*** 271 内政提案 ***
大地はアイシリアス王太子を伴ってゲゼルシャフト王国を訪れ、王城にて国王陛下とアマーゲ公爵との会談に臨んだ。
会談の冒頭、国王陛下と公爵閣下は大地に深く頭を下げられた。
「ダイチ殿、お礼の言葉もございませぬ。
まずはデスレル帝国を滅ぼして下さったこと。
これでもはや我が国は2度と侵略されることはないでしょう。
民に代わりまして深く深く御礼申し上げます」
「また、あの『模範村』の収穫は途轍もないものがあり申した。
おかげで我が国の民はこの冬に餓えることはございますまい。
このことにも心より御礼申し上げまする」
「陛下、閣下。どうか頭をお上げください。
デスレル帝国を滅ぼしたのはわたしの任務の内ですし、あの模範村ではなによりも貴国の軍人の皆さんが見事に働いておられましたので」
「それにしてもあの新農法の成果は驚異的でした。
研究と知識とはなんと大切なものなのかと再認識した次第です」
「それでですね。
陛下とも相談いたしまして、重ねてのお願いで誠に恐縮なのですが、あの模範村をあと4か所ほど増やして頂けないかと……
それでその費えは如何ほどになるかをご提示頂けぬものかと考えたのです。
もし模範村がそれだけ増えれば、我が国の民はこれからも餓えることは無くなりますでしょうから」
(やったね! 思惑通りだ!)
(これもダイチ殿のお考え通りになったか……)
「あの、村の建設費は無料で結構です。
それで、村は4か所ではなくあと12か所増やしませんか?
もし入植希望者が多かった場合にはさらに増やしても構いません」
「「 !!!! 」」
「まあ農具の代金は払って頂くにしてもお安くしておきます」
「い、いくらなんでもそれでは……」
「その代わりと申し上げてはなんなのですが、収穫の余剰分のうち、備蓄に廻す分以外はすべてわたしに売って頂けませんでしょうか」
アマーゲ将軍はまじまじと大地の顔を見た。
「それは……
デスレルとその属国群の民83万を喰わせてやるためということでしょうか……」
「ええ、罪人も避難民も食事は必要ですからね。
まあ彼らのうちの農民36万と元奴隷7万には新農法を教えた上で、またデスレルの地に模範村を作ってやって戻してやろうかと思っていますが。
その際には傷痍退役軍人たちを代官にして国を作らせてやってもいいかなとも考えています。
ですが、牢にいる犯罪者も大分増えましたし、農民たちが新農法を覚えて作物を収穫出来るようになるには最低でも2年はかかるでしょうか」
「なるほど。
その2年間喰わせてやるために麦を購入されたいと……」
「いえ、実は2年間ではなく、これからはずっと続けて購入させて頂きたいのです」
「と仰いますと」
「わたしはこれからもデスレルを潰したのと同じようなことを続けて行くつもりです。
最終的にはこの大陸全ての国を平定するのが目標ですので」
「確かにそれが貴殿の目標でしたな。
わかり申した。
それでは及ばずながら、我らからもいくばくかの麦を無償提供させて頂ければと思います」
「いえいえ、有償で構いません。
ただし、我が国の固定価格である麦1石につき銀貨10枚で買わせて頂けませんでしょうか。
余剰分を備蓄されるにしても、麦だけでなく一部は金貨で備蓄されてもよろしいのではないかと考えます」
「なるほど。
麦は古くなると味が落ちる上に、場合によっては黴が生えるかもしれないということですか……」
「それについても、王城内から出さないとお約束頂ければ時間停止機能付きの『アイテムボックス』をお売りさせて頂いても構いません。
その中でしたら、何年どころか何百年麦を入れていても変化しませんので」
「なんと……
その『アイテムボックス』はおいくらでしょうか」
「金貨500枚分の麦でいかがですか?
