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*** 268 魔法科学 ***

 


 或る日の幹部会にて。


「あの、ダイチさま。

 ご相談があるのですが……」


「なんだテミス、どうした?」


「あの避難民の学校についてなんですが、熱心に勉強しているのにどうしても言葉を読めない生徒がいるんです」


「そうか、アルスにも知的障害者やLD者がいたか……」


「アルスのヒト族と地球のヒト族はほとんど同じにゃからね。

 だからツバサさまはダンジョンマスターを地球から呼んだんにゃよ」


「なるほど。

 ところでタマちゃん、知的障害やLDって治療魔法で治せないのかな。

 あと自閉スペクトラム症とか」


「それにゃらツバサさまに聞いてみたらどうかにゃ。

 ツバサさまの天使大学での主専攻は惑星管理学にゃったけど、副専攻は確か魔法医学だったにゃ」


「そ、そんな大学もあるんだね……」


「にゃ。

 その大学で優秀な成績を修めたから、ツバサさまは天使族の中から初級天使に選ばれて惑星管理者になれたんにゃ」


「それじゃあ魔法医学について教えて欲しいんで、ツバサさまの都合のいい時間を聞いてもらえないかな。

 なにしろ500もの惑星を統括する中級天使になったんでお忙しいだろうし」


「たぶん大丈夫にゃ。

 ツバサさま、この前部下の初級天使たちが優秀過ぎてヒマだって言ってたにゃ♪

 だから今聞いてみるにゃ」


「ありがと」


「あ、ツバサさま、今からでもいいって仰ってるにゃ」


「そうか。

 淳さんも一緒でいいかな」


「もちろんにゃ」


「淳さん、お願いします」


「わかった。

 それにしても魔法医学か……

 実に興味深いね」




 神界のツバサさまの執務室にて。


「ツバサさま、お忙しいところすみません」


「いいのよ。ダイチさんならいつでも歓迎だわ。

 でもタマちゃん」


「にゃ?」


「わたしもいつもヒマっていうわけじゃあないですからね」


「にゃははは、済みませんでしたにゃ」


(はは、それにしてもツバサさまとタマちゃんって仲がいいな。

 そうか、小さいころ姉妹喧嘩してツバサさまに使徒見習いとして預けられたって言ってたっけ。

 それ以来ずっと一緒にいたからなんだろうな。

 ツバサさまにとってタマちゃんは歳の離れた妹か娘みたいなもんなんだろう……)



