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*** 248 消えた農民と護衛兵 ***

 


「総督閣下、ご命令により出頭致しました」


「護衛隊長! 今すぐ荷駄隊を組織し、邸の調度品を持って隣国シノーペルに向かわせろ!

 そこで荷を売り払って、代わりに干し肉とワインを買って来るのだ!」


「はっ。

 それで、どの調度品を売ればよろしいのでしょうか」


「そのような些事を貴族たるわしに聞くでない!

 この執事長に聞け!」


「失礼致しました」


「ところで農民共に隠し畑を作らせる計画はどうなっておる」


「は、正規畑への種撒きも終わり、そろそろ護衛隊で農村を廻り始めて極秘命令を発しようかと」


「すぐに始めろ!

 よいか! 各村には最低でも20反の隠し畑を作らせろ!

 万が一本国から監査隊が来ても見つからぬように、街道からは離れたところに作らせるのだ!

 林の中か窪地などが望ましい!

 もしその畑から14石の税収が上がらなければ、また村から10人の奴隷を徴発すると言えっ!」


「で、ですが閣下。

 我らも農民も皆遠征病を患っておりまして、立っているのもやっとなのですが……

 ですから、そのような場所では水撒きが大変な重労働になってしまうかと……」


「何を言うか!

 今こそこの地の総督たるワシへの忠誠心を示すときであるっ!

 20反の隠し畑が出来なければ、村長の首を刎ねて村の広場に晒せっ!

 それでも出来なければお前たち護衛兵に畑の開墾を命じるぞっ!」


「は、ははっ……」


 侍従長は心の中で嘆息した。


(やれやれ、今月の極秘報告書は長くなりそうだの。

 だが、それでこの成り上がり者がデスレル帝国法違反で捕縛されれば、私も中級属国の中級総督邸執事長に昇格出来るかもしらんな……)




 護衛隊の隊長は部下の小隊長たち12名を集めた。


「まずは第1小隊と第2小隊は、荷駄隊を組んでこの総督邸の調度品を積み、シノーペル王国の総督府街に向かえ。

 そこで調度品を売って、代わりに干し肉とワインを買って来るのだ」


「どの調度品を売っ払うんですかい?

 もうこの邸には目ぼしいものは残っておりやせんが」


「それは執事長殿に聞け」


「へい」


「残りの10小隊は、明日より国内全ての農村を廻って、隠し畑を作るよう極秘命令を伝えて来い」


「総督閣下は本気なんですかい?

 そんなもんデスレル本国の監査隊に見つかれば、上納税を上げられるだけで意味はありやせんぜ」


「だから林の中や窪地などの見つかりにくいところに作らせろとのご命令だ」


「あー、それバレたら閣下は降格して平民どころか、帝国法違反で処刑されちまうかもしれやせんな」


「そうならんように、上手く隠させろ」


「ですが、俺たちも農民たちも遠征病でふらふらなんですが……」


「隠し畑が出来なければ村長の首を刎ねて村の広場に晒せとのご命令だ。

 それでも隠し畑が出来なければ、俺たち護衛隊に畑を開墾させるとのことだぞ」


「それじゃあ仕方ありやせんな。

 せいぜい農民共をコキ使って畑を作らせやすか……」


「それでは早速明日から全隊で国内92の農村を廻るよう計画を立てろ」


「命令を伝えるだけなら、各村2名で充分だと思いやすが」


「いや、これは農民たちへの脅迫だからな。

 武威を示すために20名の小隊全員で廻れ。

 武装も完全武装とする」


「「「 へぇ~い 」」」




 こうして、総督配下の護衛隊は20人ずつの小隊に分かれて各村を廻り始めたのである。

 その中には偶然傷痍退役軍人互助会の避難勧告部隊と遭遇する隊もあった。



(マイルコフ中尉殿、総督護衛隊とみられる一隊20名が騎馬にて接近して来ています。

 その距離は約5キロです)


(シス殿ありがとうございます。

 敵勢力は20名ですか。

 それでは増援の必要はありませんね)


「ワイル軍曹殿、今総督府の護衛兵が1小隊20名接近中です」


「そ、そうか。

 今農民たちに菓子パンを配ったばかりだし、このままだと戦闘になるかもしらんな。

 俺たちも及ばずながら手を貸そう」


「いえ、僭越ながら本官とこのイズラン少尉だけで充分であります。

 互助会の方々は農民たちへの説得を続けて下さい」


「そ、そうか……」


 ブリュンハルト隊のマイルコフ中尉とイズラン少尉は、街道から村に入る小道の入り口に立った。



「なんだ貴様たちは」


「他人に素性を尋ねるときは、まず自分の素性を述べよと教わったことはありませんか?」


「なんだと……

 貴様総督閣下の護衛隊を愚弄するか!」


「はは、随分と弱そうな護衛隊ですね。

 盗賊団かと思ってましたよ」


「おい! こ奴らを捕縛せよ!

