*** 259 デスレル第5方面軍団司令官 ***
司令官閣下は、遠征病特効薬存在の報に前のめりになった。
「ところでワイズ王国にはこの特効薬がどれほどあるのだ?」
「どうやら大量にあるようです。
毎日数百人が訪れる商会で1人1錠を無償で配っておりましたし、10万を超えるといわれる国民にも、遠征病を患っている者はひとりもいないそうですので」
「その製法は?」
「残念ながらそれはわかりませんでした。
厳重に秘匿されている模様です」
「そうか……」
「ですので、我が第5軍団の手でワイズ王国を占領し、その特効薬と共に製法の秘密も手に入れられたら如何でしょうか」
「だ、だが、我らは現在本国の皇帝府よりゲゼルシャフト、ゲマインシャフトの奴らめとの交戦を禁じられているのだぞ」
「これは対両国の作戦ではございません。
対ワイズ王国の作戦でございます」
「そ、そうか……」
「司令官閣下、まずはこちらの間者隊の報告書をご覧いただけませんでしょうか」
「う、うむ……
ん? なんだこの報告書は。
羊皮紙ではないのか?」
「それはワイズ王国総合商会にて売られておりました植物紙というものに書かれています。
かの商会にはそれ以外にも優れた商品が多く、それらも全て買わせて参りましたので、後でご検分くださいませ」
「わかった……」
まだ20代後半と若い司令官は、真剣な表情で報告書を読み始めた。
尚、この司令官が20代という若さで中級皇族爵の地位にあるのは、この男が現皇帝陛下の2男だからである。
「なんと……
冬でも作物を育てられる秘法だと。
しかもたった42の村、1600反ほどの畑で10万石の収穫とは……
こ、この情報に間違いは無いのか?」
「4つの間者隊がそれぞれ現地住民より聞き出した情報ですので、ほぼ間違いないかと」
「し、しかもこの商会は莫大な売り上げを誇り、その冥加金金貨5万枚が国庫に眠っているというのか。
まさに富の塊のような国だな」
「はい」
「それほどの国がよく今まで滅ぼされずにいたな。
軍の兵数は?」
「それが、どのように調べても500人しかいないと……」
「なんと…… たったの500か……」
「ただ‥‥‥
今年の春に周辺4か国がそれぞれ2万近い将兵と農民兵をもって攻め込んで来たそうなのですが、それらをことごとく捕えてしまったそうなのです。
それも国軍には動員令も出ずに」
「そ、そのようなことがあろうはずがなかろう!」
「いえ、つい最近までその捕虜が捕虜交換所にいたそうです。
当初は8万もの将兵が晒し者になっていたとか」
「その4カ国は連合軍を組んでいたのか?」
「いえ、それぞれが単独で攻め込んだそうです」
「それにしても……
いかなる奸計をもってすればそのようなことが出来たのであろうか……」
「ここでひとつ情報を整理させてくださいませ」
「うむ」
「まず戦利品について多言は必要無いでしょう。
遠征病の特効薬とその製法、冬でも莫大な収穫が得られる農法の秘密、王城に眠る5万枚もの金貨、数十万石の麦。
どれをとってもここ200年で最大の軍功になりましょう。
それが4つも揃っているのです」
司令官閣下が、いや第2皇子が唾を飲み込んだ。
もしこの小国を征服し、その富を奪うことが出来れば、それはここ10世代近い皇帝の軍功を上回る。
いや10世代合わせても敵わない大軍功となろう。
まさに初代建国皇帝に次ぐ武勲である。
マーズラー下級侯爵は話を続けた。
「一方で懸念材料も多々ございます。
まずは僅かな手勢により2万を超える軍を相次いで捕獲した手段が不明です」
「そ、それは連合軍を組まずに4か国が個別に攻め込んだからではないのか?」
「それにしても国軍の動員すら無かったのですから。
ただ、ひとつ参考になるのは、当初晒し者になっていた捕虜8万5000のうち、将校などの職業軍人が6000ほどしかいなかったことかもしれませぬ。
あとは全て急遽徴集した農民兵と見られます」
「そうか、数は多かったが烏合の衆だったということか……」
