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*** 262 デスレル帝国軍全軍出撃! ***

 


 偵察部隊の報告はデスレル帝国総司令部をやや落胆させた。

 もちろん、ゲゼルシャフト王国とゲマインシャフト王国の攻略難易度が跳ね上がったからである。


 だが同時に、この事実はデスレル帝国のワイズ王国侵攻に際し、ゲゼルシャフト、ゲマインシャフト両国からの妨害の可能性が極めて低いことも意味していた。

 このために、総司令部には安堵も広がったのである。


 その後、こうした偵察用の鉤爪付きロープは通路の両側に計12か所設置され、偵察兵により日に4回の哨戒が行われるようになった。


 もちろんこうした偵察の様子も、ゲゼルシャフト、ゲマインシャフト両国の総司令部に設置されたスクリーンに映し出されており、両国軍幹部らに失笑を齎している。



 デスレル帝国第5方面軍団の輸送部隊の動きが活発化した。

 哨戒兵が城壁の内側の安全性を確認したことで、本格的な輸送が始まったのである。

 通路上20キロおきにある休息所付近は食料などの物資大量集積所となり、またその他にも小規模な集積所が作られ始めている。

 目標は、80キロ先の第1集結地点に8万人が6か月間行動するに足りる物資を移送することであった。


 そうした作戦の間も、各物資集積所の間は騎乗した偵察将校たちが走り回り、総司令部に『異常無し』との報告を続けている。



 この活動がある程度進むと、第5方面軍団3万5000に加えて他の方面軍団からの援軍4万の将兵が100人ほどの小隊に分かれて進発した。

 途中2回の野営を挟んで、第1集合予定地点に集結を始めたのである。

 あの広い休息所の敷地には続々と将兵が集まり始めていた。

 先の間者隊の報告により広場の土には杭が刺さらないことが分かっていたために、天幕の張り綱を張るための石も運ばれている。


 ただ、1点だけ気になる報告も齎されていた。

 それは、この第1集結地点にはアルハンゲル王国へ向かう分岐があったはずなのだが、それが無くなっていたのである。

 だが、国家存亡を賭けた侵攻作戦の中、そのような些事で作戦停止を進言する者など皆無だったのだ……




 この行軍に於いては将兵の全てが同じ軍服を着て、同じ天幕で寝ていた。

 むろん指揮官の所在を秘匿するためであり、軍事国家デスレル帝国では常識に属することである。


 ワイズ王国侵攻軍総司令官プルートー・フォン・デスレルも無事集結地点に到着した。

 半日後には副司令官カリオスタ・マーズラー下級侯爵も到着している。



「集結完了まであとどれほどかかる」


「はっ、あと3日の予定でございます」


「よし!

 4日後にはワイズ王国の国境を越えて、最終集結地点に移動するぞ。

 予定通りそこに橋頭堡を築いて、侵攻の態勢を整えるのだ!」


「ははっ!」



 4日後。

 ワイズ王国第3城壁の内側に展開したデスレル帝国軍は、その場で即席ながらも見事な陣を構築した。

 持ち込んだ丸太を組み立てて馬防柵まで造られており、その後ろには6キロ先の低い城壁を乗り越えるための無数の梯子も準備されている。

 また、外周の低城壁を越えて哨戒隊も広範囲に活動し、敵影の無いことも確認していた。

 驚くべきことに、これだけの軍が集結しているのにも関わらず、ワイズ王国軍は偵察隊すら派遣していなかったのである。



 陣が整った翌日。

 侵攻軍司令官プルートー・フォン・デスレル中級皇族爵の前には、50名ほどの士官が整列していた。

 いずれも一騎当千の精鋭兵であり、見事な青銅製の鎧と剣で武装している。


 司令官閣下が口を開いた。


「お前たちはこれよりワイズ王国第2城門まで進発し、そこを守備する兵に我が軍の来訪を伝えよ。

 その場より第2城壁内部に入り、王城に出向いてこの書状を渡して降伏勧告を行うのだ。

 危険な任務ではあるが、これも無傷でこの国の財物を全て接収するためのものである。

 見事ワイズ王国を降伏に追い込んで来いっ!」


「「「 ははぁっ! 」」」



 降伏勧告隊50名は、騎乗して進発した。

 その後方には軍監を兼ねた武装偵察隊が200メートルおきに50隊も配置されている。

 万が一にも勧告隊が交戦状態となったときには速やかに援軍に駆け付ける一方で侵攻軍司令部にその知らせを持ち帰るための布陣であった。

 さすがはデスレル帝国軍で、すべてに於いてそつのない行動である。




 閉じられた第2城門前には4名の国軍兵士が立っていた。

(もちろんブリュンハルト隊の上級将校たちである)


「我らはデスレル帝国軍の軍使である!

 皇族爵閣下よりワイズ王国国王に無条件降伏を勧告する書状を持参しておる!