「それで今日は助役の淳さんにも来てもらったんです。

 なにしろ淳さんは日本の医師免許も持ってますから」


「初めましてツバサさま、須藤淳と申します。

 よろしくお願いいたします」


「あなたがダイチさんのお兄さま同然のジュンさんですね。

 こちらこそよろしくお願いします。

 あなたのダンジョン国での素晴らしい内政は、他の惑星の天使たちがいつも見て参考にしているんですよ」


「き、恐縮です……」



「ところでダイチさん、ご質問は魔法医学でアルスのヒト族の精神障害や発達障害が治せるかということですよね」


「はい、知的障害や自閉スペクトラム症、それからADHD症やLD症などについてなんですけど……

 やはりいくら魔法でも無理ですかね?」


「いいえ、結論から言えば地球とアルスのヒト族ならすべての疾患は魔法で治せます」


「えっ……」


「この銀河のヒューマノイドの50%はヒト族型なんです。

 そのヒト族の中でも、地球やアルス型の汎ヒト族は多数派を占めていますからね。

 あるべき理想的な人体像というものは既に完全に認識されていますから」


「そ、そうだったんですか」


「なにしろビッグバン以降、この銀河系が形成されて知的生命体が発生してから120億年以上経っていますから。

 その中で住民の平均E階梯と文明評価がそれぞれ5.0以上になって、神界認定世界が出来てからでも100憶年以上も経っています。

 普遍的なヒト族であれば、その魔法医学はもはや完全と言っていい状態になっているんですよ」


「さ、さすがですね……

 ところで魔法ってマナに命令して効果を発揮させるものだと聞いたんですけど、地球にもマナってあるんですか」


「ふふ、もちろんありますよ。

 というか、宇宙全てに存在する普遍的なものです」


「そうでしたか……

 でも地球ではまだマナの存在が知られていませんよね」


「そうですね。

 ですけどマナという呼び名はともかく、地球でも別の名前でその存在が予想されていますよ」


「え……

 宇宙に普遍的に存在して、地球でもその存在が予想されているって……

 そ、それってまさか……」


「そう、地球ではマナはダークマターとかダークエネルギーと呼ばれているみたいですね」


「そ、そそそ、そうだったんですか……

 確か宇宙を構成する物質の内、人類が認識する原子が5%で残りがダークエネルギーとダークマターだとか……」


「エネルギーと物質マターは等価ですからね。

 ですから、宇宙は4.9%の自然原子と95.1%のマナで構成されていると言っていいでしょう。

 もちろん原子に種類があるように、マナにも種類があります。

 その多くの種類のマナの中でも、より多く普遍的に存在しているマナを使って自然原子や事象に影響を及ぼすのが魔法科学、別名マナ科学です。

 魔法医学は、魔法工学や魔法化学と並ぶその中の1分野ですね」


「あ、あの……

 ダークマターやダークエネルギーの『ダーク』って、既知の物質と相互作用せずに、検出も認識も出来ないから『見えない』っていう意味で『ダーク』って呼ばれてると聞いたんですけど。

 よくそんなものを利用して科学技術に応用出来ていますね」


「19世紀の地球でようやく電波という認識が得られたころ、科学者たちは電波による通信という夢を見始めたんです。

 それで研究所やそのスポンサーたちに研究資金を出してくれるよう頼んで廻ったんですけど、最初は断られていてばかりで相当に苦労したそうなんです。


 そのスポンサーたちの断り文句が、『見ることも聞くことも触ることも出来ないという『でんぱ』とかいうものを使って、どうして話が出来るんだ?』というものだったんですよ」


「そ、そうか……

 別に見えなくても触れなくても使えればいいんだ……」


「ですから『魔法』とは、『エネルギーや物質の形態を持つマナに命令して、自然原子で構成される世界に望む効果をもたらすもの』と定義されています。

 そのために、たまにダイチさんが疑問に思っていたように、魔法はしばしば通常原子世界のエネルギー保存則や質量保存則を破っているように見えるんですよ。

 ダークではあるけれど、エネルギーやマター(質量)を使った作用なんですから」


「な、なるほど……

 それでは地球の科学者たちにポーションを見せても理解は難しいということなんですか……」


「そうですね、それは電気というものの存在を薄々予想していた18世紀の科学者に、スマホを渡して中身を理解出来るか試すようなものでしょうか。

 いえ、それよりも遥かに隔絶した知識の差があるかもしれません。

 なにしろ地球人類はまだ宇宙全体について4.9%しか認識していませんから」


「…………」


「それで、ダイチさんの最初の質問に戻りますけど、地球型やアルス型のヒト族であれば、先天性障害でも精神性障害でも発達障害でもレベル8以上のポーションかレベル8以上の治癒系光魔法で治ります」


「あの、ポーションと光魔法って効果は同じなんですか?」


「おなじです。

 ポーションはマナへの命令式である魔法陣を液体化したものであり、光魔法のスキルはダイチさんの脳内に記憶された魔法陣を励起させるものですから」


「あれ?

 確かわたしの光魔法や妖精族たちが作った光魔法の魔道具は、獣人種族や魔法生物の治療も出来ていましたけど……」


「それはもちろん、ダイチさんのスキルにヒト族だけでなくアルスにいる生命体全てに効果があるような汎用魔法としての魔法式を与えていたからですね。

 アルスのダンジョンマスターを任せるには当然のことでしょう。

 そして、妖精族が魔道具を作る際には、ダイチさんがその魔法を一度見せていたはずです。

 だから彼女たちは汎用魔道具を作れたのです。

 彼女たちが見ていたのは、魔法そのものではなくダイチさんの頭の中で励起された魔法式でしたので」


「な、なるほど……

 ということは、銀河宇宙の神界認定世界では、遺伝的疾患も含めて全ての病気が治療可能だということなんですか……」


「はい」


「羨ましいお話です……」


「まあ当然でしょう。

 地球の文明は発生して5万年ほどで、技術文明に至ってはまだ300年も経っていませんから。

 それに対して、神界認定世界には100憶年近い技術文明史がありますので。

 

 それに、ヒト族型ヒューマノイドが体内で利用している元素はたった40ほどに過ぎません。

 そのうちのほとんどが、C、H、O、N(炭素、水素、酸素、窒素)を使って得られるタンパク質になりますが、これもたかだか数億種類のオーダーの有機化合物になりますし、その構造式も体内での役割も合成方法もすべて発見されています。

