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*** 261 デスレル帝国震撼! ***

 


 デスレル帝国最高幹部会議が開催された日の夜、内務大臣閣下の執務室のドアがノックされた。


「閣下、お忙しいところ申し訳ございません。

 ですが、総督統轄局の局次長が重大な報告があるとのことで参っております」


「ん? 局長ではなく局次長なのか。

 まあよい、通せ」


「はっ」



「内務大臣閣下、夜分に申し訳ございません。

 ですが一大事が出来しゅったい致しましたのですぐにもご報告せねばと考えました」


「申せ」


「24の属国にある全ての農村から農民共が逃散いたしました」


「な、なんだとっ!」


「現在、各総督の護衛隊に加えて総督統轄局の監査部隊も捜索を行っておりますが、いまだひとりも見つかっておりませぬ」


「な、なぜそんなことが起こったのだ!」


「事の発端は、下級属国と中級属国の総督府執事長から齎された極秘報告書でございました。

 その中で、各属国では農民が逃散しているとの報告が18カ国全てから寄せられたのでございます」


「そ、その時点で総督からの報告は無かったのか!」


「は、執事長によれば、各総督は本国からの譴責を恐れて部下に箝口令を敷き、領内の捜索に注力していたとのことでございます。

 そのため、急遽監査部隊に命じて上級属国の農村部も調べさせましたところ、上級属国でも農民が全て逃散しておりました……」


「な、なぜそれほどまでの重大事が出来しているのに、今まで報告が無かったのだ!」


「総督統轄局長から特に内務大臣閣下に対しての箝口令が出ていたからであります」


「な、なんだと!

 それで局長はどうした!」


「は……

 病気療養をしてくると言って、本日姿を消しました……」


「な、なんということだ……

 すぐに内務省警備隊に命じて局長とその一族を捕縛させよ!」


「はっ!」


「そ、それで今期の税収見込みはどうなっているのだ!」


「それが……

 このままではゼロかと……」


「なにを言うか!

 この春に麦の作付けは終わっていたのではないのか!

 その麦を奴隷兵に収穫させろっ!」


「それがどうやら、農民たちの逃散は数か月前から始まっていた模様でございまして、このところの日照りの中水を遣るものもおらず、麦はほとんど枯れてしまっております……」


