*** 251 更なる救援開始 ***
大地の膝の上で丸まっていたタマちゃんが顔を上げた。
「さすがはダイチにゃね、そんなに前から考えていたにゃんて♪
ところで、『鑑定』で個々人の罪を調べて、罪人は片っ端から留置場に転移させていくのかにゃ?」
「いや、最初は出来るだけ現行犯に限定しようと思ってるんだ。
いきなり国王だの貴族だのが消えると、それこそ大騒ぎになっちゃうだろうから。
それで侵略戦争や内乱を誘発してもね。
でも、そのうち現行犯以外も逮捕するようにするかも」
「にゃるほど」
「ということで、シス、ストレー、ストレーの時間停止収納庫の中に、救護施設と食堂を作り始めてくれ。
大森林内部の獣人種族たち用に、25の種族のそれぞれに1万人ずつ分とヒト族用に10万人用の施設を作ってやって欲しい。
その後時間が出来たら、全ての施設の収容可能人数を10倍にしておいてくれるかな」
「「 はい 」」
「俺はこの後の全種族村長代表連絡会で、その救護施設への人員派遣を要請する。
そうだな、取り敢えず獣人種族用施設にはそれぞれ500人ずつ、ヒト族用施設には5000人派遣しようか。
ガリル、すまんがヒト族用施設には護衛の派遣もよろしく」
「わかった」
「準備が整ったら、シスとストレーとテミスには、大陸全域の調査と重病重症患者の収容を頼む。
特に乳の出ない母親とその乳児を優先してくれ」
「「「 はい! 」」」
「瀕死状態の民の救護が終わったら、奴隷の収用も始める。
その際には各地の貴族兵や奴隷商による新規の奴隷狩りも始まるだろうから、まずは地域を限定して慎重に行おう。
上手くすれば、奴隷狩り命令を発した貴族やそれを実行する領兵隊や奴隷商を一網打尽に出来るだろう」
「あの、ダイチさま。
モンスター種族の方々にお願いしております街や街道の悪党捕獲部隊は如何致しましょうか」
「テミス、それはしばらく継続してくれるか。
もっとも、正当防衛には拘らず、相手が脅迫的な言動を弄した場合にはすぐに捕獲してかまわん」
「畏まりました」
「もちろん俺の行動がやり過ぎだと思ったら、今まで通り諫言してくれな」
「そのようなことは有り得ないとは思いますが、はい」
「イタイ子、今までの大森林内での避難勧告部隊の行動は一旦停止する。
シスが困窮している種族を勧誘無しに転移させられるようになったからな。
その分、勧誘隊の人員を避難民の世話や説明に充ててくれ」
「心得た」
「淳さんは必要な資材の地球での購入と、この国の農業生産の一層の拡大をお願いします」
「わかった」
「良子さんには料理工場の一層の拡充をお願いします」
「畏まりました」
「スラさんは地球での食料購入を更に増やして頂けますでしょうか」
「畏まりました。
インドドのデカン高原ではようやく作物が実り始めましたので、バハー首相にも伝えておきます」
「よろしくお伝えください。
それではみんな、頼んだぞ!」
「「「「 はいっ!! 」」」」
神界の神さまたち:
「そうか……
外の地域も外部ダンジョンとして認識させてくれなどとは、不思議なことを言い出すとは思うていたが……」
「いつか大陸全域をダンジョンにしてしまおうと考えていたとはの……」
「だから外部ダンジョンのコストをあれほど値切っていたのか……」
「不思議には思うていたのじゃ。
この男はあのときだけ懸命にダンジョンポイントを値切りおったからの。
あのとき以外は湯水のように莫大なダンジョンポイントを使っておったのに……」
「その後にモンスターハウスであれほどまでに激しい鍛錬を繰り返していたのも、この中央大陸を全てダンジョンにしてしまうためだったのか……」
「外部ダンジョン作成の申請は、あ奴がアルスに来てすぐのことであったぞ」
「ほんに、寒気がするほどの深謀遠慮…… いやもはや神謀遠慮か……」
「この男はどこまで我らの想像の上を行くのだろうかのぅ……」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
完全時間停止収納庫での救護の仕事には希望者が殺到した。
その中でも、特に子供を生んだばかりで乳の出ているご婦人たちが優先して雇われ、種族ごとに救援活動が始まったのである。
もちろんダンジョン国では、栄養不足で乳が出ずに困っている母親などひとりもいない。
「こ、ここは……」
ぐったりした子を抱え、大粒の涙をぽろぽろ零している母親が転移させられて来た。
「説明は後でするよ!
