*** 257 間者隊 ***
そのころゲゼルシャフト、ゲマインシャフト両国の物見塔では。
「隊長殿、フォボシア王国側より5人ほどからなる部隊が荷馬車と騎乗にて接近中です」
「よし、大きな声を出すなよ。
当番兵は塔を降りて第1砦本部に報告せよ」
「はっ」
「どうやら本当にあいつらにはこの物見塔が見えていないようですね」
「俺はこの城壁が造られたときに見学させてもらっていたんだがな。
この塔には『認識阻害』の魔法がかけてあるんで、本当にあちら側からは塔が見えないんだ」
「こんなデカい城壁まで造っちまうし、魔法ってすごいんですね」
「ああ、そうだな……」
彼らはこの後も3つの行商隊と、その後は3つの偵察分隊を見ることになるが、その度に第1砦に報せが行き、砦からは『連絡の魔道具』によってシスくんへ報告が為されていた。
行商隊に扮した間者たちは、看板に近づいて行った。
その大きな看板にはたくさんの文字や絵が描いてある。
【ワイズ王国近道】
歓迎、行商人ご一行さま。
この通路はワイズ王国への近道です。
ここよりワイズ王国国境:約85キロ
ここよりワイズ王国総合商会:約110キロ
<注意:デスレル強盗団の通行は固くお断りします>
この通路の途中には20キロおきに休息所が設けてあります。
休息所の建物、水場、薪などはご自由にお使い下さい。
<ワイズ王国総合商会のご案内> (商会本店の写真付き)
ワイズ王国総合商会では、豊富な商品を取り揃えて皆さまのご来店をお待ちしております。
商品例(写真付き):
小麦 : 1斗につき銅貨80枚
(註:1万石以上お買い上げの場合は1日、10万石以上は3日ほどお時間を頂く場合がございます。購入制限は20万石までとさせて頂きます)
塩 : 1キロにつき銀貨8枚
砂糖 : 1キロにつき金貨8枚
胡椒 : 1キロにつき金貨8枚
鏡(小): 銀貨20枚
焼き菓子: 20枚入り銀貨1枚
植物紙 : 100枚につき銀貨8枚
古着、防寒着、器は各銀貨1枚でお求めいただけます。
また、その他にも「オールドグラス」「ボールペン」など多くの商品がございますので是非手に取ってご覧くださいませ。
サービス品のご案内:
ご来店いただいたお客様には、もれなく『遠征病特効薬』を無料プレゼント♪
この特効薬を1日1錠3日の間服用すると、どんなに重い『遠征病』も完治いたします。
ぜひ3日かけて商品をお選び下さいませ。
宿泊施設のご案内:
行商隊の皆さまは、併設された宿泊施設をご利用頂けます(2人部屋もしくは6人部屋)。
宿泊料金はお1人様素泊まりで銅貨10枚ですが、商会で銀貨10枚以上お買い上げいただいたお客様にはもれなく無料宿泊券がプレゼントされます♪
尚、お食事は併設の食事処でもお取りいただけます。
ドワーフエールを含む自慢のワイズ料理を是非ご堪能ください♪
ご注意:
当商会でのお買い物は、全て現金決済とさせて頂いております。
年末払いでのお買い上げはお断りさせて頂いておりますので、ご注意くださいませ。
また、ワイズ王国では奴隷所持も売買も厳重に禁止されています。
奴隷を連れて来られて売却された代金で商品をお買い求めになることは出来ませんのでご注意ください。
尚、デスレル強盗団の方のご来店は固くお断りいたしております。
「はは、デスレル強盗団だとよ」
「言われてみればその通りだな。
武装して金目のものや奴隷を奪いに行くんだから、強盗や盗賊と変らんわ」
「お前ぇそれ将校連中の前では絶対に言うなよ」
「まああっしもまだ命が惜しいですから言いませんとも」
「ねえお頭、それにしてもこの看板に書いてあることは本当なんですかね」
「それを確かめに行くのが俺たちの仕事だ」
「もし本当だとしたら、とんでもねえ商会ですな。
小麦を10万石単位で買えるとは」
「だが、10万石といやあ金貨8000枚(≒80億円)になるぞ。
そんなもん50万石も買えばデスレル皇帝府の宝物庫ですら空になるだろうが」
「それもそうですな」
「それに『遠征病』の特効薬もあるのか。
なんとかして100粒ほどは手に入れたいものだ」
「なんとか強請ってみますか」
「そうだな。よし、そろそろ出発するぞ」
「「「 へい! 」」」
ぜんぜん関係無いのだが……
この『強請る』と『強請る』という言葉に同じ漢字を使うというのはなんとかならんもんだろうか。
例)正月に実家に帰省したら甥っ子や姪っ子にお年玉を強請られた。
例)ヤクザに金を強請られた。
(他にも『強請る』もある。
『強請る』という読みもあるそうだ。
なんだそれは。
リア充を呪うことか?)
