*** 245 避難勧告部隊結成 ***
その日の夜も、退役軍人視察団の一行は談話室でミーティングを行っていた。
「それにしても今日は驚いたな。
いきなり国王陛下の謁見とは」
「ですが曹長殿、あのダイチ殿も国王陛下のようなお方。
そのお方とずっと話をしていたわけですから」
「それもそうだが……
あのアイス殿が王太子だとはなぁ……」
「もう一生分の驚きを使い果たしましたな」
「ところで今日の視察はどうだった?」
「驚きと言えばあのワイズ総合商会にも驚きましたよ。
最初は貴族向けの店にでも連れていかれたのかと思いましたし」
「何人かの客に聞いてみたんですがね。
みんな平民だっていうんですわ。
それも人足だの商家の手代だのって」
「それに王都に貧民街も無かったし孤児もいなかったよな」
「孤児は『王立孤児院』っていうところで暮らしているそうだ。
そこでもメシは喰い放題だし、読み書き計算を教えてもくれるんだと」
「すげぇ国だな」
「ああ、すげぇ国だ」
「よくこんな豊かな国にどこも侵攻して来ないよな」
「それなんだがな、今日食堂で国軍の兵に聞いてみたんだよ。
そうしたら、3か月前に周囲の4か国が相次いで攻め込んで来たそうなんだ。
それもその数合計で8万5000だとよ」
「なんだよそれ、デスレル本国軍の正規兵数と同じじゃねぇか。
よくそんなんで滅びなかったな」
「大勢死んだんだろうな……」
「それがな、あのダイチ殿の魔法とブリュンハルト隊で、敵軍を全員捕虜にしちまったんだそうだ。
もちろん司令官の王子や王孫も含めて。
ついでに味方は死者どころか負傷者もゼロだとよ」
「あのダイチ殿って、そんなに強ぇのか……」
「あのブリュンハルトの教導隊士官たちの強さは見たろ。
でもその士官たちが250人で掛かってもダイチ殿には敵わないそうだぞ」
「うへぇっ……
模擬戦とか絶対に挑まない方がいいな」
「ああ、それだけは絶対にヤメておけって忠告されたわ」
「それにしても、今日の食堂のメシも旨かったなぁ……」
「お、俺もう、『みそらあめん』の無いところでは生きて行けないかも……」
「俺は『ごもくちゃあはん』が無いところでは生きる気がせんわ……」
「それにあの風呂……
俺まさか、生きてる間に暖かい湯に浸かるなんていう贅沢が出来るとは思いませんでしたよ」
「ねえ曹長殿、早めに視察を切り上げてみんなも連れて来てやりませんか?」
「まあ待て待て、明日は農村の視察だし、もっとこの国をよく見てからにしよう」
「「「 はっ 」」」
翌日のミーティングにて。
「いや今日の農村視察も驚いたな」
「なんでも去年は42の村で4500石しか収穫が無かったのが、冬も作物を育てられる秘法を教えてもらって、この春には10万石の収穫があったって言うんですからね」
「その秘法もあのダイチ殿が伝授してくれたらしいですな」
「農民たち何人かに聞いたんだが、みんなダイチ殿を農業の神だって言ってたわ……」
「武神であり農業の神でもあるのか……」
「ついでに商売の神でもあるそうだぞ。
雑貨屋の店主がそう言ってたわ」
「それでな、攻め込んで来た周囲4か国から難民が2万人近く来てたそうなんだが、みんな人足として働いた給料で、捕虜になってた身内の農民兵の身代金を払って解放したそうなんだよ。
だから今この国には、解放捕虜も含めて8万近い避難民がいるんだとさ」
「そんなに大勢の避難民がいるのに、俺たちが避難勧誘する農民を受け入れて大丈夫なんすかね?」
「それがな、今は42しか村がないんだが、あのダイチ殿が第1城壁までの間にあと350も村を作ったんだと。
それで今避難民たちは42の村で新農法を伝授されてるそうなんだけど、一人前になったらその新しい村に入植させて貰えるんだそうだ。
しかも本当に最初の3年は税免除で、それからも畑100反に付き税はたったの20石だっていうし」
「村ひとつ当たりの農民の数は?」
「予定では300人にするそうだ」
「っていうことは、350の村で10万人ちょっとか」
「それじゃあデスレル属国群からの農民受け入れも3万が限度なのか?」
「いや、第2城壁から第3城壁の間にもあと400の村を作る予定だそうだ。
それから今干拓している湿地帯にも200の村を作るらしいし」
「すげえな。
っていうことはあと20万人ぐらい避難民が来ても受け入れられるっていうことか……」
「はは、そんだけ農民を避難させたら、デスレルの奴らの兵糧が無くなっちまうな」
「そうか!
