*** 260 デスレル帝国最高幹部会議***
デスレル帝国総督統轄局では局次長の報告が続いていた。
「さらにもうひとつ懸念がございます」
「な、なんだ」
「中級属国と下級属国の農民が全て逃散したのに、上級属国の農民がそのままというのは考えにくいでしょう。
上級属国でも農民が全て逃散してしまっているかもしれませぬ。
執事長からその報告が無いのは、単に総督も執事長も気づいていないだけという可能性もございます」
「な、ななな、なんだとぉっ!
し、至急上級属国に監査隊を派遣して、農村の状況を調査させるのだっ!」
「はっ」
「そ、それで、もし上級属国でも農民共が逃散していたとしたら……
こ、今年の税収はどうなるのだっ!」
「最悪の場合ゼロになるかと……」
「!!!!!
こ、この総督統轄局の役割は、まず何と言っても各地の総督に納税額を厳守させることなのだぞ!
そ、それがゼロになぞなったら、俺が責任を取らされてしまうではないかっ!」
「…………」
「な、なんとか言えっ!
ど、どうしたらいいと言うのだ!」
「まずは内務大臣閣下へのご報告に行かれるのがよろしいかと……」
「お、俺に報告に行けと言うのか!」
「はい」
「な、なぜお前が行かないのだっ!」
「もちろん私が行ってもよろしいのですが……
総督統轄局長はどうしたと聞かれたら、なんと答えればよろしいのでしょうか?」
「そ、そそそ、そんなもの、状況を調査中と答えよっ!
い、いや、まだ内務大臣閣下には知らせんでいい!
まずは監査隊を派遣して事実を確認させるのだっ!」
「はっ……」
(この指示は業務日誌に確りと書いておこう……
後で俺の命を救うネタになるだろうからな……
それともいっそ、内務大臣閣下に密告しておくか……)
因みにだが、最近よく目にする言葉に『報・連・相』という言葉がある。
サラリーマンの基本として、あちこちでヤタラに目につくようになっている。
だが……
残念ながら、この言葉の真の意味を理解して説明している者がほとんどいないのだ。
皆が使っているというだけで何となく自分も言ってみるというのはアフォ~の所業である。
それではこの言葉の持つ真の意味とはナニか。
それは……
『何か問題が発生したことに気づいたとき、それを上司に報告した途端にその部下は責任を全て上司に押し付けることが出来る』というありがたーい効果を持つお言葉なのである。
たとえば、
『このままでは納期に間に合いそうに無い』
『工場の機械が大破した』
『納品した製品に不具合があり、取引先が激怒している』
『重要取引先から突然取引の停止を通告された』
等の場合、かなりヤバくなることが予想され、当該部署、もしくは会社全体が大騒ぎになることが予見される。
このとき、ヒラは係長に報告した途端に責任から逃れられるのだ。
そして、係長は課長に、課長は次長に、次長は部長に報告した途端に責任から逃れることが出来るのである。
つまり、『報・連・相』とは、下っ端が自分を守るための防具なのだ。
そして、この報告がどこまで昇って行くかはその問題の大きさに比例する。
例えば部長辺りが、『その程度の問題ならば俺が抑えてやる』と思ったとしよう。
このとき、役員に報告しながらも『なんとかわたしの段階で解決してみます』と言うのがデキる部長である。
役員に報告すると譴責される恐れがあるから、役員には伝えないままなんとか自分で解決しようと思うのがデキない部長になる。
また、部下が『困った問題が起きまして、ご報告させて頂きたいのですが……』と言って来た時に、『い、今忙しいので後にしろっ!』というのはデキナい上司である。
この時、本当に忙しければまあ許すとして、部下の顔色からマジでヤバそうだと察した時にも『後にしろ!』と言うことがある。
これは、後で『あの事案があれだけ拡大して悪化したのは、報告を怠った部下の○○のせいなんですぅ』と言い逃れするための伏線なので、よくよく注意が必要である。
よって、『い、今忙しいので後にしろっ!』という言葉を真に受けてはいけないのだ。
対策としては、『それでは部長/役員に直接報告してもよろしいでしょうか?』と言えばよい。
それで越権行為だと激怒するような上司は、間違いなくの部下に責任を押し付けようとしているので、最大限の警戒が必要である。
また、部下が問題を報告して来た時に、『お、お前はどう責任を取るつもりなのだ!』と言う上司もデキない上司である。
