表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

282/410

*** 282 越冬施設建設 ***

 


 大地はドルジンに向き直った。


「さて、この羊小屋なら最大600頭近い羊を越冬させられると思うんだが、もし総攬把殿が20人の家族と共に500頭の羊を連れてここで一冬過ごすとして、借り賃はいくら払ってくれるかな」


「それは薪や『さいれーじ』がついてのことかの」


「そうだ」


「ふむ、ここで越冬すれば羊は死なずに済むだろう。

 毎年1割から2割は凍死しておるし、寒さが酷い冬には3割近くが死ぬ。

 しかもこれならば南の湖まで行く必要も無い。

 それに加えて薪まであるのなら、羊20頭分、銀貨200枚は払ってもよいの」


「はは、総攬把どのは分限者だからな。

 若い連中はそんなに払えないだろうから、もっとずっと安くしてやろうか」


「それでよいのかの……」


「まあゆくゆくはこの建物は高原商会に買い取ってもらって、商会が民に貸し出せばいいけどな」


「なるほど……」


「あちらの12家族用の建物の周りには12個の羊用建物を造る」


「素晴らしいのう……

 この大きな建物を2つ借りれば、わしの家族や寡婦たちや子供たちが暖かく越冬出来るのか……

 子羊や母羊は建物に入れて、成獣の雄羊は交代で中に入れてやればよいの」



「それでは攬把殿たちが集まった評定で『不戦の約定』が決議されたら、その後に越冬用の建物を建てようか」


「その評定の結論はもう出ているとは思うがの。

 今更わしが反対などしたら、反乱が起きそうだわい」


「ははは。

 その評定は攬把たちが集まるのかい?」


「そうだ」


「それなら、それまでに少し土地を貸してくれるかな。

 みんなに食事を振舞う場所や商会の建物を造っておきたいんだ。

 もちろん評定で決議が為されなかったら後で撤去するから」


「いや、実際には我ら高原の民は攬把各人が一族の主なのだ。

 故に評定では全員が納得する必要もない。

 あの評定と連合軍はそもそもデスレルを追い払うためのものであったからの」


「そうか。

 だが出来れば評定のために攬把たちを集めて欲しいんだ。

 そうすれば俺のダンジョン商会の商品を見て貰えるしな。

 食事を振舞うときには、俺の商品の宣伝にもなるし」


「はは、なるほど」



 因みに、最近までの高原の民たちの暮らしは完全な放牧生活であった。

 これは大攬把と雖も例外ではない。

 彼らも自分の羊のために放牧をする必要があったからであり、つまりは全員が『住所不定』だったのである。


 だがしかし、デスレル軍の襲来は高原の民たちの生活にも変化を齎していた。

 それは、万が一デスレルが再度侵攻して来た際に兵力の集結を容易にするため、氏族ごとに複数の連絡所を設置するようになっていたのである。


 これら氏族本部は主に大攬把や中攬把たちが設けたものであり、デスレルの襲来に備えて早期に氏族のメンバーに集合や避難などの指示を出すための場所である。

 本部を作った大攬把や中攬把は、主にその周囲を放牧場所とし、いつでも連絡が取れるような態勢が取られていた。


 また、攬把やそれ以下の氏族構成員たちも、最低10日に1度はいずれかの本部に連絡員を派遣する手筈になっている。

 これは特に家長でなくとも、成人前の子供などでも構わないことになっていた。


 まあ一口に言って、放牧を生業とする高原の民にとっての連絡網といったところであろうか。


 この制度が出来ていたために、特に大攬把や中攬把などの幹部たちほど早く参集が出来るようになっていたのである。




「そうそう、仮に一族単独でデスレル平原に降りて略奪を行おうとする者がいたとしたら、総攬把殿たちが敵に回るとも伝えてやって貰えないだろうか。

 今はヒトもいないし財も無い平原だが、これからは農村を作って麦作を始めたいんだ」


「もちろんそのように伝えよう。

 だが、その前に皆ダイチ殿に捕獲されてしまうのではないか?」


「まあ、それもそうだがな。

 それで、どこの土地を貸してもらえるかな」


「そもそもこの高原の土地は誰の物でもないのだがのう」


「だが、今後の高原の民の暮らしのためには、総攬把殿の本拠地は必要だろう。

