*** 241 傷痍退役軍人互助会 ***
「ちょっとここで待っててくれるか。
今隊長殿を呼んで来るから。
皆のカネは隊長殿が預かってるんだ」
「いや、もし良かったら俺が行こう」
「はは、度胸のある商人だなあんた。
だがそうだな、あんたも相当な修羅場をくぐって来てるようだ」
「そうか?」
「俺ぁこれでも20年も戦場にいたからな。
強ぇ奴はそれなりに分かるんだ。
ところで食い物はどこに置いてあるんだ?
ここにはもう盗むような奴もいないが、念のため用心した方がいいぞ」
「俺は収納魔法が使えるんでな」
「なんと……
それは、あの初代デスレル帝が使ってたっていう『あいてむぼっくす』のことか!」
「まあ似たようなもんだ。
ところで、俺の仲間や部下を4人ばかり連れて行ってもいいかな」
「もちろんだ。
それにしてもあんた、その若さで商隊の長なのかよ」
「そうだ」
「大したもんだな……
俺はヘイル上等兵だ。よろしく」
「俺はダイチという、よろしく」
大地はアイシリアス王太子とガリルと2人の兵を連れて、上等兵の案内で建物に入って行った。
(やはり建物の中にはより重体の者がいるのか……)
その大部屋には200人近い男たちがいた。
部屋の中には酷い匂いが立ち込めている。
(そうか、だから動ける連中は外にいたんだな……)
この部屋では、20人ほどの男たちが寝ている男たちを助け起こし、麦粥を喰わせていた。
中には匙で粥を口に運んで貰っている者もいる。
ヘイル上等兵は大部屋を通りすぎて建物の奥に入って行き、小部屋の前で立ち止まった。
「曹長殿、行商人をお連れしました」
「入れ……」
その部屋の中では40歳ほどの男が長椅子に寝ていた。
やはり壊血病がかなり進行しているように見える。
「曹長殿、こちらは行商人のダイチであります。
食料を売ってくれると仰るのでお連れしました」
(はは、売ってくれるか。
脅して奪おうとはしないんだな……)
「なに! 食料を……」
曹長と呼ばれた男はゆっくりと起き上がった。
この男は左手と右足を欠いていて、足には義足をつけている。
「それはありがたい。
よければその椅子に座ってくれ」
やはりここは元々政府の建物だったのだろう。
その部屋にはいくつか木の椅子もあった。
大地とアイス王太子とガリルが椅子に座り、あとの2人が護衛として後ろに立つ。
曹長が大地たちを見ている。
少し目が大きくなっていた。
「俺はオルナンド、オルナンド曹長だ。
この互助会の指揮官をしている」
「俺は大地だ。商隊の長をしている。
こちらはアイスとガリルだ」
曹長が差し出して来た右手を大地は握ったが、その手は見るからに浮腫んでいた。
「なあダイチ、食料を売ってくれるのか?」
「ああ」
「どれぐらいの食料があるんだ?」
「いくらでも」
「いくらでもって……」
「俺は収納の魔法が使えるんでな」
「なんと…… それはあの『あいてむぼっくす』のことか?」
(ははは、やっぱりデスレル帝国の属国だけあって、みんなアイテムボックスのことは知ってるんだな)
「まあ似たようなもんだな」
「そ、それじゃあ銀貨100枚でどれだけの麦を売ってくれるんだ?」
「銀貨100枚なら10石だな」
「なあダイチ、悪いこたぁ言わねぇ。
この国じゃあもう商人はいねぇが、デスレルの中級属国や上級属国に行ってみろ。
銀貨100枚なら麦5石だぞ」
「麦1石が銀貨20枚もするのか」
「そうだ、ここ3年の不作で倍以上に値上がりしてるんだ」
「ご親切に教えてくれて感謝する。
だが銀貨100枚なら10石でいいぞ」
「本気か?」
「これは俺の国が決めた固定価格でな。
それ以外の値で売ることは許されていないんだ」
「ふう、それなら銀貨600枚で麦を60石買わせて貰えるだろうか」
「わかった」
