*** 246 避難勧告開始 ***
ジョシュア少佐の説明は続いていた。
「それから、代官の居る村や街には0歳から3歳までの子供を預かる保育園と、4歳から6歳までの子を預かる幼稚園があります。
ここに子を預けることで母親も働けるようになります。
また、7歳から14歳までの子は、全員が子供学校に通って読み書き計算を学ぶことも義務付けられていますね。
このルールに例外はありません。
もし親が子を学校に通わせない場合には親が捕縛されます。
つまり14歳以下の子供を1日中働かせることは禁止されているんです。
12歳以上の子には1日1時間だけ働くことが許されていますが、これは将来どの職業に就くのか考えさせるためでして、1時間以上の労働は禁止されていますね」
「すげぇな……
碌に読み書きも出来ねぇ俺たちから見たら羨ましい話だ」
「それではみなさんも『大人学校』に通われたら如何でしょうか。
そこは大人に読み書き計算を教えてくれる場所でしてね。
先ほど6日働いたら1日休みと言いましたが、この大人学校に通う場合には6日の勤務日の内1日を充てることが出来ます。
もちろんその日にも給料が出ます」
「なんと……
そ、それは俺たちや避難や移住して来た農民にも当てはまる法なのか?」
「もちろんです。
この国の法は、この国にいる者すべてに適用されますので」
「それにしても、商会なんかは大変だろうに。
従業員を日に8時間しか働かせられない上に、5日働かせたら1日学校に行かせて1日は休みだからな」
「それについては以前ダイチ閣下が実に興味深いことを仰られていました。
例えば商会の1日の仕事を熟すのに1人だと80時間かかる仕事があり、ここで働きたい者が10人いたとします。
このとき商会の会頭は、10人雇って8時間ずつ働かせるよりも、5人雇って16時間働かせようとするでしょう」
「まあそりゃそうだな。
10人分の日当より5人分の日当なら半分で済むからな」
「ええ、商会なら当然そう考えるでしょう。
ですが、国として考えると違うそうなんです」
「どういうことだい?」
「5人雇って16時間働かせた場合、残りの5人には仕事がありませんので収入もありません。
ですからすぐに貧民街が出来て治安が悪化するそうです。
さらに仕事のある5人は他の商会で買い物が出来ますが、職の無い5人は買い物も出来ません。
ところが、国が労働時間を8時間に制限すれば、商会も10人の従業員を雇わざるを得なくなるでしょう。
なにしろ10人いなければ仕事が終わりませんし、5人に16時間も働かせると商会の会頭が捕縛されてしまいますので。
そうして、10人が雇われれば10人全員に収入があることになります。
そうすると、その10人は他の商会で買い物が出来ることになりますので、国全体の商会の売り上げが倍になるというのですよ。
ですから商会の利益も倍になりますから、追加5人分の給料を払ってもおつりが来るそうでして」
「な、なるほど……」
「このように、商会だけに任せていた場合には民の失業が激増して結果として商会も国も貧しくなりますが、もし国が法で労働時間を制限すれば、民も商会も国も豊かになります。
まあ、売り上げが倍になっても従業員の数が倍になることに耐えられない商会は、そもそも存在していること自体間違いだそうですね。
ダイチ殿によれば、この考え方を『わぁくしぇありんぐ』と言うそうで、国の重要な役割のひとつだということでした」
「で、でもよ、5人雇って16時間働かる代わりに10人雇って8時間働かせるとするだろ、そのとき賃金を半分にされたら、碌に買い物も出来んぞ」
「この国では労働者に支払う最低賃金が法で決められているんです。
この金額は毎年見直しが入るんですが、今は日に銅貨20枚が最低賃金ですね。
これを払わない商会主はやはり捕縛されます」
「そ、そうか……
それにしても、あのダイチ殿の智慧はすげぇな」
「はい……」
因みに地球では、このワークシェアリングの考え方が最も浸透しているのはドドイツ連邦共和国と言われている。
或る日本のブラック大企業では、日に12時間から16時間の勤務が当たり前だったのだが、この会社がドドイツに支社を作ったのである。
もちろん、この支社に於いても日本人社員は日に12時間以上働かされていた。
日本と現地では時差が7時間あるために、日本の朝8時から昼12時までは現地では深夜1時から朝5時までになる。
まあ、流石に時差に配慮して、東京本社からドドイツ支社への連絡は主に東京時間午後1時から5時(現地時間朝6時から昼10時)までに行われていたそうだが。
(東京時間夕方5時を過ぎると、本社の役員さんたちは接待と称して毎晩会社経費で呑み歩いているために、5時までに連絡は終わる)
この本社への報告のため、現地日本人社員は毎日報告書作成作業に追われていた。
報告書は日本語での記載が求められたために、現地従業員には頼めなかったらしい。
また、重要案件がある際には、ドドイツが例え深夜であっても東京本社からガンガン連絡が入るために、支社長や副支社長などの幹部は交代で会社に泊まり込むことも多かったそうである。
そうしてもちろん、ドドイツ人従業員は労働基準法の規定により現地夕方5時には勤務を終わらせて帰らせなければならなかった。
そのために、夕方5時以降の支社内は日本人従業員だけになっていたそうだ。
そうした或る日、東京本社の海外支社担当役員からドドイツ支社長にいつものように電話がかかって来たのである。
「ああわしだ。支社長はおるか」
「そ、それが……
昨晩遅くドドイツの労働監督局の捜査官が強制捜査に入って来て、支社長が逮捕されてしまったのですぅ」
「な、なんだと!」
「今監督局の留置場に入れられて取り調べを受けているそうですぅ」(実話)
「な、何故だ!」
「ドドイツのワークシェアリング法違反だそうで、夕方5時以降ドドイツ人を働かせていなかったことが理由だそうでして……」
「げ、現地スタッフは夕方5時に帰らせなければならないのだから当然だろう!」
「その場合には昼過ぎから深夜まで働くドドイツ人スタッフを割り増し賃金で雇わなければならなかったそうで……」
「そ、そんなことをしたら余分な人件費がかかってしまうだろうに!