 抵抗するなら殺しても構わんっ!」


「「「「 はっ 」」」」


 5名ほどの護衛が襲い掛かって来た。

 だが……


 ドガバキグシャゴン!


「「「「 ぐあぁぁぁぁ―――っ! 」」」」


「こ、この無礼者めが抵抗するかぁっ!

 総員抜剣せよっ! こ奴らを殺せっ!」


「「「「 はっ! 」」」」


「イズラン少尉、こいつらを全員転送せよ」


「はっ、『転送』……」


 その場の護衛兵たちが馬もろとも全員消え失せた。



「ご苦労、それでは村に戻ろうか」


「はい」


 村では互助会の元兵たちも含めて、全員が目を見開いてブリュンハルト隊の皆を見ていた。


「お騒がせしました。

 もう邪魔は入りませんので、ゆっくり菓子パンを召し上がってください」


「「「 は、はい…… 」」」


「軍曹さんからご説明があったと思いますが、私たちの国に避難して頂ければもっと大量の食べものもございますし、遠征病を治す薬もあります。

 それで十分に体を回復させてから、そのまま移住されるかこの村に帰って来るかをお決めになられたら如何でしょうか」


「あ、あの…… 総督府から追手が掛かったりしませんか?」


「はは、そのときは今ご覧になったように全員消して差しあげますから大丈夫ですよ」


「「「「 ………… 」」」」


 こうしてこの村の全員は避難に応じたのである。



 同様にして避難勧告を続けるうちに、勧告隊はさらに5つの護衛小隊に遭遇したが、全て『転送』の魔法でストレーくんの完全時間停止倉庫に送り込まれて行った。

 これで300人の護衛部隊の内120名が消失したことになる……




 5日ほど経った或る日。


「総督閣下、シノーペル王国に派遣しておりました買出し隊が帰還致しました」


「よし!

 これでようやく貴族に相応しい食事が出来るな。

 買って来た干し肉とワインを持って来い」


「はっ」



「な、なんだこれは!

 これで全部か!」


「はい」


「なぜワインが一壺と干し肉が一袋しか無いのだっ!」


「あの、持って行った調度品を売ったカネではそれしか買えなかったそうで……」


「こ、こんなもの1月もあれば食べ尽くしてしまうだろうにっ!」


「…………」


「ええい! もう一度買いに行かせろっ!」


「総督閣下、もはや調度品がございません」


「な、なにっ!」


「あるとすれば今閣下が座っておられる椅子と、お食事を為さる際のテーブルセットだけになります……」


「な、なんだとぉっ!

 貴族たるわしに、地面に座って晩餐を取れと言う気かっ!」


(はは、パンと粥が貴族の晩餐だと)


「残念ながら……」


「よ、よし、それでは護衛隊、隠し畑の開墾が遅れている村から10人ほど連れて来い!

 そ奴らを奴隷商に売ったカネで肉とワインを調達して来るのだ!」


「は……」


(あー、わたしがこのことを報告書に書いたら、この男は間違いなく縛り首だな……)



「隠し畑の開墾は進んでおるのだろうな!」


「それが……

 4つの小隊が帰還致しましたが、45の村の農民共が全員いなくなっておったそうなのです」


「な、ななな、なんだとぉっ!

 農民共が逃散したと申すか!」


「ま、まだ不明でございます。

 また、残り6つの小隊は2日前に帰還するはずだったのですが、いまだ帰還しておりません」


「ええい!

 すぐに捜索隊を派遣しろっ!

 行方不明の兵と農民共をなんとしてでも探し出すのだっ!」


「ははっ!」




 2日後。


「逃散した農民共と行方不明の兵は見つかったか!」


「そ、それが、どこにもおりませんでした」


「な、なんだと!」


「また、残り47の村も捜索したのですが、どの村にも農民はおりませんでした」


「な、ななな、なんだとぉっ!

 農民共がひとりもいないと申すか!」


「はい……」


「へ、兵は……」


「兵も見つかっておりません……」


「な、なんということだ……

 まさか隣国の兵が侵入して来て農民を連れ去ったのか……」


「いえ、いくらなんでもそれは……

 もしそんなことが露見すれば、隣国の総督閣下が縛り首になります」


「な、ならば兵と農民はどこに行ったというのだ!」


「今のところ全く分かっておりません」


「ええい! 

 わしの護衛10名を残して、残り全員で国内をくまなく探すのだ!