まずはその子たちにあたしの乳をあげてからだ!」
「えっ、乳を分けて頂けるんですか!」
「もちろんだよ、さあ早く!」
「あ、ありがとうございます……」
ここに来る子の中には、口元に乳の出ている乳首を持って行っても乳が吸えないほど衰弱している子もいる。
このゴールデンレトリバー系犬人族の母親が抱いていた2人の子の衰弱も酷かった。
母親は乳首を口に当てがっても動かない子たちの姿を見て、また号泣し始めている。
「大丈夫だよ、ストレーさんよろしくね」
(はい、お任せください)
そう、ここはストレーくんの時間停止倉庫であり、つまりはダンジョンの中でもあるのだ。
ここでなら衰弱してHPがゼロになり、死んでしまった子でもすぐにHPが元通りになってリポップして来るのである。
さらにストレーくんが赤子の胃にマーカーを設定し、予め搾乳してあった母乳を3ccほど胃に転移させた。
30秒後にもう3cc、また30秒後に3cc……
こうして母乳を与えられた子は次第に元気を取り戻し、直接乳首から乳を吸い始めたのである。
母親の泣き声はさらに大きくなった。
柴犬系犬人族のおっかさんは目を細めた。
「可愛いねぇ、まだほとんど毛も無いし、目も開いてないじゃないか。
生まれたばかりなのかい?」
「はい…… 昨日の朝生まれたんですが、私の乳が出なかったもので……」
「もう大丈夫だよ、ここには乳が有り余ってる犬人族の母親が500人もいるからね。
それに『こなみるく』もあるし」
「あ、あの…… こ、ここはどこなのでしょうか……」
「ここはね、ダイチさまっていう神さまの御使いさまが造られた場所なんだ。
あんたの乳が出るようになるまで、ここで好きなだけ食べ物を食べていきなさいな」
「で、でも……
もうわたしたちの村にはお礼に差し上げるものが何も無くって……」
「ダイチさまにはそんなもの要らないんだよ。
なにしろ神の御使いさまだからね♪」
「それに村のみんなも心配してるでしょうし……」
「それも大丈夫。
ここにはいくらいても、外では時間が経たないんだ。
だから、あんたがここでたっぷりと食べて乳が出るようになったら、もちろん村には帰れるんだけどね。
そのときは、さっきあんたが村でこの子と一緒に消えた瞬間に戻れるんだ。
だから村のみんなは心配してるひまも無いね」
「す、すごい……」
「まあ神さまの御使いさまがお造りになられた場所だからねぇ♪」
「本当になんとお礼を申し上げたらいいのか……」
「それなら、ひとつ仕事をしてくれないかい?」
「なんでもします……」
「あんたの村も食べるものが少なくって困ってるんだろ」
「はい……」
「だったら、この子たちが元気になってあんたの乳も出るようになったら、村に帰ってみんなにここに来るように誘ってあげてくれないかい。
そうだね、まずはこの子たちの父親とか村長さんにここを見に来て貰って。
それであたしらの国を見学して、それで納得してもらえたら村のみんなで避難してくればいいよ」
「そ、そんな……
村のひとたちは100人ぐらいいます。
食べ物だってたくさん必要になりますし……」
「はは、あっちを見てごらん。
大勢の犬人族がエプロンつけて働いてるだろ。
あそこは食堂になってて、あんたみたいに食べ物が足りなくて乳の出ない母親たちに食事を出しているんだ。
食事を運んでるみんなの毛艶はぴかぴかだろ。
食べている母親たちはがりがりに痩せてるけど」
「はい……」
「実はあたしらも前は大森林の中の村で暮らしていたんだよ。
それで食べ物が無くて困ってるときに、ダイチさまの部下のひとたちにこの国に避難して来るように誘われたんだ。
