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252/410

*** 252 シノーペル王国退役軍人互助会 ***

 


 一行はメルカーフ中尉の執務室に案内された。


「さあそこに座ってくれ。

 それにしてもよく生きていたな」


「中尉殿こそ。

 またこうしてお会い出来るとは、喜ばしい限りであります」



 そこに当番らしき兵が土器に入った飲物を持って来た。

 見た目はやや緑色の濃い抹茶のような飲物である。


「この色、この香り…… これはひょっとして柿の葉茶かな?」


「ほう! よくわかったな!

 その通り、これは柿の葉を乾燥させて粉に挽き、ぬるま湯に溶いたものだ。

 少し苦いが、これを飲むと遠征病の症状が少しは収まるからな。

 ところであんたは?」


「俺は大地と言う。こちらはアイスだ。

 ワイズ王国という国で、まあ商売みたいなことをしている者だ」


「メルカーフ中尉殿、こちらのダイチ殿は我らの雇い主であります。

 おかげで我らは給与を得られ、毎日腹いっぱい食べられるようになりました」


「そうか、それでどのような仕事をしているのだ?」


「我らはフォボシアの農村を廻って飢えている農民にワイズ王国への避難を勧め、また避難して来た住民たちが無事に生活出来て腹いっぱい食べられるよう世話をしております」


「ワイズ王国と言えば、あのゲゼルシャフト王国やゲマインシャフト王国よりもさらに南西にある国だろう。

 大勢の農民たちを避難させたというが、よくそんなことが出来たな」


「こちらのダイチ殿やその直臣の方は、『転送』の魔法が使えますので移動は一瞬で済みます」


「なんと……」


「その際に、わたしと部下たちは全員脚をまた生やして貰いました。

 まあ、農民たちは兵を警戒しますが、我ら傷痍退役軍人は警戒しませんでしょう。

 ですから、手の無い者だけで農民に避難勧誘を行い、5体満足になった者たちはワイズ王国で農民たちの世話をしております。

 その農民たちの避難もほぼ終わりましたので、その功績により、手の無い者も皆手を生やしてもらえました」


「そ、それでお前たちはワイズ王国でまた兵になるというのか?」


「いいえ、もう戦は懲り懲りです。

 ワイズ王国には新たな入植者を待つ広大な農地がありますので、そこで農民でもして暮らして行きたいと思っています」


「だがなオルランドよ。

 お前たちがいくらそう思っていても、ワイズ王国の上層部が納得するとは限らんぞ。

 いつまた兵にされて戦に狩り出されるか」


「そのようなことは絶対に行われないと、国王陛下並びに王太子殿下よりお言葉を頂戴しております」


「な ん だ と……」



 大地がアイス王太子を見た。

 その意を汲んで王太子が口を開く。


「初めましてメルカーフ中尉殿。

 わたくしはワイズ王国の王太子でありますアイシリアス・フォン・ワイズと申します」


「!!!」


「また、こちらのダイチ殿は我が国と平和条約を結んでいただいているダンジョン国の代表であらせられまして、まあ実質的な国王陛下でもあります」


「!!!!!!」


「さらに我が国はこちらのダイチ殿に、軍、外交、内政の最高顧問もお願いしておりまして、その顧問殿と王太子でありますわたくしの言ですので間違いございません。

 また、我が国は不侵略の誓いを立てておりまして、侵攻された場合以外での戦はございません」


「だ、だがワイズ王国と言えば四方を好戦的な国に囲まれていたはず。

 その国々が攻め込んで来れば農民も兵として動員せねば……」


「実は3か月ほど前に周辺4か国が総計8万5000もの将兵をもって攻め込んで来たのですが……」


「は、8万5000だと……

 それはデスレル本国の正規兵力に匹敵する数ではないか!」


「ええ、ですがこちらのダイチ殿がその大魔法によって全員を捕獲してしまったのです」


「!!!!!」


「その後、4カ国の王族貴族も全て魔法で捕えましたし、難民も受け入れましたので、周辺国は事実上滅びました。

 というより王も貴族も兵も民もいなくなってしまったのですよ」


「………………」


「それら4か国の兵にも、我が国の兵にも戦死者はひとりもいません。

 まあそれだけダイチ殿の魔法が強大だったということなのですが。

 そして、4カ国の農民兵たちもほとんどが解放されて、今我が国で新たな農法による農業を始めるべく学んでいるところです。

 おかげで8500しかいなかった我が国の人口が9万以上になりましたが。

 また、こちらの下級属国群から既に我が国に農民が避難して来ており、その数は10万を超えたところです」


「……………………」


「さらに、我が国はゲゼルシャフト王国とゲマインシャフト王国の大将軍閣下方とは、相互不可侵の平和の約定を結ばせて頂いておりますので、もはや周辺国との戦は無いものと考えております」


「なにっ!

 あの虎将軍と龍将軍と約定を結んだというのか!

