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*** 277 『だいちさま』 ***

 


 全員が座ると、女たちが大きな盆に茶の入った器を持って来た。


「お好きな器をお取り下され」


 大地とアイス王太子が器を取ると、総攬把も器を手にして口を当てた。

 大地たちも茶を喫する。


(やはりほうじ茶か。いい香りだ)



「それにしても素晴らしい馬だの」


(確か地球の遊牧民の間では、相手の馬を褒めるのはかなりの賛辞だったか)


「ああ、今は戦闘形態になっているんでな。

 ノワール、通常形態に戻って自己紹介してくれ」


 微かな光と共にノワール族長が通常形態に戻った。



「お初にお目にかかる。

 ブラックホース族族長ノワールと申す。

 どうぞお見知りおき下され」


 ノワール族長が頭を下げると、その場の高原の民全員が大硬直した。



「隣におるのは息子のブラッキーと申す」


「ブラッキーと申します。

 よろしくお願いいたします」



「ダイチ殿、我らも座ってよろしいか。

 どうも我らだけ立っているのは落ちつかんで」


「ああいいぞ」


 ノワール族長とブラッキーくんが地面に尻をつけて胡坐をかいて座った。

 男たちはさらに硬直して仰け反っている。



 総攬把が我に返って後ろを振り返った。


「こちらのブラックホース族の方々にも敷物を」


「は、はい!」


 女たちが敷物と茶を持って来た。


かたじけない」


 ノワール族長とブラッキーくんは澄ました顔をして敷物に座り直し、前足の先を変化の魔法で手に変えて茶碗を持ってずずっと啜った。


 男たちの目がまん丸になっている。


 ブラックホースたちの表情はわかりにくいが、大地の目には2人がかなりのドヤ顔になっているのが見て取れた。



「なるほど、貴国にはこれほどまでに強き戦士もおわしたか。

 これならばあのデスレル帝国を滅ぼしたというのも頷けるというもの」


「いや総攬把殿、デスレルを滅ぼしたのはこちらのダイチ殿とその重臣お2人が強大な魔法によって為されたこと。

 我ら戦士は手を出させてはもらえなんだのだ」


「なんと……」


「誰が滅ぼしたのかなどとはどうでもいいことだ。

 だが俺たちの言葉だけでは安心出来んだろう。

 故に総攬把殿と大攬把殿たちには是非デスレル本国の様子を検分に行って頂きたい」


「それは宙を飛ぶ乗り物に乗ってか……」


「そうだ、あの乗り物だと1刻半ほどでデスレルの旧皇宮まで行けるからな」


「そうか……」


「だが、その前に進物を持って来ているので受け取って欲しい」


「進物だと……」



 大地の右側に直径30メートルほどの白い円盤が出現した。

 それは宙に20センチほど浮いており、その上には2000個の麦の2斗袋と、1000個の塩10キロ袋が積み重なっている。


「これが進物の麦と塩だ。

 どうか納めてくれ」


 総攬把の目が細くなった。


「我らは施しは受けんぞ」


「施しではない。

 これは富者の義務だ」


「富者の義務だと?」


「そうだ。

 貴殿は戦で一家の主を失った寡婦や子供たちを養っていると聞いた。

 その子らが成人し、立派な男になった後に子供たちにと言って羊を献上して来ることもあるだろう。

 まあ俺もそれなりに富者になったようなんでな。

 同じようなものだと思ってくれ」


「ということは貴殿も……」


「ああ、俺が7歳の時に両親が亡くなった。

 幸いにも祖父がいたのでその後は祖父に養ってもらったが、その祖父も去年亡くなった。

 親しい仲間は大勢いるが、俺に肉親はいない」


「そうか、それでは有難く頂戴しよう。

 皆に代わって礼を言う。

 忝い。

 ところで失礼ながら貴殿はおいくつなのだろうか」


「(肉体年齢は)16歳だ(生活年齢は28歳だけど)」


 どよめきが起きた。


(成人してまだ1年ほどしか経っていないと言うのか……

 いったいどのように生きて来れば、たった16歳でこれほどまでの男に成れるというのだろうの……

 おそらく、この男が死線を潜った数はわしよりも遥かに多いのだろう……)