まずそうやって兵糧攻めにすることでデスレルの力を削ぐつもりか!」
「兵糧攻めと言えば普通は城を包囲して兵糧を断つことを言うんだがな。
ダイチ殿は農民を避難させることで国ごと兵糧を断とうとしているのか」
「なるほど。
そのうちに気づいたデスレルがこの国に攻め込んで来たら、そいつらをまた捕虜にすると」
「なあ、ところで8万もの軍勢をどうやって全員捕虜にしたんだろうな」
「さあ?
俺が聞いた国軍の奴の話だと、国軍には動員令すらかからなかったそうなんだ。
だから誰も戦ってるところは見て無いんだと」
「そうか、情報統制か……
まあデスレルを滅ぼしたら教えてくれるかもな」
「それにしても、俺たちが働けば働くほどデスレルが滅ぶのが早まるっていうことなんすよね」
「そういうことだ。
そうだな、俺たちの仕事が順調に行き始めたら、隣のダイモシア王国の傷痍退役軍人互助会にも声をかけてみるか」
「自分はイオリア王国の互助会の指揮官を知っているであります。
第5方面軍団の同じ旅団で共同作戦を行っていました」
「はは、そうやって全ての国の互助会に声をかけていけば良さそうだな」
「「「 はい 」」」
翌朝。
「みなさんおはようございます」
「やあジョシュア少佐殿、おはようございます。
早速なんだが……
昨日皆で話し合ったんだが、ダイチ殿がご提案下さってる農民への避難勧告の仕事、お引き受けしたいと思うんだ」
ジョシュア少佐が微笑んだ。
「それはダイチ閣下もお喜びになられるでしょう」
「それでな、国に残して来た兵たちにも早くここのメシを喰わせてやりたいんで、俺たちをいったん戻らせてくれないかな」
「わかりました。
もちろんすぐにでも戻って頂くことも出来ますが、その前にダイチ閣下から皆さんが仕事を引き受けて下さる場合には、必ずお伝えするよう指示されていることがございます」
「どんなことなんだい?」
「よろしければみなさんお座りください。
まずは、みなさんと避難・移住されて来られる農民の方々への注意事項ですね。
主にこの国のルールについてです」
「そいつは確り聞いておかねぇとな」
「まずはワイズ国王陛下重大勅令による禁止事項です。
この王都から東に20キロほど行ったところにイスタ川という川があるのですが、この川の流域一帯は厳重禁猟区になっていまして、あらゆる生き物の猟が禁止されています。
というか300メートル以内が立ち入り禁止区域になっていますね」
「わかった。
でもなんでそんな勅令が出てるんだ?」
「実はこの勅令はダイチ閣下のご要請によるものでして。
特に保護されたい生物がいるようなのです。
もしこの禁を破ってイスタ川に近づくと魔法により捕縛されますのでご注意ください」
「わ、わかった」
「噂では、万が一にもイスタ川流域で生き物を乱獲などしたら、激怒されたダイチ閣下によってこの国が焼き尽くされるかもしれないとのことです」
「ま、マジかよ……」
「まあ、その前に魔法で捕縛されるでしょうけど。
ですが、あの方が本気になれば、この国の国土も民も半刻も経たないうちに灰になるでしょうね」
「「「 ………… 」」」
「ここから西に25キロほど行った場所にはウェスタ川という川があります。
こちらには何の規制もかかっていませんので、猟や魚釣りや水遊びでしたらこの川でお願いします。
それから、次の重大禁止事項なのですが、この国では奴隷は厳重に禁止されています。
ですからもし奴隷を連れて移住して来た方がいらっしゃったとしても、その奴隷は即座に解放されて自由民になります」
「さすがだな……」
「もうひとつ、我々はその人物の犯罪歴を知ることの出来る魔法の力を持っています。
そうして、重大な犯罪歴のある方はこの国で受け入れることは出来ません」
「な、なあ……
