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*** 263 大勝利 ***

 


 最終終結地に於いて夜遅くまで譜代爵当主たちと戦略を検討していた皇帝陛下は、いよいよ侵攻が開始されるという日の朝、幕舎のなかで目を覚まされた。


「水をもて……」


 だが侍従の返事がない。


「誰かある!」


 だがやはり返事がない。


 そして、額に青筋を立てられた陛下が幕舎から外に出られると、そこには6人の譜代爵家当主たちが蒼白になって立っていたのである。


「なんだその方ら、どうした」


「へ、陛下…… し、将兵が……

 22万5000もの将兵が‥‥‥」


 そう、陛下が周囲を見渡されると、22万5000の将兵が綺麗さっぱり消え失せていたのである。


(ストレーくん、お疲れ♪)


 陛下の玉体が硬直した。



 如何にシスくんとストレーくんと雖も、数十万平方キロの範囲に散らばった12もの軍団や近衛軍をことごとくロックオンして同時に『収納』するのは大仕事である。

 だがこうして22万5000もの大軍が向こうから集結してくれ、また、幅僅か200メートルの通路も全軍が通過してくれたのだ。

 地下にロックオンの魔道具を埋めて全軍将兵にロックオンをかける作業も実に容易だった。

 やはり戦には事前の準備が重要だったのである。




 その場ではデスレル帝国大重鎮である7人の男たちが呆然と辺りを見回していた。


 そのとき、100メートルほど離れた場所に3人の男たちが現れたのである。

 その3人はゆっくりと歩いてデスレル皇帝と譜代爵たちに近づいて来た。

 後ろの男2人は軽鎧を身に着けて腰に剣を佩いているが、先頭の男は作業着姿に指が剥き出しになった妙な手袋を嵌めているだけである。


「よう皇帝陛下、おはようさん」


「誰だ貴様は……」


「俺はワイズ王国最高軍事顧問、大地だ。

 そしてこちらは……」


「俺はゲゼルシャフト王国筆頭将軍グスタフ・フォン・アマーゲだ」


「わたしはゲマインシャフト王国軍総司令官ルドルフ・フォン・ケーニッヒです」


「なんだと……」



「いや俺がお前の強盗軍を全員掴まえちゃったけどさ。

 それだとお前もおさまりがつかんだろうと思って、わざわざ大将同士の一騎打ち(タイマン)をしてやるためにこうして来てやったんだよ」


「貴様が我が軍の将兵を全て捕えたというのか!」


「ああそうだ。

 みんな俺の『収納』の中に押し込んでいるぞ。

 まあ全員生きてるから安心しろや」


「嘘をつけ!

『あいてむぼっくす』の収納に生き物は入らんっ!」


「あー、それな。

 お前ぇんとこの強盗団の初代が持ってたのは、レベル3の安っぽい収納なんだわ。

 でも俺の収納はレベル12だからな。

 生きている者でも入れられるし、その容量も遥かにデカいんだ。

 そうだな、デスレル帝国とその属国ぐらいだったら楽勝で入れられるぞ」


「なんだと……

 ではお前が我が国の農民共を攫ったのかっ!」


「人聞きの悪いこと言うなし。

 お前ぇの悪政のせいでみんな死にかけてたんで、俺が保護してやったんだぞ。

 それで『遠征病』も治してやって、腹いっぱい喰わせてやった後に『元居た国に帰りたいか』って聞いたら全員が帰りたくないって言ったんだ。

 お前ぇどんだけ民に嫌われてたんだよ」



 譜代爵の1人が顔を真っ赤にして怒鳴った。


「き、貴様デスレル帝国の皇帝陛下に向かってなんという口を利くかぁっ!」


「おいジジイ」


「じ……」


「ツラぁひん曲げてなにイキってんだよ。

 そういうもんは戦闘のときまで取っておくもんだぞぉ。

 お前ぇらはこちらの将軍閣下たちが懲らしめて下さるそうだ」


「な、なんだとぉぉぉっ!」


「それで皇帝陛下とかいう強盗団の親玉さんよ。

 やんのかやんねぇのかはっきりしろや。

 一騎打ち(タイマン)しないんだったら、お前もこのまま『収納』しちゃうぞぉ」


「こ、小僧…… ぶち殺してくれるわ……」


「ようし!

 それじゃあよ、とりあえずお前ぇ起きたばっかしだろ?

 待っててやるから、まずはションベンでもして来いや。

 さすがに俺も殴った相手が漏らすのは見たくねぇし。

 その後は鎧でも兜でも剣でも好きなもん着けて出て来い。

 俺が相手してやんよ♪」


「このガキめ……

 朕が直々に成敗してくれるわ……」


「ちんだかちんちんだか知らねえけどや。

 早く支度しろってばよ」


「ぐぬぬぬぬ……」



 数分後、皇帝も譜代爵たちも鎧兜に身を固めて幕舎から出て来た。

 譜代爵たちの鎧は青銅製だったが、さすが皇帝は鉄製の鎧を身に着けている。


 だが、その手に持っていたモノは……


「貴様は我が帝国の最高国宝、初代様の鉄製兵器で屠ってやろう……

 光栄に思え……」


「ぶわはははははは―――っ!