 いやまあ大地くんは、死線を潜るどころか1日10回は死んでリポップしてるからねぇ♪

 しかも相手はレベル20から45の超猛者たち2500人だし♪




「それじゃあみんな、旧デスレルの支配地域を検分に行こうか」


「よろしくお願い致す」



 豪華版に改造された大型円盤には、総攬把と5人の大攬把、護衛として10人の中攬把が乗り込んで来た。

 中央部には全員が座れるだけのソファと飲物が乗ったテーブルがある。

 だが高原の民は皆周囲の手摺のところにいた。

 どうもいちばんワクテカしているのは総攬把のようだ。


「それでは出発しよう」


(シス、地表高度300メートル、巡航速度でデスレルの旧第3方面軍団司令部跡に向かってくれ)


(はい)


 円盤がゆっくりと宙に浮き、地表300メートル上空を時速500キロで飛び始めた。


「「「「 おおおお―――っ! 」」」」


 ドルジン総攬把は最前列に陣取り、ご機嫌な様子で下を見ている。


「おお…… このような高さから高原を見たのは初めてじゃわい。

 はは、丘の間を縫って小川が流れているのがよくわかるの。

 お、あの白い塊は羊の群れかのう……」


 眼下の草原ではなだらかな緑の起伏が果てしなく続いている。

 まるで波浪の高い海のような雄大な風景だった。



「のうダイチ殿」


「なんだいドルジン殿」


「もう少し高く飛んでもらうわけにはいくまいか。

 また、この辺りをぐるりと回って見せて欲しいのだ」


「了解した」


(シス、操縦を代わろう)


(はい、ユーハブ)


(アイハブ)



 円盤が標高3000メートルほどまで高度を上げた。

 速度も時速100キロほどまでに落とし、その場でバンクしながら旋回する。


「「「「 おおおおおお…… 」」」」


(はは、もともと高原に住んでるだけあって、高山病の心配はなさそうだな。

 よし、ゆっくり標高4000メートルまで上がってやろうか)



「むう、我らの高原はこのような形をしていたのか」


「我らも隅々まで行ったことがあるわけではないからのう」


「おお、南の方角に冬の越冬場所である湖が見えおる!」


「のうダイチ殿、周りを見ると地面が丸く見えるのはわしの気のせいか?」


「いやドルジン殿、このアルスは球の形をしているんだ」


「なんと……

 それでは端の方にいる者が滑り落ちてしまわんか?」


「いや、万有引力というものがあるんでそうはならないんだ。

 いつか詳しく説明するが、その者も自分は真っすぐ立っていると思って、端の方にいるドルジン殿たちが滑り落ちないかと心配しているぞ」


「ははは、なるほど。

 それにしても……

 我らの高原もデスレルの平原も、こうしてみると狭いのう。

 それに比べてこの大陸の広いこと……

 わしらはこのように狭い地で争っておったのだの……」


「そうだな」


「のうダイチ殿、もそっと高くは上がれんかの」


「上がろうと思えば上がれるんだが、上空は空気が薄くてさらに寒いからな。

 頭が痛くなって来て、最悪意識を失って死んでしまうんだ。

 だからもっと上がるには何時間かかけて上がらないとな。

 アイス王太子、頭は痛くなっていないか?」


「実は少々痛くなって来ております」


「そうか、それではアイスにはレベル8の結界を張ろうか」


「ありがとうございます。

 かなり楽になりました」


「そうか、アイス王太子殿下は平原で暮らしておられたので高さに慣れてはおられなんだのか。

 それは申し訳ないことをした」


「いえ、ダイチ殿に強力な結界を張って頂いたのでもう大丈夫です」


「その『けっかい』というものも魔法なのかの」


「そうだ」


「いや魔法とは便利なものなのじゃのう……

 ところでダイチ殿、この円盤はもっと大きなものもあるのか」


「あるぞ」


「それではいつか、子供たちを乗せてこの光景を見せてやってくださらんか。

 この大陸のように広く大きな心を持てと教えてやりたくての……」


「わかった。そのうちに実現させよう」


(はは、この円盤を見て軍事利用を言い出さなかったのは、ワイズ国王と両将軍閣下以来だな……)



「それじゃあそろそろ旧デスレル領に向かわないか」


「うむ、もう十分に堪能させて頂いた。

 よろしくお頼み申す」


(シス、ユーハブ)


(はい、アイハブ)



 円盤は巡航速度で西に向かった。

 やはり大攬把やその護衛たちは手摺に掴まって風景を見ていたが、中にはノワール族長の前に座り込んで何事か熱心に話し込んでいる者たちもいる。

 どうやら族長は、ダンジョン国の暮らしが大地のおかげでどんなに豊かになったか、そのために自分たちや他の種族の戦士たちが如何に熱心に大地のために働いているかと熱弁を振るっているようだ。



