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*** 273 高原の民 ***

 


 ゲゼルシャフト王国のアウグスト国王とアマーゲ公爵は、大地の書いた行程書を熟読していた。


「なるほど、わしが公爵領を手放して法衣公爵になるとしたら、それは国王陛下に領地を返還するのではなく、国という主体に領地を譲渡するのだな。

 もしも多くの貴族家がそれに追随したならば、国はその内部の民や土地を統一的、効率的に運営出来るようになるのか……」


「王家直轄領と貴族領に於いて制度や法が異なるという混乱も避けられるのですね」


「そして、今まではデスレルの侵攻を阻むという一点のみに集中するために、軍法が全てに優先していたが、それに代わって国法が統治するということか……」


「ならば叔父上、我が王家も国に直轄領を譲渡して、『法衣王家』になった方がよろしいでしょう」


「このダイチ殿の行程書によれば、それは数百年後の目標だとのことだそうだが……

 アウグストよ、本当にそれでよいのか?」


「構いません。

 もしもダイチ殿がいらっしゃらなければ、我らが如何に努力したとしても、デスレルに滅ぼされて国も王家も滅んでいた未来も有り得たわけです。

 それを思えば、国も王家も民も存続出来るのみならず、繁栄までも可能になりそうですので」


「そうか……

 だが、過渡期に於いては混乱も多々あるだろう。

 例えばこれから当面は特に宰相の権力が大き過ぎる。

 なにしろ国の財と運営を一手に握るのだからの」


「ですが叔父上、叔父上が国を私することは考えられません。

 なにしろ、叔父上さえその気になっていれば、今国王の座に座っているのは叔父上だったのですから」


「いやまあ、わしもわしは大丈夫であると思うておる。

 だがの、いつわしが死するかは誰にもわからん。

 わしの後継者である宰相が暴走せんかと心配での」


「それこそダイチ殿にお任せしませんか。

 今やあのお方さまは、神界よりこのアルスの全てを委ねられた総督閣下でありますし、そのご寿命も5000年に達せられたとか。

 叔父上はそのダイチ殿から宰相に指名されたわけですし、叔父上の御身に万が一のことがあっても、後継はダイチ殿に決めて頂ければよろしいのではないでしょうか。


 その後継者が自己の利のみを追求して暴走したならば、すぐにダイチ殿に抑制もしくは排除して頂けるでしょう。

 場合によっては次の宰相が決まるまで、この国の国政をあの方に委ねてもよろしいかと」


「なるほど……

 確かにそれならば安心だのう……」




 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




 5人の分位体たちは良子に連れられて地球に転移して行った。

 地球では、良子に加えて佐伯、須藤、静田の3氏が交代で付き添うことになっている。


 この旅行は静田旅行社に依頼した本格的なものになっていた。

 彼ら助役たちも大地の成功とアルス総督就任を心から喜んでいたため、その大功を助けた大地の重臣たちを盛大に労ってやろうと考えている。

 どうやら、ついでに彼らから大地の活躍を聞けると思って、それも楽しみにしているようだ。

 まあ重臣たちとは言っても、見た目はわちゃわちゃした子供たちなのだが。


 だが、外見は子供でも流石は神界の創った分位体たちだけあって、その頭脳は素晴らしく、従ってお行儀は実に良かったのである。

 一行はおじいちゃんおばあちゃんに連れられた孫たちという風情なのだが、各地の高級レストランや料亭では、その子供たちのマナーに店の人たちはみな驚いていたようだ。


 また、シェフィーちゃんは大地から特に各種の特別な調味料の調査を依頼されていた。

 例を挙げれば干物の付け汁、焼き肉のタレ、料理用酒、各種醤油などである。

 旅行の費用もこうした商品の調査費や購入も予算は無制限だった。

 



「なあシスの本体、分位体たちは地球での休暇を楽しんでいるかな」


(はい、毎日ものすごく美味しいものを食べさせてもらい、テーマパークで遊び、ゲームもおもちゃもたくさん買ってもらっているようです。

 こんなに贅沢をさせてもらっていいものなのでしょうか)


「いやまあ、お前たちは北大陸も含めれば通算で400万を超えるヒューマノイドを救ったんだからな。

 それなりの報奨を受けるのは当然のことだと思うぞ」


(ありがとうございます。

 ですが、ダイチさまご自身の褒賞や休暇はよろしいのですか?)


