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*** 275 中攬把 ***

 


 大地がノワールとブラッキー親子の微笑ましい会話を聞いて和んでいると、中攬把のゲルから中年の男が出て来た。

 この男の髷はさらに高く結い上げてある。


 ツェンドはこちらを指さして何事か男に説明していたが、まもなく騎獣に乗り、大地たちの下へ戻って来た。


「お待たせいたしました。

 中攬把殿にご紹介させて頂きますので、あちらのゲル前までお越し願えませんでしょうか」


「ありがとう」


 大地たちはテーブルセットを収納し、ノワール族長たちの背に跨ってゆっくりとゲルに近づいて行った。

 円盤はふわふわと浮かんでその後ろ50メートルほどを付いて来ている。



 ゲルの前では中攬把が座っており、その手前には敷物が2つ置かれていた。


 大地とアイス王太子はその手前でブラックホースたちから降り、ゆっくりと歩いて行った。


(ほう、この中攬把とかいう男のE階梯は2.8もあるのか。

 デスレルの村長や貴族たちとはえらい違いだな)



「どうぞお座り下され」


「ありがとう」


 まもなく3人の女性が石の器に入った飲物を持って来た。


「お好きなものをお取り下され」


 大地と王太子が石の器を受け取ると、残りの器を攬把が手にして口をつけた。

 大地と王太子も同じように茶を飲む。


(あ、これ焙じ茶に近い味がするな……)



「わしはこの辺りの中攬把をしているバドドルジと申す」


「俺はダンジョン国代表の大地という」


「わたしはワイズ王国王太子のアイシリアス・フォン・ワイズと申します」


 バドドルジ攬把が大地たちを見つめた。


「それで……

 貴殿らがかのデスレル帝国を滅ぼされたというのは本当ですかの」


「ああ本当だ。

 皇族と貴族は全て牢に入れ、農民は保護してメシを喰わせてやっている」


「そうですか……

 それはなによりも喜ばしいことなのですが……」


「バドドルジ殿の懸念ももっともだ。

 なにしろ突然現れた我らが言っているだけのことだからな。

 だからこれから本当にデスレルが滅んだかどうか確かめに行かないか?」


「だが、伝え聞くデスレルの本拠地まではここから騎獣でも6日はかかるとのこと」


「いや、俺たちの後ろに浮かんでいるあの乗り物ならば、1刻ほどで着くだろう」


「あの宙に浮いておる乗り物ですか」


「そうだ」



「その前に、貴殿らがここまで来られた目的をお聞きしたい」


「目的は2つある。

 まずは我らと貴殿らの代表との間で不戦の約定を結ばせて貰いたい」


「不戦の約定とな……」


「そう、我らは決してこの高原に攻め込まない。

 貴殿らも平原に攻め込まないという約定をして頂きたい」


「ふむ……」


「その約定を立てられたら交易もしたい。

 この高原にどこか場所を貸してもらって店を建て、我らの持つ麦や塩その他を売りたいと思う」


「だが我らは平原の民の使う銀貨や銅貨などほとんど持っておらんですぞ。

 財産と言えば羊しか無いですからの」


「もちろん対価は羊で構わない。

 もし麦や塩などの代わりに銀貨が欲しいのならば、羊の対価は銀貨で払おう。

 そうすれば銀貨を貯めておいて、必要な時に麦や塩に換えられるからな」


「なるほど、銀貨ならば腐りもせずにずっと保存しておけるのか……」


「ということで貴殿らの総攬把殿を紹介してもらえんだろうか」


「もちろん紹介することはやぶさかではないが……

 実はひとつ問題がありましてな。

 我らは他の2人の中攬把と共にこの高原の西の見張りを請け負うております。

 各一族が西斜面一帯200キロほどずつを担当し、デスレルの奴らめがまた攻め込んで来ないかどうか見張っているのですよ」


「もしデスレル軍が斜面を登って来るのを見つけたらどうするんだ?」


「その時は全員で東に避難し、大攬把殿や総攬把殿にそのことを知らせる手筈になっておるのです。

 我らが早く見つければ見つけるほど高原の戦士は集結出来るますからの。

 その重大な使命を放棄して貴殿を総攬把殿のところに連れていくわけにはいかんのです」


「ならばあの後ろに見える俺の乗り物に乗って、デスレル平原を偵察に行かないか?」


「いや、実は総攬把殿から平原に降りることは固く禁じられておりましての。

 無用な挑発と取られかねないからだということでした」


(ふむ、元々平原に降りる気は無かったのか、それともデスレルとの戦闘を避けるためか……

 どっちだったんだろうな……)



「ならば高原が斜面に差し掛かる辺り一帯の上空を飛ぼう。

 それならば問題は無いだろう」


「問題は無いですが……

 それでも我らの哨戒範囲だけでも南北200キロ近くはありますぞ。

 往復の行程も入れれば歩いて8日、ヤーギに乗っても4日はかかるでしょう」


(なるほどね、徒歩だと1日50キロで、ヤーギだと100キロか。

 まあ、ヤーギも馬と同じで途中で休ませたり水を飲ませたりしないとならないんだろう……

 走らせるのは戦闘のときだけか)