「!!!!」


「局長が逃亡したため参上いたしました。

 ご報告が遅れて申し訳ございませぬ……」


「し、しかし、属国の農民は30万人を超えていただろうに。

 それが全員逃散したというのか」


「はい……」


「そ、捜索の結果は!」


「残念ながら誰1人として見つかっておりませぬ」


「な、なんということだ……

 総石高120万石、税収84万石を誇る我が帝国の今期税収がゼロだというのか……

 だ、だが皇宮の蔵の麦に加えて大商人どもの蔵にも大量の麦があるはずだな……」


「お言葉ですが、皇宮はいざ知らず、商人の蔵の麦は残り少ないかと」


「何故だ!」


「確かに我が国には120万反の畑があり、最盛期には120万石の収穫がございました。

 そのために84万石の税収があり、それで貴族や兵や民を養っていたわけでございます。

 ですが、昨年の大不作によって、収穫は60万石に落ち込んでいたのであります」


「だ、だが去年にも84万石の税収があったではないか!」


「実は、各地の総督は、農民から全ての収穫を取り上げた上で、農民を奴隷として売り飛ばしていたのでございます。

 それで得たカネで商人から麦を買い、納税に充てておりました。

 そのせいで麦価が一昨年の1石銀貨20枚から一気に銀貨30枚まで上昇し、商人どもは大儲けをしたと言って、蔵を空にしていたのです」


「!!!」


「聞くところによれば、皇宮の蔵の麦もその多くを売り払って金貨に換えられたとのこと。

 従って、もはや我が国には農村にも商家にも皇宮にも十分な麦はございませぬ。

 いくら金貨があっても、それで贖う麦が無いのです……」


「なんということだ……

 それでは我が国はどうなってしまうというのだ……」


「多分ですが……

 このままなんの対策も打たなければ、まず奴隷、街民が餓死し、次に兵、下級貴族が死んでいくでしょう。

 来年の今ごろは、残念ながら国力は10分の1以下になっているかと……」


「わかった。

 だがそれはこのまま何もしなかった場合の話だな」


「はい」


「それでは大至急対策を打たねばなるまい。

 お前は明日の最高幹部会議にわしの補佐として出席せよ」


「ははっ!」




 最高幹部会議の参加者たちは、昨日の第5方面軍団司令官の見事な上奏を聞いて感銘を受けていた。

 だが、一部の者たちはすぐに行動を起こす必要は無いとも考えていたのである。

 なによりも、あと1月ほどで秋の収穫が始まるのだ。

 多くの者はワイズ王国への本格侵攻は収穫と納税が終わってからでもよかろうと考えていた。

 まあその間の城壁偵察や、輜重輸卒による通路内休息所への物資備蓄ぐらいは始めさせてよろしいだろうとも思っていたが。



 だが……

 翌朝の最高幹部会議の冒頭、顔面蒼白になった内務大臣の報告は、デスレル帝国を震撼させたのである。


「なんだと……」

「の、農民共が全て逃散しただとぉっ!」

「しかも今期の税収見込みがゼロだと言うのかっ!」


「はい…… 残念ながら……」


「農民共は探したのかっ!」


「総督護衛隊と総督統轄局の監査部隊が属国全土をくまなく探していますが、まだひとりも見つかっておりませぬ……」


「な、なんということだ……」


「い、今この国には麦はどれほどあるのか!」


「推定ですが15万石ほどかと……」


「なんだと! 

 このデスレル帝国本国には24万の人口があるのだぞ!

 そのうちに貴族家の者すら餓えるというのか!」


「はい、残念ながら。

 しかも、来春までに農民を発見出来なければ、来年の収穫もゼロになります……」


「そ、そんなもの!

 平民兵と奴隷兵を全て農村に送り込んで麦を作らせればよかろう!」


「冷静になって下さい。

 来年春の種蒔きまでに平民兵と奴隷兵に廻す麦はございません。

 それまでに全員が餓死していることでしょう」


「「「「 !!!!! 」」」」



「こ、この栄光あるデスレル帝国が滅亡の危機を迎えているというのか……」


「そ、それも武力によるものでなく、単に農民の逃散で……」



 最高幹部会の全メンバーが蒼白になって押し黙る中、皇帝が口を開いた。


「こうなるとワイズ王国の発見は天祐と言えようの」



 いやそれ天祐じゃないし……

 天の使いによる策略だし……



 皇帝陛下は居並ぶ帝国重鎮たちを見回された。


「第5方面軍団司令官の上奏を全面的に採用することとする。

 これは勅命だ」


 誰も反論しなかった。


「だが、奴が願い出ていた周辺属国の農民兵徴集は出来ぬな。

 軍務大臣」


「はっ!」


「第3、第4、第6、第7方面軍団からそれぞれ正規兵を1万ずつ選抜して第5方面軍に合流させよ。

 ただし、各方面軍からの派遣兵の指揮官は軍団司令官でなくその副官とし、司令官には駐屯地での残留を命じる。

 ワイズ王国侵攻軍の総司令官は第5方面軍団司令官、プルートー・フォン・デスレルとし、その他軍団からの増援は指揮命令系統の乱立を避けるためにその指揮下に入れることとする。

 異論のある者はおるか」


 誰もなにも言わなかった。


「それではすぐに侵攻の準備を始めよ」


「「「 ははぁっ!!! 」」」





(ダイチさま、以上がデスレル帝国最高幹部会議の様子でございます)


「いやー、苦労して農民を避難させて来た甲斐があったな。

 ようやくデスレルが攻めて来てくれるのか♪

 この大陸有数の軍事国家がどの程度のもんか楽しみだなぁシス」


(はい)




 ゲゼルシャフト王国とゲマインシャフト王国では、大地の要請に応じて国境沿いの砦に配置する人員を大幅に減らしていた。

 もちろん大城壁の完成によって防衛力が飛躍的に強化されたためでもあるが、一方でデスレル帝国のワイズ王国侵攻を誘発するための策でもある。


 当初は防衛体制縮小を懸念する声もあったが、ストレーくんが練兵場に集まった兵3000を『収納』し、3分後に別の場所に『排出』するデモンストレーションを行うと、そうした懸念もすぐに鎮静化していった。


