*** 255 間者の密告 ***
「「「「 うううううううっ…… 」」」」
9人の護衛兵たちは腕を押さえながら座り込んで呻き声を上げている。
「い、いったん退却だっ!
も、者共立てっ!」
誰も立ち上がらない。
「く、くそっ」
「おーい、強盗団の分隊長さんよぉ。
お前ぇは戦わねぇんかぁ?」
大地は分隊長に一歩近づいた。
分隊長は完全に逃げ腰になっている。
「お、おおお、覚えていろよキサマっ!」
「あはははは。 ヤ ダ ネ !」
分隊長は走って逃げ出して行った。
(『念動』……)
「ぎゃあぁぁっ!」
見えない手で足を掬われた分隊長は顔面から着地して血塗れになったが、そのまま走って逃げていく。
その部下たちもようやくフラフラと立ち上がって逃げて行った。
「ダイチ殿、お見事であらせられました……」
「いいやギルジ曹長、あいつらの鍛え方が足りなくって、勝手に手が折れただけなんじゃないか?」
「ははは。
ですが、すぐにも全ての護衛兵が押し寄せて来るかもしれませぬぞ。
あ奴らは人一倍メンツを重視しますので」
「わははは、それも強盗団と同じだな」
3人の男たちが近づいて来た。
「あの、店長さん……」
(お、こいつらが総督の間者だな)
「なんだい?」
「なぜ護衛兵の腕が折れたのでしょうか」
「さあ、あいつらに聞いた方が早いんじゃないか?」
「そうですか……
ところであの飴は本当に『遠征病』の特効薬なんですかい?」
「本当だぞ。
まあ、明日も明後日も舐めてみれば、体調もすっかり良くなるからわかるだろう」
「なるほど。
ところであの飴はどうやって作ったんですかね?」
(はは、熱心だねぇ)
「あの飴はワイズ王国では山ほど作られてるもんなんだが、製法は秘密なんだ」
「そ、そんなにたくさん作られてるんですか……
それであれはいくらするもんなんでしょうか」
「ワイズ王国ではあの飴は国民にタダで配っているんだよ」
「「「 !!! 」」」
「まあ、王様がそうして下さってるんだが、だから原価は安いんじゃないかな」
「そ、そうなんですか。
それから、あの店の中の小麦は本当に2斗で銀貨2枚なんでやすかい?」
「もちろん本当だ」
「あの、買える量の上限はあるんでしょうか?」
「ん? 特に無いぞ。
在庫が全部売れたら終わりだけどな」
「そ、その在庫はどれほどあるんですかね?」
「今の手持ちは10万石だな」
「じゅ、10万石……」
「い、いくらなんでもこの国までそんなに持って来られるなんて……」
「俺はアイテムボックスを持ってるからな」
「あ、アイテムボックスですか!」
「あの初代デスレル帝が持ってて、今皇宮の宝物庫にあるっていう……」
「はは、そのアイテムボックスはせいぜい家1軒分の収納量だろ。
俺のアイテムボックスは、この支店が丸ごと入る高級品だからな。
あんなちゃちなもんと一緒にしないでくれ。
だからこの支店の倉庫に麦10万石を入れて、支店ごと持って来たんだよ」
「す、すげぇ……」
「この商店の名前はワイズ王国総合商会っていうんですよね。
ワイズ王国ってどこにあるんですか?」
「ここから南西に行くとゲゼルシャフト王国とゲマインシャフト王国があるだろ。
それらの国の先にはキルストイ帝国があって、その更に先がワイズ王国だな」
「そんな……
よくゲゼルシャフト王国やゲマインシャフト王国を通ってここまで来られましたね」
「あれ?
知らないのか?