「それも問題無い。

 あの乗り物ならば1刻以内に見て回れるだろう」


「なんと……」


 ツェンドくんが発言した。


「本当ですバドドルジ殿、あの乗り物は50キロ離れたところにあるわたしのゲルからここまで半刻も経たずに飛んで来ました」


「そうか……」


「それでは中攬把殿、目のいい男たちを8人ほど用意してくれるか。

 ついでに他2人の中攬把も誘って西部斜面全域を哨戒してみないか?」


「そうして頂ければ安心だが……

 構わんのですか?」


「もちろん構わん。

 そもそも俺が貴殿に総攬把殿への紹介を頼んだのだからな」


「わかり申した。

 それでは今から支度させるのでしばしお待ち願いたい」


「ああ、水や食料なら俺が持っているから大丈夫だ」


「だが見たところどこにも荷は見当たらないようですが……」


「俺は収納の魔法が使えるんでな。

 その収納庫にたっぷりと入っているから大丈夫だ」


(なにしろ水だけで200憶トンあるからなぁ。

 そんなもんうっかり全部出したら、この高原に何もいなくなっちゃうぞ。

 あ、デスレル平原も湖になっちゃうか……)



「そうでしたか……」


「そうそう、中攬把殿とツェンドの兄弟3人と哨戒の8人には仕事のお礼がしたいんだが、麦で構わないか?」


「哨戒はそもそも我らの任務ですぞ」


「いやまあ、総攬把殿への紹介も頼んでいるんだから受け取ってくれ。

 人に何か頼んだ時にはちゃんとお礼をしないとな」


「わかり申した……

 ツェンドよ、一族の男5人を呼んで来てくれ。

 その5人とそなたとそなたの兄弟で西斜面の哨戒に向かう」


「はっ」


(ストレー、ここに麦の2斗袋を18個出してくれ。

 あと10キロの塩袋を9つだ)


(はい)


「うおっ!

 な、なんだこの袋は!」


「これは麦が2斗入った袋と塩10キロが入った袋だ。

 全員で分けてくれ」


「こんなにたくさん……」


「これで足りるかな」


「もちろんです。

 まあ半分は総攬把に貢物として献上することになりますが」


「総攬把に会うのに貢物が要るのかい?」


「大攬把殿たちや中攬把たちが集まって決めた仕来たりであります。

 なにしろ総攬把殿は、デスレルとの戦で夫を失った寡婦や子供たちを1000人近く養っておられますからの。

 おかげで総攬把殿は、我ら中攬把などよりもよほどに質素な暮らしをされておられますわ」


「寡婦や父親を失った子供は一族の者が養うんじゃないのか」


「いつもならばそうなのですが、なにせ戦死者が多かったものですからの。

 寡婦や子が肩身の狭い思いをしてはと、総攬把殿が全員引き取られたのです。

 特に子連れの寡婦は全員が総攬把殿の下におりますな」


「そうか……」


(これは信用出来そうな王だな……)


「ならば、その貢物は俺が負担しよう。

 その麦袋2000個で足りるかな」


「なんと……

 よ、よろしいのか?」


「もちろんだ。

 俺も国を代表している身だ。

 国の代表が国の代表に渡す手土産としてはそれぐらい必要だろう」


「それならば寡婦も子供らも腹いっぱい食べられますな。

 総攬把殿もお喜びになるでしょう……」



 ツェンドくんが7人の男を連れて戻って来た。


「さあみんな、あの円盤に乗り込んでくれ。

 まずはあと2か所の中攬把殿の拠点に向かおう」



 円盤の中央部には8人掛けのテーブルと椅子が用意されていた。

 その椅子に大地とアイス王太子とバドドルジ中攬把が座った。

 その後ろではノワール族長親子が座って寛いでいる。


「こ、これは……

 木で出来た椅子やテーブルか……」


「そうだ。

 俺の国は木が豊富なんでな」



 8人の男たちは周囲の手摺についていた。


「それじゃあ出発しようか」


 5人の男たちが驚愕の声を上げ、手摺を砕けんばかりに握り締めている。

 ツェンドくんとその兄弟はドヤ顔にならないように必死で堪えていた。


 間もなく相次いで2か所の中攬把の拠点に到着し、バドドルジ中攬把の説明で2人の中攬把と16人の男たちが乗り込んで来た。


「それじゃあ北側から南側にかけて斜面上を飛ぶからな。

 みんな下をよく見てデスレルの兵がいないかどうか確認してくれ」



 皆と一緒に手摺に掴まって下を見ていた中攬把3人がテーブルに戻って来た。


「それにしても素晴らしい速さで飛ぶ乗り物ですな。

 最高速度はどのぐらいなのですか」


「特に制限は無いが、なるべく時速1000キロ以内で飛ぶようにしている。


(音速突破の衝撃波でみんなを驚かせてもな……)


