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253/410

*** 253 農民30万人避難 ***

 


 それからしばらくして、ドアにノックの音がした。


「中尉殿、曹長殿と軍曹殿がみなさんお揃いになられました」


「そうか、全員に入るように言ってくれ」


「はっ!」


 メルカーフ中尉の執務室に15人の男たちが入って来た。

 そのうちの7人が片足を欠いており、1人は両脚を欠いている。


(あれがハスケル軍曹か……)


「皆その場に座ってくれ。

 覚えている者もいるだろうが、こちらはフォボシア互助会の指揮官オルナンド曹長だ」


 何人かの男たちから「おお!」という声が上がった。

 同時に曹長の手足に訝し気な視線も集まっている。


「オルナンド曹長とその部下たちは、今こちらのダイチ殿の下で働いており、その見返りで毎日腹いっぱいメシを喰っているそうだ。

 それで、俺たちに同じ仕事をしないかと誘いに来てくれたんだが、それを引き受けると、ダイチ殿が魔法で俺たちの脚をまた生やしてくれると言うのだ」


「「「 !!! 」」」

「そ、そんな……」

「ま、まさか……」


 大地が微笑んだ。


「いや、本当だ。

 試しにメルカーフ殿の脚を元通りにしてみようか。

 中尉、構わんか?」


「もちろんだ。是非お願いしたい」


「それじゃあすまんがその義足を外してくれ」


「ああ」



 大地がその手でメルカーフ中尉の脚に触れると室内に光が満ちた。

 その光の中で中尉の脚がみるみる生えて来ているのが見えている。

 光が収まった後にはやや赤みがかった脚が生えていた。


「「「 !!!!! 」」」


 中尉はしきりに脚を動かした後、ゆっくりと立ち上がった。

 まだ少しふらつくようだが、それでも両脚で立っている。


「脚の欠損を治すと、慣れるまでしばらくかかるんだ。

 中尉さん、その辺を歩き回って慣らしてくれ」


「あ、ああ……」


「それじゃあ脚を欠いているひとはその椅子に座って義足を外してくれ。

 順番に治して行こう」


 8人の男たちが椅子に座った。

 大地は彼らの脚に手を当てて順番に治して行く。

 両脚が元通りになったハスケル軍曹は号泣していた。


「お、あんたは両手が無いのか。

 それじゃあいくらなんでも不自由だろうから、今は片手だけ治そうか。

 利き手はどっちだい?」


「み、右手であります……」


 大地がその男の右腕に触るとその腕が光り、すぐに手が生えて来た。


「て、手が……」


「すまないが、片手の治療は待ってくれ。

 俺がみんなに頼みたい仕事には、手を欠いている方がいいんだ」



「ダイチ殿と仰られるか。

 小官はギルジ曹長と申す。

 我が脚を治して下さって心の底より感謝申し上げる。

 この恩義は決して忘れん」


 ギルジ曹長の顔は真剣だった。

 その場の男たちも全員頷いている。


「して、我らに依頼されたい仕事とは如何なるものなのであろうか。

 それにその仕事には手の無い者の方が適しているという理由は?」


「その仕事は、既にこちらのオルナンド曹長とその部下の方々に依頼し、完遂している。

 曹長、皆さんに説明してあげてくれないか」


 オルナンド曹長が語り始めると、全員が真剣な表情で聞いている。

 ときおりの質問を挟んで1刻ほどで説明が終わった。


「なんと……

 フォボシアでは農民9000人が既に避難しておると言われるか……」


「加えて9つの下級属国の民9万も移住を終えたのか……」


「はは、このことを知ったらデスレルの奴らめもさぞかし慌てることだろうの」


「なるほど確かに、農民たちは兵を警戒するが、我ら傷痍退役軍人は警戒せんな……」


「ところでそれだけの数の村で農民たちに避難を勧めていたとしたら、総督配下の警備隊に出くわして戦闘になることは無かったのか?」


「我らの避難勧誘部隊には、このダイチ殿直属の護衛がついて下さっていた。