「俺の場合はストレーの収納空間でけっこうのんびりさせてもらってるしな。

 必要なものはすべて揃っているし、特に欲しいものも無いし」


(はい……)




「さて、みんなは休暇旅行を楽しんでるし、ゲゼルシャフト王国やゲマインシャフト王国の貴族会議まではまだ間があるからな。

 俺は俺で少し動いてみようか」


(今度は何をされるのですか?)


「まずは東の高原に行って、デスレル帝国と戦っていた高原民族との停戦協定かな。

 それが終わったら、北の森林民族とも停戦協定を結びに行こうと思うんだ」


(なるほど。

 デスレルが滅んだことを教えてやり、出来れば友好関係を築かれようということなのですね)


「そうだ、俺たちにも向こうにもメリットがあるような通商も出来るようになればいいんだが……

 なあシスの本体、東の高原の地図を見せてくれるか」


(はい)


「ふーん、デスレル平原の東の端からやや急峻な山肌が続いて、その先は高原地帯になってるのか。

 南側は平野に下って大きな川で区切られてるみたいだけど、東や北に向かってはけっこう広い高原なんだな。

 なあ、この高原の騎獣民族はどの辺りでどのように暮らしているかわかるか?」


(どうやら地球で言う遊牧民のような暮らしぶりですね。

 各家族がそれぞれ羊のような家畜を連れて遊牧を行い、その家族たちをまとめる村長のような存在もいるようです。

 定住はあまりしていないようですが、各地に小規模な街もあります。

 そこでは工芸品や布や野生の麦の実などが羊と交換されているようですね)


「昔のモンゴル民族みたいな感じか」


(金属器をほとんど持っていない点を除けば仰る通りかと)


「それじゃあ最初はその家族の一つに接触してみよう。

 あ、でも向こうが騎獣民族だから、こっちも馬に乗ってた方がいいな。

 シス、ノワール族長に都合を聞いて貰えるか。

 あともうひとりアイス王太子が乗るブラックホース族も頼んでくれ)


(はい。

 ノワール族長さんとその息子さんが間もなくこちらに来てくださいます)



「ダイチさま! お召しにより参上仕りました!」


「やあノワール族長、急に呼び出して済まなかったな。

 そちらは族長の息子さんか?」


「はっ! 族長の長男のブラッキーと申します!

 この度はご用命を賜りまして、まことにありがとうございます!」


「ま、まあそう固くならないでくれ。

 俺たちはこれから東の高原の騎獣民族のところに行って、休戦や通商の交渉をしてみようと思ってるんだけど、乗せていってくれるかな」


「「 光栄の至りにございます! 」」


「ありがとう。

 そうだシス、その高原で使者が交渉に訪れる際に使ってる旗ってわかるか?」


(どうやら棒の先に白い細長い布をつけたもののようですね)


「それじゃあそれを作ってくれ。

 高原の西の端辺りにいる遊牧民のところに転移させてくれるか」


(畏まりました)




「おー、ここが高原か。

 標高は1500メートルっていうところだな。

 あの遠くに見えている羊の群れとテントのところに遊牧民がいるのか。

 それじゃあアイス王太子、ゆっくりと近づいて行こう。

 すまないが交渉の旗を立てておいてくれ」


「はい」


「ノワール族長、だいぶ地面がごつごつしているようだが歩きにくくないか」


「なんのこれしき。

 最高速で走るのはちと難しいでしょうが、歩く分にはなんの問題もございませぬ」




 テントの手前側では100頭ほどの羊のような動物が草を食んでいた。

 見た目は地球のサフォーク種に似ているが、こちらの羊の毛の色は白いようだ。

 その周囲には大型の山羊のような騎獣に乗った12歳ほどの子がいて羊たちを見張っている。

 どうやら、時折群れから離れて行きそうになる子羊を追い立てて群れに戻しているらしい。



(ほう、あの騎獣の足首は随分太くなっているな。

 あれだけ太ければ、この不整地を走っても足を痛めないのか。


 それにしてもこの地の羊はデカいな。

 あの雄なんか体長が2メートル近くはあるぞ……

 羊たちが食べてる草はなんだろう。

 まず短い草を『鑑定』……


<センチピードグラス類縁種>

<白クローバー類縁種>



 ほう、羊の食性は地球と変らんか。

 長い草は……


<燕麦類縁種>

<ライムギ類縁種>


 なるほどね。

 さすが高原だけあって、冷涼な気候なわけだ……


 他の草は……


<チモシー類縁種>

<フェスキュー類縁種>

<オーチャードグラス類縁種>


 おー、なんか牧草ばっかしだな。

 だから牧畜が盛んになったのか?

