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*** 287 生死をかけた越冬 ***

 


 ドルジン総攬把は居並ぶ大攬把たちを見渡した。


「それでも我らが生き延びるためにはこの越冬場が必要だ。

 ここは高原商会の利益を貯めて将来は我らで買い取ろうとは思っておる。

 だが、ここは寄贈して頂いた政務庁や高原商会の建物を除いて、今はまだ全てダイチ殿の持ち物なのだ。


 そして、ダイチ殿はこの越冬場をヒト用1室と羊舎1つに加えて、薪と『さいれーじ』も併せてひと冬銀貨50枚で貸して下さると仰っておられる。

 13歳以上の羊5頭分の銀貨だ。

 わしはこの費えを非常に安いものだと思っておる」


「そうだの……

 あれだけの建物に加えて薪と羊のエサまでついておるのだからの」


「ただでさえ安いうえに、この冬は壁の中で暮らすこともお願いせねばならん。

 それでだ。

 ダイチ殿にお願いするとしても、あの壁の中でゲルを張って暮らす者の費えにいくら払えばいいものかのう」


「そうか、外で暮らす者も水場や薪や羊のエサは使うのか……」


「これはダイチどののお心積もりを聞いてみるしかあるまいが、わしの予想では建物での宿泊代が銀貨20枚、水の設備と薪と餌代が銀貨30枚ではなかろうかと思うておる。

 つまり、この壁の中で暮らす者も、ある程度は銀貨を払わねばなるまい」


「それもそうだの……」


「ところがだ。

 子供が成人して独立する際には、我らは3歳から5歳ほどの羊を分け与えていただろう。

 ということは、独立して8年以内の男は13歳以上の羊を飼っておらんのだ」


「そ、そういえばそうじゃった……」


「つまり、宿泊料を払うために売る羊がいないということなのか……」


「それはわしら年長者が代わりに払ってやればいいのではないかの?」


「だが、独立心の強い高原の男たちであれば、それも嫌がるかもしらんのう……

 わしらの世話になることを拒んで湖に向かうやもしれん……」


「それで若い者たちが全滅でもしたら、悔やんでも悔やみきれんぞ……」


「わ、わしらの孫や曾孫たちもおるかもしらんのだぞ!」


「そのとおりだ……」


「仮にダイチ殿に頼んで3歳からの羊を買い取って貰えるようにしても、やはり若い男たちは嫌がるかもしれん」


「そうじゃの。

 一生懸命頑張って羊を増やして、早く攬把や中攬把になりたいと思うておるだろうからの……」


「そうか、若い家族たちがここで越冬したとしても、売れる羊がいなければあの食堂や店で旨い物を買って喰うことも出来んのか……」


「それはいつもの湖畔での越冬と同じく、我ら年長者が振舞ってやればいいのではないか?」


「それもそうだの」


((( そ、それなら毎日孫たちが来てくれるかもしれん!

 こ、これはなんとしてでも、全員をここで越冬させねば! )))



