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*** 269 任務説明 ***

 


 ダンジョン国より600キロほど北にあるワイズ王国では、ダンジョン国に遅れること1週間ほどで麦の借り入れが始まった。


 ワイズ王国の村々では、麦の作付けは200反であり、その他は野菜畑や豆畑、休耕地や堆肥作成地になっている。

 この200反の麦畑では、やはり1反当たり6石の収穫、つまり村ごとに1200石の収穫が得られた。

 それとは別に300石のジャガイモや、同じく300石の豆の袋も並んでいる。



 堆く積み上げられた6000個の小麦2斗袋や芋や豆の袋を見て、元から村にいる農民たちは満足げだった。

 だが、研修生として収穫作業を手伝っていた周辺4か国からの移住者たちは、その膨大な収穫量に改めて愕然としていた。


 今まで母国で行っていた自分たちの農業に比べて12倍の収穫率、しかも脱穀と収穫祭が終わった後は、冬小麦の作付けも行われるというのである。

 収穫率は24倍になることだろう。


 この奇跡の光景を見て、研修生たちは俄然やる気になった。

 この神農法をマスターすれば、自分たちはもとより子供たちやそのまた子供たちもずっと餓えずに済むのかもしれないのである。


 やはり実地教育は生徒のやる気を引き出すようだった。




 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




 そしてゲゼルシャフト王国とゲマインシャフト王国の『模範村』では……


 国王陛下や大将軍閣下の隣席の下、村の中央にある広場には、500人の軍人たちが整列していた。

 その周囲には同じく500人の奥さんたちがいる。

 お腹が大きくなり始めている奥さんも多かった。


 指揮台に上がった元留学生の指揮官が訓示を始めた。

 何故か指揮官は涙をぼろぼろと零している。


「そ、それではいよいよ、し、収穫を始めます…… ぐふっ。

 だ、第1中隊はジャガイモ畑、第2から第5中隊は、麦畑での作戦を行ってください…… あぅぅぅぅ……」


 見れば整列した男たちも周囲の奥さんたちも皆泣いていた。

 これからいよいよ自分たちの努力の結晶である収穫が始まるのである。


「そ、それでは状況開始っ!」


「「「「「 うおおおおおお―――う! 」」」」」



 小麦畑では5人ずつの分隊に分かれた軍人たちが突入して行った。

 皆、脚には革製の軍用脛当てをつけて鎌での怪我に備えている。


 分隊の1人が麦の束を掴むともう1人が鎌でそれを切り取った。

 それを別の隊員に差し出すと、紐で括られて猫車に乗せられて行く。

 その間にもまた別の隊員が麦の束を持ち、鎌で切り取られる。

 時折役割を交代しつつも刈り入れは素晴らしい速さで進んで行ったのである。


 村の麦干し場に運ばれた麦束は、別の小隊の手によって次々に干されていった。

 広大な干場がみるみる埋まって行く。


 こうして、800反もの麦畑、100反のジャガイモ畑の収穫は進んで行った。

 国王陛下も将軍閣下も毎日のように各村を視察している。

 各村では、僅か1週間で全ての畑の収穫を終えると、ワイズ王国の農村と同様に、刈り入れの終わった畑での耕運や新たな作物の作付も始まっていた。



 2週間過ぎて麦穂が十分に乾くと、麦の脱穀も始まった。

 ダンジョン村から持ち込まれた人数分の手袋とマスクとゴーグル、5台ずつの千歯扱きと唐箕を使っての作業である。


 その間、藁くずや埃が飛ぶために、奥さんたちはクリーンの魔道具が常時発動されていて換気扇もついている食堂に集まっていた。

 そこではワイズ王国から来た女性の健康指導員から、妊娠初期から後期の過ごし方のレクチャーが行われたのである。


 因みにこの村の診療所の設備は万全だが、難産の場合には転移の輪を通じてワイズ王国総合病院に搬送される上に、いざとなったらストレーくんの完全時間停止倉庫もあり、ベテラン助産師のいるダンジョン国に送ることも出来る。