(普段『報・連・相』を忘れるな!と怒鳴っている上司ほどこうした傾向が強い)
そしてこの問いは、往々にして『俺が上司に報告する際にどう言い訳すればいいのかお前が考えろ!』という意味でもある。
そんなものは自分で考えろ。
もちろん、責任を取るのは部下から報連相を受けた自分なのだ。
そのようなことを言い出す前に、自分も自分の上司に報告して問題を丸投げすればいいだけのことなのに……
以前非常に興味深いCMを見た。
(残念ながら社名は覚えていない)
そのCMでは、役員会議室らしき場所に集まったオヤジ連中が大騒ぎをしているのである。
『ま、まだシステムは復旧していないのかっ!』
『まだです!』
『復旧の見込みは!』
『全く立っておりませんっ!』
『バックアップはどうした!』
『そ、それが…… 起動しようとしてもすぐにダウンしてしまうのです!』
『な、なんだとぉっ!』
『こ、これでは我が社は大損害ではないか!』
『いったいいくら損失が出ると言うのだ……』
『明日までに復旧しないとさらに莫大な損失が……』
というように会議は大荒れに荒れているのである。
そこで社長らしき人物が大声で怒鳴るのだ。
『いったい誰の責任なんだぁっ!』と……
そして、そこに落ち着いた声のナレーションが被さるのである。
『アナタですよ、社長♪』と……
役員たちは全員社長の顔を見、社長はそこで初めて気づいたかのように呆然とするのであった。
もちろんこれはITソリューション会社のCMだったのだが……
というように、責任を取るべきは常に上司であり、最終的には社長会長になるのである。
つまり『報・連・相』とはこのメカニズムを円滑に動かし、自分の身を守るための行為だったのだ。
役職手当や役員報酬はそのために支払われているのだから……
上司丸投閑話休題。
この総督統轄局の局長もやはりデキない上司だった。
すぐに内務大臣に報告していれば、その責任の大半は大臣に押し付けられたし、その内務大臣がすぐに皇帝に報告していれば、局長も死刑は免れたかもしれないのに……
こうした重大事件の場合、責任を取らされるのは真にその危機を許した者ではなく、往々にして報告を止めていた者が標的になるのである。
よって、報告は事実関係の調査が終わってからなどという時間引き延ばし工作は最悪の方策であった。
「なあシス」
(はい)
「この内務省の連中や総督が家族もろとも死刑になったら、リポップ先はダンジョン国にしてやってくれるか。
もちろん量刑はチェックして犯罪者は刑務所に入れるということで。
本人はともかく、係累が何回も死刑を繰り返されるのは気の毒だからな」
(畏まりました)
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
第5方面軍団司令官、中級皇族爵プルートー・フォン・デスレルは、皇宮御前軍議の間にて開催された帝国最高軍議に於いて熱弁を振るっていた。
この時代なりに贅を尽くした軍議室には、デスレル帝国と属国群を支配する帝国の中枢を担う人物たちが集結している。
その中央にはデスレル帝国皇帝シュピーゲル・フォン・デスレルその人が着席し、その周囲は6人の譜代爵家当主、宰相、軍務大臣、内務大臣を始めとする主要閣僚たちが並んでいた。
「ということで、不明な点、懸念すべき点はまだ多々ございます。
まずはかのゲゼルシャフト王国とゲマインシャフト王国を囲う大城壁がどのように建造されたのかがわかっておりませぬ。
また、間者隊は無事通過出来たものの、軍があの通路を無事に通過出来るかどうかは不明です。
さらにワイズ王国が周辺4か国の侵攻軍を全て捕獲した手段がわかっておりませぬ」
シュピーゲル皇帝はその険しい表情を崩さないまま内心で微笑んでいた。
(ふふ、まずは問題点をはっきりと述べておるか。
こ奴も多少は成長したようだ。
いや、あの副官マーズラー下級侯爵の薫陶か。
だが、優秀な部下の提言を容れられるようになるのもまた成長のうちだの……)
「このように問題点も多々ございますが、我が帝国にとってのメリットもまた巨大であります。
まずは『遠征病』の特効薬が存在し、それが10万を超える民に行き渡るだけの量があること。
次にかの国の国営商会には数十万石の麦が存在すること。
さらには王城の宝物庫には推定で5万枚を超える金貨が存在しているということ。
