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*** 249 シノーペル王国へ ***

 


 デスレル帝国の下級属国10カ国の農村980からの農民避難が完了した。


 一旦ワイズ王国に連れて来られた村人約10万1000名のうち、犯罪者として収監されたのは1256名、残りの民の全員がワイズ王国への避難を選択したのである。


 中には、税のカタとして総督に奴隷として売られた息子が万が一にも帰って来たときのために、村で待っていたいとした老夫婦たちもいた。


「確かに村に戻るのはあんたたちの勝手だ。

 だがな、もし奴隷から解放されて息子が村に帰って来たとしてもだ。

 そのときに家に両親の餓死死体があったら悲しむぞ。

 それよりも、俺が魔法で村を見張っている。

 もしそれらしい奴が村に来たら、ここに転移させてやるから、待つなら食べ物の在るここで待った方がいいな」


 こうして、残りの村人もすべて避難に同意したのである。



 この農民たちは、3か月間の静養中に読み書き学校に通い、その後は新たに入植が始まる350の村に分かれて農業指導員に教わりながら新農法を始める予定である。


 移住が完了すると、大地は移住勧誘団の退役軍人たちの腕を治療し始めた。

 50人ずつほどを広い診療室に入れ、担当者がレベル8の治癒系光の魔道具のスイッチに触れると、男たちの手がみるみる生えていき、同時に皮膚の張りも蘇っていく。

 寂しくなり始めていた頭髪までも元通りになっていくのである。

 治療を終えた男たちは全員が10歳は若返って見えた。



 この魔道具は、上級版だけあって日に2個の大魔石を必要とした。

 そのために大地は体感時間で1か月ほど時間停止収納庫に籠り、3000個の魔石に魔力を注入している。


 腕が生えて来た男たちはやはり男泣きに泣いていた。

 大地はそうした退役軍人たちを集めて慰労会を開いたのである。


 さすがに10カ国3000人の退役軍人たちを1度に集める場所はまだ無かったために、大地は迎賓館裏に全員収容可能な集会場も造った。

 その集会場で開催された慰労会では、各種大量の料理と共に、エールやドワーフエールも用意されていたのである。


 大地は壇上に立って開会の挨拶をした。


「退役軍人の皆、諸君らの働きで下級属国の民10万1000がここワイズ王国に避難出来た。

 彼らの『遠征病』も治りつつあるし、もはや餓えることもない。

 彼らに代わって礼を言う。ありがとう」


 退役軍人たちは誇らしげに微笑んでいる。

 なにしろ戦場での殺人ではなく、任務で初めて人の役に立ったのだ。


「だがまだ諸君らの契約期間は残っている。

 これから我々は中級属国8カ国の農民避難勧誘を始めるが、その全ての農民が避難してくれば、その数はやはり10万人近くになるだろう。

 当初はこれらの農民たちがここで暮らして行けるように面倒を見てやって欲しい。


 一方で諸君らには契約終了後の自分の生活も考え始めて貰いたい。

 いきなり商店の従業員になるのも抵抗があるだろうから、諸君らの多くは農村に入って農民になることだろう。

 皆農業をしたことはほとんど無いだろうが、我々は『農業指導員』を育成している。

 また、新しい農村に入植する前に、既に新農法を経験している村に研修生として入って学ぶことになるだろうから、農業知識に関する心配は要らない。

 もしその気になれば、こうした指導員を養成する学校に通ってもいいだろう」


 大地はここで会場の全員を見渡した。


「そして、俺からもうひとつ提案がある。

 農村に入る前に諸君らも所帯を持ったらどうだろうか」


 会場が盛大にざわめいた。


「諸君らも知っての通り、農村には圧倒的に女性が多い。

 大規模な戦の時には、男たちは農民兵として動員され、そこで大勢死んだだろうからな。

 その彼女たちは、子連れであれ寡婦であれ未婚であれ、一緒に暮らしている両親が亡くなれば、1人で暮らして行かなければならないことに不安を覚えているはずだ。

 諸君はそうした彼女たちと所帯を持ってみたら如何だろうか。


 俺たちはこれから『見合い相談所』を作る。

 希望者はそこに登録して、相手に求める条件を言ってくれ。

 例えば年齢などだ。

 もちろん女性にも条件は聞く。

 その後は相談所が条件が合った者同士の見合いの場をセットするだろう。

 そこで2人の気が合えば、役場に届け出て夫婦になるといい。

 大勢子供を作ってこの国の人口を増やして欲しい」


 何本かの手が挙がった。


「どうぞ」


「ダイチ殿、本官はもう40歳を超えております。

 もう子は作れないかもしれませんし、子が成人するまで生きていられないかもしれません」


 中年の退役軍人たちが大勢頷いている。


「子が出来ずともいいじゃないか。

 諸君らの今までの人生は実に辛いものだったと思う。

 それは女性たちもおなじだ。

 だから、これからの人生をより幸せにするために、夫婦として生きて喜びを分かち合ってもいいと思う。


 さらに言えば、仮に子が出来て、諸君らがその子が成人する前に寿命を迎えたとしよう。

 この国に於いて、そうした子が餓えるようなことがあると思うか?