「ということでの。

 こちらのダイチさまがおわす限り、我らの一族も国も安泰なのだ。

 子らも女らも皆笑顔で腹いっぱい喰いながら暮らしておるしの。

 かくなる上は我ら戦士長や戦士は、いつ何時でも如何なる死地であろうとも突撃して行く覚悟は出来ておる」


「そ、その戦士たちは何人ぐらいおられるのか」


「全部で25種族2500ほどの戦士がおる。

 まあ皆ヒト族の兵ならば100や200は相手に出来る強者ではあるが、一騎当千の大戦士は200名ほどかの」


「そうか……」


「だがの……

 こちらのダイチさまは強すぎるのだ。

 我ら戦士たち全員と一度に戦う鍛錬を日に10回もやっておるのだが、いつも我らは1分ももたずに全滅させられてしまう。

 いつかはダイチさまと互角に戦えるようになってみたいものよ……」


「「「 ………… 」」」



 大攬把のうちの1人が大地の前に座った。

 先程若い兵を殴り飛ばした2メートル近い大男である。


「わしはダワードルジと申す。

 貴殿はダイチ殿と仰られるか」


「そうだが?」


「この夏に、わしの末孫の嫁が子を生んだのだ。

 だが、誠に恥ずかしきことに、滋養が足りなかったせいかほとんど乳が出なかった。

 赤子に羊の乳を与えても、すぐに腹を壊して却って弱ってしまうでの」


(あ、それ乳脂肪分が多すぎるからだな)


「嫁御も産後の肥立ちが悪く、そのままでは嫁も曾孫も命は無かっただろう。

 だが、或る日突然嫁が元気になり、乳もたっぷりと出るようになったのだ。

 嫁はふっくらと太ってもいた。


 それで話を聞いてみると、或る日子と一緒に見知らぬ場所にいたというのだ。

 そこでは大勢の母親と乳飲み子がおり、またさらに多くの女子おなごたちが働いていたそうな。

 その女たちが微笑みながら箱に触れると辺りに光が満ち、嫁の体の具合がすっかり良くなったというのだ。


 また、多くの女子おなごたちが交代で我が曽孫に乳を与え、嫁には喰いきれぬほどの料理を振舞ってくれたという。


 その女子おなごたちと言葉は通じなかったそうだが、或る日頭の中に我らの言葉が響いて来たというのだ。

 そうして、その声は、『ここの食事も赤子に飲ませる乳も、すべて天の御使いであらせられる『だいちさま』の思し召しによるものです。あなたはここでゆっくり養生してお腹いっぱい食べ、早く元気になって乳が出るようになってください』と仰られたそうだ。

 また、元気になって乳もたっぷりと出るようになったら、元の場所の元のときへと戻して下さるとも。


 嫁はこれが噂に聞く天上界か、自分と子は天の使いに助けて貰ったのかと思って涙が止まらなかったそうだ。

 嫁も子も今ではすっかり元気になっていて、嫁も我が孫も毎日天を仰いで感謝の言葉を捧げておる。

 実はわしもだ。


 そして貴殿の名は『だいち』と仰る。

 よもや……」


「あー、それたぶん俺の部下たちだわ。

 この大陸中で、乳が出なくて泣いている母親を集めてたっぷり喰わせてやれと命じていたからな。

 そうか、この高原の母親たちも助けていたのか」


「ダイチ殿、心より御礼申す。

 このご恩は忘れん。

 なにかあり申したら遠慮なくご相談下され」



 別の大攬把たちも話に加わった。


「いやダワードルジ殿のところだけではないな。

 わしの遠縁の中攬把の息子の嫁と孫も『だいちさま』に助けられたと言っていた」


「わしもその話は聞いたことがあるぞ」


「わしもだ」



 総攬把が真顔になった。


「それはまっこと天の御使い様の御業よの。

 まさかそのご本人にこうしてお会い出来るとはのう……」


「ま、まあみんなそんなに気にしないでくれ。

 ドルジン総攬把殿が戦争寡婦や子らを助けておられることとおなじようなものだからな」



 ノワール族長がうんうんと頷いている。


「大森林の馬人族の母親も子も、大勢ダイチさまに助けられたのだ。

 それだけではなく、およそ20の母乳で育つ種族の子ら何千人もだ。

 これで我らがダイチさまに心酔している理由の一端がお分かりいただけただろうか……」


 大勢の男たちが重々しく頷いていた……





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