こうした文に同じ漢字を使うのはどうにも抵抗があるのだ。
しかも「強請る」とフリガナ無しで書いてあった場合、ほぼ9割のひとが『ゆする』と読むのではなかろうか。
(あくまで読める人の中での割合である。
多分「ゆする」と読めるひとも2割もおらず、8割が『きょーせーる』と読むと思うが。
なんだそれは、今日の特売品のことか?)
したがって、
『お小遣いが足りなくてマンガが買えないから、お父さんに強請ってみよう』とフリガナ無しで書いてあった場合に、「このお父さんは子供に浮気の証拠でも掴まれて強請られているのか」と考えてしまう読者も多いことと思われる。
それとも……
漢字は昔中国から伝来して日本に根付いたものとされるが、古代の中国や日本では、これらは同じ意味で使われていたのだろうか???
日本語の表現能力も意外に大したこと無いなと思う……
未熟言語閑話休題。
間者隊はそのまま通路を進んで行った。
「それにしてもすげぇ城壁ですな。
いつの間にこんなもんを作ったんでしょうか」
「まさかデスレル軍を誘い入れるための罠だったりして」
「いや、それはないだろう。
この城壁と城壁の間は200メートルはあるぞ。
これでは城壁の上から矢を射ても中央部には届くまい。
中央部を縦列になって進めば問題は無かろう。
罠だったらもっと間隔を狭めて造ったはずだ」
「ですが急に狭隘部や防塁が出来てるかもしれやせんぜ」
「そうしたものがあるかどうかを調べるのも俺たちの任務の内だ。
ついでに城壁の上に胸壁や物見櫓があるかどうかもよく見ろ」
「今のところ全くありやせんけどね。
哨戒兵の姿も無いし」
「奴らこんなにデカい城壁を造ったんで安心してるんですかね?」
「さあな。
それにしてもずいぶんと滑らかな道だな」
「おかげでさっきから馬も楽そうですよ。
これなら人が荷車を曳いても行けそうですな」
「そうだな、これならワイズ王国総合商会まで110キロあるといっても2日もあれば着くだろう。
もしも罠ならばこれほど滑らかな道にしているはずがないな」
やはりあまりにも大きすぎる罠は罠だとは思われないようである。
「あ、あれが休息所ですかね」
その休息所は城壁と城壁の間の通路が倍ほどに広がった場所にあった。
ここにも【ワイズ王国まで65キロ、ワイズ王国総合商会まで90キロ、デスレル強盗団のご利用は固くお断りします】と書かれた看板がある。
入り口の看板に書いてあった通り、水場と大きな小屋もあった。
小屋の壁には大量の薪が積んであり、竈も5つも作られている。
間者隊はそこで馬を休ませて飼葉と水を与え、馬車馬を交代させてまた出発したが、すぐに次の休息所が現れた。
「もう20キロも来たのか……」
「道がいいと、こうも行程が捗るんですな」
「念のため少しだけ馬を休ませてから行こうか」
「「「 へい 」」」
こうして間者隊はこの日の夕刻、60キロほど進んだ3つ目の休息所に到達し、そこで野営することにしたのである。
休息所のある場所は三差路の一角になっており、そこには今までとは違った看板が出ていた。
【←ワイズ王国25キロ アルハンゲル王国120キロ→】
(ここより旧キルストイ帝国領)
その休息所には5つもの小屋と無数の竈があり、他にも2つほどの商隊がいて寛いでいる。
そのうちの1隊は馬車5台に荷を満載した大きな商隊だった。
間者隊の隊長は、馬の世話と夕食の準備を部下に任せてその商隊に1人で近づいて行った。
「こんばんは、我らもここで野営させて頂いてもよろしいでしょうか」
「ここは誰でも使える休息所だ。
小屋も竈もたくさんあるしな」
「それであの、我らはワイズ王国総合商会の噂を聞いて、初めて来た商隊なんですけど、皆さんはどちらからいらっしゃったんですか?」
「俺たちはアルハンゲル王国からの商隊だ。
ワイズ総合商会でたっぷりと商品を仕入れてこれから国に帰るところだよ」
「そうですか、それではすみませんが少しワイズ王国総合商会のことを教えて頂けませんでしょうか。
なにぶん初めて来たものですので少し不安なんですよ。
これはほんのお礼です」
「ほう、こいつぁご丁寧にどうも。
まだ日が暮れるまで少し時間があるからなんでも聞いてくれ。
ところであんたらはどこから来たんだ?」
「我らはカルメダ王国と言う国から来ました。
最近ワイズ王国総合商会がシノーペル王国で支店を開いたんですが、その商品に驚きまして。
でもその支店は3日ほどで店仕舞いして別の国に行ってしまったんですよ。
それで教えられた道を辿ってここまで来てみたんです」
「カルメダ王国と言えば、シノーペルのさらにずっと東にある国じゃあなかったか?