 古代社会で出産事故の原因となる逆子なども、念動魔法で胎児を動かせるので何の問題も無い。

 また、これも古代社会で多かった産褥死についても、クリーンの魔道具とポーションの在る診療所では全く心配は要らなかった。


 こうした説明を聞いて、奥さんたちも安心していた。

 ただひとつ、妊娠期と授乳期にはエールを飲むことが禁止されたのだが、これも子供の健康と健やかな成長のためと聞いて、奥さんたちは納得している。

 その夫たちも奥さんのためにしばらく禁酒を強いられるだろう。


 また、新生児の育児を行う上で最も大変なのは2時間おきの授乳とオムツ交換である。

 だが、ここには同時期に子を生む奥さんたちが何百人もいるのである。

 夜中の授乳は当番制で行われ、オムツが汚れた場合でも新生児室のクリーンの魔道具のスイッチが入れられるだけである。

 なんという便利さであろうか……


 ただまあ、12歳ほどになった子供たちが反抗期を迎えると、


『あら、あたしのおっぱい飲んでたあの赤子が随分と大きくなってナマイキ言うようになったわねぇ♪』


 と村中のおっかさんから言われてしまうのである。


 まあ、全ての子供が全てのおっかさんのおっぱいを飲んでいたのだから仕方あるまい……




 1か月後、すべての脱穀と新たな作物の作付けが終わった。

 村の広場には、500人の軍人と500人の奥さんたちの前に、信じられないほど膨大な量の麦袋とジャガイモの箱が積み重ねられていたのである。


 800反の畑から得られた麦の量は実に5600石もあった。

 ワイズ王国の収穫率1反当たり6石よりもやや多いのは、シスくんがサービスで入れてあげた少量の化学肥料のおかげと思われる。

 100反のジャガイモ畑からは700石のジャガイモが得られていた。

 これで合わせて6300石。


 ゲゼルシャフト王国もゲマインシャフト王国も国内4つずつの模範村の収穫はほぼおなじだった。

 つまり、両国とも4つずつの模範村で、実に2万5000石の収穫が得られたのである。

 これはそれぞれの国で必要とされる作物の量のそれぞれ84%と72%にも相当していたのであった。

 軍人とその奥さんたちの号泣はしばらく止まなかったという……


 さらに、これは春から秋にかけての収穫である。

 つまり、これから春にかけての作物育成でほぼ同量の収穫も期待出来るのであり、両国とも、このたった4つずつの模範村で国の食料自給率を100%以上にすることが出来る見込みとなったのだ。



