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*** 244 謁見 ***

 


 見れば、オルナンド曹長は涙をぽろぽろ零しながら、再生された手足を動かしていた。

 9人の軍曹たちも目が真ん丸になり、口が大きく開いている。


(こ、これは……

 戦場で手足を失ったときは、俺も傷口が腐ってすぐに死ぬものと思っていた。

 それで運よく生き延びた後は、傷痍除隊出来ると気づいて安堵したものだ。

 手足と引き換えに戦死しなくても済むと考えてな。

 その後互助会の指揮官として働いているときでも、手足を欠いていることはそれほど残念には思わなかったものだ。

 なにしろ部下たちも皆同じだったからなぁ。


 そうこうしているうちに、『遠征病』に罹り、またも死を意識した。

『ああ、やっぱり俺はすぐ死ぬんだな』と……

 だが、ダイチのおかげで『遠征病』が治り、当面病では死ななくなったと思ったら、今度は飢え死にの危機だと来たもんだ。

 それすらもダイチが勧めてくれた職に就けば回避出来そうだ。

 その上に、失った手足まで元通りにして貰えるとは……

 こ、この男はなにひとついいことが無かった俺の人生に、神が遣わされた最後の光明なのかもしれん……)



 オルナンド曹長は感激に震えながら大地に深く頭を下げた。


「ダイチ…… ありがとう……

 ありがた過ぎて今はそれしか言えん……」


「そうか、まあ感謝の気持ちは確かに受け取ったよ」


(これほどまでに喜んでくれるとはな……)


 因みに大地自身はもちろん手足を失ってもすぐに自分の魔法でにょきにょきと生えてくるだろう。

 それどころか、神界の加護によってアルスでは不死身の体も手に入れていた。

 よって、手足欠損者が元通りの体を取り戻せる有難みについては、今一つ実感が湧かなかったのである。


(腕1本脚1本でこんなに喜んでくれるなら、『変化』の魔法でもう2本ずつ増やしてやったらもっと喜んだりして♪)



 いや…… 大地くん……

 それは、ツバサさまが君を喜ばせようとして、おっぱいを8コにしたのと同じ結果になるからな……

 手足が合計で8本もある蜘蛛人間を量産して何をするつもりだ?

 そんな奴が横になってしゃかしゃか歩いてたら、みんな泣きながら逃げるぞ……



 感涙に咽んでいたオルランド曹長が真顔になった。


「なあダイチ、この魔法って脚だけ治すことって出来るのかい?」


「ん? やったことはないが、たぶん出来るぞ」


「そうか。

 ダイチが俺たちにやって欲しい仕事って、農村に行って農民たちに避難を呼びかけることだったよな」


「そうだが?」


「あのな、農民たちってデスレルの兵をものすごく警戒してるんだよ。

 なんせ元は侵略者だし、総督配下の警備兵は税の代わりに村人を奴隷として売り飛ばすし」


「そうだろうな……」


「だけど、農民たちは俺たち傷痍軍人はあまり警戒しないんだよ。

 まあ、もう正規の軍人じゃあ無いし、今までも家具や道具と引き換えに食料を貰ったりしてたからな。

 だから、俺たちが5体満足になっちまったら、間違いなく警戒されちまうんだ」


「そうか……」


 オルナンド曹長は軍曹たちを振り返った。


「済まんがお前たち、治してもらうのは脚だけにして貰えんか。

 それで首尾よく農民たちを移住させられたら、その後で腕も治して貰うということで」


 軍曹たちが微笑んだ。


「さすが曹長殿、その通りですな」

「脚だけでも治して貰えば喜ぶ仲間は大勢いますぜ」

「片腕が無いだけでも農民たちは俺らを警戒しないでしょう」

「俺たちが頑張って農民を避難させたら、その後で腕も治して貰えるとは。

 最高の褒美ですな」

「そのときが楽しみです」


(うーん、さすがは戦場で助け合って何十年も生き延びて来ただけあるわ。

 この曹長も軍曹たちも大したもんだな)



「ですが曹長殿、我らの中にも兵の中にも脚だけが無い者もいますぜ。

 そうした奴が脚が治った後に村に行ったら、農民たちに警戒されませんか?」


「もちろんそうだろうな。

 だから農民たちへの避難勧誘は手の無い奴だけで行おうと思うんだ。

 残りの兵は、この国で避難民の面倒を見ることにして」


(なるほど、さすがは指揮官だ)