その2国はそれぞれ自国を覆う城壁を造ったんだよ。
それでその隙間がちょうどいい通路になってるから、誰でも通れるようになったんだ」
「「「 !!! 」」」
「その通路には、俺たちみたいな商隊用に水場も宿泊施設もあるし、道も素晴らしく平らだったから来るのは楽だったな。
このデスレル属国群に入ったら酷い道だったけど」
「そ、そうだったんですね……」
「だから馬なら5日もあれば来られるんだよ」
「「「 ……………… 」」」
(ダイチさま、総督府から兵約250名がこちらに近づいて来ています)
(そうか、それだけいると腕はちょっと狙いにくいな。
シス、そいつらの両鎖骨にロックオンしておいてくれ。
エアバレットは俺が撃つから)
(はい)
「どうやらまた強盗野郎共が来たみたいだな……」
大地はひとりで門前に立った。
護衛兵隊250名が南門広場に展開を始めている。
遠征病の患者も動員したらしく、中にはふらふらしている奴もいた。
上空では不可視のエアバレット500弾が配置を終わっている。
1人だけ馬に乗り、エラソーな鎧兜を身に着けた男が吼えた。
「キサマか! 我が護衛隊を愚弄したのは!」
「いや愚郎たちが自分で自分を愚弄してただけだぞ?」
「き、キサマぁっ!
全隊抜剣せよっ!
この無礼者を殺せぇっ!」
「「「「 おおおおおうっ! 」」」」
(エアバレット全弾発射……)
ズドドドドドドドドドドドドドドドド……
「「「「「「 ううわぎゃあぁぁぁぁぁぁぁ―――っ! 」」」」」」
(ストレー、こいつらの鎧、兜、剣、衣服、靴を全て収納。
あ、馬もだな)
(はいっ!)
「ぎゃっ!」
隊長は馬が消えたために地面に落ち、ついでに尾骶骨を骨折したようだ。
その場には両鎖骨を折られたマッパの男たち250人が転がっている。
周囲の地面が痛みによる粗相で汚れていた。
「おーい、強盗たちよ。
なんで勝手に怪我して転がってるんだぁ?
しかもマッパになって小やら大やらまで漏らして。
商売の邪魔だから早く帰ぇれやぁ」
「ひ、引けっ! 引くのだぁっ!」
マッパの男たちはよろよろと立ち上がり、呻きながらも逃げて行った。
(『クリーンLv6』……)
「さぁてみんな、強盗はみんな逃げて行ったから、ゆっくりメシを食べていってくれ」
門の中で鈴なりになって見ていた街民たちは、みんな首をコクコク振っていた……
その日の夕刻。
総督府では中級総督ビビール・チキンダス閣下が激昂していた。
「な、ななな、なんだと!
護衛兵260名が負傷して5名が行方不明だとっ!」
「はい……」
「そ、それでは俺を守る護衛が35名しかおらんではないか!
ええい! その35名には外出を禁じる!
常に俺の周囲にいて俺を守るのだっ!」
「はっ……
ですがそのうちの30名は『遠征病』が悪化して立つことも出来ない者なのですが……」
「ま、万が一の時には俺の肉盾にするのだっ!」
「は……」
「そ、それでなぜそのような怪我をしたのだっ!」
「それが……
新興の商会の長が無礼な口を利いたというので懲らしめに行ったそうなのですが……
そこで負傷したようなのです」
「そ、その商会には兵が何人いたというのだ!」
「いえ、兵はいなかったと……」
「な、なんだとおぉぉぉ―――っ!」
「どういたしましょうか。
その商会の長を総督命令で召還いたしましょうか」
「ばっ、馬鹿を申すなっ!
お、俺が傷つけられたらなんとするっ!」
「はっ、失礼致しました……」
(はぁ、こいつの『初陣病』はまだ治ってないのか……)
その日の夜、3人の街民が総督邸を訪れた。
「総督閣下、街民の間者たちがご報告があるとのことで参っております……」
「お、お前が代わりに聞いておけっ!」
「は……」
1時間後。
「そ、それで間者たちの報告とは何だったのだ!」
「奴らの話が本当であれば一大事でございます」
「なんだというのだ!」
「まずあの支店を開いた商会は『ワイズ総合商会』と申しまして、遥々ワイズ王国から来たそうなのですが……」
「そ、それがどうした!」
「ワイズ王国には『遠征病』の特効薬が大量にあるそうで、支店でそれを配っていたそうなのです」
「な、なんだとっ!