 開門せよ!」


「は? デスレル軍だと?

 そんなものどこにいるんだ?

 まさかここにいる50人だけか?」


「この阿呆め!

 我ら侵攻軍7万5000は、この先の平原に既に展開を終わっておるわ!

 早く開門の上、王都まで案内せいっ!」


「そんな報告は受けておらんぞ。

 いくらなんでも確認せずに王都への案内は出来んなぁ」


「こ、この愚か者め!

 報告が無いのはお前たちの怠慢のせいだっ!」


「んー、それじゃあ今から確認に行こうか。

 もし本当に軍が集結していたら王都まで案内してやるよ。

 軍はこの先の平原にいるって言うのか?」


「な、ならば早く馬を用意せいっ!」


「いや、走って行くから大丈夫だ。

 それじゃあ行こうか」


「おいお前たち、5名ほどでこ奴を陣まで連れて行け!」


「「 はっ 」」




「お、おい…… こ、こいつなんでこんなに速く走れるんだ?」

「う、馬より速い……」

「なあ、ところでなんで俺たちの後ろにいるはずの武装偵察隊がひとりもいないんだ?」

「さあ……」



「おーい、この平原のことだよな。

 軍隊なんかどこにもいないぞぉ~」


「「「 なっ………… 」」」


 そう、その平原では7万5000の軍どころか、馬防柵、物資、天幕に至るまですべてが消え失せていたのである……

(もちろん既に全てストレーくんの中であった)



「はははは、お前さんたち夢でも見てたんじゃないか?

 それでどうする?

 第2城門に戻って隊長さんに報告した後は、50人で王都に進軍でもするのかい?

 ははははは」


「と、とにかく戻って隊長殿に報告だ!」


「「「 はっ…… 」」」



「た、隊長殿っ! 

 た、大変でありますっ!」


「なんだ騒がしい」


「軍が…… 侵攻軍が消えておりますっ!」


「はは、馬鹿を申すな」


「ほ、本当でありますっ!

 ど、どうかご自分の目でお確かめくださいっ!」



「やあ隊長さん、やっぱり誰もいなかったぞ。

 これじゃあ王都への案内どころか門を開けるわけにはいかないなぁ」


「な、なんだとぉっ!」


「まずは本当に軍がいるかどうか確かめて来たらどおだぁ?

 俺も付いて行ってやるからさ」


「くっ……

 い、いったん戻るぞっ!」


「「「 はっ…… 」」」




「こ、これは……

 な、何故だ! 何故誰もいなくなっているのだぁぁぁぁ―――っ!」


「た、隊長殿…… 水樽も食料もありません……」


「つ、通路に戻るぞっ!

 な、なんらかの理由で一時退却したのかもしらん!」


「「「 はっ…… 」」」




 ワイズ王国迎賓館内にある大地の執務室では……


 招待されて転移の魔法でやって来ていたゲゼルシャフト王国とゲマインシャフト王国の国王陛下と両将軍閣下が、巨大なスクリーンに大写しになった降伏勧告隊の指揮官の心底絶望した顔を見ていたのである。

 両陛下は気の毒に顔面蒼白になっていたが、両将軍閣下は膝を叩いて大爆笑していたのであった……



 降伏勧告隊は、必死になって左右を見渡しながら通路を駆け戻って行った。

 だが、馬を休ませるための休息時に少し目を離した隙に、馬も消え失せてしまったのである。


 50名の隊員たちは、鎧も脱ぎ捨ててその後も自分の脚で走り続けていったのであった……



 その隊員たちが、ようやく通路の半ばまで差し掛かったころ。

 デスレル帝国皇都の皇宮前広場に巨大な掲示板が出現した。


【ワイズ王国新聞 (号外)】


 昨日、デスレル第5方面軍団を中心とする7万5000の強盗軍が、恥知らずにもワイズ王国の財を盗もうとやって来ましたが、我が軍の活躍により撃退されました。

 幸いにも我が軍に死傷者は無く、またデスレル強盗軍の司令官も含めたほぼ全員を捕縛することに成功しております。


 強盗団の主犯はプルートー・フォン・デスレルと名乗る者で、デスレル皇帝の2男だということであります。

 取り調べによりますと、デスレル帝国ではあまりにも過酷な徴税により、30万人を超える農民が全員ワイズ王国に避難して来てしまったために、この秋の税収がゼロに落ち込むことが確実になったための犯行だということです。