 なんだよそれ、ただの『鍬』じゃねぇかよ!

 お前ぇこれから麦の植え付けでもするんかぁ?」


「な、なんだと……」


「なんだ知らねぇのか。

 だったら教えてやるから耳ぃかっぽじって良く聞け!

 そらぁな、クワっていう農具で畑を耕すもんなんだぞ。

 俺の国の農夫たちならみぃんな持ってるわ!」


「なにぃ!」


「まあいいや、早くかかって来い」


「貴様、武器はどうした……」


「お前ぇごときに武器なんかいるかよ」


「ええい喧しいっ!

 死ねぇっ小僧っ!」


 このデスレル皇帝の身長は約190センチ、体重は120キロ。

 さすがに若いころから戦に明け暮れていただけあって、多少は鍛えられた体をしていた。


 その皇帝陛下が渾身の力を振り絞って大地に鍬を振り下ろす。

 鍬の刃が迫っても全く動かない大地を見て、皇帝陛下は内心ほくそ笑んだ。


 だが……


 ぱしっ。


 軽い音を立てて大地が左手の親指と人差し指で鍬の刃を摘まんだ。


「な、なに……」


 大地はそのまま身体強化を掛けた体で鍬を一気に引き寄せる。


 鍬を振る遠心力に負けないため、また大地の体を切り裂くために力いっぱい鍬の柄を握り締めていた皇帝陛下の手から鍬が引き離された。

 同時に掌の皮と肉がごっそりと持って行かれている。


 皇帝が痛みの声を上げる間もなく、大地の前蹴りが皇帝の水月にぶち込まれた。


 どぶっ!

 ぱきっ……


「ぐうげえぇぇぇぇぇ―――っ!」



 大地のブーツの先が鉄製の鎧を盛大に凹ませて、正確に水月を貫いた。


(あー、肋骨の剣状突起がイっちまったか。

『診断』……

 あ、それが胃に突き刺さって大穴開けちゃってるよ。

 痛そうだなー。

 胃が破れただけでも痛いのに、これから胃酸が内臓を溶かし始めるんだもんなぁ)


 人体の内臓の中でも最も破壊し辛いと言われる胃も、骨が突き刺さってはどうしようも無かったようだ。

 しかも剣状突起は胃の幽門部付近に大穴を開けたようで、腹圧によって胃酸が内臓壁に染み出し始めている。


「ぐががががががが……」



 大地は皇帝の手から毟り取った鍬の鉄部分に『錬成』の魔法をかけ、柔らかくしてから刃をくるくると丸め始めた。

 出来上がったのは木の柄の先にチクワのような物がついた珍妙な物体である。


「ほれ、大切な農具を返してやるぞ」


 デスレル皇帝は、大地が投げてよこした鍬をかろうじて受け止めた。

 その刃を見て譜代爵たちの目が丸くなっている。


「なんだよなんだよ皇帝陛下、もう終わりかぁ?」


「ぎ、ぎざばぁ‥‥‥」


(はは、まだファイティングスピリットは失っていないか)


 だが……


 ドガドキャドキャッ!


 大地の蹴り3連撃が陛下の肝臓と腎臓を鎧ごと潰した。


「ぐぅげぇぇぇぇぇぇ―――っ!」


 ドギャバギャッ!


 堪らずに前屈みになった陛下の顔面に大地のフリッカージャブとストレートが叩き込まれる。

 最初のジャブが鼻を叩き潰し、ストレートは人中に入って前歯を全滅させた。


 皇帝陛下はそのままゆっくりと前のめりに倒れて行かれたのである……




「へ、陛下ぁぁぁ―――っ!」


 4人の皇族爵が皇帝陛下に駆け寄って行った。

 2人は剣を抜いて大地に襲い掛かって来ている。


 だが……


 ガキィィィ―――ン! 

 ガキィィィ―――ン!



 間に入ったアマーゲ将軍とケーニッヒ将軍が皇族爵の攻撃を剣で受け止めた。


「間違えないでください、あなた方の相手はわたしたちですよ」


「さぁて、皇帝をぶちのめすのはダイチ殿に譲ったが、せめて譜代爵どもはこの手で退治してくれようか……」


 ズバンッ! ズシュッ!