 彼らは『転送』の魔法が使えるので、ほとんど戦闘にもならず、総督配下の兵は皆牢に転送されている」


「「「 ………… 」」」



「それではみんな、話を聞いただけでは納得出来ないだろうから、これからワイズ王国に見学に来てくれないか」


「うむ、実に楽しみなことだ。

 ギルジ最先任曹長」


「は」


「俺が見学に行っている間、この互助会の指揮を頼む」


「……は……」


 ギルジ曹長はこの世の終わりが来たような顔をしている。

 メルカーフ中尉が苦笑した。


「もし我らがダイチ殿の下で働くとしたら、お前もすぐにワイズ王国に行けるのだ。

 そんな顔をするな」


「はい……

 おいみんな、すぐに見学を終わらせてワイズ王国で働き始めるぞ!」


「はははは、そんなに急がなくともいいだろう。

 見学にはだいたい5日を予定している。

 それではその間に食べる旨いメシの材料を置いて行こうか。

 中尉殿、済まんが食糧庫に案内してくれ」


「ああ」



 曹長や軍曹たちが皆ついて来た。

 脚が生えた者たちは、ふらつきながらもその表情は喜びに満ちている。

 ハスケル軍曹はまだ泣いていた。


「ここに出せばいいのかな」


「よろしく頼む」


「ストレー、ここに300人の10食分の穀物粥の袋を出してくれ。

 調理道具と調味料とレシピもだ」


(はい、ダイチさま)



「い、今頭の中に聞こえて来た声は……」


「俺の国にいる部下の声だ。

 こうしていつでも魔法で連絡が取れるので安心なんだ」


「なんとまぁ……」



 その場に穀物粥の2斗袋が現れて積み上がっていった。

 大型寸胴10個や調理器具や調味料の入った箱も現れている。


「本当に何もないところから現れるんだな……」


「この魔法のおかげで荷を持たずに移動が出来るから便利なんだよ」


「そうか……」


「さあ、ここにレシピがあるから、書いてある通りに穀物粥を作って食べてくれ」


「ありがとう……」


「それではそろそろワイズ王国に行こうか。

 必要なものは全部向こうにあるから大丈夫だ」


「それではお願いする」



 その場の全員が消えた。

 ギルジ曹長はまたもや情けない顔になって肩を落としていた……




「さあ、ここがワイズ王国だ」


「ほ、本当に一瞬にして景色が変わるんだな……」


「それではオルランド曹長、皆さんの面倒を見てあげてくれるかな。

 見学も引率してあげてくれ」


「了解しました」


「俺は明日みんなを迎えに来るよ」




 翌日は、ワイズ国王がまた皆を謁見してくれた。

 最近の陛下は毎日娘の手料理が、それも抜群に旨い料理が食べられるので常に上機嫌である。

『エルメリア姫は絶対にヨメに出さず、婿を迎えよう』と心に誓っているようだ。

 まあ今のところ王位継承順位2位なので当然なのではあるが……



 こうして大地はシノーペルの傷痍退役軍人互助会の300名も配下にすることが出来たのである。


 また、メルカーフ中尉の知名度と人望はさすがのものがあった。

 シノーペルの退役軍人たちが国内120の村の農民たちを避難させる一方で、中尉とその部下の曹長、軍曹たちは精力的にその他中級属国7カ国の互助会を廻り、その全てを避難勧告団に引き入れて行ったのである。


 これにより中級属国8か国の農民避難も順調に進み、大地は合計で勧誘団5000名、避難農民約21万人を得ることになった。




<現在のダンジョン国の人口>

 21万3117人


<現在のワイズ王国の人口(含む捕虜、避難民)>

 31万0736人


<犯罪者収容数>

 2万9822人(内元王族・貴族家当主411人)




 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




「さて、メルカーフ中尉、いよいよデスレル上級属国の農民避難を始めようか。

 危険だとは思うがなんとかよろしく頼む」


「いや、それほど危険ではないな」


「そうなのか?

