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*** 272 理念 ***

 


「ところでダイチ殿、貴殿の母世界にも王はいるのですかな?」


「はい、地球には150ほどの国があるのですが、その多くに王家はあります。

 ですが、同時に『王は君臨すれども統治せず』という概念も徹底しているんですよ。

 それらの国々は王を戴きながらも、実際の統治は法によって行われています」


「『法』ですか……」


「ええ、その法によって、宰相などは民たちの投票による選挙というもので選ばれているんです。

 もちろん彼らの施策も法の制限を受けますが」


「なるほど……

 王は君臨してはいるが、統治はしていないということなのですな……」


「貴族はいるのですか?」


「貴族のいる国はほとんどありません。

 僅かな国には貴族もいますが、ほとんど名ばかりのもので権力は持っていませんね。

 新興国の中には勝手に貴族を名乗っている自意識過剰な者もおりますが」


「そうでしたか……」


「まあ、このアルスがそういう制度になるにはあと1000年はかかるでしょうけど。

 地球では5000年近くかかりましたから」


「そんなに……」


「それで、とりあえずワイズ王国では『法典』を作ってみたんです。

 まあ細かい法というよりは、まだ国の理念のようなものなんですが」


「それはどのようなものなのでしょうか」


「まず、国民には3つの義務があります。

 それは『勤労の義務』『教育を受ける義務』『納税の義務』ですね。

 また国や王家の義務としては、『国を防衛する義務』『国内の治安を維持する義務』『国民に教育を受けさせる義務』それから『国民に文化的で健康的な暮らしを保証する義務』などがあります。

 そのために必要な資金は民の納税によって賄われるのですが、農民、商会などの納税率は最終的に2割ほどにしていく予定です」


「国の義務ですか……

 いままでは防衛の義務しか考えたことが有りませんでした……」


「まあ、この防衛の義務については、当面の間わたしが肩代わりします。

 あのような城壁をさらに作ってもいいですし、万が一の際にはわたしやわたしの親衛軍が行動しますので。

 ですが、これらの施策は今後の目標ですね。

 まずは農業生産を拡大して民の暮らしを安定させなければ」



 アマーゲ公爵将軍が国王の顔を見た。

 国王陛下は大きく頷いている。


「それで……

 ダイチ殿は神界よりアルス総督に任じられたということですが、ワイズ王国の軍事、内政、外交最高顧問の職はお続けになられるのでしょうか」


「もし罷免されない限りは続けさせて頂きたいと思っています」


「それでですな、陛下とも相談したのですが、我が国の国政最高顧問もお引き受け願えないかと考えまして……」


「よろしいのですか?」


「はい。

 我が国はこれから防衛一辺倒だった国から、内政国家へと舵を切らねばなりません。

 ですが、あまりにも長きに渡って防衛戦争をしていたせいで、内政の専門家がいないのです。

 まあ、命令通り動いてくれる優秀な人材はおると自負しておりますが、肝心なその命令を下せる者がおらんのです。

 ですから、我が国の変革が軌道に乗るまで、是非ご指導を頂けませんでしょうか……」


「畏まりました。

 未熟者ではありますが、お力になれるよう努力させて頂きます」


「アイシリアス王太子殿下、お国の国王陛下はご理解頂けますでしょうか」


「問題ないと考えます。

 将来万が一にも我が国と貴国の利害が対立するようになったとしても、両国がダイチ殿という裁定者を戴いているということは、実に安心なことでもありますし」


(ほう、さすがはダイチ殿の薫陶を受けてきた若者だな……)


「ありがとうございます」


「ダイチ殿にも重ねてありがとうございます」


「ところで、国家最高顧問の俸給は如何させていただきましょうか」


「はは、もちろん無給で構いませんよ」


「さすがですな……」



「それで、本当にあの模範村をあと12か所も作って頂けるのでしょうか」


「ええ、もちろん。

 それだけあれば、国軍や領軍の人員を全て吸収出来るでしょうから。

 また地図上に候補地を記載しておいていただけますか」



「のう将軍、場所の選定はどうするかの。

 また国王直轄地と公爵領内でいいのか」


「ふむぅ、ダイチ殿はどうお考えでしょうか」


「そうですね、それでは僭越ながら、そのことも含めてこれより貴国の国家100年の計を考えた行程書を作成させて頂きたいと思います。

 この行程書の最終目標は、100年後にこの国の人口が30倍の100万人になり、そのうちの全員が寿命以外では死なず、また決して餓えることの無い国にすることです」


「人口100万の超大国ですか……」


「そのために最も重要になるのがこれからの5年でしょうね。

 模範村設置を含むその大改革が上手くいけば、1000年後の歴史書に於いて、アウグスト陛下とアマーゲ公爵はゲゼルシャフト王国中興の祖と言われるようになっていると思われます」