「まあこの戦術については軍事機密でしょうから、いくら調査してもわかりますまい」
「それもそうだな……」
「次の懸念事項はもちろんあの大城壁です。
如何にして短期間のうちにあのような巨大な城壁を造ることが出来たのか。
ですが、これについてはさほどの警戒は必要無いかもしれません」
「なぜだ」
「周辺4か国の軍が全て捕獲された時点では、あの大城壁は存在していなかったそうなのです。
これは現地にいた全ての商隊が証言しておりますので、まず間違いないでしょう」
「そうか、あれらの城壁によって捕獲したのではないということなのだな」
「はい。
それから3つ目の懸念事項でございますが、我らがワイズ王国への侵攻を開始した際に、果たしてゲゼルシャフトとゲマインシャフトがそれを傍観したままでいるのかということになります」
「それもそうだな」
「したがって、ワイズ王国への侵攻の際は、偵察小隊にあの壁を越えさせ、内部の調査を行わせることが必要になりましょう」
「なるほど……
それで、そなたはどのような戦略を進言すると言うのだ」
「はっ。
まずは司令官閣下に皇帝府に行って頂かねばなりませぬ。
そこで出来れば皇帝陛下御臨席の下に中央軍司令部にて戦略の説明をしていただきたいと考えます」
「そなたは同席しないのか?」
「お戯れを。
大規模遠征以外で軍団司令官と副司令官が同時に駐屯地を離れることは、中央司令部により禁止されております。
ですからこの作戦奏上は閣下にやっていただかねばなりませぬ」
「そ、そうか……」
「ですがご安心ください。
戦略立案書と戦術はすべてわたくしと幕僚が作り上げます。
閣下に於かれましては、その奏上の練習を充分に行った上で本国にお戻りくださいませ」
「わかった。
それで大まかな戦略は?」
「まずは偵察兵1個大隊を投入しての通路調査になります。
これには正規兵の指揮官4名とその護衛40名及び連絡将校100名の他は、主に奴隷兵の輜重輸卒から成る大隊を編成致しましょう。
この大隊の任務は、かの通路全域を結ぶ連絡網を構築し、合わせて20キロおきにあるという休息所に大量の馬匹や物資を運び込むことにあります。
また、連絡将校には休息所間の連絡を最低日に4回行わせましょう」
「だがそのような大規模な活動をして、ゲゼルシャフト、ゲマインシャフト両国を刺激しないか?」
「間者隊の報告によれば、通路の左右の城壁には物見櫓も無く、哨戒兵の姿も見えなかったそうです。
ひょっとしたら、奴らはあの大城壁を建造したことで安心しきっているかもしれませぬ。
また、これだけの活動をしたことで奴らが偵察隊に攻撃を始めてくれれば、その攻撃方法を知ることによって対処も出来るようになるでしょう」
「なるほど。
だが、奴らの攻撃で偵察大隊が全滅してしまうかもしれんぞ」
「許容可能な範囲の犠牲です。
大隊構成員のほとんどは奴隷兵ですので」
「そうか、それもそうだな」
「そうして、大量の物資を休息所に備蓄した後は、作戦の第2段階を始めます。
このとき、第4軍団と第6軍団には通路からそれぞれ10キロ以上離れた場所で、工兵中心に城壁を抜くための工事をさせればよろしいでしょう。
例えば城壁の下に大きな土塁を築いて斜路を作る工事や、城壁の下に隧道を作ろうとする工事になります」
「なるほど、陽動作戦か。
しかも第4軍団と第6軍団にそれらの任務を行わせることで、通路を通っての攻撃の主力は我が第5軍団が担うというのだな」
「さすがのご明察でございます。
さすれば、武勲はほぼ閣下お1人のものとなりましょう」
「そうなれば俺は次期皇太子に確定するだろうな。
そのときはそちを7番目の譜代爵に叙することとしよう」
「有難き幸せにございます。
ですがまずは作戦の立案に注力せねばなりませぬ」
「うむ」
「我が第5軍団の作戦の第2段階は、小隊規模の隊を連続して4つ目の休息所まで送ることになります。
このとき、恐縮ですが閣下も小隊長とおなじ服装にてご移動ください。