 今は巡航速度の時速500キロだ」


「なんと……

 それでは総攬把のおわす中央本部までも半刻ほどで着いてしまうのか……」

「ヤーギで行っても2日以上はかかるのに」

「ワイズ王国とはここから700キロ離れているそうだが、この乗り物ならば2刻もかからないのだな……」

「それにしても、この乗り物はどうやって飛んでいるのだろうか」


「『念動』という魔法で飛んでいるんだ」


「魔法とな……」


「それ以外にも俺は『収納』や『転移』などが使えるんだ。

 この高原の地まで来たのも、この乗り物に乗ってではなく『転移』の魔法で来たんだよ。

 だから一瞬で来ることが出来るんだ」


「なんと……」

「ということは、貴国がこの高原の地に攻め込もうと思えば容易であると……」


「まあ1万や2万の兵はすぐ運べるけど。

 でも絶対にやらないぞ。

 我らは侵攻して来た国は全て滅ぼすが、自ら他国に侵攻しないという誓いを立てているからな」


「「「 ………… 」」」



「ところで我ら高原の民と不戦の約定を交わされた後は、交易もしたいとのことでしたが……

 どのような商品がありますのかな」


「まずは先ほどの小麦だな。

 2斗入り袋は1つ銀貨2枚にしようか。

 それから塩10キロは銀貨10枚だ。

 あと菓子パンは25個で銀貨1枚にするかな」


(塩はワイズ総合商会で売ってる値よりだいぶ安いが、まあいいだろう……)


「ふむ、我らは銀貨を使っていないのでその価値がよく分からないのですが、羊1頭を売るとしたら、それはいくらになりますのか?」


「羊の寿命はだいたいどのぐらいなんだ?」


「14~16年ほどになりましょうか。

 その生涯でメスは10頭から12頭ほどの子を生みます」


(ほう、体が大きい分、地球の羊より寿命も長いのか)


「それなら13歳以上の羊1頭につき銀貨10枚でどうだい?」


「「「 !!!! 」」」


「なんと……

 羊1頭と麦1石を交換出来ると仰られるか!」


「ああ。

 だがまあ実際には総攬把殿が商会を作ったらどうかな。

 その商会にみんなが羊を売ると銀貨10枚で買い取って貰えるようにして、総攬把殿の商会が俺に羊を売るときには銀貨10枚と銅貨50枚を払おう。

 それで儲けた金で総攬把殿は寡婦や父を失った子を養っていったらどうだろうか」


「ダイチ殿、悪いことは言い申さん。

 この地では今1石の麦を贖うのに、羊15頭から20頭と交換されておるのですぞ」


「あんた方は羊を大量に飼っているよな。

 ひと家族あたりどれほどの羊を飼っているんだい?」


「さよう……

 若い男で100頭ほど、我らで300頭ほどでしょうか。

 まあ冬が厳しいと5分の1は死んでしまいますが」


「そうか。

 この地では麦が高く、羊は安いのだな。

 我が国では逆に麦が安く、羊などの肉は貴重なんだよ。

 これが交易の醍醐味だな」


「そうだったのですか……」


「それにしても、13歳以上の羊を10頭売れば銀貨100枚になり、それを払えば麦を10石も買えるとは……」


「それだけで10人家族が1年喰っていけるではないか」


「もし本当にそうなったら、もう我々は誰も餓えなくなるだろうな……」


「それはなによりだ。

 ついでに塩10キロも銀貨10枚で売ろうか」


「塩もそんなに安いのか……」



「さて、それでは俺の国の茶でも飲んでもらおう」


(ストレー、紅茶を5人分頼む)


(はい)


「うおっ!」

「こ、これは茶か?」

「なんという美しい器に美しい茶だ……」


「好きな器を取ってくれ」


 中攬把たちが器を取ると、大地とアイシリアス王太子が残りの器に口をつけた。



「旨い……」


「ああ、香りも素晴らしいな……」


「先ほどバドドルジ殿のところで飲ませて貰った茶も旨かったがな。

 あれは俺の故郷の茶に似ていたんで懐かしかったよ。

 ところでその茶は砂糖とミルクを入れて飲んでも旨いんだ。

 もう1杯試してみないか?」


「頂きましょう」


(ストレー、ミルクティーを5杯頼む)


(はい)


「これは……

 ミルクとは羊やヤーギの乳のことですかの」


「実際には牛の乳なんだけどな」


「な、なんだこの味は!

 なんでこんなに旨いんだ!」


「それは砂糖の味だな。甘いっていう味だ。

 さて、茶菓子も食べて貰おうか」


「こ、これも旨い……」


「これが『甘い』という味か……」


「これもそのうち売るつもりだからな。

 そうしたら奥さんや子供たちにも食べさせてやれるんじゃないか」


「うむ、皆実に喜ぶだろうの……」


「それじゃあ哨戒中のみんなも2人ずつ交代で茶を飲みに来てくれ」


 テーブルの周りに椅子が2脚追加された。

 若い男たちは中攬把たちに恐縮しながらも座り、ミルクティーを飲みながらサブレを食べて目をまん丸にしていた……





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