「だがダイチ、ひとつ不安もあるんだよ」


「どんな不安だ?」


「総督配下の警備兵たちも、たまには農村を見回るんだ。

 麦以外の作物を植えてないかとか、隠し畑はないかとか調べながらな。

 だから俺たちが農民を説得しているときに、そうした見回りの警備兵と鉢合わせすると、戦闘になっちまうかもしれないんだ」


「その心配は要らない。

 あんたたちが村を廻るときには、このガリル配下のブリュンハルト隊が護衛につく。

 ところで総督配下の警備兵って、最大で何人いるんだ」


「そうだな、うちの国だと300人ぐらいだろう。

 たぶん近隣の国でも似たようなものだ」


「それなら護衛は1人いれば十分だが、念のため2人付けようか。

 うちの部隊の兵なら、2人いれば1000人ぐらいは楽勝で相手に出来るからな。

 念話の魔法ですぐに増援も呼べるし」


 ブリュンハルト隊の面々が微笑んだ。

 彼らにとって崇拝の対象である大地に認めて貰えるのはやはり嬉しいらしい。


「そ、そんなに強いのかい?」


「そうだな、視察の中で戦闘訓練も見せて貰ったらどうだい。

 みんな『転送』の魔法も使えるんで、実際には戦闘にもならないだろうけど」


「そ、そうか……」


「ということでガリル、後で護衛部隊の人選をお願い出来るかな」


「わかった。

 まずはジョシュア少佐、護衛総隊長をお願い出来るか?」


「光栄であります!」


 ジョシュア元第1分隊長は、以前ワイバーンに攫われたときに大地に命を救われたこともあり、殊の外大地に心酔している。


「それじゃあ後でまず20名10組の人選をしておいてくれ」


「畏まりました!」



「それじゃああと5人の軍曹さんの脚を治そうか。

 そうそう、たぶん脚が生えて来たらヤタラに腹が減ると思うんだよ。

 だから後で食堂に行ってたくさん食べてくれ。

 軍の食堂は食べ放題だからな」


「食べ放題か……」



 大地は片脚を失った男たちの脚に触れ、次々と再生治療を行っていった。

 男たちは、あるいは歓声を上げ、あるいは涙して喜んでいる。


 その後は全員で軍の食堂に向かったが、脚が治った者たちはまだ慣れないのかよく転んでいた。

 しかし、それでも全員が笑顔だったのである。



 食堂はまだ昼前だったために空いていた。


「この食堂は朝と昼は定食なんだ。

 まあ夜には定食以外にも好きなものを注文出来るけど。

 食事が足りないようだったら、追加で注文して食べることも出来るぞ」



 傷痍軍人たちは旨い旨いと大喜びしながらメシを喰っていた。

 特に脚が生えて来た者たちは2人前以上も食べていたようだ。


「それじゃあ俺はこれで失礼するけど、ブリュンハルト隊の皆は互助会のひとたちの案内をよろしく」


「「「 はっ! 」」」




 フォボシアの傷痍退役軍人たちは、その後もブリュンハルト隊の案内で精力的に軍施設を見学し、夕食後には談話室に集まって報告会を行っていた。


「さてみんな、今日の見学の報告をして貰えるか」


「いや驚きましたよ曹長殿。

 ここはとんでもない国ですな」


「兵たちの鍛錬を見たのですが、まあ一般兵の戦闘力は我らとあまり変わらないと思います。

 ですが、あのブリュンハルト隊の士官たちの強いこと強いこと」


「あんなのを戦場で見かけたら、小隊には総員撤退を命じるでしょうな。

 もっともすぐに追いつかれて全滅するでしょうけど」


「それにあの救護小屋も凄いですわ。

 なにしろ模擬戦で手足を折られた兵がすぐに治って出て来るんですから」


「あれでは死なない限り何度でも戦えるということですな。

 魔法の力と言うのは凄まじいものです」


「はは、この国の兵には傷痍除隊は有り得ないということか……」




 翌朝、大地はアイシリアス王太子を伴って、また見学者たちの下に向かった。


「それじゃあ今日は王城の見学に向かおうか」


「王城だと?」


「ああ、昨日お願いしてみたんだが、この国の国王陛下がみんなを謁見して下さるそうだ」


「「「「 !!!! 」」」」



 大地が皆を伴って王城の堀に掛かる橋の前に来ると、王城警備の国軍兵たちが足を揃えて見事な敬礼をした。

 それはもうばしっ!と音がするほどに気合の入った敬礼である。

 大地もそれに答礼しながら橋を渡って行く。

 城の門の前の兵士も同様に敬礼をしていた。


 オルナンド曹長が小声で聞いて来た。


「な、なあダイチ……

 このブリュンハルト隊の士官殿たちは、国軍の教導士官も兼ねておられるんだろ」


「そうだが?」


「だ、だから国軍兵が士官殿たちに敬礼をするのは分かるんだけどよ。

 でもさっきから見てると、国軍のみんなはまずダイチに向かって敬礼しているように見えるんだ」