別の小隊とともにわたくしもそのように移動致しますので」
「当然の偽装工作だな」
「ありがとうございます。
そうして、4つ目の休息所に最低でも7万の兵を集結させた後は、いよいよ作戦の第3段階、すなわちワイズ王国内への侵攻を開始致します。
報告によれば、国境地帯には砦どころか哨戒兵の姿も無いとのことで、越境は順調に進むでしょう。
越境後は30平方キロほどの平原がございますので、我が軍はここに布陣致します。
その先8キロほどの王都までの間にあるのは、高さ6メートルほどの貧弱な壁3枚だけですので、総攻撃により抜くのは容易です。
念のため、梯子や丸太などの攻城用道具も輜重輸卒に持って行かせましょう。
7万の兵が最後の壁に至った段階で、ワイズ王国に降伏勧告の使者を送りたいと考えます。
これはもちろんかの国にある財を可能な限り無傷で接収するためであります」
「なるほどな、冬でも大豊作にする農業上の秘法と、特効薬の製法を教え、王城の金銀と小麦を全て差し出せば、王族の命は助けてやると慈悲をかけてやるのか」
「御意。
そして、首尾よくかの国を降伏に追い込むためには、兵は出来るだけ多い方がよろしいかと。
ですから第5軍団の兵3万5000に加えて、陛下と中央軍令部より、この辺り3国の農民兵4万を徴集するご許可もお取り頂ければと存じます。
奴らの戦闘能力は知れたものでございますが、なによりも数で圧倒するために」
「さすがはマーズラー下級侯爵だ。
見事な戦略である」
「恐悦至極にございます」
「それでは早速陛下と中央軍司令部に提出する文書を作成してくれ。
そうだ、その際には陛下には平易な文のもの、軍司令部にはいつものように修辞に満ちたもので頼む。
軍令部の年寄りたちは形式に拘るが、陛下はあの文体がことのほかお嫌いでな。
平易な文でないと読んでも下さらないのだ」
「これはこれは。貴重な情報をありがとうございます」
ああ、デスレルの者たちよ……
どうしてキミタチは、特効薬を売って貰おうとか、麦を売って下さいとか、素晴らしい農法を教えて下さいとアタマを下げるとか、我らにも総合商会の品を仕入れさせてくださいとか……
どうしてそういうふうにお願いするという発想が持てないのだね。
もしくは自力で特効薬や新農法を開発して財や麦を貯めようとは思わないのだね。
どうして戦勝を重ねてきた成功体験を忘れてもっと謙虚になろうとしないのだね。
そんな攻め込んで奪うというような発想しか持てないと、大地くんに手酷く滅ぼされちゃうぞぉ……
しかもこの会談の内容、ぜーんぶシスくんに録画されちゃってるし……
これ、暴力や武力に頼る連中が陥りがちな誤解だよね。
『俺が一番強いのだ。何故なら誰も俺のところに財を奪いに来ないではないか』って……
ついでに自分よりも遥かに強い奴って想像出来ないんだろうねぇ……
『井の中の蛙、大海に出したら死んじゃうよ』ってぇ奴だ。
(両生類は海では生きられないのだ。
『井の中の蛙、大海を知らず』という諺を作った昔の日本人は、そんなことも知らずにいるほどのアフォ~だったのである。
こんなノータリンな諺を辞書や教科書に載せているのは恥ずかしいから是非削除して欲しいものだ……)
デスレル帝国第5方面軍団司令官、中級皇族爵プルートー・フォン・デスレル閣下が副司令官の作成した上申書を熟読し、中央軍司令部でのプレゼンを練習していた頃、デスレル本国の内務省総督統轄局からは、24ある各属国の総督府に定期巡回団が派遣されていた。
この巡回団は各総督に中央からの指示を伝えると共に、総督府に俸給や物資を届ける任務を負っている。
その際には、各総督府の執事長から極秘報告書を受け取る手筈にもなっていた。
そして……
この報告書が本国の総督統轄局に届き、役人たちの手で開封され始めると、統轄局に激震が走ったのである。
その報告は速やかに組織のヒエラルキーを昇って行き、統轄局長室では局長が局次長から報告を受けることとなった。
「な、なんだと!