 収穫、脱穀、作付けが全て終わると、両国国王と将軍は、国内4つずつの村を全て訪れ、模範村の軍人とその家族たちを激賞した。

 そして、全員が軍の功労勲章を受勲するとともに、1階級昇進するということが発表されたのである。


 また、大地のスポンサードにより、すべての村人たちに、銀貨50枚の特別報奨金も与えられることになった。

 これは、ほとんどの軍人にとって軍の俸給の半年分以上に匹敵する。

 若い兵にとっては1年分の俸給に相当していた。


 軍人とその奥さんたちは5日間の特別休暇を貰い、交代で村と王都や公爵侯爵領都を結ぶ乗合馬車で王都や領都に出かけて行った。

 あこがれの街に泊まり、買い物や食事を楽しもうというのである。



 だが……

 彼らはすぐに気づくことになる。

 宿も食事も服も道具も、自分たちの村を超えるものはひとつも無いということに。

 まあ、シェフィーちゃん監修の食事と、この時代のアルス料理を比べる方が間違っているのだが。



 彼らは早々に休暇旅行を切り上げて村に戻って来た。

 そうして、農業・健康指導員から噂を聞くワイズ王国総合商会本店にいつかは行けることが出来るようにと願うのだ。


 特別休暇終了後は、柿と栗を収穫して干し柿作りと栗菓子作りが行われる予定である。




 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




 ワイズ王国迎賓館の裏手に巨大な講堂が建設され、大地はこの講堂に旧デスレル属国群の傷痍退役軍人たちを集めて説明会を開いた。

 演壇の端にはアイス王太子を初め、ブリュンハルト隊の幹部数名も座っている。


 講堂に並んで座る元軍人たちは、主に旧階級順に並んでいた。

 最前列中央は各互助会の指揮官たちであり、その周囲には曹長や軍曹たちが座っている。



「互助会の諸君、集まってくれてありがとう。

 まずは諸君に礼を言わせてくれ。

 諸君らの働きでデスレル領域の民50万と囚人33万を収容することが出来た。

 しかも諸君らの献身的な介護により、保護された民たちも健康を取り戻している」



 男たちは誇らしげに微笑んでいる。

 彼らは元々属国の徴集兵としてデスレル本国の指揮官たちから虐げられる立場にあり、その中でお互いに助け合って生きて来ていた。

 さらに傷痍除隊した後も互助会で助け合っていたために、そのE階梯はかなり高く、平均で1.8、最低でも1.2のE階梯を持っていたのである。


 そして、『遠征病』と飢餓に瀕した農民や奴隷たちを避難させて感謝され、動くこともままならない避難民の面倒を見る事でまた感謝されたことにより、さらにE階梯を急速に進化させていた。

 しかも全員が妻帯し、その奥さんたちの多くが妊娠し始めている。

(オルナンド曹長も、なんとあの15歳の新妻を孕ませている!)


 彼らはつい1年前までは自分が所帯を持つことなど完全に諦めていた。

 それが今では妻帯出来たばかりか子を持つことすら出来るのである。

 この幸福感もまた更に彼らのE階梯を上げていた。


 これにより、彼らのE階梯は平均で2.6、最低でも1.8まで上昇していたのである。



 大地の話は続いた。


「だが、まだ俺と諸君らの契約は1年半以上残っている。

 そこで今日は新たな任務の希望者を募りたいと思って集まってもらった。

 まず、これよりいくつかの概念について説明する。

 まずは『ダンジョン』について、それから『レベル』について。

 さらには『スキル』と『E階梯』と『俺の使命』についてだ。

 良く聞いて理解して欲しい」


 大地の説明が続くにつれて、聴衆のどよめきは大きくなっていった。

 それに合わせて7000人を超える男たちの集中力も上がり、最後の方には大地の言を一言も聞き漏らすまいと真剣な表情になっている。



「ということでいったん説明を終わる。

 この後は半刻の休息を挟んでまず質問を受け付けよう」



 休息終了後。


「それでは質問を受け付ける。

 質問がある者は挙手してくれ」


 多くの手が挙がった。


「メルカーフ中尉、どうぞ」


「このアルスのヒューマノイドのE階梯は、平均が0.3、最高が3.8で最低がマイナス25だそうだが……

 ダイチ殿のE階梯はいくつなんだ?」


「最近また少し上がって6.8になったところだ」


 会場内に盛大などよめきが起きた。


「実はそのE階梯と今までの仕事の成果によって、俺は神界からこのアルスの総督に任命されたんだよ」


「「「「「 !!!! 」」」」」


「それでまあ、さらにこの大陸の平定を進めていく任務があるわけだ」


「そ、そうか……」


(あ、ダイチ、ツバサさまが来て下さるそうだにゃ♪)


「い、今連絡が入って、天界よりこのアルスを含む多くの世界を管理されている天使さまが来て下さるそうだ……」


「「「「「 !!!!!! 」」」」」



 大地の立つ演壇中央部が強烈な光に包まれ、その光が収まると、身長5メートルほどになって宙に浮くツバサさまが現れた。

 その後光は直視するのが難しいほどに明るく、また背中の翼も大きくなっている。


(ツバサさま、中級天使に昇格して翼が大きくなっとる……

 あれ念動魔法を使わなくても、身体強化使って必死で羽ばたけば少し浮けるんじゃないか?