「ということでだ。

 わしらや氏族の長老たちが、越冬場の使用料を負担してやることにしたら如何かと思うのだ」


「どうせわしらが寿命で死ねば、皆に分配される羊だからの」


「だが懸念もある。

 わしは3000頭ほどの羊を飼っておるが、そのうち13歳以上の羊となると、150頭いるかどうかだ」


「そうか……

 羊は8歳を過ぎると数が減り始めていたの……」


「ここにいる大攬把11人の持つ羊の内、13歳以上の羊を全て搔き集めても1500頭ほどか……」


「1650頭全てを売っても銀貨1万6500枚、金貨にして165枚か。

 それで高原の民5万と羊150万頭の越冬代金として足りるかのう」


「いや無理だ。

 それでは1人当たり大銅貨3枚と少しにしかならん。

 あの部屋に50人詰め込んだとしても、越冬費用が1部屋銀貨50枚ということは、1人当たり銀貨1枚かかるのだぞ」


「それでは中攬把殿たちにも事情を説明して、13歳以上の羊を搔き集めるか」


「なんとか5000頭は集めて売りたいものじゃな……」


「後は若い者たちをどう説得するかということであるが、それは本来我らの仕事じゃのう……」


「そうだの。

 命がかかっていると言えば、なんとかこの地で越冬して貰えるかもしれん」


「もし冬の訪れが早いだけで、55年前のような大寒波ではなかったらなんとする?」


「その時はわしらや中攬把の羊の内、13歳以上の羊がいなくなるだけじゃ。

 どうせすぐにも老衰で死に行く羊じゃろう」


「ついでに中攬把たちへの詫びの印として、わしらも大攬把の地位を譲ってもいいかもしらん」


「それもそうだの。

 氏族の命には代えられん」



「それではまず、わしと大攬把たちでダイチ殿とお会いすることとしようか。

 まずは壁の内側で越冬する者たちの費えを決めて貰わねばならん」


「「「「 うむ! 」」」」





 翌日、ドルジン総攬把からの要請を受けて大地と高原の民首脳部との会合が持たれた。



「ダイチ殿、ということで、今年の冬の訪れは異様に早いのじゃ。

 これは高原の地が大寒波に見舞われた55年前に比べても半月から1月早い。

 この地には、『早い冬は厳しく、遅い冬は過ごしやすい』との言い伝えもある」


「そうか……

 それで55年前の大寒波の時には被害は酷かったのかな」


「人は3割が死に、羊は7割が死んだそうじゃ」


「それは酷いな……」



「それでの、我らはあの越冬場にこの高原の民全員を避難させたいと思うたのだ」


「民の総数は5万ほどだったよな。

 羊はどのぐらいいるんだ?」


「およそ150万はいるだろう」


「そんなにいるのか。

 それではあの越冬施設には入りきらんだろうに」


「そこでご相談なのだが、あの越冬場の中の建物の間にゲルを張らせて貰えんだろうか。

 特に壁際に張れば、ゲルは雪に埋もれず、また風で飛ばされることもないだろう。

 だが、建物の外で野営する者たちも水場は使うだろうし、『さいれーじ』も必要になる。

 まだ子が小さい家族のためには、この政務庁舎の建物や寡婦や子供たちの住居に入って貰おうと思うておる。


 建物を使用する際の費えはヒト用1室と羊用1室で銀貨50枚だったが、空き地で野営する者たちの費用は如何ほどになるだろうか」


「その費用を決める前に少々時間を貰えるかな。

 決定したら俺の方からまた連絡させて貰う」


「よろしくお願い申し上げる……」




 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




 大地はダンジョン国に転移し、ツバサ様に念話を送ってみた。

 今までのツバサさまへの連絡はタマちゃんにお願いしていたが、アルス総督になった今、神界への通信能力が生えて来たかもしれないと思って試してみたのである。


(ツバサさま、ご相談させて頂きたいことがあるのです。

 誠に恐縮なのですが、ご都合のよろしい時を教えて頂けませんでしょうか)


(あらダイチさん、直接ご連絡して頂けるなんて嬉しいわ♡

 いつでもよろしいですよ♪)


(あ、ありがとうございます。

 それで、タマちゃんがいなくてもそちらに転移出来るものなのでしょうか)


(うふふ、ダイチさんはもう天使族扱いですからね。

 わたしの執務室のマーカーも検知出来るようになっていますので、試してみてください)


(ありがとうございます。

 それではやってみますね)



(……マーカーの位置をベッドの上にしておこうかしら……)


(?? 何か仰られましたか?)


(い、いえいえ何も!)




 大地は神界のツバサさまの執務室に転移した。

 ツバサさまはヒト族姿からマッパワーキャット姿に慌てて変化していた。


「ようこそダイチさん♡

 これでもういつでもここに来て頂けるようになりましたね♪」


「き、急なお願いにも関わらずお会い下さってありがとうございます」


「うふふ、ダイチさんならいつでも歓迎ですよ」


(就寝時間ならダイチ・ライブカメラも休止していますから、夜ならもっと歓迎なんですけど♡)


(うーん、やっぱりおっぱい丸出しの姿は刺激が強いわ……

 しかもツバサさま、もともとトンデモな美人さんだし……)


(あ、ダイチさんがわたしのおっぱいをチラ見してくださった♡

 嬉しいな……

 やっぱりダイチさんに会うときにはこの姿が正解ね♪)