 デスレル本国に近い分危険だと思っていたんだが」


「ダイチ殿の言う危険とは、互助会の避難勧告行動が総督府や軍に見つかったりすることを言うんだろ。

 それならば大丈夫だ」


「なんでだ?」


「オルナンド曹長が言っていたが、外郭の下級属国ではけっこうな頻度で総督府の護衛兵と遭遇したらしいな。

 あれはどうやら総督たちが農民に隠し畑を作らせようとしていたからなんだ」


「なるほど」


「だが、上級属国にはもう森や林がほとんど無いんだよ。

 木は全部伐採されてデスレル本国に持って行かれちまってるからな。

 だから隠し畑なんかどこにも作れないんだ。

 それに村の数も多いから空いている土地も少ないし」


「そうか」


「それにな、デスレルの軍団は全部で8つあるんだが、その駐屯地は全て中級属国にあるんだ。

 万が一外から敵が攻め込んで来た場合に内郭の上級属国手前で食い止めようとして、昔からそういう配置にしてたんだ。

 上級属国の街には貴族の縁者が大勢住み着いてたし。

 だから軍はいないし、総督府の護衛兵もほとんど見回りなんかしてないからな。

 むしろ最も安全に農村を廻れるのは上級属国なんじゃないか?」


「そうだったのか……」


「だからデスレル貴族の係累が多い街民への避難勧告は止めたほうがいいと思う」


「そうだな、そうしよう」


「それじゃあ明日から上級属国6カ国を廻り始めるか。

 念のため、またあの『転送』の魔法を使える護衛をつけてくれるか?」


「もちろんだ」



 この上級属国の退役軍人互助会の組織化はさらに順調に進んだ。

 やはりメルカーフ中尉の知名度のおかげで、6カ国の傷痍退役軍人互助会も真剣に勧告団の説明を聞いてくれたのである。


 そして……

 食料があること、手足が治ること、母国の農民を救えること、あのデスレルに一泡吹かせてやれることというメリットは、元軍人たちの琴線を直撃したのである。

 おかげですぐに上級属国の傷痍退役軍人たちも避難勧告団に加わってくれた。

 そうして、なによりも勧告団には下級、中級属国の退役軍人たちが既に5000人も加わっていたために、農村回りも迅速に進んだのである。

 1000か所程度の村であれば、ほとんど数日で避難勧告が行えたのだ。


 こうして、上級属国の農民約10万もワイズ王国の避難施設にやって来ることになったのである。






<現在のダンジョン村の人口>

 24万6254人


<現在のワイズ王国の人口(含む捕虜、避難民)>

 42万1135人


<犯罪者収容数>

 3万0233人(内元王族・貴族家当主411人)





「ところでシス、シノーペルの総督の詳細鑑定結果はどうだった?」


(生まれはデスレル本国の中級伯爵家嫡男ですが、どうやら『初陣病』を発症したせいですぐに軍を退役しています。

 平民兵は『初陣病』を発症しても、すぐに次の戦場に投入されて死にますが、貴族には退役が許されるようですね)


「そうか……」


(そのせいで中級伯爵家は2男が継いだのですが、貴族家の体面を保つために中級総督に任命されるよう働きかけが行われたようです。

 さらに初陣病のせいか猜疑心が強く、街民の中に3人ほど間者を送り込んでいるようですね。

 また、デスレル第5軍団の副司令官である下級侯爵とは縁戚関係にあります)


「それなら総督領街で派手に活動すれば、ワイズ王国のことがデスレル軍に伝わるかもしらんな。

 農民避難もほぼ終わったし、そろそろデスレルにワイズ王国の存在を気づかせてやろうか」


(はい)





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