「はは、俺は一応この国の国軍の最高顧問も兼ねているんだ」


「な、なんだと……」



 一行は王城内の廊下を進み、大きな扉の前まで来た。

 そこでも警護の兵が敬礼してくれた後に、扉が大きく開かれる。

 分厚い絨毯が敷かれた上を進むと、3段ほどの階の上にある玉座を前にして一行は止まった。

 フォボシアの退役軍人たちはカチカチに緊張しながらその場に跪いた。


 まもなくワイズ国王陛下が現れて、玉座に座った。

 その左側には宰相閣下が立っている。

 アイシリアス王太子が大地の横からすっと前に出て国王陛下の右側に立った。


「やあ陛下、急に謁見をお願いして済まなかったな」


 国王が微笑んだ。


「ダイチ殿のご要請ならば当然のことだ。

 ところで、そちらの皆さんがフォボシアの退役軍人殿たちなのかな」


「そうだ。

 300人ほどいる傷痍退役軍互助会の中の指揮官さんたちなんだが、今フォボシア王国の農村を廻って農民たちに避難を呼びかける仕事を依頼しているところなんだ。

 それでまずは、指揮官さんたちにこの国を視察して貰おうと思ってお連れしたんだよ」


「それはそれは。

 みなさん、じっくりとご視察していってくだされ。

 そしてダイチ殿のご要請に応えて避難勧誘の仕事に就いて下されば、実に喜ばしいことだと思う」


「う、うははあぁぁっ!

 あ、ありがたきお言葉っ!」



 国王が玉座から立ち上がって階を降り、大地の前に立った。


「それはそうとダイチ殿、あのシェフィー殿を派遣して下さって誠にありがとう。

 おかげで最近は城の食事が劇的に改善しておっての。

 しかもあのエルメリア姫がわたしに手料理を振舞ってくれるようになったのだ。

 毎日の食事が楽しみでならん」


 国王の顔が本当に嬉しそうに綻んでいる。



「はは陛下、あまり太らないように気をつけてくれな」


「うむ、わたしももう少し街や村に行って視察をするようにしようと思っておる」


「それはなによりだな。

 それにしても今日はありがとう」


「いやいや、またなにかあれば言って来て下され」



 陛下と宰相が退出していった。

 アイス王太子はまた大地の隣に戻って来ている。


 大地たちも謁見の間を出て、王城の外に向かった。

 堀に掛かる橋を渡ると、退役軍人たちはへなへなとその場に座り込んでいる。


「どうした? もう疲れたのか?」


「い、いえダイチ閣下」


「はは、今まで通りダイチでいいぞ」


「そ、それではダイチ殿、貴殿はいったい……」


「そうだな、曹長さんたちに警戒されないように言ってなかったんだが、俺はこの国と平和条約を結んでいるダンジョン国という国の代表なんだ」


「「「 !!!! 」」」


「そ、それは国王陛下ということなのですか?」


「いや、今まで通りの話し方でいいってば。

 それでな、俺の国には王も貴族もいないんだ。

 でも俺が一応国のトップなんで『代表』と名乗ってるんだよ」


「はぁ…… そうだったのか。

 それに、そちらのアイス殿がワイズ陛下の横に立っておられたのは……」


「ははは、こちらはアイシリアス王太子だ。

 だからまあ謁見の時に陛下の横に立つのは当然だろ?」


「「「 !!!!!!!! 」」」



「黙ってたのは悪かったけど、おかげで曹長さんたちに警戒されないで済んだからな」


「そ、それはまあそうだが……」


「どうだい、これで一商人の俺が勝手に仕事を依頼してるんじゃないってわかって貰えたかな」


「あ、ああ、もちろんだ……」


「あの、ダイチ殿、わたしからも申し上げさせて頂いてよろしいですか?」


「ん? もちろんいいぞアイス」


「我が国は、こちらのダイチ殿には、軍最高顧問だけでなく内政最高顧問と外交最高顧問もお願いしております。

 ですからオルナンド曹長殿、このダイチ殿のお言葉は正式な我が国からの申し出であるとお考えください」


「は、はい……

 お、お言葉ありがとうございます……」


「なあ、なんかみんな疲れた顔してるけど大丈夫か?

 宿舎に帰って少し休むか?」


「い、いや、気疲れしただけだから大丈夫だ」


「そうか、それならこれから王都の中を歩いてうちの商会に行ってみよう。

 そうそう、これは視察に来てくれた礼だ。

 店なんかでの買い物に使ってくれ」


 その場に革袋が10個乗ったテーブルが出て来た。

 全員が革袋を手にするとテーブルが消える。


「こ、これは……」


「その袋には銀貨が50枚ずつ入ってる。

 足りなかったら言ってくれ。

 あ、でも喰い物なんかの土産を買うなら最終日がいいぞ。

 腐りやすい物もあるからな」


「あ、ありがとう……」





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