実はワイズ王国にも同じ値段で売らせて頂いていますので。
もちろんお支払いはいつでも構いませんし、毎年少しずつの分割払いでもけっこうです」
「それは実にありがたいお話なのですが……
賊に盗まれることを考えると夜も眠れなくなりそうですな」
「いえいえ、盗人が城から持ち出そうとしたら自動的に捕縛するサービス付きです。
もちろん中身も同時に保護されますよ」
「それはそれは……
魔法というものはほんに便利なものなのですなぁ……」
(はは、実際には100億年の歴史を持つ科学技術なんだろうけど……)
「それにしても、新たに12もの模範村を作ってくだされば、我が国の石高はすぐに12万石に達しましょう。
そのうちの半分を売らせていただくとすれば、それは金貨6000枚にもなりますぞ」
「実はわたしたちはこの大陸の南側で金を採掘することに成功しています」
「なんと……
伝え聞くところによれば、南の海岸沿いには恐ろしいワニが住み着いているとか」
「ええ、体長10メートルから15メートルクラスのワニがうじゃうじゃいました。
あれは優に数百万匹はいるでしょう。
ですが、我々には魔法の力がありますので、空中から安全に金を採掘出来ます。
というか、既に採掘はほぼ終えて金も確保してあるんですよ」
「もし差し支えなければ……
ダイチ殿は今金をどれほどお持ちなのか教えていただけますまいか」
「そうですね、ざっと20万トンになります」
「そ、想像もつかない量ですな……」
「同時に発見して採掘した銅やニッケルを加えて金貨を作ったとしたら、その量は約80憶枚になります。
もしこれで麦を買わせていただいたら、800憶石の麦が買えることになりますか。
これは、もし貴国の石高が100万石を遥かに越えて、そのうちの100万石を買わせていただくようになったとして、12万年買い続けられるだけの資金になりますね」
「「 ………… 」」
「また、もしもお支払いが鉄貨でもいいのであれば……
さらにその10万倍の鉄貨も用意出来るでしょう」
「「「 !!!! 」」」
「実は私の母世界である地球では、金はアルスと同様貴重ですが、鉄は非常に安価なものなのですよ。
アルスの金を地球に持ち込めば、金貨1枚で鉄貨約20万枚と交換出来ます」
「「 !!!! 」」
「わたしはここアルスと地球を自由に移動出来ますし、地球には大勢の協力者もいます。
ですから金貨や鉄貨でのお支払いに関しては、なんの問題もございませんのでご心配なく」
「さ、さすがは天の御使い殿ですな……」
「あの……
実はですね、こちらの世界に来たときにはわたしは確かに天の使いだったのですが、優秀な仲間たちの協力もあって任務が順調に進んだので、神界からアルス全体の統治を任された『総督』に任命されてしまったのです。
ご報告が遅くなって申し訳ありません」
「なんと……
神界よりこのアルスの統治を任されたと仰られますか……
そのようなお方様に模範村の追加などをお願いしておりましたか。
いやはや紅顔の至りにございます……」
「いえいえ、任務をサボっていたら、そんな地位はすぐに馘になりますからね。
この模範村建設は、その任務の中でも食料の確保という点から重要な役割を占めているのですよ。
むしろ平和でご優秀な統治者のおられる国では、私の方から村を作らせて頂きたいとお願いしたかったところですので」
「そうでしたか。
そう仰っていただけて少し気が楽になりました。
ところで、新たに作っていただける12の模範村に関しては、場所の条件などはありますでしょうか」
「特にありませんが、出来ればやはり川からは離れている農業不適地がいいでしょうね。
そうすれば既存の農村や街の邪魔にもなりませんし」
「ふむ、それでは王家直轄領と貴族領にどのように配分して作りますかな」
「アマーゲ将軍、王家の領地やそなたの領地やその寄子貴族の領地だけに作るのか?
それではそなたの寄子でない貴族たちから不満の声が上がるぞ」
「陛下、もし他の貴族家が希望するならば、土地を提供させて模範村を作ってやってもいいでしょう。
ですが、模範村は国軍の施設です。
ですから得られた収穫は全て国軍のものですよね」
「わはははは。
そうか! せっかく領内に模範村が出来ても貴族の収入にはならんのか!」
「ええ、その点は説明書に確りと書いておけばいいでしょうね。
彼らがその説明書を読めるか否かは別として」
「うはははは!