おかげで無事子も育てられてるし、お腹いっぱい食べられてるしね。
あ、父ちゃんたちはその分畑で働いてくれてるよ。
そうだね、あんたも乳がたくさん出て余るようになったら、ここであたしらみたいに働けばいいかな」
「あの、そんなに食べ物や畑があるんですか?」
「そうだね、この国には25の種族が20万人もいるんだけど、そのひとたちが何年も食べていけるだけの食べ物が溜めてあるんだ。
もちろんものすごく広い畑でも作物は作ってるし。
うちの村のみんなもその畑で働いているんだよ」
「あの、ヒト族に税を取られたりしないんですか……」
「はは、この国には税は無いんだ」
「えっ……」
「ヒト族もいるけど、みんなあたしらとおなじ農民だよ。
威張ってる奴もいないしね。
まあ、もし村長さんがこの国を見に来てくれたら、あんたも一緒に見て回ってみたらどうだい」
「はい、ありがとうございます……
村長はわたしの祖父ですので説得してみます」
「あ、この子たちもお腹いっぱいになったようだね。
それじゃあゲップさせたらあそこの食堂に行こうか。
次はあんたがお腹いっぱいになる番だ。
穀物粥も美味しいけど、あのカリカリも絶品だから、好きなものを好きなだけ食べなさいな」
「はい……」
こうして、ストレーくんの収納庫には続々と乳児やその母親が集められ、皆元気を取り戻して行ったのである。
また、元気になった母親たちから話を聞いた村長や長老たちもすぐに見学にやって来るようになり、そうして瞬く間に避難民が集まって来たのだ。
こうした一時避難民たちも、すぐに移住者になることだろう……
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「それじゃあみんな、シノーペルの傷痍退役軍人互助会に行ってみようか」
「「「 はっ 」」」
(シス、念のためシノーペルの総督がどんな奴か『詳細鑑定』しておいてくれるか)
(畏まりました)
大地一行はシノーペルの総督府街にある傷痍退役軍人互助会の前に転移した。
(あれ?
なんかここの退役軍人たちって元気だな。
痩せてはいるけど、みんなしっかりと動いてるわ……)
大地はオルナンド曹長とアイシリアス王子を連れて互助会の門に近づいて行った。
「止まれ! 何者だ!」
オルナンド曹長が前に出た。
「わたしはフォボシア傷痍退役軍人互助会指揮官、オルナンド曹長だ」
「オルナンド曹長殿!
お久しぶりであります!
ヒルム上等兵でありますっ!」
「おお、ヒルム上等兵か!
あの東部戦線以来だな。
元気そうでなによりだ」
「曹長殿もお元気そうですね。
いやお懐かしい」
「あとでメシでも喰いながら昔話でもしようか。
ところでメルカーフ中尉殿はいらっしゃるか?」
「恐縮ですがここで少々お待ちください。
ただいまお呼びして参ります」
「おお、オルナンド曹長! 生きていたか!」
「メルカーフ中尉殿! 覚えて頂いていて光栄であります!」
「はは、元中尉だぞ。
それにしてもお前……
確かあのときの戦で右手と左足を失っていたはずだが……」
「実はこちらのダイチ殿に魔法で治して頂いたのであります」
「なんだと……」
「今はこちらのダイチ殿が拠点を置かれているワイズ王国という国に移住しておりまして、そこで兵296名とともに働いて暮らしているのであります」
「そうか……
こんなところで立ち話もなんだな。俺の部屋に行こう。
もちろんそちらのお2人もどうぞ」
「ありがとう」
お、なんか籠に草を入れたやつが帰って来てる。
あ、あそこに仕舞っているのか。
いろいろな草があるようだが、あの草々って確か……