 アマーゲ公爵が微笑んだ。


「それはせいぜい頑張らねばいけませんな。

 その行程書を楽しみにしておりますぞ」


 アウグスト陛下も大きく頷いている。



「もちろんその行程書にも記載させて頂くつもりではありますが、ここでひとつわたしの理念を申し上げさせて頂きたいと思います」


 国王と公爵が真剣な表情になった。


「その理念とは、『今後の国家の大変革に於いて、民を犠牲にしてはならない』というものであります。

 例えば軍の縮小に伴って軍人を解雇するにしても、絶対に失業者にしてその生活を困窮させてはならないのです。

 その多くは模範村で吸収出来るでしょうが、中には農民になることを希望しない者もいるかもしれません。

 そういう方は、新たに作る職業相談所や職業訓練所を通じて仕事の斡旋も必要になります。


 もちろん領地貴族が法衣貴族になった場合、その領軍兵や侍女、侍従の再就職の場も必要です。

 さらには、ここ50年間の防衛戦争で一家の柱を亡くした未亡人やその子供たちへの援助も必要になります。

 彼らを困窮状態から救うためになら、わたしの金貨をいくら使っていただいても結構です。


 さらにはこれからこの国の商会や宿屋の組織化も必要になるでしょう。

 なぜなら、民が本当の幸福を感じるためには、本気になって働ける職場があり、その職で十分な所得があるだけでは足りないのです。

 その所得を使う場が無ければいけません。


 そのために、わたしはこの国にもゲゼルシャフト総合商会を作りたいと思います。

 あのワイズ総合商会で売っている品は、ほとんどすべてわたしが地球で購入して持ち込んだものですが、この商品もワイズ王国と同様に全て国に卸しましょう。

 この国も、それをゲゼルシャフト総合商会に売って儲けてください。


 ただし、それでこの国の既存の商会が潰れては意味がありません。

 ですからわたしはワイズ総合商会を作るに当たって、ワイズ王国の商会を集めて組織化しました。

 まあ、この国では国営の『商業ギルド』を作ってもいいかもしれませんね。


 出来ればこの国の既存の商会はすべてこの商業ギルドに加盟させて、国の商業部から商品を仕入れさせてやることで儲けさせてやりましょう。


 各地の宿屋についても同様です。

 そこにも国の商業部を通じて家具や各種魔道具や料理の技法や材料などを供給してやりたいと思います。

 そうすれば彼らは大勢の従業員を雇ってくれるでしょうし。


 あの模範村の軍人たちは、手にした報奨金を持って大勢が王都や公爵領都に出かけて行ったのですが、実はやや失望して帰って来たのですよ。

 それは、店の品も宿屋の質も料理も、自分たちの村の方が遥かに優れていたと感じたからなのです。


 これからは、そうした者たちも失望させないようにしたいと思います。

 一生懸命働いて手にした報酬で、そうした旅行に出かけ美味しい料理を食べて記念にお土産を買う。

 その際に各地の特産品を使った名物料理があれば尚いいですね。

 そうして満たされてこそ、幸せを感じてまた働く意欲を持ってくれるのではないでしょうか」


「「 ………… 」」



「また、この国家の変革に伴う痛みを無くすという点については、貴族もその中に含まれます。

 例えば内政や財政に携わっていた法衣貴族の職を解いたとしても、その際には勤務年数の長い者には陞爵の上、十分な年金が与えられるべきでしょう。


 領地貴族が法衣貴族になることを選択する場合でも同様です。

 彼らには今まで国防に尽くして来たという功績がありますので。

 ですから、法衣貴族年金は手厚くしてやりたいと思います。

 まあ未来永劫年金を与えてやるわけにもいきませんから、今後100年間の支払いは保証してやることにしましょうか」


「なんと……」


「100年もですか……」



「ただし……

 これはわたしの経験と想像によるものなのですが、領地に拘る貴族にはあまりまともな者がいないようですね。

 彼らにとって重要なのは、民の暮らしではなく自分の権勢ですので。


 みなさんがワイズ王国に視察に来られた際に、公爵閣下の寄子でない貴族が何人かわたしの兵器の貸し出しを希望していました。

 彼らはデスレルへの報復や防衛のためと言っていましたが、あれはデスレルの領土を欲した領土欲だと思います。

 たぶん、場合によっては自分が次期デスレル皇帝になろうとしたのでしょう」


「「「 ………… 」」」


「そうした領土欲に凝り固まった貴族は有害です。

 万が一にも謀反や内乱などを企てた際にはわたしが滅ぼします。

 まあ、例えば独立を試みて自分の領土に閉じこもるというのもいいでしょう。


 ただし、そのときはわたしとその部下たちが、彼らの領土内の農村を廻って農民にゲゼルシャフト王国やワイズ王国への避難や移住を呼びかけますし、領兵にも亡命を呼びかけます。