あ、あの病の特効薬を見つけた者には皇帝府より金貨500枚が下賜されるのだぞ!」
「はい」
「そ、それでその薬はどのようにして作るのだ!」
「それは秘密だとのことでした」
「ぐぬぬぬぬぬ……」
「ですが間者どもが何度か列に並び、6粒ほど献上して参りました。
これを日に1錠、3日の間服用すれば『遠征病』は完治するそうなのです」
「な、なんと……
そ、それでは誰か遠征病の重い者に毒味をさせよ!
それで安全だとわかったら俺が試してやる!」
「あの、閣下がお試しになられるのはお止めになられた方がよろしいかと」
「な、何故だ!」
「兵に毒味をさせた後は、デスレル第5軍団の副司令官殿に献上されるべきだと愚考致します。
真に薬効があり、デスレル軍がワイズ王国を占領して特効薬が得られたならば、金貨500枚の報奨金が閣下の手に……」
「そ、そうか……
しかも俺が上級総督になれるかもしらんな……
よし! その進言を認めてやる!
あ、ありがたく思え!」
「ありがとうございます。
また、あの支店には麦が10万石あるそうでして、それを1斗銀貨1枚で売っていたというのです」
「なんだと!
いくらなんでもそのような大量の麦を持って来られるわけが無かろう!」
(こいつ……
いちいち怒鳴りながらでないと喋れんのか……
まあ、臆病者ほどよく怒鳴るとは言うが……)
「いえ、どうやらその商会は膨大な物資を入れられるアイテムボックスを所持しているようでして、支店の建物ごと母国から持って来たというのです」
「!!!!」
「言われてみれば、あのような店は最近までございませんでした。
ひょっとすると本当かもしれませぬ」
「で、デスレル本国の宝物庫にある初代様のアイテムボックスよりも収納量が多いと申すか!」
「はい」
「そ、それは不敬である!
さっそく兵を出して召し上げて来いっ!」
「あの……
兵は皆腕や鎖骨を折られて寝込んでおりますが……」
「そ、そのようなこと……
気合と根性でなんとかしろっ!」
「無理です。
今は剣も握れませぬ」
「ぐぬぬぬぬぬ……
な、なんという根性無しどもだ!」
(根性無しはあんただろうに……)
「そ、それにしてもそのワイズ王国とはどこにある国なのだ!」
「はっ、かのゲゼルシャフト王国とゲマインシャフト王国のさらに南西にあるそうで、馬では7日ほどの場所にある国です」
「なんだと……
あのゲゼルシャフト王国とゲマインシャフト王国を越えて来たと申すのか!」
「それが、その商会長の言によりますと、両国はその全域を囲む大城壁を建造したそうで、その国境沿いには城壁と城壁の隙間があり、そこが通路になっているそうなのです。
ですからワイズ王国とは両国に妨害されることなく行き来出来るそうで」
「なんだと……」
「閣下、これは真であれば実に重大な情報です」
「よ、よし!
早速明日斥候兵を進発させよ!
その城壁の間に本当に通路があるかどうか確かめさせるのだ!」
(こやつは臆病者であるだけでなく阿呆でもあったか……)
「閣下…… 兵たちはほぼ全員腕を怪我しております。
馬の手綱も握れませぬ」
「こ、こここ、根性無し共めぇぇぇ―――っ!」
「いえ、むしろこの際、デスレル第5軍団の副司令官閣下のお耳に入れるべきと……」
「な、何故だ!」
「斥候や調査はやはり軍に一日の長がございます。
それに、最終的には第5軍団がワイズ王国に攻め込むのですから、ここで副司令官閣下に恩を売っておけば、閣下の上級総督への途が開けるかもしれません」
「あ、当たり前だ!
お、俺だってそう思っていたぞ!」
「は……」
「よ、よしっ!
あの特効薬の効き目を確認した後、4日後には第5軍団の司令部に向かうぞ!
護衛兵全員に俺の馬車を守らせろ!」
「あの…… 護衛は全員怪我をしておりますが……」
「馬鹿者ぉ―――っ!
怪我をしているのは腕だけだろうがっ!
脚は無事なのだから歩いて行けっ!」
「はっ……」
(やれやれ、こんな奴が上級総督になったらデスレルも危ういの……)