 例え母親が病気になってもすぐに治療して貰えるし、その母親も亡くなったらその子は王立の孤児院に引き取られることになるだろう。

 あの孤児院の子たちが餓えることもまた有り得ないぞ。

 なにしろこの国は、去年の秋から今年の春にかけて、たった42の村で10万石の収穫を得た大農業国だからな。

 王家の蔵には金貨も食料も積み上がってるぞ」


 男たちは皆顔を見合わせている。

 40歳を過ぎて所帯を持てるなどとは誰も考えていなかったようだ。


「さらにもうひとつ、諸君にお願いしたいことがある。

 それは、なるべく多くのご婦人を娶ってあげて欲しいということなんだ」


 悲鳴に近いどよめきが上がった。


「仮に諸君らが全員所帯を持ったとしても、それでもまだ女性は余ってしまうだろう。

 そうした女性たちは悲しい思いをするかもしれない。

 だから、女性たちが納得するなら2人でも3人でもヨメにしてもらいたいんだ」


「だ、ダイチ殿。

 そんな貴族のようなこと、我らがするというのですか!

 甲斐性の無い我らでは……」


「ああオルナンド曹長、心配は要らない。

 奥さんを2人貰えばその家の働き手は3人になるんだぞ。

 それになにより、農民たちから見たら諸君は飢えから救ってくれた英雄だ。

 オルナンド曹長なら奥さんが8人ぐらいいてもいいんじゃないか?」


「!!!!!!」



 因みにオルナンド曹長は、最初に『農民避難・移住勧誘部隊』を立ち上げたという功績により、10カ国の互助会指揮官たちによって総指揮官に選ばれている。



「挨拶が長くなって済まなかったな。

 それではこれからの諸君の甲斐性を祈って、乾杯!」


「「「「 か、乾杯…… 」」」」



 こうして、国営お見合い所には数万人もの男女が登録され、続々と婚姻届けが出されるようになっていったのである。


 オルナンド曹長は本当に8人の奥さんを娶った。

 結婚相手の希望欄を白紙にしていたが、ただ、『複数奥さん可』というところには✔が入っていたために、奥さん希望者が殺到したからである。

 その中で先着順に奥さんを貰ったそうなのだが、どうやら上は40歳から下は15歳(!)までの奥さんたちらしい。


 そう……

 あの曹長の背で粗相をしてしまって泣いていた少女は、栄養不足のせいで10歳ほどに見えたが、実際には15歳だったのだそうだ。

 そうして、是非とも初恋の相手であるオルナンド曹長のヨメになりたいと、見合い開始日の前日から徹夜で会場前に並んで、真っ先に突撃して来ていたのである。



 1週間後、曹長の頬が若干コケ始めたのを気の毒に思った大地は、『地球産栄養ドリンク(1本50円の特売品)』を贈った。

 ところがこれが超劇的に効いたらしい。

 どうもサプリ飴とおなじく、そういうものを飲んだことの無いヒトには効果バツグンのようだ。

 おかげで購入希望者が殺到し、『ワイズ総合商会』ではこの『栄養ドリンク』も販売することになったのである。


 夕方になると、やや頬を染めた奥さんたちが大量に買いに来るようになっており、今やこの栄養ドリンクはサブレに次いで売り上げの第2位を占めるようになっている。

 地球の静田薬品工業は過去最高益を更新したそうだ……




「ところでオルナンド曹長、中級属国シノーペルの傷痍退役軍人互助会に知り合いはいるかな?」


「シノーペルの互助会指揮官と言えばメルカーフ元中尉殿ですな。

 中級属国の徴集兵からデスレル軍の将校にまで上り詰められた我ら属国兵の英雄であります」


「ほう。知り合いなのか?」


「知り合いというほどではないですが、デスレル第5軍団での作戦行動でその指揮下に入ったことがあります。

 まあ元中尉殿は俺のことなど覚えちゃいないかもしらんですが」


「それじゃあこれからシノーペルに行って商売・・を始めてみようかと思うんだが、一緒に来て貰えるかな」


「はっ」


「ガリルたちも来てくれるか?」


「もちろん」


「いつもすまんな」


「いや、これが俺たちの仕事であり任務だ。

 それに使徒殿のご要請でもある」


「使徒殿?」


「あ、いや曹長殿、まるで神の使徒であるかのような魔法を使うダイチ殿のあだ名だ」