下級属国と中級属国の農民共が皆行方不明になっているだとぉっ!」
「はっ、各属国総督府の執事長たちよりの極秘報告書にはそのように記載してあります。
皆自国内だけのことだと考えているようですが……」
「じ、18カ国全部か!」
「現在届いております報告書は15通ですが、この分ですと……」
「そ、それで農民共はどこに逃散したというのだ!」
「それが皆目……
総督方は護衛兵に捜索を命じられたようですが、まだ発見されていないようです」
「それほどの重大事を、なぜ総督は報告して来ないのだ!」
「どうやらどの属国の総督閣下も、処罰を恐れて我ら総督統轄局に知られる前になんとか農民共を発見しようと必死になっているようです。
ですから執事長たちによる極秘報告書のみに記載されておりました」
「た、直ちに臨時巡察隊を組織せよ!
事実確認を行うのだ!」
「はっ」
「それにしてもだ。
中級下級属国の農民共の総数は20万人を超えているのだぞ。
それほどの大人数がどこに隠れているというのだ……」
「あの、小官の想像を申し上げてよろしいでしょうか」
「申せ!」
「昨年秋の作柄は壊滅的でした。
なにしろ1反の畑から5斗の麦しか採れなかったのですから。
ですが税は通常通り1反に付き7斗で、減免はございませんでした。
このため、各総督府では農民の一部を奴隷として売り飛ばし、その代金で麦を購入して税に充てております」
「当たり前だろう!
総督の任務とはまず納税なのだからな!」
「おかげで、農民の手には食べ物が全く残りませんでした。
林や森の恵みも採り尽くし、この冬から夏にかけてはほぼ全ての農民が餓えていたそうなのです」
「当然だ!
不作だったということは、農民共の努力が足りなかったということなのだからな!」
(こいつも農業は知らないんだな。
24カ国3000の村で全て不作だったということは、農民の努力でどうにかなるものでもあるまいに……)
「ですが局長閣下。
そうした状況下では農民共は食物を求めて容易に逃散することと思われます。
村に残って餓死するか、食物を求めて彷徨って餓死するか……」
「そ、それにしても20万もの農民がどこを彷徨っているというのだ……
そ、そうだ!
次の秋の納税はどうなるのだ!」
「このままでは中級属国と下級属国からの税収はゼロになるかと……」
「な、なんだと!
春に麦の作付けは終わっておるだろうに!
例えそれを刈り取る農民が居なくとも、奴隷に命じて収穫をさせればだな!」
「この夏は全国的に降雨が少のうございました。
ひょっとすると、水撒きの行われなかった畑の麦は全て枯れてしまっているかもしれませぬ」
「な、なんだとぉっ!
なぜ水撒きをしないと麦が枯れるのだぁっ!」
(こいつ、そんなことも知らんのか。
これだから上級貴族のボンボンは……)
「雨が降らない場合には、最低でも3日に1度は川や井戸から水を持って来て畑に撒かねばならないのです。
10日も水をやらねば麦は枯れ始めます」
「そ、そんなまさか……」