 あ、し、失礼した王太子殿下。

 あまりに驚いたものでつい」


「構いません。

 わたしは王太子といえども他国の者であり、ましてあなたの上官でもありませんから。

 どうぞいつも通りにお話しください」


「ふむ……

 それではお言葉に甘えてそうさせて貰おう」


(世の中にはこんな王族もいるんだな……)



「それにしても、わずかな間に人口が8500から20倍以上になったというのか……

 よくそれだけの民を喰わせていけるな」


「去年の秋にダイチ殿が教えてくださった新農法により、冬でも作物が育てられるようになりました。

 おかげで8500の民が1600反の畑で実に10万石の収穫を得ています」


「な、なんと……

 冬でも作物が育てられる上に、たった8500人で半年で10万石もの収穫を得たというのか……」


「はい。

 今は避難民たちに新農法を伝授しているところですし、ダイチ殿が1万6000反の畑も作ってくださいましたので、数年後には我が国の年間石高は100万石を超える見込みです」


「す、凄まじいな……

 それで、オルナンド曹長がその国の重鎮2人を連れてここに来たということは、俺たちにも農民たちを避難させる仕事を依頼したいということか……」


 大地が口を開いた。


「そうだ中尉さん、そういうことだ」


「もしよければ、その行動の最終的な目的を教えてもらえるか?」


「当面の目的は実にシンプルだ。

 ワイズ王国の周辺国と同様、デスレル帝国を消滅させることだ」


「本気か?」


「本気だ」



 メルカーフ元中尉は大地の目を見たまましばらく沈黙した。


「……分かった。

 俺自身は納得した。

 あのデスレルをぶっ潰すためだったらなんでもする。

 だが、俺も一応ここの指揮官だ。

 俺の部下たちを納得させる理由が欲しい」


「指揮官として当然の判断だな」


(さすがはE階梯3.1だ……)


「ここの傷痍退役軍人たちにとっての最初のメリットは、まず脚を元通りにすることになる。

 この国の農民の避難が終わったら手も元通りにしよう」


「ぜ、全員のか……」


「ああ、働いてくれた者は全員だ。

 もちろん手足以外の怪我も治るぞ。

 それから次のメリットだが、住むところと食事は保証する。

 俺たちには転送転移の魔法があるので、日中この国で働いてくれたら夜はワイズ王国に戻ってゆっくり休んでくれ」


「すげぇな……」


「加えて給料は月に銀貨10枚だ」


「その上給料まで出るのかよ……

 しかも月に銀貨10枚だと……」


「さらに、この仕事を最低2年続けて貰ったあとの仕事は自由に選べる。

 農民になるも良し、人足になるのも良し、商人になるのもいいだろう」


「…………」


「それからな、みんなが5体満足になって貯金も出来て農民などの職に就いたとしたら……

 避難住民の中のご婦人たちと所帯を持てるようになるんじゃないか?」


「!!!!」


「なにしろ男たちは大勢兵に取られちまったり戦死したりしたんだろ。

 だから、避難民には圧倒的にご婦人が多いんだよ。

 オルナンド曹長なんかモテまくってるからな」


 曹長が赤くなった。


「もちろんオルナンド曹長だけじゃなく、他の傷痍軍人たちも同じだ。

 どうかな中尉さん、これがあんたが部下たちを納得させる材料だ」


「ああ…… すげぇな……」


「だが、あんたや部下たちを納得させるにはまだ足りないな。

 なにしろ俺が口にしたことしかネタが無いんだから。

 だから、あんたと主な部下たちで俺たちの国に視察に来たらどうだろうか」



 メルカーフ中尉が部屋の隅に控えている当番兵を振り返った。


「ガスル上等兵、済まんが曹長と軍曹を全員集めてくれるか。

 この時間だと食料調達に出ているだろうが、全員を集めるよう兵たちに伝えてくれ」


「はっ!

 あの、ハスケル軍曹殿もですか?」


「ああ、全員だ」


「畏まりました!」



「すまんなみなさん、1刻ほど待っていてもらえるかな」


「もちろん構わんぞ。

 ところで中尉さん、聞きたいことがあるんだがいいかな」


「なんだい?」


「あの兵たちが採って来ている草は『なずな』か?

 それから行者ニンニクやドクダミもあったようだが」


「よくわかったな。その通りあれはそうした草々だ」


(はは、『異言語理解スキル』がいい仕事してるな)


「そうか、特になずなが多かったようだが、だからこの互助会では誰も遠征病を発症していないんだな……」


「!!!

