*** 254 シノーペル総督府街 ***
大地はブリュンハルト隊に加えてシノーペル互助会の幹部たちに集まってもらった。
「それではいよいよシノーペルの総督府街で商売を始めよう。
最初に言っておくが、この商売の目的はもちろんカネを儲けることではない。
まずは街民たちに対して無料の炊き出しを行い、その食料を狙って集まって来る総督府の護衛兵たちを捕獲しよう。
まあ半数の150名ほどを撃退すれば、総督も俺たちを無視出来なくなるだろうな。
さらにその上でサプリ飴を配り、ワイズ王国に『遠征病』の特効薬が有ることを総督が知るように仕向ける。
このシノーペルの総督はデスレル第5方面軍団の副司令官とは縁続きだそうだから、そのうちにワイズ王国の特効薬や富のことがデスレル軍に伝わるだろう」
「ダイチ殿、そのようなことをすれば、第5方面軍団3万5000がワイズ王国への侵攻を開始致しますぞ。
その前にゲゼルシャフト王国とゲマインシャフト王国の防衛線を抜く必要もありましょうが、それでもあの遠征病の特効薬が有ると分かれば死に物狂いで侵攻を行うでしょう。
場合によっては第4第6の方面軍団もこれに加わるかもしれませぬ」
「ギルジ曹長、助言ありがとう。
だが、この作戦は、まさにデスレル帝国にワイズ王国への侵攻を始めて貰うためのものなんだ」
「なんですと!」
「そのためにゲゼルシャフト王国とゲマインシャフト王国の国境線沿いには既に両国の協力で通路を作ってある。
この通路は幅200メートルあって、その左右は高さ20メートルの城壁があるので、デスレル勢といえどもこれを抜いて両国に侵攻するのは無理だろう。
また、両国の周囲はやはり高さ20メートルの城壁で囲んであるので迷惑がかかることもない」
「あの2カ国の全域を城壁で囲われたと仰られるか!」
「そうだ。魔法って便利だろ」
「「「 ………… 」」」
「それに、もしデスレルの工兵部隊が城壁の下に穴を掘ろうとしたり、岩を積み上げて斜路を作ろうとしても、すぐに魔法で妨害出来るからな。
あの城壁を抜くのは不可能なんだ。
ついでに、通路の入り口に『ワイズ王国への近道』とでも書いた看板を出しておいてやろうか」
「「「 ……………… 」」」
「その通路を通った先のワイズ王国領内に入ったところには、30平方キロほどの広場が用意してある。
もちろんこの広場に至る通路も周囲は高さ20メートルの城壁で囲んであるが。
だが、正面のワイズ王国王都方向だけは、わざと貧弱な城門と高さが6メートルほどしか無い城壁になっているんだ。
そして、デスレル勢がこの低い城壁や城門を抜くために集結したら、俺たちが魔法で全将兵を捕縛する」
「そ、そのようなことが出来るのですか……」
「出来る。
既に何度もやっていることだしな。
ワイズ王国の周囲4か国の将兵8万5000はそうしたやり方で全員捕獲したんだ。
ついでに4カ国からは王族も貴族も全員牢に転送させたし、難民も受け入れたんで、事実上4か国は無人の地になってしまっているぞ」
「なんと……」
「ということで、俺の最終目標はデスレル帝国とその属国群を無人の地にすることなんだ。
もちろんその後は避難させていた農民たちを戻して、俺が造る村に入植させてもいいだろう。
ワイズ王国で新農法を徹底的に理解させた上でな。
その際にはまあ国を作っても構わん。
例えばメルカーフ中尉を王にして、互助会の下士官たちが各地の代官になってもいい」
「「「「 !!!!! 」」」」
「ただし、それは治安維持、防衛のための王だ。
税も1反につき2斗までとする。
もしも将来、侵略のための王制や収奪のための王制になろうとすれば、その国はまた俺が潰す」
「「「「 ……………… 」」」」
「以上が俺の目的と方針だ。
みんな協力を頼む」
「「「「 はっ 」」」」
「ということで、みんなの中でこの総督領街に詳しい者はいるかな」
「某はこの街の出身であります!」
「それじゃあギルジ曹長、少し街を歩いてみたいんで案内を頼む」
「はっ!」
大地はギルジ曹長に加えてアイス王太子やガリルとブリュンハルト隊士官たちを連れて街を歩いていた。
「なあギルジ曹長、なんかこの街の街民って、比較的元気な奴が多いように思うんだ。
『遠征病』で苦しんでいる奴もあんまりいないよな」
「今は8月ですからな。
6月に実るマルベリーの実を食べると皆元気になるのです」
(マルベリー…… そうか、ヤマグワの実か。
あの実はビタミンやミネラルが豊富だからな)
「この街の南側にはマルベリーが大量に生える丘がありまして、小官も15歳で入隊するまでは毎年6月になると実を採りに毎日丘に行ったものです。
マルベリーの木には毛虫が多く、ボロ布を腕に巻いて実を採るのですが、いつも腕が真っ赤に腫れ上がっておりましたわ。
ですが、腹の足しになりますし、街の商人たちが買い取ってくれますのでいい小遣い稼ぎになっておりました」
「そうか」
「今でもメルカーフ中尉殿のご指示により兵員総出でマルベリーを取りに行っております」
「なあ、マルベリーの実を干してドライフルーツにしたりしないのか?」
(あんまり干し過ぎるとアスコルビン酸も壊れちゃうけど)
「6月から7月の終わりにかけては、この辺りは雨期になりますので実が乾かずに腐ってしまうことが多いのですよ。
ですから今は食べられるマルベリーは手に入らないのです」
「なるほど」
(ストレー、そのヤマグワの木を50本ほど目立たないように収納しておいてくれ。
それから蚕はわかるか?)