 全ヒューマノイドに拡大しても、その数はおよそ倍になるだけですので、これも確立しています。

 もちろん脳のあらゆる機能も。


 ということで、魔法医学にとって治療不能な疾病や障害は存在しないのです。

 僅かに新興惑星などで未知の病原菌やウイルスなどによる風土病が発見されることもありますが、せいぜい3時間以内に治療法が見つかりますので」


「す、すごいですね。

 あ、そういえばダンジョンから湧き出ているマナは、モンスターたちや植物の栄養になっていますよね。

 あれはどういう原理なんでしょうか」


「あのマナはダンジョン用に設計された特別なマナでして、やはり自然原子界に存在するC、H、O、Nなどの元素を元に有機化合物やその他の高分子化合物を合成する魔法式を内包しているマナなんです。

 元素が足りない場合にはダークエネルギーを使用して元素転換させることも出来ますし。

 実際に湧き出しているものは、マナそのものではなくその生成物ですけど」


「なるほど、ユーリー・ミラーの実験の内、電気火花のエネルギー部分をマナ(ダークエネルギー)が担っているということですか……」


「ふふ、さすがですね。その通りですよ」


「だから魔法は用途に合わせて設計出来るんですね。

 エネルギーや物質はマナと言う形でどこにでもあるんだ……

 いやそれにしても今日はありがとうございました。

 マナや魔法についてよくわかりましたよ」


「疑問があったら、またいつでも聞きに来てくださいね♡」





「淳さん、それにしても銀河の魔法医学ってすごかったですね」


「いや圧倒されたよ。

 医学の発展のためには理論物理学の理解まで必要になるんだね。

 通常原子と相互作用しないダークマターだったら人体の中にも平気で入って行けるだろうし。

 しかも宇宙に普遍的に存在しているんだったら、人体の中にもあるし」


「でもなんか安心しましたよ。

 科学ってまだまだ発展出来るんですね」


「そうだね。その通りだ……

 産業革命以来たった300年で文明がここまで進化したんだからね。

 それが100億年の歴史を持つ世界でどこまで進化したのか想像も出来ないよ」


「まさに『十分に発達した科学は魔法と区別がつかない』ですか……」




 こうして、ワイズ王国の民も避難民たちも、全ての精神障害や学習障害が治療されてより勉強が捗ることになったのである……




「それにしても淳さんもすごいですね。

 他の惑星でも淳さんの内政を参考にしてるなんて」


「いやまあ失敗も多いけどね」


「どんな失敗ですか?」


「そうだね、最近だとキウイ畑かな」


「?」


「地球からキウイの苗を持ち込んで、果樹園の隅にキウイの畑を作ったんだ。

 あのフルーツはビタミンCも豊富だし。

 でもさ、畑仕事に来てくれた獅子人族や豹人族や虎人族や猫人族がみんなラリっちゃったんだ」


「ラリ?」


「もう恍惚反応や酩酊反応を起こして大変だったんだよ」


「あ、そうか、キウイって確かマタタビ科でしたっけ……」


「まさかあれほど強い反応があるとはね。

 それでさ、豹人族の子とケンカしたゴブリン族の男の子が、仕返しにその豹人族の子の家の周りにキウイをひと籠ばら撒いちゃったんだ。

 おかげで豹人族の村が丸々ひとつラリラリパーになっちゃったんだよ」


「うっわ~」


「それでダンジョン国ではキウイは封印することにしたんだけどさ。

 でもせっかく実をつけるようにもなってるし、ヒト族の一部に頼んで収穫はしてるんだ。

 いつかワイズ王国とかで売り出したらどうかな。

 遠征病の特効薬にもなるし」


「そうしますか……」





 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




 ダンジョン国では麦の収穫が始まった。

 大幅に拡張されていた麦畑では、その総収穫がついに100万石を越えている。


 また、ドワーフたちの造ったエールを飲ませてもらった他の種族たちは感激し、ドワーフのエール用麦畑を手伝うようになっている。

 これによって、60リットル入りの醸造樽で2万樽ものエールが作られるようになった。


 そのうちの一部を使って、淳が地球から持ち込んだ蒸留器を使って蒸留酒も造られ始めている。

 もちろん、蒸留酒はその蒸留度や樽に使われた木との相性、樽内部の焦がし具合など実に多くのパラメーターがあり、加えて熟成年数によっては全く別物に化けることもある。

 地球の蒸留酒蔵は、それこそ何百年もかけてこの試行錯誤を繰り返して来たのであった。



 だが、ダンジョン国にはストレーくんがいた。

 様々な木質の樽が『錬成魔法』で用意され、またあらゆる蒸留段階の酒が樽に詰められると、ストレーくんがその時間加速の収納庫内で、あっという間に数年から数十年の熟成を行ってくれるのである。

 麦からエールを熟成する過程すら行ってくれていた。


 こうして、酒に煩いドワーフたちですら満足の行く蒸留酒が作られていったのである……





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