俺たちの中に重大犯罪者がいたらどうなるんだ?」
「実は皆さんの中に重大犯罪者はいらっしゃいません。
戦場で上官に命じられて戦闘行為を行った場合の殺人はカウントされませんので。
まあ、その侵略戦争を命じた司令官は捕縛されますが、ここで言う犯罪とは、戦場外での殺人や暴行、脅迫や強盗などですね」
「そうか、安心したよ。
考えてみりゃあ、俺たちは戦場での戦闘しかしてなかったもんな。
ところで、俺たちが避難させた農民たちの中に犯罪者がいたらどうなるんだ?」
「まずは全員をこの国に避難させてください。
そうして『遠征病』を治療し、10日ほどかけて栄養状態を改善した後に、犯罪者には2つの選択肢が与えられます。
ひとつ目は元の村に帰ることですね。
この場合にはもちろん魔法で送り返します。
もう一つの選択肢はその罪の重さに応じてこの国の牢に入ることです。
この際にも食事と医療は保証されます。
もちろん健康になった罪の無い方が元の村に帰るのも自由です」
「ふう、至れり尽くせりだな」
「それから、暴力もしくは暴力を匂わせる恐喝で他人を従わせる行為は厳重に禁止されています。
例えば徒党を組んで民を脅して働かせ、自分は働かずに楽をしようとする行為ですね。
つまり貴族になろうとする行為です。
もちろん村長が村人に命令して働かせ、自分は何もせずに暮らそうとするようなことも含まれます」
「それに反するとどうなるんだい?」
「魔法により捕縛されて説諭が為されます。
それでも繰り返された場合には牢に入れられるでしょう」
「そうか、それじゃあ威張りくさってる村長なんかは移住したがらないかもしれないな……」
「いえ、みなさん今は『遠征病』で苦しんでおられるでしょうから、食事と遠征病の特効薬があると言って、まず全員を連れて来てください。
そして、『遠征病』が治り、たっぷり食べてもらってから我々が説明会をします。
他人に命令して働かせる行為は厳重に禁止されていると伝えましょう。
その法が不満であるならば元の村に送還します。
もちろんその際に、村長は村人に一緒に帰ることを強制することは出来ません」
「ははは、そりゃいいや。
いっぱしの権力者気取りでふんぞり返ってる村長を排除出来るわけだ」
「皆さんとは最初の契約で2年間の避難・移住勧誘の仕事を行って頂きますが、実はこの国の民には『職業選択の自由』と言うものがありまして、どの仕事に就くかは本人の自由に任されているんです。
これには住居の自由も含まれていますので、店の店主ですとか村長の指示が理不尽だと思った場合には村や店を替える自由もあります」
「それもすげぇ話だな。
でも、店長や村長が気に喰わねぇとか言って職を転々とすることで働かない奴がいたらどうするんだ?」
「この国では王族も含めて3か月に1度、魔法で労働時間のチェックが入ります。
我々は6日働いたら1日休みというルールの下で働いているのですが、勤務日の平均労働時間が一定時間に達しなかった者には注意が与えられ、この注意が続くと出身地の村に強制送還されてしまうんですよ」
「そうか、だが病気や怪我で働けない奴はどうなるんだ?」
ジョシュア少佐が微笑んだ。
「この国では怪我や病気はすぐに診療所で治して貰えます。
皆さんの脚を治して貰えたように」
「そ、そういえばそうだったか……」
「ついでに、この国では1日の労働時間は8時間までと決められています。
一般的には朝8時から12時まで働き、昼食休息1時間を挟んで1時から5時までが勤務時間です。
それ以上の労働を行わせていると、村長や店長が罰せられますね」
「この国では働く民をずいぶんと大事にしてるんだなぁ」
「そうですね。
これらはすべてダイチ閣下のご提言で作られたルールです」
「そうか……」