 2人の将軍は返す剣で皇族爵たちの剣を握った手を切り落とした。


「「 ううわぎゃあぁぁぁ―――っ! 」」


「「「「 き、きさまらぁぁぁぁ―――っ! 」」」」


 ズドズドズドズド。


「「「「 ずぎゃあぁぁぁ―――っ! 」」」」


 皇帝に駆け寄っていた4人の皇族爵も手を切り落とされて蹲っている。



「のうダイチ殿……」


「なんだいアマーゲ将軍」


「ダイチ殿はこ奴らを殺すなと仰られていたが……

 あと1発ずつ、いや2発ずつ殴ってもよろしいかの?」


「ははは、お手柔らかにな」


「「 忝い 」」


 ドガバキボキグシャ……


「「「「 ううわぎゃあぁぁぁ―――っ! 」」」」



 そして……

 そこには皇帝陛下と同じく、鼻軟骨を粉砕され、全ての前歯を折られた譜代爵たちが転がっていたのである……



「ストレー、こいつらを収納して死なない程度に治してやっておいてくれ」


(畏まりました)




 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




 翌日。


 デスレル帝国の皇都30か所、その他30の主要都市のそれぞれ3か所には、またワイズ王国新聞の号外が張り出された。

 ついでに皇宮内10か所と、離宮内12か所にも掲示板が現れて新聞が貼り出されている。


【ワイズ王国新聞 (号外2号)】


 大見出し:

「ワイズ王国軍大勝利!!」


 小見出し:

「デスレル皇帝及び譜代爵全員捕獲!!!」

「デスレル帝国軍全滅!!!」


 号外の1面には見出しと大きな写真しか無かった。


<デスレル帝国皇帝、シュピーゲル・フォン・デスレル> (写真)


 その写真は、鼻が潰されてまっ平になり、前歯も全て折られた皇帝陛下が、呆然とした顔のまま縄を打たれて座っているお姿の写真だったのである。

 首からは『大敗北』『私が悪うございました』と書かれた看板がぶら下がっており、その隣には刃の部分がチクワのようになった国宝の鍬が写っていた。


 2面には同じ姿の譜代爵家当主6人の写真があった。

 3面からはようやく記事が載っている。



『昨日、恥知らずにもまたデスレル強盗団がワイズ王国に侵入して参りましたが、我らがワイズ王国軍最高顧問のダイチ閣下と、ゲゼルシャフト王国のアマーゲ将軍閣下、並びにゲマインシャフト王国のケーニッヒ閣下らのご活躍により、将兵22万5000を全て捕獲することに成功致しました。

 もちろんワイズ王国側の損害は皆無でございます。


 これにより、先日の強盗団7万5000と合わせて、デスレル強盗団30万の捕縛は全て終了しております。

 この大戦果により、かのデスレル帝国とその属国群の兵力はゼロとなりまして、帝国は事実上滅びましたので、皆さまご安心くださいませ。


 また、ワイズ王国国王陛下は、この大慶事に際しご声明を発表されておられます。

 そのご声明によりますと、まずはダイチ閣下の偉大なる軍功を称えられ、合わせてゲゼルシャフト王国とゲマインシャフト王国の大将軍閣下たちに深甚なる感謝の意を表明されています。


 デスレル帝国に対する戦後処理としましては、まず第1にデスレル帝国とその24の属国群全てに於きまして奴隷の収容が行われます。

 彼ら奴隷たちは、全員ワイズ王国にて奴隷から解放され、我が国の国民として幸せに暮らして行くことになるでしょう。

 更に奴隷たちが面倒を見ていた馬も収容されます。


 次にデスレル皇帝府にありました財宝と食料は全て賠償として押収され、これら元奴隷たちの食事やこれからの生活のために使用されることになります。


 これで旧デスレル帝国とその旧属国内の地域では、貴族とその係累しかいなくなりました。

 その残された民のみなさんにご連絡致します。


 もはやあなた方の国には農民も奴隷もいませんので、食料を必要とされる方はご自分で畑に作物を作付けして育てて下さい。


 ただし、今より1か月後から2週間の間、この新聞が貼り出されている掲示板脇に、『ワイズ王国移住申込所』が開設されます。

 ワイズ王国法を遵守されるとお誓いになれる方、併せて皇族籍貴族籍を放棄されることにご同意頂ける方は、こちらにお申し込みくださいませ。

 ワイズ王国にて十分な食事を摂って頂き、ワイズ王国の法令などを学んでいただいた後は、農民、人足、商店員などの職業を斡旋させて頂きます。


 尚、ワイズ王国では、あの全滅したデスレル強盗団のように武力や暴力をもって他人の財物を奪う行為は固く禁じられています。

 ワイズ王国内に移住した後はもちろんのこと、これよりワイズ王国の占領下にある旧デスレル帝国とその旧属国群でも同様に禁止されます。

 万が一皇宮や商店などに押し入って暴力行為や略奪などを行うと、ワイズ王国法によって捕縛されますのでご注意くださいませ。


 最後になりましたが、旧デスレル帝国と旧属国群のみなさまに於かれましては、今後は平和のうちに健やかに暮らされることをお祈り申し上げております……』





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