 そ、それを知ってる奴には初めて会ったよ……」


「あんたはどうやって知ったんだ?」


「俺の祖母は街の薬師だったんだ。

 まあ代々続く薬師の家系だったんだが、それで俺もガキのころから薬草については叩きこまれていてな。

 デスレルに徴兵されてそれも途絶えちまいそうだが」


「ひょっとしてあんたが属国出身で初めて将校になれたのも……」


「はは、さすがだ。

 まあ昔から不作の時には『遠征病』は流行っていたからな。

 特に冬は野菜も無かったから、将兵も民も多かれ少なかれ罹っていたし。

 戦は収穫が終わった初冬に始まることが多かったんで、敵も味方も兵は最悪の体調の中で戦ったわけだ」


「そうだな……」


「でも俺だけはあの『なずな』が遠征病の特効薬だって知ってたから、行軍の途中なんかに摘んでは喰ってたんだよ。

 おかげで俺だけは体が動かせたし、鍛錬も出来たんだ。

 そうしたらいつのまにか伍長になってて分隊を任されたんで、部下たちにも喰うように命じたんだ。

 そしたらその分隊が武功を重ねて……

 それで小隊を任されるようになったら、また部下たちになずなやその他の薬草も喰わせて……

 それで気づいたら属国出身兵で初めて中尉にまで成れてたんだわ」


「まさに智慧は力なりだな」


「そうだな、祖母には感謝してるよ」


「その知識を上官には教えなかったのか?」


「曹長になったときに上官の中尉に進言してみたんだがな。

『デスレル貴族に道端の草を喰わせる気かぁっ!』って言われて危うく無礼打ちにされるところだったんだ。

 それ以来上官には言ったことはないし、その中尉も撤退するときに馬を失って碌に走ることも出来なかったもんだから、敵に追いつかれて殺されちまったよ」


「そうか……」


「まったくデスレルの奴らも阿呆だわ。

 病に貴族も平民も無いのにな」


「なるほど……

 それがメルカーフ中隊の強さの秘密だったのですね……」


「あの共同作戦の時には、周囲に大勢デスレルの奴らがいたんでお前には教えられなかったんだ。

 オルランド曹長、すまなかったな」


「いえ、わたしもすぐに負傷して後方に移送されましたので」


「まあそれで調子に乗って暴れ廻ってたら敵の罠に嵌められて、こうして手も足も無くしちまったんだからザマぁ無ぇな。

 もっとも倒れたところにちょうど血止め用のドクダミが生えてたもんだから、必死になって縛った傷口に押し付けてたんだ。

 おかげで生き延びられたのかもしらん……」


「そうだったのか……」



「だがな、あれらの草は『遠征病』や『貴族病』には罹らなくなるし体も動くようになるのだが、如何せん腹は膨れんのだ。

 俺たちが小麦畑を作ったとしても1反当たり7斗もの税を取られてしまうし、最近の不作ではその7斗も取れるかどうかわからん。

 粟や稗を作ろうとしても、デスレルの奴らはそれすら禁止したしな。

 軍から互助会に支給される麦も打ち切られるということで、ほとほと困っていたのだ」


「そうか……」




 因みに……

 春の七草のひとつである『なずな』(別名ぺんぺん草)だが、作物も育てられないような荒れ地でも増える強靭な草であり、しかも冬でも枯れずに生えているのである。

(だから『ぺんぺん草も生えない(=酷い荒れ様)』という言い回しが出来ている)


 だが、雑草の代表格であるぺんぺん草のビタミン、ミネラルの合有量は素晴らしいものがあるのだ。

 あまり知られていないことではあるが、特にアスコルビン酸(ビタミンC)の合有量は、同じ重さならぺんぺん草はレモンを上回る。


 つまり……

 あの『春の七草』を粥にして正月7日に食べるという風習は、貴族も庶民も含めて平安時代から続く日本の伝統行事であるが、そもそもは冬でも採取出来るこうした栄養豊富な草を食べてビタミン、ミネラルを補おうというものだったのである。

 ビタミンの概念すらない時代に得られた素晴らしい智慧であったのだ。


 当時の日本では、冬場に手近に採れてビタミンを補給出来る植物が、ほとんどあの7種類しか無かったのであり、だからこそ1000年以上も連綿と続く行事として生き残って来たのである。

 他に冬に手に入るビタミンC源は、秋に採取して保存していた柿の葉か、やはり秋に作っておいた漬物ぐらいなものだっただろう。


 故に、雪深くて地の草を得られない地方ほど漬物が発達していた。

(漬物は乳酸発酵の過程でビタミンCを作り出す)

 主に東北地方や京都などである。

 一方で酪農が盛んであり、馬乳酒やヨーグルトで冬でもビタミンCを得られた世界の他の地域では『漬物』は発達しなかったのである。


 Wik〇の春の七草粥の項目には、「その1年の無病息災を祈って正月に食べられる。正月の祝い膳や祝い酒で弱った胃を休めるためとも言われる」と書いてあるが、故にこれはドアフォ~な現代人が書いた完全なる誤りである。

 平安時代やそれ以降の民が、胃が弱るほどのご馳走を食べたり酒を飲んだり出来たわけが無かろうに。

 あれは、壊血病その他のビタミン欠乏症の症状を緩和するための切実なるものだったのだ。


『壊血病』という概念が地球の歴史に登場したのは18世紀になってからのことであり、ビタミンの発見は20世紀に入ってからである。

 そうした中で、『七草粥』という民間療法が9世紀に始まっていたのは真に画期的なことであった。


 民間療法(いわゆる老人の知恵)の99%が無効どころか危険なものであるが、その中でも燦然と輝く最高の知恵のひとつだったのである。





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