*** 293 デスレル滅亡の証拠 ***
アマーゲ公爵が壇上に立った。
「それでは国家大綱の細部を説明する前に、ご質問があれば受け付けよう」
何本かの手が挙がった。
「ラインラント侯爵殿、どうぞ」
「デスレルが滅んだというのは真のことか」
「真である」
「何をもって真と言い切れる。
その証拠はあのダイチとかいう生意気な若造の言しかあるまい!」
「ダイチ殿は陛下が正式に依頼して招聘した国政最高顧問であらせられる。
そのような蔑視した呼称はお止め頂きたい」
「ぐぅっ!
な、なぜあのようなわ、若者を国政最高顧問などに!」
「なぜなら、あのデスレルを滅ぼした武力、我が国に蔓延していた『遠征病』の特効薬を齎してくれた恩、新農法により収穫を飛躍的に増大させた智慧、どれを取っても信じられぬほどの大功であり、稀有な人物であらせられるからだ。
我らの内誰一人として、あの功ひとつにも匹敵する功を上げられた者はおるまい」
「ぐ、ぐぬぬぬぬ……
な、ならば戦利品の分配はどうなっておる!」
「戦利品だと?」
「そうだ、戦利品だ!
あのデスレルの地には莫大な財があっただろう!
そのデスレルが滅ぼされたからには、奴らめと長年戦ってきた我らにも戦利品の分配があってしかるべきじゃ!」
「ラインラントよ」
「な、なんだと!」
「戦利品という物はな、勝った者が負けた者から取るものなのだ。
我らは確かにデスレルの侵攻を退けてはいたが、あの国を滅ぼしたわけではない。
戦利品の要求は筋が通らんぞ」
「戦利品の分配が無ければ、わしはデスレルが滅んだなどとは信じんぞっ!
もしかの者が虚言を弄していて我らを騙し、軍備を減らした我が国にデスレルと組んで侵攻して来たら何とするっ!」
「わたしはダイチ殿がデスレル皇帝を1対1で叩きのめしたその場にいた」
「「「「 !!!! 」」」」
「わ、わしはお前の言も信じんぞっ!」
「そうか、それではダイチ殿がデスレルを滅ぼした一部始終の『えいぞう』を見て貰おうか。
この『えいぞう』とは、ダイチ殿の重臣の方が魔法で記録されていた物をまとめたものである。
以前貴殿がダイチ殿を騙して麦を借り、踏み倒そうとして失敗したときの証拠『えいぞう』と同じようなものだ」
「ぐぅ……」
アマーゲ閣下が部下に合図すると、会議の間に大きなスクリーンが運び込まれた。
部屋の明かりがやや暗くなると、軽快な音楽とともにその画面に映像が流れ始めたのである。
タイトルは『デスレル帝国の滅亡♪』であった。
この国の貴族もほとんどの者が字を読めなかったために、シスくんの丁寧なナレーション付きの映像である。
最初はデスレル属国群の農村部の風景だった。
麦の芽がまばらに生えた畑の周りには、空腹と遠征病でフラフラになった農民たちがいる。
多くはその場に寝転んだり座り込んだりしていて、ほとんど動く者はいない。
シスくんのナレーションが始まった。
『デスレルの税は1反につき麦7斗もの重税でした。
ですが、周辺国と同様無知な農法のために、去年は反当たりわずか5斗しか収穫がなかったのです。
税の足りない分は、デスレル本国の総督によって農民が奴隷として売られ、属国の農民は皆飢餓死の危機に晒されている悲惨な状況でした。
これを哀れに思われたダイチさまは、デスレル属国群の傷痍退役軍人たちを組織し、農村を廻って農民たちにワイズ王国への避難を勧められたのです』
画面では退役軍人たちが農村でパンを配り、農民に避難を勧めていた。
そうして皆が頷くと、その場から農民たちが消え失せていったのである。
画面は変わってワイズ王国の避難所になった。
そこでは、膨大な数の農民たちが退役軍人たちに介抱されながら食事を摂っている。
数日後には皆立って歩けるようになるまで回復していた。
『こうして、ダイチさまは1か月ほどの間に退役軍人たち約7000名を組織され、デスレルの24の属国にある約4000の村から農民約40万人を避難させられたのです』
(((( ……なんと…… ))))
『また、ダイチさまは総督の1人にわざと情報をリークしました。
すなわち、ワイズ王国には大量の遠征病特効薬があること、数十万石の麦の備蓄があること、1反の畑にて半年で6石もの麦を得られ、また冬でも麦を育てられる秘法が存在することなどです』
場面は変わって、デスレル帝国最高幹部会議の場になった。
帝国第5方面軍団司令官、プルートー・フォン・デスレルが皇帝と居並ぶ帝国重鎮たちを前にワイズ王国侵攻を上奏している。
画面は総督統轄局の次長が内務大臣に報告を行っている場面に変った。
「内務大臣閣下、夜分に申し訳ございません。
ですが一大事が出来致しましたのですぐにもご報告せねばと考えました」
「申せ」
「24の属国にある全ての農村から農民共が逃散いたしました」
「な、なんだとっ!」
「事の発端は、下級属国と中級属国の総督府執事長から齎された極秘報告書でございました。
その中で、各属国では農民が逃散しているとの報告が18カ国から寄せられたのでございます」
「そ、その時点で総督からの報告は無かったのか!」
「は、執事長によれば、各総督は本国からの譴責を恐れて部下に箝口令を敷き、領内の捜索に注力していたとのことでございます。
そのため、急遽監査部隊に命じて上級属国の農村部も調べさせましたところ、上級属国でも農民が全て逃散しておりました……」
「な、なぜそれほどまでの重大事が出来しているのに、今まで報告が無かったのだ!」
「総督統轄局長から特に内務大臣閣下に対しての箝口令が出ていたからであります」
「なんだとぉっ!
