*** 265 犯罪者収用 ***
数日後、ヒステリー症を拗らせた皇后のひとりが移住申込所にやってきた。
着ている物は元は高価なものだったのだろうが、今は垢とアブラで見る影もない。
「誰かある!」
「いらっしゃい、移住の申し込みですか?」
「違う! そなたたちを不敬罪で処罰するために来たのじゃっ!」
「そうですか、理由をお聞きしてもよろしいですか?」
「そんなこともわからんかこの賤民めがっ!
なぜ妾を迎えに皇宮に馬車をよこさんのじゃっ!」
「あー、もうこの国に馬はいませんからねぇ」
「な、ならば輿を使えばよかろうっ!」
「そんなもの担ぐ人もいませんから」
「奴隷がおるだろうに!」
「この国の奴隷は全てワイズ王国に移住させて奴隷から解放しましたから。
だからもう奴隷もいないんです」
「な、なんじゃとっ!
な、なぜそんなことをしたのじゃっ!」
「ワイズ王国では奴隷は禁止されているからです」
「こ、ここな無礼者めが!
お前では話にならん! もっと高貴な者を連れて参れっ!」
「お断りします。みなさんお忙しいですから」
「な、ななな、なんじゃとぉっ!
譜代爵家の娘であり、第3皇后でもある高貴な妾の言をなんと心得るっ!」
「ひとつお聞きしてもよろしいでしょうか」
「な、なんじゃ!」
「なぜ譜代爵家の娘で皇后だと『高貴』なのでしょうか?」
「お、お前は馬鹿者かぁっ!
譜代爵という大貴族の血が流れており、皇子を生んだ皇后が高貴なのは当たり前であろうがぁっ!」
「そうですか、譜代爵の娘であり皇帝の妻であり皇子の母だから高貴だと言われるのですね」
「あ、当たり前じゃっ!」
「ではこうお考えになられたら如何でしょうか。
もし今この場にこの国の初代帝や歴代の皇帝が現れたとします。
その方々は今代の皇帝と譜代爵をどう思われるでしょうか?」
「な、なにっ……」
「なにしろ今代の皇帝は他国に攻め入ってそこで大敗北を喫し、30万もの将兵全てを失って国を滅ぼしましたからね」
「…………」
「ですから、もし今歴代皇帝が蘇ったとしたら、激怒のあまり今代の皇帝と譜代爵の皇族籍と貴族籍を剥奪し、奴隷に落とした上で死刑にするのではないでしょうか」
「うっ……」
「そのときはあなたも一族の者として奴隷落ちし、縛り首になっているはずですよ。
歴代の皇帝が生き返らなくて本当によかったですね♪」
「な、なんじゃと……」
「それに、ワイズ王国に強盗行為を働こうとしたデスレル皇帝と皇族や譜代爵たちは、ワイズ王国に捕獲されました。
そこでワイズ王国法により皇族・貴族籍を剥奪された上で全員牢に入れられています。
つまり、今は皆さん平民なんです。
ですから、あなたも今は平民の娘で平民の妻で平民の母ですね」
「な、ななな、なんじゃと……」
「それとも……
あなた方は周囲の国々を滅ぼしたとき、その国の王族や貴族を掴まえては死刑にしていましたでしょ。
ここは旧デスレル帝国であり、どうしてもデスレルの流儀がいいと仰るのならば……
あなたを縛り首にして、この皇宮前広場に晒して差し上げましょうか?」
「ひぃっ!」
「ということで、これからはあなたを死刑にしなかったワイズ王国に感謝しながら生きてくださいね♪」
「……ぁぅぅ……」
「そして、あなたには今3つの選択肢があります。
ひとつ目はここデスレルの地でこのまま暮らしていくことです」
「な、ならば侍女をよこせっ!」
「いいえ、あなたの侍女はあなたに愛想を尽かしてみなさんワイズ王国に移住されました。
ワイズ王国ではこうした個人の意思は最大限に尊重されますので、もうあなたの侍女になる方はいません」
「な、なんという不忠者たちじゃっ!」
「もうあなたは平民ですから、不忠もなにもありませんよ。
それからあなたの2つ目の選択肢ですが、ワイズ王国に移住されることですね。
ですがあなたには傷害教唆と傷害教唆致死の罪が35件もありますので、ワイズ王国に移住された場合には牢に入って頂くことになります。
この罪状ですと終身刑になるでしょう」
「わ、妾はそのようなことなどしておらん!」
「多分ですが、あなたに給仕する際に茶をこぼしたりした侍女に、近衛に命じて体罰を加えさせていたのではないですか?」
「あ、当たり前じゃっ!