 将来的には大攬把殿たちにも各地に本拠地を作ってもらって、俺の商会の支店を出したいと思っている」


「なるほど、そうすれば高原の民たちが羊を売りに来たり麦を買いに来るのが楽になるということか。

 それに、羊を売る場所と麦や薪を買う場所は、なにも同じところである必要はないのか。

 いや、貨幣という物は思った以上に便利なものだの」


「そうだ。

 それに越冬用の建物もその各本拠地近くに建ててもいいかな。

 そうすれば長い冬の間氏族のみんなで集まって楽しく過ごせるぞ。

 大きな建物を造って、そこで相撲大会を開いてもいいな」


「冬に相撲大会か。

 皆喜ぶであろうの……」




 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




 それから評定が行われるまでの10日間、大地は忙しく過ごすことになった。

 まずは時間停止倉庫に3日間籠り、シスくん(の本体)と、総攬把の本拠地の街の設計を行ったのである。


 その後は念のため総攬把に同道してもらって街の線引きを行い、アイス王太子も伴って街を建設していった。



「のう、アイシリアス王太子殿」


「はいドルジン総攬把殿」


「ダイチ殿はダンジョン国という国の代表だと聞いたのだが、貴国とは単に友邦国というご関係なのかな」


「友邦国であるのはもちろんですが、同時に我が国はダイチ殿に国政最高顧問もお願いしております。

 また、同じ友邦国であるゲゼルシャフト王国とゲマインシャフト王国もやはりダイチ殿に国政最高顧問を依頼しておられます」


「やはりそれほどまでの御仁であらせられたか」


「はい。

 デスレル帝国を滅ぼしたその武力もさることながら、我が国の農業生産を20倍にしたその智慧、さらにはそれを可能にした極めて優秀な部下の方々。

 なにをとっても最高の人物であることは間違いございませんので。

(その上、天がこのアルスの総督に任命された方でもあるし)」


「そうか、3カ国の国政最高顧問殿か。

 それならば、その3カ国の間で争いなど起きようがないの」


「はい」


「それで、一国の最高顧問ともなれば、報酬は如何ほどになるのかのう」


「いえ、我らも他の国の王も何度もお聞きしたのですが、ダイチ殿は報酬を一切受け取ろうとはなさらないのです」


「やはりそうであらせられたか……

 それでは我ら高原の民もダイチ殿に国政最高顧問就任を願い出てみようと思うのだが、貴国や他の2国の方々にとってなにか問題はあるかの」


「いえ、まったくございません。

 それどころか、皆安全圏が広がったと喜ぶと思います」


「そうか、安全圏か……

 それでは全体評定にかける前に、大攬把たちに相談してみるとするか……」




 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




 大地とシスくんの越冬場造りが始まった。


 まずは本部ゲルの南方200メートルほどの場所から、南方に向けて直径4キロほどの範囲を覆う高さ15メートルの円形の壁が作られた。

 その周囲には6か所ほど大きな門も設置されている。


 その内部には、中央の施設群から6方向に大通りが伸び、その道沿いにそれぞれ10か所の住居群が造られて行ったのである。


 この住居群は、直径60メートルの12世帯用ドームとその周囲の12個の羊用ドームで構成されていた。


 1世帯当たり20人が越冬するとして、合計で1万4000人以上が冬の間に住むことが出来る施設である。

 これは高原の民全体の約4分の1強に相当する。

 羊も詰め込めば実に60万頭を収容出来た。



 中央の施設群の中には、サイレージ配送所、大浴場、5000人収容可能な集会場、診療所などもある。


(敷地内の建蔽率は12%ほどか……

 これなら羊が雪を掘って草を食べる場所もなんとかなるだろうし、大平原に慣れた連中にも圧迫感は無いだろうな……)



「なんとまあ、ここまで巨大な越冬場だったとは……」


「これぐらい作っておけば安心だろう。

 それじゃあ次は総攬把殿の本拠地を造ろうか」



 一行は越冬場の北側に移動し、大地は中央部にまず白亜の大理石で総攬把政務庁を建てた。

 これは2階建て20室ほどの大部屋と大会議室から成る建物であり、ゆくゆくは総攬把本部、商務部、財務部、外交部などの部署にそれぞれ要員が雇われて働くことになるだろう。