 このままでは民を奴隷として売ることも出来ず、わしの晩餐がまたパンと粥だけになってしまうではないかぁっ!」


「ははっ」


(心配してるのはそこかよ……)




 さらに2日後。


「へ、兵と農民は見つかったか!」


「いえ、全く……」


「ど、どうすればいいというのだ……」


「あの…… 閣下、デスレル帝国の第5方面軍団に捜索の協力を依頼されたら如何でしょうか」


「莫迦ものぉぉぉ―――っ!

 そ、そんなことをすれば、9000人を超える農民の逃散を許したとして、このわしが本国の総督統轄省に捕縛されてしまうではないかぁっ!」


「はっ」


(なんだ、一応その認識はあったんだ……)


「それでは傷痍退役軍人互助会に捜索を依頼しては……」


「あ奴らとて元は軍人だろう!

 軍から麦が支給される際に逃散のことが伝わったら何とする!」


「も、申し訳ありません」


「よいか! 農民共の逃散は絶対に他国や軍に気取られないようにしろっ!」


「ははっ!」




 こうした総督府や避難民の様子について、大地は毎日シスくんから映像で報告を受けていた。


 そして、常に大地の傍らにいるアイシリアス王太子は、その度に冷たい汗をかいて命の縮む思いをしていたのである。


(怒っておられる……

 ダイチ殿が本気で怒っておられる……

 確かにデスレルのやり方は酷いが、連中の有様はこうもダイチ殿を怒らせるのか……

 これはもうデスレル帝国もすぐに終焉のときを迎えそうだな……)



 1か月も経つと、フォボシア王国総督府と同様な騒ぎはデスレルの外郭下級属国群10か国に広がっていった。

 下級属国では内郭の中級属国や上級属国に比べてまだ原野が残っていたために、ほぼ全ての総督が隠し畑の開墾を命じていたのである。

 このため、ただでさえ餓えていた上に遠征病に苦しんでいた農民たちは絶望の底にあり、食事食べ放題という破格の条件の避難にすぐに応じていたのであった。


 こうして、ワイズ王国には実に10万人を超える避難民が押し寄せて来ることになったのである。


 もちろんどの国の総督もパニくっていたが、その内情は厳重に秘匿されており、デスレル本国がこのことを知るのは当面先になるだろう……






<現在のダンジョン国の人口>

 20万5452人


<現在のワイズ王国の人口(含む捕虜、避難民)>

 20万1435人


<犯罪者収容数>

 2万8835人(内元王族・貴族家当主411人)




 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




 ワイズ王国の避難所にやってきた農民たちは当初酷いありさまだった。


 治癒系光の魔道具での治療を受けても、サプリ飴を舐めても、やはり栄養失調はいかんともし難かったのである。

 避難施設では多くの農民たちが横たわっていた。

 中には食堂までの50メートルを歩くことも出来なかった者も多い。


 脚の治療を受けて5体満足になった退役軍人たちは、こうした農民たちの面倒をよく見た。

 食事のたびに彼らを担架に乗せ、あるいは背負って食堂に運んでやったりもした。

 食堂から穀物粥の入った寸胴を持って来て、動けない重篤者に粥を食べさせてやったりもしている。


 多くの農民はトイレにいくことも出来ず、そのままベッドを汚してしまうこともあった。

 そのために、特に朝や就寝前は多くの退役軍人が動けない農民たちをトイレに連れて行ってやったのである。

 オルナンド曹長も同様に農民の面倒を見ていたが、或る日トイレに連れて行く途中、10歳ほどに見える少女が曹長の背中で漏らしてしまったことがあった。

 恥ずかしさと申し訳なさに大泣きする少女の用足しを済まさせ、クリーンの魔道具で体を綺麗にしてやると、曹長はその娘の頭に手を乗せて諭したのである。


「気にするな。

 軍の傷病兵収容所でもよくあることだ。

 俺も大怪我をしたときには、同じように仲間に迷惑をかけた経験がある。

 だからお前も健康になったら病人を助けてあげたらいい」


 そう言ってにっこりと微笑んでやると、女の子は泣きじゃくりながらも「はい…… はい……」と言って頷いていたそうだ。


 もちろん、大部屋では頻繁に『クリーンの魔道具』の光が溢れてこうした粗相を清掃もしていたのである。


 どうやら退役兵たちは、手の無い仲間たちが母国で危険な任務に就いている分、自分たちも頑張らねばと思って発奮していたようだった。




 だが、こうした衰弱した農民たちも、栄養豊富な食物を日に3回も4回も食べているうちに徐々に回復して来た。

 おおよそ2週間もするとひとりで生活出来るまでに回復するようであり、そうした住民たちも新たに連れられてくる農民たちの世話に参加するようになっている。


 あの曹長の背で粗相をしてしまった少女もすっかり元気になっていて、こうした農民たちの世話に毎日駆け回っていた……





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