曹長はよろよろと立ち上がり、壁に作りつけになった箱の前に歩いて行った。
懐から鍵を出して鍵穴に入れて中から皮袋を取り出し、3往復ほどしてテーブルの上に6つの袋を乗せている。
大地が見たところ、金庫の中にはもう革袋は無いようだ。
「銀貨600枚だ。確かめてくれ」
ブリュンハルト隊の2名が前に出て袋の中の銀貨を数え始めた。
オルナンド曹長が大地の顔を見た。
「なあ、ところで、いったいいつから行商人はあんたらみたいな強者になったんだい?」
「そうか?」
「戦場で生き延びるコツは、ヤバそうな相手からは逃げることなんだ。
もし俺が戦場であんたらみたいな敵に遭ったら、ものも言わずに逃げるな……」
「ははは」
(そうか、長年戦場に出て生き延びると、そうした簡易鑑定みたいな能力が身につくのかもしらんな……)
「ところで麦はどこに出せばいいんだ?」
「こっちに来てくれ」
曹長と上等兵は大地たちを厨房に連れていった。
そこには15人ほどの男たちがいたが、皆床に座っているか横になっている。
「この隅に出してくれるか」
「わかった」
(ストレー、ここに麦の2斗袋を300袋出してくれ)
(はい)
その場に麦の詰まった袋が積み重ねられていった。
「なんとまあ、本当に何もないところから出て来るんだな……」
「それじゃあ麦を確かめてくれ」
「お前たち、ご苦労だがいくつか袋を開けて麦を確かめてくれるか」
「「「 はっ 」」」
「それじゃあ俺の部屋に戻ろうか。
ここには椅子が無いんでな」
「すまんな、白湯も出さずに」
「いやお構いなく。
ところでオルナンド曹長、麦はどうやって食べているんだ?」
「もうみんな『遠征病』のせいで立っているのもやっとだからな。
パンを焼くような元気のある奴ぁ残ってないから、ほとんど全部麦粥にして喰っている」
「野菜は入れてないのか」
「以前は城壁外の畑で野菜も作っていたが、もう皆ろくに動けなくなっているんだ」
「そうか、それでは麦を買ってくれた礼に、『遠征病』の特効薬を差し上げよう」
「なんだと……
遠征病に効く薬があるのか!」
「ある」
「あ、あのデスレル帝国が血眼になって探しているのに……」
「だが、その前に少し浮腫みを取った方がいいな。
ここで治療魔法を発動してもいいか?」
「治療魔法だと!
そ、そんなもんは伝説でしか聞いたことが無いぞ!」
「どうする? やめとくか?」
「い、いや、その魔法で本当に少しは楽になるのか?」
「なるぞ」
「そ、それじゃあ頼めるか……」
「了解。
『治癒系光魔法Lv3』……」
辺りが光に満たされた。
「お、おお…… あ、あんなに浮腫んでいた手足が……
ヘイル上等兵、お前はどうだ?」
「曹長殿! 浮腫みも取れて爽快であります!」
「それはよかった。
それではこの飴をひとつ舐めてくれ」
テーブルの上にサプリ飴の入った箱が出現した。
「こ、これが遠征病の特効薬なのか……」
「そうだ。
この飴を1日1粒、3日間服用してくれ。
それで遠征病は治る。
試しに今1つ舐めてみてくれ」
「な、なんだこれは、初めての味だが旨いな……」
「はは、それは『甘い』っていう味だ。
砂糖を使ってあるんでな」
「あの同じ重さの金貨と取引されるっていう砂糖か!」
「そうだ」
「こ、こんな貴重なもの……」
「まあ俺の国には砂糖はたくさんあるんでな」
「なあ、砂糖を食べると『遠征病』が治るのか?」
「いや違う。
その飴には遠征病を治す薬効成分がたっぷり入ってるんだが、そのままだと味がよくないんだ。
だから砂糖を入れて味をよくしているだけだ」
「なんとまあ、贅沢なことだな」
オルナンド曹長は真剣な顔で大地を見つめた。
「なあダイチ、お前さんの国がどこにあるかは聞かない。
だがな、この『あめ』とお前さんの国のことは、絶対にデスレルの連中には知られないように気をつけろ。