 あ、でもそれじゃあトンボかハエみたいになっちゃうか……)



 ダイチくん……

 そこはせめて妖精みたいって言ってあげようよ……




「旧デスレル属国群の傷痍退役軍人互助会のみなさん。

 初めまして、天使ツバサと申します」


「「「「「 う、うはははぁぁぁぁ―――っ! 」」」」」


 7000人の互助会メンバーが椅子から降りて床に跪いた。


「皆さんの献身的な活躍は神界より拝見させて頂いていました。

 多くの民に幸福を齎した功績は真に素晴らしかったです」


「「「「「 おおおぉぉぉぉ―――っ! 」」」」」


「その上皆さん自身も幸せな家庭を持ち、子も生み育てていって下さるとは。

 これこそが神界が望んでいたアルスの幸福な姿です」


「「「「「 ははあぁぁぁ―――っ! 」」」」」


「この上はアルス総督に任命されたダイチさんを助け、このアルス中央大陸にさらなる幸福を広げて行って下さることを期待しています」


「「「「「 うははあぁぁぁ―――っ! 」」」」」


 ツバサさまが微笑みながら消えて行った。

 後には感動冷めやらぬ男たちが残されている。


(おっぱいがフリフリしてなくて本当にヨカッタ……)




 感動のあまり呆然としている男たちを前に大地が発言した。


「あーおほん、みんな椅子に座ってくれ。

 それでは俺が皆に依頼したいことを説明しよう。

 皆が見て知っての通り、ブリュンハルト隊の者たちはある程度の魔法やスキルも使える上に、実に強かっただろう」


 全員が頷いている。


「彼らは実際に強く、またその任務上でも実に役に立ってくれている。

 ただ、ひとつだけ問題点があるとすれば、その人数が250人と少ないことなんだ。

 もちろんダンジョン村に避難して来たヒト族の中からE階梯1.5以上の者たちを選抜し、本人の志願をもって見習いとして採用している。

 だが、やはりヒト族にはE階梯が高い者が少なく、その増員は進んでいないんだ。

 そこへ来て諸君のような優秀な人材を大量に得ることが出来た。

 よって、諸君の中からブリュンハルト隊のような俺直属の兵団を募集したいと考えている。


 もちろん諸君の中にはもう2度と戦いたくないという者も多いだろう。

 その意思は最大限に尊重する。

 だが、諸君らも知っての通り、ブリュンハルト隊はほとんど戦闘をしていなかっただろう。

 彼らの『転送』の魔法スキルは、E階梯2.5以上の者にしか与えられないが、それでもあのような任務を熟していれば、諸君も遠からず2.5以上のE階梯になるものと確信している。


 まあE階梯は放っておいても上がって行くだろうが、レベル、つまり戦闘力やスキルを身に着けられる能力は、鍛錬をしなければ上がらない。

 よって、直属隊に志願してくれる者は、ダンジョン国の特別鍛錬場で鍛錬をしてもらうことになるだろう」



 ギルジ曹長が手を挙げた。


「どうぞ」


「その隊に所属してレベルを上げ、ブリュンハルト隊の方々のように実戦でお役に立てるようになるためには、どのぐらいの期間の鍛錬が必要になるのでしょうか」


「そうだな。

 例えば今レベル8の者がいたとしよう。

 この者が一人前と言えるレベル16になるには、体感時間で約1年の鍛錬が必要になるだろう。

 さらに将校として指揮官になるレベル20に上がるためには、さらに1年の鍛錬が必要になると思う」



 ギルジ曹長がやや肩を落とした。


「やはりそうでしたか……

 小官は今45歳でありまして、寿命とされる50歳まではあと5年しか残されておりません。

 それでは鍛錬を重ねても3、4年しかお役に立てないのですね……

 それに2年も家を空けるのをヨメたちが許してくれるかどうか。

 中には某の子を身籠ってくれた者もおり、子が生まれるときに傍にいてやれないのは……」





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