そ、それで今期の税収見込みはどうなっているのだ!」
「それが……
このままではゼロかと……」
「なにを言うか!
この春に麦の作付けは終わっていたのではないのか!
その麦を奴隷兵に収穫させろっ!」
「それがどうやら、農民たちの逃散は数か月前から始まっていた模様でございまして、このところの日照りの中水を遣るものもおらず、麦はほとんど枯れてしまっております……」
「!!!!」
「局長が逃亡したため参上いたしました。
ご報告が遅れて申し訳ございませぬ……」
「な、なんということだ……
総石高120万石、税収84万石を誇る我が帝国の今期税収がゼロだというのか……
それでは我が国はどうなってしまうというのだ……」
「多分ですが……
このままなんの対策も打たなければ、まず奴隷、街民が餓死し、次に兵、下級貴族が死んでいくでしょう。
来年の今ごろは、残念ながら国力は10分の1以下になっているかと……」
「わかった。
だがそれはこのまま何もしなかった場合の話だな」
「はい」
「それでは大至急対策を打たねばなるまい。
お前は明日の最高幹部会議にわしの補佐として出席せよ」
「ははっ!」
『こうして、突然滅亡の危機に晒されたデスレル帝国は、急遽第5方面軍団に命じてワイズに侵攻を開始したのです』
画面上ではゲゼルシャフト王国とゲマインシャフト王国を囲む城壁の間を通って、デスレル軍が小部隊に分かれて行軍していた。
そうして、ワイズ王国に入った平原で、侵攻軍7万5000が陣を整えたのである。
その威容は観衆たちを震えさせた。
7万5000と言えば、ゲゼルシャフト王国の総軍に5倍する大軍である。
画面に大地が映った。
「それじゃストレー、こいつら全部『収納』してくれ」
「畏まりました」
その大軍が消え失せた。
次の画面には『ワイズ王国新聞号外』が大写しになっていた。
ここでも字が読めない貴族たちのために、シスくんが内容を読み上げている。
次のシーンではデスレル帝国皇帝陛下が怒髪天を突く勢いで激怒していた。
そして、皇宮前広場にはデスレル軍全軍22万5000が集結したのである。
この超大軍が、2国間の通路を通って進軍して行った。
幅200メートルの通路を覆い尽くして尚、長さ30キロ近くになる大軍勢である。
喰い入るように画面を見ていたゲゼルシャフトの貴族たちには、顔を蒼ざめさせている者も多かった。
そして……
次の画面では、集結して陣を組んだ22万5000の大軍が、大地の命令一言で消え失せていったのである。
その場では皇帝陛下を初めとする7人の男たちが呆然と辺りを見回していた。
そのとき、100メートルほど離れた場所に3人の男たちが現れたのである。
その3人はゆっくりと歩いてデスレル皇帝と譜代爵たちに近づいて来た。
アマーゲ公爵の姿に気が付いた寄子の貴族たちから歓声が上がっている。
「よう皇帝陛下、おはようさん」
「誰だキサマは……」
「俺はワイズ王国最高軍事顧問、大地だ。
そしてこちらは……」
「俺はゲゼルシャフト王国筆頭将軍グスタフ・フォン・アマーゲだ」
「わたしはゲマインシャフト王国軍総司令官ルドルフ・フォン・ケーニッヒです」
「なんだと……」
「いや俺がお前の強盗軍を全員掴まえちゃったけどさ。
それだとお前もおさまりがつかんだろうと思って、わざわざ大将同士の一騎打ちをしてやるためにこうして来てやったんだよ」
「貴様が我が軍の将兵を全て捕えたというのか!」
「ああそうだ。
みんな俺の『収納』の中に押し込んでいるぞ。
まあ全員生きてるから安心しろや」
「嘘をつけ!