 民を蔑ろにして領土欲に固まった貴族家などは、数十人の家臣団に囲まれてひっそりと生きて行けばいいでしょう」


「ですが、彼らは自領の農民が他領に避難や移住をするのは望まないでしょう。

 間違いなく妨害して来るものと思われますが……」


「神界の法では、民には自由というものがあります。

 自由には多くの種類があるのですが、その中でも重要なのは『行動の自由』ですね。

 この行動の自由には、居住の自由や職業選択の自由が含まれます。

 つまり、民はその国や領が気に入らなければ、他の地域に移住出来る自由を有しているという考えです。


 この自由が制限されるのは、奴隷と囚人だけになります。

 囚人への刑罰のことは『自由剥奪刑』とも言いますからね。

 そして、神界の法では奴隷は厳重に禁止されています。

 奴隷所持や売買は終身刑に相当する重罪です。


 貴族領を見限って他の地域に移住しようとする民を妨害しようとする行為は、民を自分の所有物として奴隷扱いする行為に他なりませんから、やはり重罪です。

 領地貴族は領地を所有しているかもしれませんが、民を所有しているわけではないのです。


 したがいまして、移住しようとする民を妨害・脅迫する行為は終身刑に相当する重罪になりますので、それを命じた貴族家の当主や一族は、私が全て捕縛して牢に入れることになるでしょう。

 これはアルス総督としてのわたしの責務の内になります」


「「「 ………… 」」」



「ところで、国内すべての貴族を集められた会議というものは開催されているのでしょうか」


「え、ええ、毎年収穫が終わった納税の時期に開催しています。

 あと1か月ほどで、国内の貴族たちは国への上納分と共にこの王城に集まって来るでしょう」


「それではその場で国内4か所の模範村で合わせて2万5000石の収穫があったこと、この冬もほぼ同じだけの収穫が見込めることを発表されたらいかがでしょうか。

 その上でさらに12か所の模範村が作られる予定であり、現在その場所を選定中だと公表されればよろしいかと」


「それでは貴族家から誘致申し込みが殺到致しましょう。

 ですが……」


「そう、あの模範村はすべて国軍の施設ですから、収穫も全て国軍のものになります。

 ですがそれはまだ貴族たちに伝える必要は無いですね。


 それで、誘致申し入れの条件として、領兵と領内の農民たちに模範村を見学させることを義務付けるという方策は如何でしょうか。

 1泊2日程度の見学期間中は宿泊施設と食事の提供は当然として、旅費としてひとり1斗の麦を渡すと言えば、希望者も殺到すると思います。


 もちろんこれは将来農民からも模範村への移住を募るための策になります。

 権勢欲によって勝手に独立を宣言し、農民を兵として徴集しようとするような貴族領からは、大挙して農民が避難して来るようにするための布石です。


 以上がわたしのご提案申し上げる改革についての理念とその具体策であります。

 ご賛同いただければ幸甚に存じます……」




 大地とアイス王太子はその後ゲマインシャフト王国で同様な会談があるとしてゲゼルシャフト王国の王城を辞去した。

 だが、ゲゼルシャフト王国王城の会談の間には、アウグスト国王とアマーゲ公爵が残っていたのである。


「国王陛下、いやアウグストよ。

 あのダイチ殿の言をどう思ったか……」


「はい叔父上、まこと神界は総督に相応しい人物をお選びになられたと思いました。

 あの理念として語られた内容は、わたくしなどが考えも及ばないことばかりでありましたので……」


「うむ、我が国は素晴らしいお方さまを最高顧問に迎えられたようだな。

 ダイチ殿は、1000年後の歴史書に於いて我らをゲゼルシャフト王国中興の祖と呼ばれるようにされると仰られていたが、その功績の最たるものは、あのお方様に国家最高顧問になるようご依頼申し上げたことになるかもしれまいて」


「はい……」


「それにしても……

 あのお方が信じられぬほど優秀な部下を得、奇跡のような魔法能力を手にし、加えて想像を絶する量の富を得られたのも、すべてこのアルスに来られてからのことになる。

 わずか1年少々でよくもまああれほどのお立場になられたものだ……」


「その1点だけをもってしても、神界の施策は信じるに足るものだということですね」


「そうだな。

 まったくその通りだ……」




 いやいや、大地くんの理念は現代の地球人ならみんな理解出来ると思うよ。

 もし全く理解出来ないひとがいるとすれば、それは各国の『指導者』って言われてるひとたちぐらいだろうかねぇ。


 自分に投票してもらうためなら財政ファイナンスをものともしない人たちとか、自分たちに従わないひとを弾圧することしか考えてない人たちとか、他国を非難することでしか国民の支持を得られないとこまで追い詰められてる人とか……


 きっと権力闘争を勝ち抜いて来た人って、そういう『理念』を捨て去らないと勝てなかったんだろうね……




 ゲマインシャフト王国での国王陛下と侯爵将軍との会談も、ゲゼルシャフト王国とおなじ経緯を辿った。

 こうして大地は3カ国の国家最高顧問を兼ねることになったのである。




大地はテミスちゃんと共に3か月ほど時間停止収納庫に籠り、ゲゼルシャフト王国、ゲマインシャフト王国のための行程書と、新たな国法の草案を書き上げた。


「なあテミス、行程書と国法はこんなもんでいいかな」


「そうですね、神界の法に照らしても問題は無いかと思われます」


「それじゃあ早速両国の陛下や将軍たちに届けて読んで貰おうか」


「はい」




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