皇族に対する粗相など、不忠の極みであろうに!」
「ワイズ王国ではあなたの行為は重罪と見做されます。
ですので、ワイズ王国に来られるなら生涯牢に入っていただくことになるでしょう」
「なんじゃとぉぉっ!」
「3つめの選択肢ですが、属国を含むどこかの国に亡命されることですが、これはあまりお勧め出来ません。
何故なら今やデスレルの旧属国群には全部で数千の農民しかいませんし、彼らはデスレル帝国を心の底から憎んでいますからね。
元デスレルの皇后だなどと名乗ったら、すぐに殺されてしまいますよ」
「ひぃっ……」
「ということで、以上3つの選択肢からお選びください。
どれを選択されるのもあなたの自由です。
ただ、この移住申込所はあと1週間ほどで閉鎖されますので、ワイズ王国への移住を選択なさる際にはお早目に」
「ぁぅぅぅぅぅ……」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
大地による旧デスレル帝国での戦後政策が始まった。
まずは農村からの避難住民の内、重罪を犯していてストレーくんの完全時間停止収納庫に収監されている者たちの処遇である。
彼らは一旦順番に通常収納庫に転移させられ、そこでテミスちゃんから犯罪内容の告知を受けた後に、元の村に戻されるか牢に入るかの選択を迫られたのである。
旧デスレル帝国の属国群には合計3110の村があったが、この犯罪者たちはそのうちの2435の村で合計約1万6000名に及んだ。
「あなた方は重罪犯であるがために、ワイズ王国では受け入れることが出来ません。
そこでこれから元の村に強制帰還させます。
ですがもう一つ、あなた方にはワイズ王国の牢に入ってそこで罪を償っていただくという選択肢もあります」
「へっ、誰がそんな牢に入るなんて希望するかよ!」
「そうですか、ただもしも牢に入ることを希望される場合は、元の村で大きな声でそう叫んでください。
因みに牢では食事は保証されています。
それからあなた方が村人を騙して税として取り上げ、村長宅に隠してあった麦ですが、あれは村人の物ですので没収してあります」
「なっ……」
「もちろんあなた方の分も少量ながら残っていますが、それは畑に植える種麦にした方がいいですね。
それではお元気で」
「ち、ちょっと待てよおい!
待てったらこの野郎っ!」
村長とその係累が消えた。
こうして元の村に帰還させられた者たちは、3日も経たないうちに残された僅かな麦を皆食べてしまっていた。
このように村に食料が無くなった場合、村人たちは近くの森や林に入って野生の草の実や山菜を採って来て糧とするのが常である。
だが、ほとんどの村長とその係累たちは、そのようなことは村人たちに命じていて自分たちではしたことが無く、雑草と山菜の区別もつかなかったのだ。
中には毒草や毒キノコを食べて半死半生になる者もいた。
そうして、1週間もすると早くも牢を選ぶ者が続出し始めたのである。
「わかりました。
牢に入って罪を償うことを選択されるのですね。
それでは3週間後に迎えに来ます」
「お、おい!
なんですぐ連れていかねぇんだよ!