『あいてむぼっくす』の収納に生き物は入らんっ!」
「あー、それな。
お前ぇんとこの強盗団の初代が持ってたのは、レベル3の安っぽい収納なんだわ。
でも俺の収納はレベル12だからな。
生きている者でも入れられるし、その容量も遥かにデカいんだ。
そうだな、デスレル帝国とその属国ぐらいだったら楽勝で入れられるぞ」
「なんだと……
ではお前が我が国の農民共を攫ったのかっ!」
「人聞きの悪いこと言うなし。
お前の悪政のせいでみんな死にかけてたんで、俺が保護してやったんだぞ。
それで『遠征病』も治してやって、腹いっぱい喰わせてやった後に『元居た国に帰りたいか』って聞いたら全員が帰りたくないって言ったんだ。
お前どんだけ民に嫌われてたんだよ」
「ぐぬぬぬ……」
「それで皇帝陛下とか言う強盗団の親玉さんよ。
やんのかやんねぇのかはっきりしろや。
一騎打ちしないんだったら、お前もこのまま『収納』しちゃうぞぉ」
「こ、小僧…… ぶち殺してくれるわ……
朕が直々に成敗してくれようぞ……」
「ちんだかちんちんだか知らねえけどや。
早く支度しろってばよ」
「貴様は我が帝国の最高国宝、初代様の鉄製兵器で屠ってやろう……
光栄に思え……」
「ぶわはははははは―――っ!
なんだよそれ、ただの『鍬』じゃねぇかよ!
お前ぇこれから麦の植え付けでもするんかぁ?」
「な、なんだと……」
「なんだ知らねぇのか。
だったら教えてやるから耳ぃかっぽじって良く聞け!
そらぁな、クワっていう農具で畑を耕すもんなんだぞ。
俺の国の農夫たちならみぃんな持ってるわ!」
「なにぃ!」
「まあいいや、早くかかって来い」
「貴様、武器はどうした……」
「お前ぇごときに武器なんかいるかよ」
「ええい喧しいっ!
死ねぇっ小僧っ!」
皇帝が渾身の力を振り絞って大地に鍬を振り下ろす。
鍬の刃が迫っても全く動かない大地を見て、皇帝陛下はほくそ笑んだ。
観客たちも息を呑んでいる。
ぱしっ。
軽い音を立てて大地が左手の親指と人差し指で鍬の刃を摘まんだ。
「な、なに……」
大地はそのまま身体強化を掛けた体で鍬を一気に引き寄せ、同時に大地の前蹴りが皇帝の水月にぶち込まれた。
どぶっ!
ぱきっ……
「ぐうげえぇぇぇぇぇ―――っ!」
大地は皇帝の手から毟り取った鍬の鉄部分に『錬成』の魔法をかけ、柔らかくしてから刃をくるくると丸め始めた。
出来上がったのは木の柄の先にチクワのような物がついた珍妙な物体である。
「ほれ、大切な農具を返してやるぞ」
デスレル皇帝は、大地が投げてよこした鍬をかろうじて受け止めた。
その刃を見て譜代爵たちの目が丸くなっている。
「なんだよなんだよ皇帝陛下、もう終わりかぁ?」
「ぎ、ぎざばぁ……」
ドガドキャドキャッ!
「ぐぅがぁぁぁぁぁ―――っ!」
大地の3連蹴りが皇帝に突き刺さった。
ドギャバギャッ!
堪らずに前屈みになった陛下の顔面に大地のフリッカージャブとストレートが叩き込まれている。
最初のジャブが鼻を叩き潰し、ストレートは人中に入って前歯を全滅させた。
皇帝陛下はそのままゆっくりと前のめりに倒れていったのである……
「へ、陛下ぁぁぁ―――っ!」
4人の譜代爵が皇帝陛下に駆け寄って行った。
2人は剣を抜いて大地に襲い掛かって来ている。
だが……
ガキィィィ―――ン!
ガキィィィ―――ン!
間に入ったアマーゲ将軍とケーニッヒ将軍が譜代爵の攻撃を剣で受け止めた。
「間違えないでください、あなた方の相手はわたしたちですよ」
「さぁて、皇帝をぶちのめすのはダイチ殿に譲ったが、せめて譜代爵どもはこの手で退治してくれようか……」
ズバンッ! ズシュッ!
2人の将軍は返す剣で譜代爵たちの剣を握った手を切り落とした。
「「 ううわぎゃあぁぁぁ―――っ! 」」
「「「「 き、きさまらぁぁぁぁ―――っ! 」」」」
ズドズドズドズド。
「「「「 ずぎゃあぁぁぁ―――っ! 」」」」
皇帝に駆け寄っていた4人の譜代爵も手を切り落とされて蹲っている。
「のうダイチ殿……」
「なんだいアマーゲ将軍」
「ダイチ殿はこ奴らを殺すなと仰られていたが……
あと1発ずつ、いや2発ずつ殴ってもよろしいかの?」
「ははは、お手柔らかにな」
「「 忝い 」」
ドガバキボキグシャ……
「「「「 ううわぎゃあぁぁぁ―――っ! 」」」」
そして……
そこには皇帝陛下と同じく、鼻軟骨を粉砕され、全ての前歯を折られた譜代爵たちが転がっていたのである……