 ついでにシスくんが大城壁付近の地図を投影し、その付近を動く人員をリアルタイムで表示して見せると、もはや誰もが防衛配備削減に納得したのである。



 アマーゲ将軍とケーニッヒ将軍も、今ではその本拠地を砦から王都の別邸に移していた。

 長男夫婦も自領の本邸から呼び寄せ、毎日孫を愛でて暮らしている。

 特にケーニッヒ将軍の王都邸では、あの音楽の魔道具を起動すると孫息子が大喜びするらしく、毎晩音楽が流れるようになっているそうだ。


(ケーニッヒ将軍の顔を見ると、魔道具を指さして『だー!』と言うらしい…………)




 デスレル帝国がワイズ王国侵攻作戦の準備を開始した。


 まずは輸送隊が大量の日干し煉瓦と粘土の輸送を始め、それら資材を使用して2国間の通路入り口付近に縦横3メートル、高さ6メートルの台が作られ始めたのである。


 この台は、通路の左右城壁沿いに10キロおきに作られていき、最初に作られた台の粘土が乾くと、その上に1人の特別偵察隊員が乗った。

 この隊員は、全軍でも有数の膂力の持ち主であり、その両手には皮で作られたミトンのようなものを嵌めている。


 そうして、先端に大きな鉤爪の付いたロープを回し始めたのである。

 最初は1メートルほどの回転半径だったが、台座の端に立っていたために、次第にロープを伸ばして半径5メートルほどの回転にし、大きな叫び声と共にその鉤爪を上空に向けて放り投げた。


 この男を含む5人の大男はいずれも攻城部隊に属しており、普段の鍛錬によって、高さ15メートルの壁まではこうした鉤爪付きロープを投げ上げることが出来るとわかっている。

 今回も見事に城壁上部に届き、その鉤が城壁にかかったようだ。


 満足そうな声を出した大男は台座を降り、小柄だが筋肉質の男と入れ替わった。

 この男はロープを両手で握って城壁に足をつけると、するすると昇って行く。

 そうして、城壁上部に手を掛けると、ゆっくりとその上に顔を出したのである。


「うっ!」


 思わず声を出してしまった偵察兵は、そのまま城壁の内側を観察した。

 下を見つめた後は左右を見、さらに遠方を観察し、10分ほどの偵察の後はまたロープを伝って降りて来たのである。


 すぐに指揮官が問いかけた。


「で、城壁上部や内側にゲゼルシャフト兵の姿はあったのか?」


「いえ、城壁の上にも城壁から内側1キロ以内にも誰もいませんでした。

 3キロほど離れた砦には何人かの兵の姿もありましたが、人数も少ないようですし警戒態勢を取っている様子もありません」


「そうか、やはりこれだけの城壁を作ったために、相当に油断しているようだな。

 それでこの城壁上部に兵を送り込んだとして、隠れられそうな場所はあったか?」


「いえ、ありません」


「そうか?

 腹ばいになっていれば、下にいる哨戒兵からは見えないのではないのか?」


「この城壁の上部は、幅が10センチほどしか無いのです」


「なんだと……」


「しかもその形が延々と左右に続いていました。

 あれでは城壁上部に兵を集結させることは不可能です」


「で、では城壁に昇らせた兵は速やかに内側に降ろさねばならないのか。

 壁の向こうに兵を隠せそうな場所はあったか?」


「それが……

 この城壁の向こう側には、地面から20メートルほどの深さのある堀が掘ってあるのです。

 この城壁の高さは約20メートルですので、向こう側の壁の高さと堀の深さの合計はほぼ40メートルもあります。

 しかもその堀の先は、これも20メートルの垂直な壁になっている上に、上部は丸みを帯びていました。

 あれでは鉤爪もかからず登攀は不可能でしょう」


「なんと……

 堀が外側にあるのではなく、内側にあるのか……」


「もしここに土砂を運んで斜路を築いたとしても、向こう側の堀を埋めてやはり斜路を造らねばならないでしょう。

 どれだけ工兵を投入しても、1年近くかかる大工事になります」


「そうか……

 まずはその旨総司令部に報告するか。

 だが、念のため、この通路に沿って10キロおきに調査を続けるぞ。

 何か見落としがあるかもしれん」


「はっ!」





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