おい、返事しろよっ! しろってば!」
もちろんヒトは水さえあれば3週間ぐらいならば生きていける。
まあ、旧属国群の農民であれば相当に体力は落ちてはいたが、なによりもこの大陸は既に外部ダンジョンになりつつあった。
ということは、例え餓死してもHPが戻った状態でその場にリポップされるのである。
もちろん食物が無ければすぐにHPが減り始めてまた餓死することになるが。
こうして、農民犯罪者たち全員は、1人平均3回のリポップを繰り返した後に、またストレーくんの完全時間停止倉庫に収納されていったのであった……
そうしている間にも、旧デスレル本国の周囲では犯罪者収容所が造られていった。
まずは旧皇宮だけを残して、皇都全体が更地にされた。
次に、その皇宮を取り囲むように、直径15キロ、高さ10階建ての薄いドーナツ形状の建物が建設されたのである。
この建物の内側と外側には3メートル角の独房が無数に作られていた。
つまり、合計で約40万人収容可能な巨大刑務所が造られたのである。
この刑務所では日に2回の食事と1時間の運動が約束されていた。
食事については1回あたり1000カロリー分の穀物粥が与えられ、その中身はシェフィーちゃん監修の下、全ての必須栄養素が含まれたものである。
因みに、食事の際の食器には全て『ワイズ王国からのお恵み♡』と書かれている。
字が読めない皇族や貴族のためには、食事の度に『さあみなさん、ワイズ王国のお慈悲により皆さんにお食事を恵んで頂けます。ワイズ王国に感謝しながらよく噛んで食べましょう♪』というアナウンスが流れている。
これに激怒した皇族や上級貴族たちが食事をブチ撒けると、『食べ物を粗末にする子は悪い子ですねぇ~。罰としてごめんなさいと言うまでお恵みのお食事は無しですよぉ~♪ ついでに侵略した国の皆さんと、農民の皆さんと、奴隷にした皆さんにもごめんなさいを言いましょう~♪ これからの食事のお恵みは、これらの皆さんに謝らなければ出て来ませんからねぇ~♪』というアナウンスも流れる。
それでハンストを行う者もいるが、なにしろここもダンジョンなので餓死しても生き返ってしまうのだ。
つまり、飢餓死の苦しみを延々と味わうことになってしまうのである。
そして、『皆さんにごめんなさいしないと食事は出ませんよぉ~♪』というアナウンスは毎日繰り返されるのである。
皇帝陛下も含めて、皆3週間ほどで血の涙を流しながらごめんなさいしており、その後は腑抜けのように大人しくなっていた……
また、刑務所の外側10キロほどの範囲内には、塀で囲まれた50メートル四方の運動場が8万か所も作られている。
ここには各囚人たちが数人ずつ転移させられて、1時間の運動が許可されていた。
もちろんこの運動場には『幻覚の魔道具』が設置されており、同じ囚人に暴力を振るおうとした者たちがそこかしこで激痛にのたうち回っていたのである……
意外なことに、デスレル旧皇宮周囲の刑務所に収監された終身刑囚はそれほど多くはなかった。
もちろん殺人犯は終身刑となるが、上官の命令で戦場にて戦った者たちの刑は情状を酌量されることが多かったからである。
皇帝と譜代爵たちは戦争教唆の罪で終身刑となってはいるが、各方面軍団の司令官たちといえども本国の中央軍令部の命令で戦っていたために、殺人教唆犯として認定された者は少なかったのだ。
また、既にデスレル平原の国は全て属国となっており、占領地域での暴行や略奪などの戦争犯罪も少なかった。
僅かに東部戦線や北部戦線で占領した地での戦争犯罪が認められたのみである。
だがしかし、これも意外なことに奴隷兵の中で奴隷兵頭や奴隷兵長と呼ばれる階級の者に傷害罪や傷害致死罪が多かったのである。
これは、奴隷兵隊という少数の被支配集団を与えられた奴隷兵頭や奴隷兵長が、その支配権を誇示するために行った犯罪だった。
やはり小物に小権力を与えても碌なことにはならないという見本のようなものである。
まあ日本の会社で言えば、常に上司にヘコヘコしていたヒラ社員が、係長になった途端に部下に威張り散らすことと同じである。
このように、テミスちゃんによる厳正な裁判の結果、デスレル軍と属国群の軍人の中では、ごく一部のトップと末端奴隷兵以外の終身刑囚は少なかったのであった。
もちろん各地の総督、総督配下の警備兵の幹部、奴隷商などには多くの場合終身刑が言い渡されている。
それに加えて、主に貴族家やその係累たちで構成されている皇都の民の内、実に70%近くが終身刑を言い渡された。
これは奴隷所持と奴隷虐待によるものだが、彼ら終身刑囚は何度説明されてもその罪が認識出来ないようだった。
彼らの多くは、『何故自分の所有物である奴隷を殺すと罪に問われるのか』ということが理解出来なかったのである。
また、終身刑までは行かなくとも、禁固3年から50年までの犯罪者は実に多かった。
これはまず、軍内での上官による部下への暴行の内、軍内裁判による刑罰を除いた私刑が全て暴行傷害罪と見做されたからである。
或るデスレル本国出身の年配の少尉などは、部下への暴行傷害件数が800回もあったとして訴追され、禁固800年の判決を受けていた。
これら重罪犯たちは間もなく旧デスレル皇都の刑務所に収監された。
もちろん罪の重い者ほど内側の区画に入れられ、鉄格子の嵌った窓から毎日皇宮を見て過ごすことになったのである……