 まあ言ってみれば総攬把公邸兼政府総合庁舎である。


 その裏手には寡婦と子供たち1000人が暮らす宿舎も建てられた。

 もちろん大食堂も大浴場もついており、全員が学ぶ教場もある。

 その建物には60メートル級の羊用宿舎も4つ隣接していて、3000頭の羊を収容することが出来た。


 総攬把政務庁の西側には高原商会の本部も建てられている。

 ここでは高原の民から羊の買取りが行われることになり、もちろん毛刈場や屠畜場や倉庫もついていた。


 政務庁の東側には巨大なダンジョン商会の高原支店が建てられた。

 広大な店内には多くの珍しい商品が展示され、販売されることになるだろう。

 その裏手にはこれも大きなフードコートが作られており、その隣には短期滞在者のための大きなホテルも造られている。


 これら中央本部も高さ15メートルの巨大な壁で囲まれており、冬場に如何に強風が吹いても大丈夫と思われる。

 もちろん越冬場と中央本部も屋根付きの通路で結ばれていた。



「なんとまあ…… なんとまあ……」


 総攬把と大攬把や中攬把たちの口は開きっぱなしだった。


「どうだい総攬把殿。

 けっこう立派な施設だろ」


「こんなもの凄い施設とは想像もしておりませんでしたわい……」


「まあ、いつもはみんな放牧で忙しいから、そんなに客は来ないだろうけどさ。

 春先や冬前にはけっこう混雑するだろうから余裕を見て造っておいたんだ。

 そのときには従業員として寡婦さんたちや子供たちを大勢雇わせてもらえるかな。

 そうすれば彼らも貯金が出来るだろう」


「誠にありがたき思し召しですの……」


「もちろんあの政務庁舎や高原商会の建物は総攬把殿に寄贈するよ。

 各地の攬把さんが集まって来たときには、越冬場や俺たちの商会のことを宣伝しておいてくれるか。

 もちろん見学は大歓迎だぞ」


「皆驚くでしょうな……

 ところでダイチ殿、折り入ってお願いがございましてな」


「なにかな」


「ダイチ殿は既に平原3カ国の国政最高顧問を為さっておられるとか。

 それで、我が平原の民のまつりごとの最高顧問もお願い出来ないかと。

 特に最初は高原商会とこの越冬施設の運営をご教授願いたい。

 我らはそれを見学させてもらって、後々の参考にさせて頂きたいのですじゃ」


「いいのかい?」


「ここにおる8人の大攬把も納得しており申す」


「確か大攬把さんはあと4人いるんじゃなかったっけ」


「その4人も我らが説得致す。

 まあ1人は反対するでしょうが、後の3人は間違いなく賛成してくれるものと考えており申す。

 それに我ら高原の民とは、そもそも独立した攬把が集まっているもの。

 反対意見があろうとも、特に問題はござらん」


「なるほど、それじゃあお引き受けさせて頂くよ。

 まあ、俺がするのは単なる助言だけどな」


かたじけない……」




 その日大地は全員を引き連れて施設を見学し、細かい要望も聞いて行った。

 また、ダンジョン国に転移してから地球にも戻り、淳に連絡を取ったのである。


「やあ淳さん、休暇中にすみません」


「随分と休暇を楽しませて貰ってるよ。

 それで今日はどうしたのかな?」


「今高原の民のところで仕事をしているんですが、少々欲しい道具がありまして、淳さんについでに買って来ていただけないかと」


「了解、どんな道具だい?」


「高原の不整地で牧草を集めて廻ってサイレージを造りたいんですけど、デコボコの地面でも子供たちが曳けるような箱型リヤカーか荷橇を100台ほど欲しいんです。

 それから、比較的平らな場所で背の低い草を刈って溜めるために、人力草刈り機もお願いします。

 あ、貸与の形にするんで金属製でも構いません」


「なるほど、それじゃあまずリヤカーだけど、大きなタイヤのついた不整地用リヤカーにしようか」


「なるほど」


「それから人力芝刈り機はいくつか買っていくから、使い勝手のいいものを選んでくれるかい。

 目的は芝を刈るというよりも刈った芝を集める事だろうから、草を溜める箱は大きなものがいいよね」


「ええ、それじゃあお願い出来ますか」


「わかった。任せてくれ」


「よろしくお願いします」




 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




 翌日以降、高原各地から攬把たちが集まって来た。


 因みにだが、この攬把という呼称はどちらかと言うと村長と言うよりは家長に近い意味を持つ。

 要は祖父、息子、孫一家と言った家族の中での代表や長老という位置づけになる。


 子は15歳で成人して独立していく際に、家長である攬把から元手になる羊の番を15番ほど分けてもらうために、家長には恩義も感じていた。

 また幼少より放牧のノウハウも教わって来たため、自然と長老として立てているという地位だったのである。


 この傘下の攬把が多い者を中攬把と言う。

 その規模はおおむね20人の攬把を束ねる存在になろうか。


 つまり子だくさん孫だくさんであれば自然と中攬把と呼ばれるようになるのだが、それにはむろん多くの妻や子を養い、その独立の際には羊も分け与えることになるため、かなりの甲斐性が無ければ成れるものでもなかったのである。


 この中攬把を50人以上従えるのが氏族の長たる大攬把であった。

 つまり、大攬把や中攬把といった地位は、誰から与えられたものでもなく、その一族の大きさを基準に自然と構成された地位だったのである。


 したがって、彼らは一族や氏族の絆という考えはあっても、高原の民全体に対する忠誠心と言う概念はほとんど持っていなかった。


 その氏族を結集させて、氏族連合とも呼ぶべき政体を作ったきっかけが、デスレル帝国の侵攻だったということになる。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