誰もいないとは……

 だが、デスレルの総督府があるはずだ。

 早急に発見して内部の財を徴発せよ!」


「はっ」




「あの…… ボンクラー指揮官殿……」


「なんだ」


「総督府を発見して内部を家探ししたのですが……

 何もありませんでした……」


「な、なんだと……

 食料も財も何も無いと申すかっ!」


「はい、家具や什器や薪すらありませんでした」



 もちろんストレーくんがなにもかも収納済みである。



「ええい! すぐにシノーペルに向かうぞ!」


「はっ!」




「何故だ…… 何故シノーペルの旧王都にも誰もいないのだ……」


「あ、あの。

 王都中をくまなく探しましたが、何もありませんでした……」


「そ、それでは明日よりデスレル本国の皇都に向かうぞっ!」


「で、ですがボンクラー殿、もはや帰りの分の糧食が心もとなくなっておりまして……」


「ええい! このままおめおめと帰れるかぁっ!」


「は……」



 そしてまた2日後……


「お、遥か前方に巨大な建物が見えて来たか!

 あれがデスレルの皇都だな!

 いくらなんでも旧皇宮には財も残っているだろう」


 そして3時間後……


「な、なんだこの城壁はっ!」



 そう、既にシスくんが皇宮と刑務所と農民たちがいる初級学校を、全て高さ20メートルの城壁で覆ってしまっていたのであった。

 その総延長は80キロに及ぶ巨大なものである。



 2日後、悄然として帰途についていた略奪隊の糧食が尽きた。

 各兵は手分けして林に入り、食料となりそうなものを探したが、慣れない彼らには何も発見出来なかったのである。

(野生の麦の実は、風に吹かれてとっくに飛び散ってしまっていた)


 さらに5日後、飢えに苛まれて死にかけた略奪隊の行方に、ようやく国を囲む城壁が見えて来たのであった。


「み、皆の者……

 よ、ようやくここまで来たぞ……

 あと一息で故国だ……」


 そして、ボンクラーがそう言った瞬間、略奪隊2200名は忽然と消え失せたのである……





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