*** 270 特別鍛錬 ***
大地は肩を落としているギルジ曹長に微笑みかけた。
「いや、実はそれについては問題は無いんだ」
「と、仰られますと?」
「確かにこのアルスのヒト族の平均寿命は50歳ぐらいだろう。
だが、レベルが上がると、力や戦闘力が上がるだけじゃあなくって、体全体の機能も上がるんだ。
だからレベル20になれば、平均寿命は60歳ほどになるだろう。
レベル30まで行けば70歳だな」
「なんと……
ということは、某が1年を費やしてレベル20になれば、あと14年は生きていられると!
最近妻が身籠った子が成人するまで生きていられるかもしれないと仰られるのですか!
2年費やせば、孫が出来るまで生きていられると!」
どよめきが広がった。
「まああくまで平均だが、そういうことだ。
それからな、その鍛錬用ダンジョンは中にいる間外の時間が経過しないんだ。
つまり中で2年間の時間を費やして鍛錬をしたとしても、外に出て来たときには入った日のままなんだよ」
「「「「「 !!!!! 」」」」」
「だから奥さんたちも寂しくはないだろうし、子が生まれるときも傍にいてやれるだろう。
それにもうひとつ、そのダンジョンでは例え誰かが死んだとしても、すぐに怪我や病気が治って生き返るようになっているんだ。
これをリポップっていうんだけど。
だからどんなに激しい鍛錬をしても大丈夫だぞ。
俺とブリュンハルト隊とモンスターたちは毎日鍛錬をしてるけど、みんな日に10回は死んで生き返ってるからな」
「「「「「 !!!!!!!! 」」」」」
「それだけお聞きすればもう十分であります。
是非某をその隊に加えて頂けますでしょうか……」
「ありがとうギルジ曹長」
「いえ、もう過去の階級は捨て申す。
これからはギルジ訓練生とお呼びください」
「わかった。重ねてありがとう」
「礼を申し上げるのは某の方であります。
手足を治してくださったばかりでなく、力をお与え下さり寿命までも延ばして頂けるとは……
どのような激しい鍛錬でも乗り越えて見せましょうぞ!」
「感謝する。
そして、志願者諸君がレベル20以上になったならば、その後には様々な仕事をお願いしたいと思っている。
まずはやはり困窮している多くの農民に避難を勧告していく仕事だ。
これには避難して来た民の面倒を見ることも含まれるだろう。
その際には炊き出しやワイズ総合商会の支店での商売も行われる。
したがって、全員に総合商会で商売の経験も積んでもらうことになるだろう。
また、旧デスレル属国群の農民や元奴隷39万人は、旧シノーペル王国を中心に500人ずつの村800か所を作ってそこに入植して貰おうと思っている。
諸君らのうちの何百人かには、『ワイズ農業・健康学校』で学んでもらい、それらの村で村長になって貰いたい。
そこで経験を積んだ後は、代官見習い、代官ともなってもらう予定である。
それではこの新設の直属隊に志願してくれる者を募ろうと思う。
もちろん志願を強要する気は無いので安心してくれ」
もちろん当然のごとく、元傷痍退役軍人たちは7000全員が志願して来たのである。
やはり寿命が延びるかもしれないという点が大きかったようだ。
大地は総督隊のうち、若い隊員20人に教導教官を依頼した。
「それでは旧退役兵たちは500人ずつ14の隊に分かれてくれ。
まずはそのうちの第1隊に教導教官20名をつけて、ダンジョン内時間停止鍛錬場で体感時間6か月間の鍛錬を行う。
ダンジョン内には各所に時計の魔道具が置いてあるし、居住区は自然環境ダンジョンになっているので、昼夜のサイクルは守られるだろう。
また、カレンダーも渡すので、これに印をつけて6か月経ったら一旦外に出て来てくれ」
「「「「 おうっ! 」」」」
「アイシリアス王太子」
「はい」
「王太子もこの鍛錬に参加してみたらどうだろうか」
「私の方からお願いしようと思っておりました」
「はは、レベル20以上の次期国王とか史上最強国王だな……
それでは第1班と一緒に鍛錬をしてくれ」
「ありがとうございます」
ダンジョン内時間停止鍛錬場には全ての施設が用意されていた。
4LDの4人用住宅が125個、大食堂、大浴場、救護所、娯楽室などである。
特に大食堂の料理は豪華版だった。
週末にはドワーフエールに加えてウイスキーまで振舞われている。
また、実際の鍛錬に当たっては、レベル12になるまでは教導教官との模擬戦が中心だが、レベル12以上になるとモンスターたちと対戦することになる。
最初はスライム族やホーンラビット族、ケイブバット族などが相手になるが、シスくんによって常に訓練生の勝率が50%程度になるように相手対戦が調整されていた。
迎賓館裏の大講堂には志願者7000人が待機している。
そのうちの年長者から500人が鍛錬場直結の転移の輪を潜って消えて行ったが、すぐにまた出て来た。
時間停止ダンジョンで体感時間6か月の鍛錬を終えた男たちは、もう体格からして変わっている。
待機していた6500人の退役軍人たちからどよめきが上がった。
彼らの筋肉ははちきれんばかりに大きくなっており、顔つきも実に精悍なものになっていたが、それだけではなかったのだ。
「曹長殿や軍曹殿たちが明らかに若返っておられる……」
そう、筋肉だけでなく代謝も含めて全ての機能が強化された結果、明らかに見た目も若返っていたのである。
まあ、アイス王太子は少年の面影から青年になりかかった顔になっていたが。
次はこの500人が教導士官となり、すぐに第2班もダンジョン内に転移して行った。
大地は総督隊の教導士官にヒアリングを行った。
「彼らの鍛錬ぶりはどうだったかな」
「はっ!