(シスさんに図鑑を見せて頂ければわかります)
(そしたら蚕も500匹ばかり収納しておいてくれ。
ダンジョン国に100メートル四方ほどの自然型ダンジョンを造って、そこで育ててみよう
いつか手が空いたら養蚕と絹織物に挑戦してみるか)
(畏まりました)
「ところでギルジ軍曹、この街の民の数って今は400人ぐらいなんだろ」
「そうですな、今はそのぐらいでしょう」
「明日から俺の店で炊き出しを始めようと思うんだが、街民全員に来て貰うためにはどうすればいいかな」
「あの、その店はどこにあるのでしょうか」
「ガリル、借りた土地はどこにあるんだ?」
「今は閉鎖されている南門の前にある広場の西側の一角だ」
「昔なら一等地だったろうな」
「あそこでしたか。
以前デスレル本国に本拠地を置く商会の支店があった場所ですな」
「それで街民全員に来て貰うためにはどうしたらいい?」
(周辺4か国みたいに街の反社会的勢力とかいなさそうだし)
「それでは街長と婦人会会長に話を通されたら如何でしょう。
どちらも街民全員を把握しております」
「ほう、そんな連中もいるのか。
よくデスレルに徴兵されなかったもんだ」
「街民の男は兵に取られ、女は炊事洗濯用の軍属に取られるのですが、45歳になると退役が認められるのですよ。
両名とも退役者です」
(45歳か……
まだ働き盛りなのに。
あ、そうか、この地では寿命が短いのか。
『人間五十年、下天のうちを比ぶれば』ってぇやつだな……)
「両名とも昔の知り合いですので、よろしければご紹介いたします。
ですが、まだ支店の建物が無いとなると、街民たちも訝しく思うかもしれません」
「そうか……」
「あ、こちらの一角ですね」
「それじゃあ今支店の建物を作ろう」
「い、今ですか!」
「そうだ。
ストレー、この一角の建物を全て収納して、シスの造った豪華版の支店を出してくれ」
(はい)
その場の建物が一瞬にして消え失せ、その跡地の奥、5分の1ほどの面積を占める白亜の壮麗な建物が出現した。
その周囲も装飾の施された真っ白な壁で覆われている。
見た目は王族の離宮以上だった。
「「「 !!!! 」」」
「これでいいか?」
「こ、これならば十分話題になり申す……」
「それじゃあギルジ曹長、これからその街長と婦人会会長に触れを伝えてくれ。
明日の朝9時からワイズ王国総合商会の支店のお披露目を行い、喰い物の屋台も出して3日間は喰い放題だ。
喰い物の持ち帰りは出来ないが、支店に来てくれたらいくらでも食べていいとな」
「か、畏まりました」
その日の夕刻、ワイズ総合商会の支店の前には噂を聞いた街民たちが集まって来ていた。
「な、なんちゅう豪華な建物だ……」
「総督府より遥かに立派な建物だな……」
「これほどの建物を用意出来る大商会か……
だからお披露目でメシ喰い放題とかもするんだな」
そして、これらの人だかりは見回りをしていた総督府護衛隊の目にも留まったのである。
5人ほどの分隊が人だかりに近づいて来た。
「なんだこの騒ぎは!」
「「「 ………… 」」」
「なぜ集まっておるのかと聞いておるっ!」
「あ、あの、兵隊さん、この豪華な建物を用意した商会が、明日から商売を始めるそうなんでさ」
「な、なんだこのとんでもない建物は……」
「ついでにお披露目で、店に来た街民は喰い放題のメシが振舞われるっていうんで来てみたんですわ」
「な、なに! メシが喰い放題だと!
な、なんという怪しい商会だ!
開門っ! 開門せよっ!」
だが、もちろん門の中からの応答は無い。
「あの、開店は明日だで、まだ誰もいないんじゃないですかね」
「な、なんだと!
おいお前たち、門を開けろ!」
「分隊長殿、錠がかかっていまして門が開きません!」
「なにっ!
従業員はどこにいると言うのだ!」
「さあ……」
「あ、お触れには互助会の曹長さんが一緒にいらしただで、互助会におるかもですだ」
「な、なに、互助会だと……
よ、よし! いったん護衛隊本部に戻って報告だ!」
分隊長は本部に戻りながら部下たちに小声で伝えた。
(おいお前たち、あの商会のことは誰にも言うなよ)
(互助会には行かねぇんですかい?)