 デスレル本国並びに属国群には、逃げ出した農民たちを除いてもまだ53万もの人々がおり、皇族、貴族、近衛兵、正規軍だけでも19万の人口があります。

 これに対して、軍や皇宮の食糧庫には約15万石ほどの食料しか無く、後数か月ほどで国民全員が餓え始めることが確実だとの状況です。


 ワイズ王国王宮府は、この事件に対する国王陛下の声明を発表いたしました。

 それによりますと、デスレル帝国人民の苦境に同情の意を表し、今回の強盗団派遣について皇帝自らが謝罪に訪れた場合には、食糧援助の検討が開始されるとのことです。


 また、捕縛された強盗たちは、北側第2城門の内側広場に晒されておりまして、国または親族が檻の前に記載されている保釈金を払うと解放されるとのことでした。


 以下に、主な強盗の写真と保釈金を表示しますので、罪人の保釈をご希望の方はワイズ王国までお越しくださいませ。

 尚、展示期間は3か月ですのでお早めに。



 主犯:プルートー・フォン・デスレル(皇帝2男) (写真付き)

 保釈金、金貨10万枚。


 以下主な将軍及び指揮官の爵位と保釈金 (写真付き)



 これらの写真はすべて、腰布1枚になった男たちが檻の中で呆然としている姿を写したものだったのである……


 貴族などには読み書きが出来ない者が多かったが、多くの男たちが檻に入れられている絵姿は、その内容がただ事ではないことを示していた。

 そのため、商家らしき者たちにカネを掴ませて読み上げさせていた者も多かったのである。



 報せを受けた皇帝陛下が皇居前広場にやって来た。

(軍事国家のトップはやはりフットワークが軽い)


 そうして、ワイズ王国新聞(号外)をご覧になって、怒髪天を突く勢いで激怒為されたのである。


 陛下は直ちに掲示板の撤去をお命じになられた。


 だがしかし、この掲示板と新聞にはレベル3の結界が張られていたために、剣で切りつけたり大槌で叩く程度ではびくともしなかったのだ。

 そこで近衛兵が周囲に立ち、近寄って来る皇都民を排除したのだが、すぐに同様な掲示板と新聞が皇都内30か所に出現しているとの報告が為されたのである。


 それだけではなかった。

 その後の調べで、デスレル本国30の主要都市のそれぞれ3か所ずつにワイズ王国新聞が張り出されていたのである。

(シスくんお疲れ♪)



 この知らせに皇帝陛下はまたも激怒されたのである。


 陛下がお怒りになられたご理由としては、まずはなんといっても、まだ確認が取れていないとはいえ自軍の大敗北が貴族や民の間に喧伝されてしまったこと。

 次に農民たちの逃散先が、こともあろうにワイズ王国であったこと。

 そして自らの皇子である皇族爵が半裸で牢に入れられている姿が公開されてしまったことである。


(細かい話をすれば、こうした掲示板が一斉に国内に設置されたということは、ワイズ王国の手の者が国内に大量に潜入していたということもある)


 また、これらの公開内容により、自らの統治上の権威が地に墜ちてしまってもいる。

 現に国内各地では食料品を扱う商会に人々が殺到し、暴動寸前の状態になっていた。



 こうした状況を打破すべく、皇帝陛下は全軍に大号令を発せられた。

 すなわち、残された正規軍3万、平民徴集兵10万5000、奴隷兵7万に加えて近衛兵2万も投入し、皇帝自ら22万5000もの軍勢を率いてワイズ王国に侵攻する大親征が発表されたのであった。


 皇子時代はいざしらず、皇帝自らが出陣する親征は150年ぶりである。



 皇都に集結したこれら空前の大軍勢を見て、皇都の民たちは一時的に平静を取り戻した。

 そうして、大歓声をもってこの親征軍を送り出したのである。



 この超大軍は、もはやゲゼルシャフト王国、ゲマインシャフト王国を気にすることも無く、雲霞のごとく通路を通ってワイズ王国に進軍して行った。

 たぶん、1か所に集中された軍としては、中央大陸の歴史始まって以来の規模であろう。

 その大河の様な行進は見る者全てを畏怖させた。

 

 特に騎乗して移動している上級貴族や将軍たちにとっては、視点が高い分幅200メートルもの通路を埋め尽くす大軍勢が遠くまで見渡せた。

 前を見ても後ろを見ても、この大武力の流れは尽きることはない。

 彼らの胸中はこの上ない高揚と共にあった。


 だが……

 譜代爵や皇族爵など最上級貴族の何人かは気づいていたのである。

 これだけの軍を移動させる糧食を搔き集めるためには、もはや皇宮の食糧庫も宝物庫も空に近い状態であろうと。

 この皇帝親征軍が速やかに勝利して食料を略奪出来なければ、例え上級貴族家縁者と雖も数か月のうちに飢え始めるであろう。


 それはあの栄光あるデスレル帝国の落日どころか滅亡を意味するのである。

 これに気づいている者たちは、内心の恐慌を押し隠したまま行軍を続けていた。



 だが、そうした彼らも兵たちも、自分たち全員が密かに『ロックオン』の魔法をかけられていることには気が付いていなかったのであった。


 

 数日後、デスレル全軍はやはり第3城門を越えてワイズ王国領内に入ったところで再集結を始めたのである……





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