それでは彼らが王家から借りた借り麦の返済には充てられんのですな!」
「ええ。
それで国軍が得た麦は、国軍兵の糧食と備蓄に回した後は、国に上納させればいいでしょうね。
その際に、失礼ながら王家と国家の財政は分けて数えるようにされた方がよろしいでしょう。
慣れない概念かもしれませんが」
「なるほど。
ということは、宰相や内務大臣や財務大臣の役割が大きくなるということなのですか」
「ええ、今までの軍以外の官僚組織はその権力が実に大きなものになるでしょう。
従いまして、その大臣や官僚の人選は非常に大事なものになります」
アウグスト陛下がアマーゲ将軍を振り返った。
「のう将軍、今の大臣や上級官僚は法衣貴族のまま引退させるとして、新たな大臣や幹部の候補はどうしたらいいかの」
「わたしの意見を申し上げてもよろしいでしょうか」
「ダイチ殿、是非お聞かせ下され」
「アマーゲ公爵将軍閣下は、家督と役職をご長男にお譲りになり、宰相にご就任為されたら如何でしょうか」
「なんと……」
「そうすれば、公爵家を存続させながら、政のトップに信頼出来る人物を据えられることになります」
「なるほど……」
「そういえばダイチ殿は以前、『禄ある者には役薄く、役ある者には禄薄く』と仰られていましたな……
ということは、我が公爵領もそのうち国に献上して、法衣公爵家とした方がよさそうです」
「あ、アマーゲ将軍! ほ、本気か!」
「ええ、家督を譲ったとしても、前当主が宰相となるならば、それぐらいの行動は必要となりましょう。
ただ陛下、その際にはお願いもございます」
「な、なにかな」
「今まで公爵家に尽くしてくれた領兵や執事や侍女たちを、国や王家や模範村の農民として受け入れてやって頂けませんでしょうか。
特に模範村の農民になれれば、公爵家に仕えていたときよりも遥かに幸せになれるでしょう」
「もちろんだ……
彼らは手厚く遇することを約束しよう。
もっとも、その役割は宰相のものであるぞ」
「わはははは、そうでしたな。
我が公爵家がそのような行動を取れば、追随する寄子貴族家も増えることでしょう。
場合によったら非寄子貴族家も」
「だが、役職無しで法衣貴族家にした場合には、莫大な金額の年金が必要になろう。
まだダイチ殿から借り入れをしている状態で、そのような改革をしてもいいものだろうか……」
「陛下、ご心配は無用です。
貴国が貴族家の法衣貴族化を進めるというのは、私がご提案した政策ですからね。
金貨1万枚でも5万枚でも必要なだけご融資いたしますよ」
「それは誠にありがたいお話だが……
そのように莫大な借財を抱えてもいいものなのだろうか……」
「それもご心配は要らないでしょう。
なにしろこれからは貴国内に模範村が16か所も出来るのです。
連作障害を防ぐために休耕地は作るにしても、村ひとつで年間1万石の収穫が得られます。
つまり模範村だけで年間16万石の収入が見込めるのです。
そのうちの半分を麦や作物の形でご返済頂ければ充分ですよ」
「それでも国には8万石もの食料が残るのですな……」
「もちろん、万が一不作になったとしても、まあそのようなことはもはや無いでしょうが、その場合のご返済は無期限で延期しますので」
「それほどまでの好条件をご提示頂けるとは……」
「そうした体制が整いましたら、官僚や農業・健康指導員を養成する学校も作られたら如何でしょうか」
「それは我が国の留学生を受け入れて頂いた学校と同じものですか?」
「はい」
「ところで、そうした政策はダイチ殿のご任務に沿うものなのでしょうか」
「もちろんです。
わたしはこれからこの中央大陸の国々を平定して行き、最終的には全く戦の無い地にしようと考えています。
そのためにはやはり農業生産の飛躍的な拡大が必要になりましょう。
また、次に必要になるのは『統治者』としての王制ですね。
『収奪者』や『侵略者』としての王は私が全て排除します。
また、領地貴族は不要です。
彼らは数が多すぎる上に自分の権勢しか考えていない者が多いですから。
まあ、法衣貴族も数百年後には存在させないようにするつもりですけど」
「そういえば、ダイチ殿は神界からそうした平定任務を与えられた際に、400年もの寿命も賜られたとか。
ですが、そうしたご政策が400年以上も継続していけるものなのでしょうか……」
「実はですね、さきほど申し上げたとおり、わたしは神界からこのアルスの総督に任じられたのですが、それと同時にほぼ5000年の寿命も賜りましたので、まあ大丈夫かと」
「「 !!!! 」」
「それにしても神界は人使いが荒いですよね。
わたしを5000年も働かせようとは。
まあアルス中央大陸の平定が終わったら、ゆっくり休ませてもらおうと思いますけど」
「「 ………… 」」
「わたしの母世界である地球には、『最良の政体とは善意の絶対権力による独裁制である』という考え方があるんですが、どうやら神界はわたしにそうした役割を果たさせようとしているようです。
あ、でもご安心ください。
もしもわたしが単に自分の権勢だけを考えるようになってしまえば、すぐに神界より罰せられて罷免されるでしょうから」
「そうであらせられましたか……」