実に熱心である上にレベルアップもだいぶ早かったために、もはや全員がレベル13以上に到達しております」
「そうか、やはり若いころから戦場を駆け巡っていただけあって、戦闘の基礎は出来上がっていたか」
「はい」
こうして、各人が体感時間6か月の基礎訓練を終えると、鍛錬は2巡目に入った。
今回の目標は全員がレベル16以上になることである。
「2巡目の鍛錬はどうだったかな」
「はっ、みなさん1巡目の鍛錬で若返った上に明らかに体調が良くなったために、2巡目はさらに熱心に動いておられました。
もはや全員がレベル18以上になっておられます。
ですが……
以前戦場で大怪我を負ったときのトラウマを持った方が、戦闘の際に躊躇する姿も見受けられるようになっているのです」
「そうか……
それを『心の平穏』の魔道具で払拭してまで戦闘部隊に入ってもらう必要は無さそうだな……」
全員が2巡目の鍛錬を終えたところで大地はまた演壇に立った。
「諸君、合わせて体感時間1年の鍛錬、お疲れ様。
これでもう諸君は十分に健康な体と運動能力を得られたことと思う。
今の状態ならば、避難民の介護でも農村に入っての農民生活でも、今までの何倍もの効率で働けることだろう。
だが、いくら寿命が延びても体力がついても、以前戦場で負った心の傷は癒せないものだ。
よって、ここで俺直属の部隊で働くか否かの最終志願者を募る。
もちろんここで志願せずに離脱しても、俺は全く気にしないことを約束しよう。
離脱した諸君には避難民の世話という重要な仕事も残っているしな。
さらに、出来れば交代で『農業・健康学校』に通って、将来の村長候補になって欲しいとも思っている。
それでは離脱希望者は前に出て来てくれ。
今から避難民村施設の任務に戻って貰いたい」
2000人ほどの男たちが立ち上がって前に出て来た。
ほとんどの者がかつての上官に涙ながらに謝罪している。
「ダイチ殿もああ仰られていたではないか。
俺たちの代わりに避難民たちの世話を頼んだぞ」
「は、はいっ……」
さすがは固い絆で結ばれた互助会の男たちであった。
残った5000人の男たちも、離脱者を非難するような者はひとりもいないようだ。
離脱者たちが職場に戻っていくと、大地は残った志願者たちに向き直った。
「それではこれより最終鍛錬を行う。
全員で鍛錬場に移動してくれ」
ダンジョン内鍛錬場に於いて、大地は全員に訓示した。
「これより諸君は順番に素手で俺を攻撃することになる」
「「「「 ??? 」」」」
「実は自分よりもレベルにして20以上上の者を攻撃すると、一気にレベルが3から5は上がるんだ。
その際にレベルアップ酔いというものを起こして気絶するために、他の隊員は交代で担架を持って待機していてくれ。
まあ、30分もすれば気絶していた者も復活するだろう」
メルカーフ元中尉が手を挙げた。
「どうぞ」
「ダイチ殿のレベルは今いくつなのだろうか」
多くの訓練生たちが頷いている。
「最近59に上がったところだ」
「もうひとつ教えて頂きたい。
レベルが1上がるということは、何を意味しているのだろうか」
「例えばレベルが同じもの同士が戦えば、それは互角の戦いになるだろう。
レベルが1つ上の者と戦えば、レベルが低い者が上位の者に勝つのは至難の業になる。
そのとき、もし互角の勝負がしたければ、レベルが1下の者2人掛かりでようやく互角の勝負に持ち込めるだろうな。
レベルが2つ上の者と戦うには4人で互角になる。
つまり、レベルが40の者と戦うには、レベル20の者が100万人必要だということだな」
どよめきが起きた。
「諸君らの平均レベルは19だ。
よって諸君らが俺と互角に戦うためには1000憶人の10倍の1兆人が必要になるだろう」
さらに大きなどよめきが起きた。
「念のため説明しておく。
それはなぜこの特殊鍛錬を最初に行わなかったのかということだ。
レベルが遥か上の俺を攻撃すれば、レベルの上がり方はかなり激しいものになる。
だが、それではレベルばかり高くて実戦経験の無い戦士が出来上がってしまうんだ。
それでは本物の実戦の時に必要な判断力や胆力が養えないんだよ。
だからある程度の実戦鍛錬を経たものにしか使用していない鍛錬方法なんだ。
だが、よく考えてみれば、諸君の実戦経験は実に豊富だった。
まさか1年の鍛錬でここまで鍛えられるとは俺も驚いたよ」
男たちがみな微笑んでいる。
「それでは特別鍛錬を始めよう。
順番に1人ずつ、俺に力いっぱい攻撃をするように。
救護班はすぐ脇に控えていて、気絶する訓練生が倒れて怪我をしないようにしてくれ。
それではまずアイシリアス王太子から始めようか」
「はい!」
アイス王太子が渾身の正拳突きを大地の腹に入れた。
途端にレベルアップチャイムが鳴り響いて王太子が倒れている。
「ほう、レベルが5つも上がったか。
皆も王太子と同じように気合を入れて攻撃するように」
「あの……
ダイチ殿のダメージは……」
「はは、流石になんともないな。
痛みも無いしHPも全く減っていないぞ」
「そうですか……
それでは御免仕るっ!」
どかっ!