(あそこは軍の管轄だ。俺たちが入れるわけは無かろう。
夜にもう一度あの商会に行くから誰にも見つかるんじゃねぇぞ)
(おお! 食料をごっそり頂いちまうんですね!)
(人聞きの悪いことを言うな!
あれだけの商会が商売を始めるのに、我ら護衛隊に挨拶が無いのはけしからん!
だからわざわざ我らが挨拶の品を受け取りに行ってやるのだ!)
(それじゃあ備品庫から荷車も持って行きやすか♪)
(そうだな、梯子も持って行くぞ。
だが誰にも見つかるんじゃねぇぞ!)
(( へぇ~い ))
その日の夜遅く、この分隊員たちは、全員が塀を越えたところで梯子や荷車もろとも消え失せたのであった……
このテの仕事に関しては、ストレーくんはもはやベテランである。
翌日。
ワイズ総合商会シノーペル支店は朝から大盛況だった。
全ての街民が集まって来て、まずはサプリ飴をもらっている。
「みんな、その飴は『遠征病』の特効薬なんだ。
1日1粒3日の間舐めると『遠征病』が治るぞ。
「そ、そりゃあ本当かい!」
「もちろん本当だ。
この無料炊き出しはこれから3日間行うからな。
毎日来てくれたら遠征病は治るぞ」
歓声が上がった。
その後、街民たちは10ほどもある屋台に並んで食事をし、食休みに店内に入って商品を見ては硬直している。
「これは塩か…… なんて安いんだ」
「こ、これは砂糖だと!」
「なんと綺麗な器だろうか……」
「こんなに綺麗な服が1着銅貨20枚だなんて……」
「こ、この小麦、2斗で銀貨2枚って本当かい!」
「ええ本当ですよ」
そしてやはり……
(ダイチさま、総督府の護衛兵が10名ほど近づいて来ています)
(やっと来てくれたか。
それじゃあ俺が相手をしてやろう)
先頭のエラそーな奴がいきなり大声を出した。
「貴様ら何をしておるかぁ―――っ!」
「何って、新装開店サービスの無料炊き出しだけど」
「なんだとぉっ! 責任者を連れて来いっ!」
「俺だ」
「なにっ!」
「だから俺が責任者だってばよ。あんた耳悪いんか?」
「キサマ…… 総督府護衛隊に向かって……」
「あーそうか、おっさんも腹減ってんのか」
「お、おっさ……」
「それならそこの列に並んだら、特別にメシ喰わしてやってもいいぞ。
なんか総督府のメシって相当に悲惨なんだろ?」
「なんだとぉぉっ!」
「そう大きな声出さんでも聞こえるぞ。
やっぱあんた耳が悪いんだなぁ?」
「き、ききき、キサマぁ……」
「どうした?
ツラぁひん曲げて、なにイキってんだ?」
「黙れこのガキがぁっ!
だいたいなぜ商売を始めるのに護衛隊に挨拶が無かったのだっ!」
「あーそうか、あんたらわざわざ挨拶に来てくれたんか。
よしよし、それならメシを喰わしてやってもいいな。
そこに並べや」
「やかましいぃっ!
この国の税は1反に付き7斗だ!
故にここにある食料の7割を税として差し出せ!」
「いやメシを喰わせてやるとは言ったが、持ち帰りは禁止だ。
ここで喰う分だけは認めてやるぞ。
それにしても護衛兵ってビンボーなんだな。
そうやって商家にメシを恵んでもらわなきゃならんとはな……」
「も、もう許さんっ!
命が惜しければ食料を差し出せっ!」
「ああそうか、お前たち護衛隊じゃあなくって強盗団だったのか。
物乞いや強盗はお断りだ。
さっさと帰れや。しっしっ」
「も、もう勘弁ならんっ!
お前たち、こ奴をぶち殺せっ!」
「「「 はっ! 」」」
ギルジ曹長とハスケル軍曹が前に出ようとした。
だが、ブリュンハルト隊の将校たちが2人の肩に手を当てて、笑顔で顔を横に振りながら止めている。
9人の護衛たちが剣を抜いた。
だが……
その利き手にロックオンして上空で待機していたエアバレットが、一斉に襲い掛かって来たのである。
(馬鹿以外は普通利き手の反対側に剣を佩いているので利き手はすぐにわかる)
ひゅんひゅんひゅんひゅん……
バキバキバキバキ……
「「「「 ぐぎゃぁぁぁぁぁ―――っ! 」」」」
「なんだよなんだよ。
剣を持っただけで腕が折れるのかよ。
お前ぇらスプーンより重いもん持ったこと無ぇんじゃないかぁ?
あはははは」
「な、なにをしたっ!」
「お前ぇも見てたろ。
俺ぁなーんにもしてねえぞ。
お前ぇ目も悪いんかぁ?」
「ぬががががが……」