 いや違うな。

 この高原の植生は何千万年も前から変わっていないんだろう。

 それをエサにして消化吸収出来る動物が進化して来たっていうことか…)



 大地たちが200メートルほどまで近づくと、男の子が気づいたようだ。

 口に手を当てて「ぴーっ! ぴーっ! ぴーっ!」と3度指笛を吹いている。


 すぐにテントの中から男が現れ、男の子が指さす方向に大地たちを見つけた。

 男はテント脇で草を食んでいた騎獣に跨り、大地たちの方に走って来ている。

 男の子は羊たちを大地から離れた方向に誘導し始めているようだ。

 どうやら群れのリーダーには首輪がつけてあり、そのリーダーを連れて行くと群れの羊たちもぞろぞろとついて行くらしい。



 男を乗せた騎獣はかなりの速さで大地たちに向かって来ていたが、大地たちが2人しかいないこととアイス王太子が持った旗を見て速度を緩めた。

 さらに近づいて大地が武器を持っていないことに気づくとさらに速度を落とし、大地から20メートルほど離れたところで停止した。


 その騎獣は毛艶も良く、たてがみも編み込まれていて大事にされているのが一目でわかる。


 男は腰に短い石槍を佩いていた。

 どうやら黒曜石は有るらしく、なかなかに研ぎ澄まされた槍である。



「誰だお前は! ここに何をしに来た!」


 男は30歳ほどで、アジア系に見える顔立ちをしていた。

 男の子は普通の髪型だったが、この男は長い髪を頭頂部で結い、10センチほどの髷を作って後ろに垂らしている。


(辮髪みたいだな……)


 アイス王太子は金髪碧眼だが、男は同じアジア系に見える大地を見て僅かに警戒を緩めたようだ。



「俺は大地と言う。

 ここから馬で西南の方角に8日ほど行ったワイズ王国というところから来た。

 出来ればあんた方と交渉や交易をしたいと思ってな」


「交易だと。

 お前は何を売ろうというのだ」


「なんでもあるぞ。

 麦も塩も砂糖も服も」


「砂糖とは何かわからんが、麦と塩があるのか……」


「それでこの辺りの村長さんを紹介して欲しいんだ。

 お礼に麦を差し上げよう」


「村長だと?

 それは攬把ランパのことか?」


(わは、攬把だってさ。

 ますますモンゴル民族みたいだな)


「こちらでは一族の長を攬把というのか」


「そうだ。

 そのワイズ王国とはあのデスレルの奴らの属国か?」


「いや違う。全く別の国だ」



 男はしばらく考えた後に、後ろを向いて指笛を2回吹いた。

 途端に男の子が騎獣に跨って走って来る。


「お前は近くの一族の下に向かって3人ほど応援を呼んで来い。

 交易を求めて商人が来たようだと伝えろ」


「わかった!」


 男の子は騎獣に乗ったまま素晴らしい速度で北東の方角に走って行った。



「俺の名はツェンドだ」


「それでツェンド、攬把さんには会わせてもらえるのかな」


「生憎と攬把殿は総攬把ツォンランパ殿の本部に報告に行っているので、会わせるのなら中攬把殿になるが……

 本当にダイチは麦や塩を持っているのか?

 荷はどこにあるんだ?」


「俺は『収納』の魔法が使えるんで、その魔法で収納庫に入れて持って来ている」


「魔法だと……」


「それじゃあ案内してくれるお礼に麦を置いて行こうか。

 殻付きの麦と精麦したものと粉にしたものとどれがいい?」


「それなら保存の効く殻付きのものがいいかな」


「どこに出す?

 あのテントの近くがいいか?」


 見ればテントから小さな子を連れたご婦人が2人出て来てこちらを見ていた。


「テントって…… ゲルのことか?」


「そうだ、あのゲルで暮らしているんだろ」


「いや……

 よければここに出してくれ」


(はは、まあ当然の警戒かな。

 ストレー、ここに麦の2斗袋を2つ出してくれ)


(はい)


 大地の前に麦袋が2つ出現した。


「!! ほ、本当に何もないところから出て来るんだな……」


「案内の礼はそれで足りるかな」


「あ、ああ充分だ。

 それにしてもこんなにたくさんいいのか?」


「いいぞ、そういえば塩も貴重なのか?」


「そうだ、ここから北に20日ばかり行ったところに塩の採れる山があるんだが、採りに行くのがたいへんなんだよ」


「そうか、それじゃあ塩もつけよう」


(ストレー、塩の10キロ袋も頼む)


(はい)



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