レベルアップチャイムが鳴り始めるとともにギルジ曹長が気絶した。
こうして、5000人の男たちがダイチを殴りつけては気絶していったのである……
「全員気絶から覚めたかな。
シス、訓練生たちの平均レベルはいくつになっている?」
(24.3になっています)
「そうか、それでは今から鍛錬の最終仕上げを行おう。
俺と5000人の訓練生全員との闘いを行う」
「「「「「 !!!! 」」」」」
「だ、ダイチ殿、そ、それはいくらなんでも……」
「いや、俺は魔法攻撃を使うからな。
それほどの手間でもないぞ」
(((( そういう問題じゃあないと思う…… ))))
「それじゃあいくぞー。
ストームストーン待機」
鍛錬場の上空に黒い雲のようなものが浮かんだ。
よく見ればそれは直径3センチほどの石が集まったものだが、何故か上空で渦を巻いている。
それは見るからに禍々しい光景だった。
元互助会の訓練生たちの背筋に悪寒が走っている。
「なんだ誰も攻撃して来ないんか?
それでは俺から攻撃するぞ!」
石の渦が降りて来た。
ようやく危険に気付いた訓練生たちが動き始めている。
或る者は地面に伏し、また或る者は部屋の隅に走り、あるいは腕で顔を覆った。
だが、地面付近まで降りて来た石の渦は、彼らを全て粉砕していく。
部屋の隅に逃げた者も、例外無く血飛沫を上げてバラバラにされていた。
この間僅かに8秒。
5000人の男たちが全滅している。
数秒後、全員がリポップしてきた。
「『心の平穏』……」
男たちは皆呆然としている。
「あ、あれが魔法か……」
「そうか、ダイチ殿はデスレルの全軍をああして全滅させることも出来たのだな……」
「あの通路でこれを喰らえばひとたまりもあるまい……
「殺そうと思えばいつでも殺せたのか……」
「魔法とは真に凄まじいものだ……」
「実は今の鍛錬は、単に魔法のデモンストレーションだけではなかったんだ。
このダンジョンの中では、戦闘行為をするとダンジョンポイントというものが得られ、これは(戦って死んだ者のレベル)×(人数)×(人数)になる。
つまり、今の戦いで24.3×5000×5000で、約6億のダンジョンポイントが得られたことになる。
なあシス、6億ポイントだと標準的な300人用の農村をいくつ作れる?」
(おおよそ1000です)
「ということでだ。
今の諸君らの全滅により、俺たちは農村1000個を作れる分だけの収入を得たことになるんだよ。
な、けっこういい効率だろ」
「そ、そうでしたか。
その様にして得た『だんじょんぽいんと』で民を救っておられたとは……」
「それじゃあストレー、用意していたスキルスクロールを出してくれ」
(はい)
その場にまずは『念話』のスクロールが現れた。
「各人ひとつずつこのスキルスクロールを手に取って広げてくれ。
そうすると『念話』のスキルが得られて、頭の中で強く念じるだけでシスと会話が出来るようになるんだ。
シスからの連絡も楽に受け取れるしな」
男たちがスクロールを広げては光っている。
(俺の念話が聞こえるか?
聞こえた者は手を挙げてくれ)
全員の手が挙がった。
(これで全員任務中に問題が起きてもすぐに増援を呼べるようになったな。
それでは次は『防御』のスキルスクロールを配ろうか。
任務行動の前に『防御』と唱えると、諸君の防御力が大幅にアップする。
例え1000の弓兵に矢を射られても、諸君の体には傷ひとつつかないだろう)
こうして、男たちは『身体強化』と『異言語理解(アルス語を含む)』と『暗算』のスキルも取得したのであった……
翌日から、大講堂に『農業・健康指導員』を招いての授業が始まった。
既にスキルによって読み書きの出来るようになっている訓練生たちならば、3か月ほどで農学と健康学の基礎は押さえられるだろう。
その後は『農業・健康指導員初級』の資格試験が行われ、無事合格した者はワイズ総合商会にて商売や接客の基本も学ぶことになる。