そして秋から春にかけての冬の間に、わずか1600反の畑で10万石を超える作物を得た秘法がございます。
我が帝国の武威によりワイズ王国を降伏させれば、これらの富が全て手に入るのです!」
(確かに巨大なメリットだ。
これらがあれば我が帝国は更なる飛躍を遂げ、あの東の蛮族の地や北の森林を支配することも可能になろう。
場合によってはゲゼルシャフト王国やゲマインシャフト王国も。
このワイズ王国と侵攻ルートを発見したことだけでも、こ奴の軍功は大であるな……)
「このワイズ王国侵攻作戦につきましては、是非我が第5方面軍団にお任せくださいませ。
また、常備兵力3万5000に加えまして、周辺の下級属国と中級属国から農民兵4万を徴集するご許可も頂戴したく思います。
農民兵などは戦では役に立たないでしょうが、これは圧倒的な兵力を差し向けてワイズ王国の降伏を促すための方便でございます」
譜代爵席で手が挙がった。
司会進行役の宰相が発言を促す。
「7万5000もの大軍をワイズ王国に差し向けると言うが、かの通路にてゲゼルシャフト王国、ゲマインシャフト王国に挟撃される危険は無いのか?」
中級皇族爵プルートー・フォン・デスレルは、落ち着いた様子でその質問に答えた。
「間者隊4隊の報告では、城壁上に監視哨はおろか巡視兵の姿も見られなかったとのことです。
また、将兵7万5000の進軍に際しては、予め連絡兵1個大隊による常時連絡体制を取りながら、輜重輸卒大隊により各休息所に大量の物資を運び込む計画です。
それら物資の備蓄が終了した段階で、1小隊100名ほどに分けた軍を縦列隊形で進発させ、ワイズ王国手前の広場に集結させます」
「ふむ、なるほど。
それならば、例え挟撃されても被害は最小限に抑えられるということだな」
「ご明察の通りにございます」
また別の手が挙がった。
「周辺4か国8万がワイズ王国に敗れたというが、その敗因分析は出来ていないのか」
「実はその防衛戦の際にはワイズ王国国軍の招集すらかかっていなかったそうでして、4カ国の敗因については、目撃者がいないために分かっておりません。
ただ、戦争終結後に設けられた捕虜交換所の様子では、4カ国8万の軍勢の内正規兵は6000ほどしかおらず、残りはすべて農民兵だったとのことです。
ですから8万の軍勢と言っても実際には烏合の衆だったかと。
また、ワイズ国内ではその戦の際にダンジョン国という国の精兵が協力したとの噂がございました。
このダンジョン国はワイズ王国総合商会に商品を卸している国だそうでして、その関係から手を貸したのかもしれません。
ただ、幸いなことに、ワイズ王国内に入った最終終結予定地の周囲を覆う城壁は、僅かに高さが6メートルほどしかございません。
ですので、集結開始より偵察兵2個大隊に城壁を越えさせ、周囲をくまなく哨戒させて伏兵の有無を確認いたします」
「ふむ」
「あのゲゼルシャフト王国とゲマインシャフト王国に対する備えは行わないのか」
「出来れば第4方面軍団と第6方面軍団から偵察中隊を貸して頂ければ助かります。
彼らには城壁の下に台座を構築し、そこから鉤爪の付いたロープを投擲して城壁上に上がり、城壁内の様子を偵察して貰いたいのです。
城壁に薄い部分などがあり、その内側に両国が兵を集結させているか否かチェックしたいと思いますので。
また、さらに第4、第6方面軍団の工兵隊には、通路より10キロ以上離れた地にて、大規模な斜路建設などの工事をお命じ頂ければ幸いです」
「なるほど、陽動作戦ということか」
「はい」
(はは、こ奴は想定問答も相当に練習して来たようだの。
あらゆる問いに答えられるよう既に準備は終わっているようだ。
最初に全て網羅して説明するよりも、敢えて説明には隙を作っておき、それを指摘されたときに淀みなく解決策を示すとは……
その方が遥かに説得力を得られるという上奏に於ける高等テクニックだな。
これもあの副指令官に仕込まれたものだろう)
質問が途絶え、宰相が口を開いた。
「陛下、この上奏に対しての御評価を頂けますでしょうか」
「うむ、見事な上奏大義であった。
この上はこの戦争計画書を叩き台にして我ら最高幹部のみで数日の審議を行いたいと思う。
その間呼び出しがあるやもしれぬので、第5方面軍団司令官プルートー・フォン・デスレルは皇宮内で待機せよ」
「ははっ!」
「それでは一旦解散とする」
「「「 ははぁっ! 」」」