お前たち日本人スタッフを働かせれば追加人件費はタダなのだぞ!」
「あの、それでドドイツ当局から東京本社の海外支社担当役員の方に召喚状が出るそうです。
それで改善計画を提出しないとその方も勾留されるかもしれないと……」
「な、ななな、なんだと!
わ、わしは忙しいからドドイツなどには行けないと答えろ!」
因みにこの役員さんは、ドドイツ語はもちろん英語も碌に話せなかったらしい。
「あ、あの……
その場合にはドドイツ政府から代表権を持つ社長か副社長に召喚状が出るそうなんですけど……
それにも出頭しなかった場合は、法令違反でドドイツ支社の閉鎖を命じられるとか……」
「!!!!!!」
どうやらこの会社はドドイツ政府に売り込みをかけ、また現地企業との合弁も模索していたらしいのだが、この法令違反により全てパーになったそうである。
ということで、日本のブラック企業の役員の皆さん。
あなた方の論理は海外では通用しないこともあるので気をつけましょうね♪
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「シス、第1城壁と第2城壁の間の捕虜展示施設には、今何人の捕虜が残っている?」
(現在、貴族・王族家関係者が約9000名と、平民が500名ほどです)
「その中で罪の軽い者は何人だ?」
(元の収監者8万5000人の内、罪の軽い者は家族が保釈金を払うか、仮釈放制度によって出所して自分の稼ぎで自分を釈放しております。
残された者は全員終身刑もしくは禁固5年以上の者たちばかりですね)
「そうか、それではもう面会に来ている奴もいないな」
(はい)
「それではそいつらを1か所に纏めておいてくれ。
そうすれば城壁の間にスペースが出来るから、そこにまずデスレル属国群からの避難民を入れようか。
取り敢えず10万人分の収容施設を作っておいてくれ」
(施設の規格は如何致しましょうか)
「そうだな、原則としてワイズ王国の国軍宿舎と同じでいいが、大部屋の在る建物を中心に頼む。
避難民たちは最初は固まって暮らしたいだろうからな。
それから診療所とトイレは多めに」
(畏まりました)
翌日。
ワイズ総合商会で大量の土産を買い込んだ視察団一行は、母国に転移して行った。
因みに、ブリュンハルト隊の将校たちは全員が『転送』の魔法を使うことが出来る。
このため、まずはストレーくんの中に自分を含めて『転送』させ、その後はストレーくんに違う場所に『排出』して貰うことになる。
この方法によって、彼らは『転移』と同じ効果を持つ魔法が使えるようになっていた。
互助会の兵たちは、五体満足になった彼らの指揮官を見て驚愕し、土産の菓子を食べてまた驚き、ワイズ王国で働くようになればまた脚を生やして貰え、仕事が上手く行けば手も生やして貰えると聞いて、満場一致で移住に賛成したそうだ。
そうして翌日、総員がまたブリュンハルト隊の皆に連れられて特別避難村にやってきたのである。
大地は早速脚の無い者170名の脚を生やし始めた。
もし脚も手も生やすのならば、全員を上級治癒系光の魔道具を置いた部屋に入れて治療すればよかったのだが、脚だけを治すためには大地が直接脚に触れている必要がある。
このために少々時間がかかったのだが、まあそれは任務の為なので仕方が無いだろう。
そうして、治療を終えた後は、大地は彼らに5日間の静養を指示したのである。
最初の1日は皆腹いっぱい食べた後に横になって体を休めていたようだが、翌日からは国内を歩き回るようになった。
そうして、王都や農村を見て、皆大いに安心したのである。
6日目からは、いよいよフォボシア王国内にて農村を廻り、農民たちに避難勧告を行う仕事が始まろうとしていた。
「なあジョシュア少佐、初日は俺もついていこうか?」
「大丈夫ですよダイチ殿。
我々も皆、この大陸でも北大陸でも避難勧告の仕事には十分な経験を積んでいます。
妨害しようとする兵たちを排除することも、もう何度となく経験しておりますし」
「そ、そういやあそうだったな」
「それに、当面はブリュンハルト隊の増援班50名が待機していてくれています。
それだけいれば、例え相手が警備隊だけでなくデスレルの方面軍団でも対応出来るでしょう。
なにしろ敵は全てストレー殿の中に『転送』してしまえばいいのですから」
「それもそうか……」
この避難勧告部隊の勧誘は初日から大成功を収めた。
なにしろどの農村でも、農民たちは残った僅かな麦も種麦として全て畑に撒くように命じられており、野原の草や灌木の根しか食べるものが無かったのである。
ついでに農民全員が遠征病を発症していたために碌に鳥追いも出来ず、せっかく撒いた種もほとんど鳥に食べられてしまっていた。
その農民たちにパンを配り、別の場所でなら喰い放題の食料があると告げると、すぐに村の全員が避難に同意したのである。
このとき、遠征病が悪化して立てなくなっていた者もいたが、彼らはそのまま『転送』魔法でストレーくんの収納庫に送られ、その後は避難村の大部屋のベッドに送られるので問題は無かった。
そうして、その大部屋ではまずは全ての農民を集めて上級光の魔道具のスイッチが押されるのである。
それで元気を取り戻した農民たちはすぐに食堂に案内され、サプリ飴や定食が振舞われる。
初日は少量の定食だが、その量は徐々に増やされて3日も経つとお代わり自由になっていた。