「なるほど、確かにあの魔法は建国王以上でしょうからな。

 神の使徒級だということですか……」


「はは、それじゃあシノーペルに行って商売を始めよう」




 大地はまたアイス王太子とブリュンハルト隊20名に加えてオルナンド曹長も連れて、シノーペル王国の旧王都に転移した。


「ほう、さすがに中級属国の総督府街だけあってそれなりに人はいるな。

 それになんだかフォボシアの互助会の連中に比べてみんな多少は元気だな。

 なんでだ?

 でもやっぱり店はほとんど開いてないか。

 シス、ここには何人ぐらいのヒトがいるんだ?」


(まずは総督府に護衛兵が300、それ以外には街民が400ほど、奴隷商らしき建物には82人の奴隷がいるようです。

 それから街の外の砦跡のような場所には傷痍軍人らしきヒトがやはり300人ほどいますね)


「それじゃあガリル、二手に分かれてくれ。

 一方は街役場で土地を借りて、あとは奴隷商に行って奴隷購入だな」


「わかった。

 買った奴隷はストレー殿のところに転送させればいいんだな」


「そうだ。

 ストレー、奴隷たちはダンジョン国の医療セクションに送ってやってくれ。

 シス、医療セクションにその旨連絡を」


(( はい ))




「ダイチ、土地は無事に借りられたよ。

 最初はちょっと吹っかけられたけど、帰ろうとしたらあっさりと値引きして来たわ。

 下町に近いところだったけど50メートル四方ほどの広い土地だ」


「ありがとう、でもあんまり無理して値切らなくてもいいからな」


「はは、全く値切らないと却って不審に思われるんだよ」


「なるほど」


「それから奴隷は82人全員が買えたよ。

 四肢欠損奴隷が50人と、15歳未満の子供奴隷が32人だった。

 どうやら男の子は15歳になるとデスレルの奴隷兵に、女の子は10歳になると炊事奴隷として軍に売られて行くらしいな。

 みんなガリガリに痩せていて酷い有様だったよ……

 奴隷商はこれでまた在庫が仕入れられると喜んでいたが……」


 ブリュンハルト隊の皆は額に青筋を立てている。


「そうか……

 その奴隷商にもデスレルにも必ず報いを受けさせよう……」


「もちろん全力で手伝う」


「ありがとう」


「それでこれからどうするんだ?

 互助会に行ってみるか」


「いや……

 ちょっと用事が出来た。

 一旦ワイズ王国に帰ろう」




 皆を連れてワイズ王国に転移した大地は、1人でそのままダンジョン国に転移した。


「ねえタマちゃん、ツバサさまに面談のアポを入れて貰えないかな」


「わ、わかったにゃ……」


(に、にゃんかダイチ、すっごい真剣な顔にゃ……)



「ダイチ、ツバサさますぐに会って下さるそうにゃよ。

 今から神界に転移するにゃ」


「ありがとう……」



 神界の執務室でにこやかに大地を迎えたツバサさまはすぐに硬直した。

 それだけ大地の顔が真剣と言うか怖かったらしい。

 もちろんそれはツバサさまに向けられたものではないが、大地から怒りのオーラというか、憤りのオーラが噴き出していたからである。



「ツバサさま、突然のご連絡にも関わらずお会いくださいまして、誠にありがとうございます……」


「いいえ、これはダイチさんの任務であると同時にわたしの任務でもありますので……」


「重ねてありがとうございます。

 それで、今日お邪魔させて頂いたのは、ご了解を頂きたいことがあったからなのです」


「どのようなことでしょうか」


「わたしは今デスレル帝国という国とその属国群を平定するために行動しています。

 ですが、デスレルの悪辣ぶりはわたしの想像を遥かに超えていました。

 彼らは軍事力で全てを圧倒して自分たちの権勢を増大させることしか考えていません。

 そのためならば、力無き者たちをどれだけ虐げても構わないと信じ込んでいるようです」


「…………」


「また、その影響か、村長などの末端支配者の横暴ぶりも目に余るものがあります。

 自分が楽をするためや利益のために平気で村人を殺しているとか」


「そうでしたか……」





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