随分と遠くから来たんだな」
「ええ、あの商品を王に献上したところ、往復の費用は全部持つのでワイズ王国に行って来いと命じられまして」
「そいつぁご苦労さんなこったな」
「まあ報奨もたっぷり出ますし。
それでワイズ総合商会の本店はどんなところなんでしょうか」
「いや俺もあちこちの国を渡り歩いた商隊の長だけどよ。
あんなすげぇ商会は初めて見たな。
おかげで今は国とワイズ王国の往復専門になってるんだ。
お前さんたちもあの看板は見たろ?」
「はい」
「あの看板に書いてある通りだ。
どんな商品も山ほどあっていくらでも買える上に実に安いんだ。
仕入れられるだけ仕入れて、国に持って帰ればどれも5割増しから倍の値で売れるからな。
おかげで俺の商隊も最初は馬車1台しか無かったのが、いまでは5台に増えたんだ。
1台で金貨2枚もするのにな」
「それは素晴らしい」
「まあ、俺たちの国の産物じゃあ全く太刀打ち出来んから、あの国に持ち込むのはいつも金貨ばっかりなんだよ。
塩も小麦も安いし、羊皮紙なんかもう誰も使ってないしな。
それでもいつかは何かを売れるようになりたいもんだわ」
「それではワイズ王国はさぞかし金貨を貯め込んでいるんでしょうね」
「おうよ、噂では王城には冥加金として金貨5万枚が眠ってるそうだわ」
「す、すごい……」
「それにな。あの商会の宿泊所のメシは抜群に旨いんだ。
俺ぁカネ貯めて引退したらあの国に移住したいと思ってる」
「移住なんか認めて貰えるんですか?」
「ははは、大歓迎だとさ」
「そうなんですか……
ところで、あの国には『遠征病』の特効薬があるというのは本当なんですか?」
「おお、あるぞ。
おかげで毎月行商に行ってる俺の隊にはもう『遠征病』で苦しんでる奴ぁひとりもいねぇんだ。
ついでに『貴族病』も治るしな」
「それもすごい……
その特効薬は売って貰えないんでしょうか」
「それがなぁ……
総合商会を訪れた者に無料で配るだけなんだよ。
それだけがあの商会が唯一残念な点だな。
もし仕入れられたら、儲けは天井知らずなのによ」
「そうでしょうねぇ……
ところで、この素晴らしい道や城壁は誰が造ったんでしょうか」
「どうやらワイズ王国が造ったらしいんだ。
周辺各国から行商隊を呼び込むためだっていう噂だな。
確かにこれだけ滑らかな道だから、行程も捗るし。
おかげで最初は片道15日近くかかっていたのが、今じゃあ半分だ。
城壁は盗賊避けだって話だ」
「さぞかし大工事だったんでしょうねぇ」
「それがよ、誰も工事をしているところを見ちゃあいねぇんだ。
いきなりこんなすげぇもんが出来てて驚いたわ。
まあ、行商が楽になるんだったら、誰がどうやって作ったかとか興味無いけどな」
「そうですか」
(まあ商人なら無理も無いか……)
「いやいろいろと教えていただきまして、どうもありがとうございました」
「お前ぇさんたちもがんばれや。
まあお前ぇさんたちがいくら儲けても、俺たちの稼ぎは減らねぇからな。
わっはっは」
翌日、間者隊はワイズ王国の国境に到達した。
だが、そこには、
【歓迎 ワイズ王国へようこそ。
ワイズ王国総合商会まであと25キロ。
(デスレル強盗団の入国は固くお断りします)】
と書かれた看板しか無かったのである。
「お頭、この国境、防衛砦どころか衛兵すら立ってませんぜ……」
「なんという不用心な連中なんだ……」
もちろんシスくんの本体という疲れ知らずの超優秀な衛兵がいるのだが……