「こ、こほん。

 そ、それでですね、今デスレル平原の東側にある高原の地で活動しているんですが、そこの長老たちが今年は55年ぶりの大寒波が襲来するかもしれないと言っているんです。

 アルス中央大陸では55年前にそんな酷い寒波が来たことがあったんでしょうか」


「そうですね、アルスでは50年から60年周期で冬に北の大寒気団が南下する傾向があるようです。

 前回は確かに55年前でした」


「それは氷期の訪れの前触れだったりするんですか?」


「いえ、あくまでも通常の気候周期の範囲内です」


「それはよかったです。

 ですが、55年前の高原では被害が大分酷かったようですね」


「あのときの被害は北大陸全域と、中央大陸の北部海岸沿いに集中していました。

 特に中央大陸北部には流氷が接岸して漁が出来なくなって、住民の皆さんが大層お困りのようでしたね。

 内陸部では多少積雪が多かったようですが、それでもさほどの被害は無かったはずなんですが……

 そうですか、高原の民の被害も酷かったんですね……」


「まああそこは平均標高が1500メートルほどある場所ですから。

 それでも安心しました。

 今年の冬さえなんとかしてやればいいんですね」


「ええ、それで大丈夫でしょう」


「ありがとうございます。

 それでは早速高原に戻って対策を考えたいと思います。

 それから北部海岸沿いでも少し行動してみましょう」


「よろしくお願いしますね」


「あ、ところでもうひとつご相談なんですが、雪深くなったときには各地の越冬場に転移の魔道具を置いて食料や薪を配りたいと思っているんです。

 ですが、緊急時とはいえ、あのような魔道具を民間で使用してもいいものなんでしょうか」


「もちろん、あまり多用しなければ構いませんよ。

 特に人命がかかっている時などは、どうぞお使いください」


「い、いいんですか?」


 ツバサさまが微笑んだ。


「500年前、神界がここアルスにダンジョンを創ったのは、この地に金属資源が少ないのを不憫に思ったからです。

 そのために、ダンジョンで上げたレベルに応じて魔法やスキルなども得られるようにしていました。

 不幸なことにヒト族たちが悪用したせいで、すぐに配給停止にしましたけど。


 その際にレベル20以上になった者たちには『転移魔法』のスクロールもドロップさせていたのです。

 レベル1の転移魔法では自分しか転移出来ず、その距離も視野の範囲内でしたけど。


 ですが、レベル5以上になれば他人も同伴して転移させられるようになりますし、転移先も1回訪れてマーカー魔法を発動した場所であれば距離の制限も無くなります。

 そのぐらいのレベルになっていれば、レベル3ぐらいまでの『収納袋』は持っているでしょう。


 つまり、転移の魔法と収納袋は、金属が無いせいで作れない輸送機器の代わりになるものだったのです。


 元々神界が与えようとしていた能力ですからね。

 ダイチさんが管理されていて悪用不能な状態であれば、『転移の魔道具』を民生用として使用することに何の問題もありません」



「なるほど……

 どうもありがとうございます。

 それでツバサさま、何かご入用の物やご希望はありませんか?

 お礼を差し上げたいと思いまして」


「そ、そそそ、それではまた寝る前にグルーミングして頂いても、い、いいですか?」


(うーん、上目遣いでそんなことを聞いて来るツバサさま、破壊力抜群……)


「そ、そんなことでいいんでしたらいつでも」


「ありがとうございます!

 それでは夜9時過ぎにお伺いさせてください♡」


「はい」




 因みに……

 大地はタマちゃんとツバサさまに本格的なグルーミングをお願いされて大困惑することになる。


 その本格的グルーミングとは……

 大地の舌を『変化』の魔法で猫と同じザラザラなものにして、本来の形である舐めグルーミングをして欲しいというものだったのだ!

 もちろん顔や胸や脚や内ももまでもである!

 しかも、タマちゃんとツバサさまは、ワーキャット形態になっているのだ!


 大地は何故か心の中で般若心経を唱えながらグルーミングしてあげていた。

 そして、お返しにといって2人が大地にも本格的グルーミングをしてくれるという提案は、丁重に丁重にご辞退申し上げたのであった……





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