砂糖や『遠征病』の特効薬があると知られれば、奴らは何万もの軍勢を用意してそれを奪いに行くぞ」
「忠告ありがとう。
ところで、ここには傷痍軍人は何人いるんだ?」
「総員で297人だな」
「そうか、それじゃあ全員の3日分の飴を置いて行こう」
(ストレー、飴300個入りの箱を3つ出してくれ)
(はい)
「ここに飴が900個ある。
これを1日に1個、3日間の間全員に舐めさせてやってくれ」
「ダイチよ。
そんなことをしたら、特効薬のことを全員が知ってしまうぞ。
砂糖と薬のことは秘密にしておくように言ったばかりだろうに」
(そうか、俺や俺の国のことまで心配してくれるのか。
さすがのE階梯2.8だな……)
「いや、兵たちには遠征病が治ったのはさっきの光の魔法のおかげだと言えばいい。
飴はサービスだと言ってな」
「だが、そんなことを言えばお前さんが狙われるぞ」
「まあ俺もそれなりに戦えるし、それに『転移の魔法』も使えるからな。
ほら」
椅子に座っていた大地の姿が消え、扉の所に現れた。
「なんと! それも魔法か!」
「そうだ、それにこの魔法は距離の制約が無いんでな。
ここから俺の国までもすぐに帰ることが出来る。
だから俺を捕縛したり牢に閉じ込めたりするのは不可能なんだよ」
「すごいな……」
「ということで曹長、これからあんたの部下たち全員にさっきの光魔法をかけてやろうと思うんだが、全員を下の部屋に集めてくれるか?」
「ありがたいことだ……
ヘイル上等兵」
「はっ!」
「動けるもの全員に大広間に集まるよう伝えてくれ。
動けない者も担架で運んでやってくれるか」
「ははっ!」
大地は曹長と一緒に大広間に行った。
相変わらず酷い匂いが立ち込めている。
「なあ曹長さん、まずはこの広間を清潔にしてみようと思うんだが構わないか?」
「そりゃもちろん構わないが、そんなことが出来るのか?」
「出来るぞ。
それじゃあやってみよう。
『クリーンLv5』……」
その場が淡い光に包まれると、全員の体が綺麗になった。
もちろん酷い匂いも消えている。
その間にも外から兵たちが入って来ているが、皆首を傾げたり鼻で息を吸ったりしている。
どうやら全員が室内に集合したようだ。
「総員よく聞け、今からこのダイチ殿がお前たちの遠征病が治る魔法を掛けてくれる。
ダイチ殿、よろしく」
「それじゃあ後から来た連中もまず綺麗にするか。
『クリーンLv5』……
それから『治癒系光魔法Lv5』……」
室内に淡い光が2度満ちた。
「「「「「 おお…… 」」」」」
「あんなに浮腫んでいた脚が……」
「か、体が軽い……」
「手、手が動く……」
「どうやらみんな取り敢えず動けるようになったみたいだな。
それじゃあサービスの飴を配ってくれるか」
「あ、ああ、ありがとう」
さすがは元軍人たちで、ほとんど混乱も無いまま飴が配られていった。
(この組織力は使えそうだな……)
「オルナンド曹長」
「なんだいダイチ」
「実は遠征病というものは、野菜に含まれているある成分を摂らないと罹る病気なんだ。
それを今補ったんだが、それでも野菜を食べないままでいると3か月ほどでまた遠征病を発症してしまうだろう」
「なんと、そうだったのか……」
「軍の兵糧と言えばまず麦だろう。
しかもここ最近の不作で、農村では税を納めるために野菜畑を小麦畑に変換していたはずだ。
こうして野菜を食べなくなったことが遠征病が蔓延した理由なんだ」
「そうだったのか……
はは、不作の中で兵糧を蓄えようとして野菜畑を小麦畑に変えていたせいで病を蔓延させていたのか。
デスレルの奴らも阿呆だな。
それにしても助かったよダイチ」
「その代わりといってはなんだが、デスレル帝国とその属国群について少し教えてもらえないだろうか。
もちろん砦の位置や軍の編成なんかの軍事情報は要らない。
ただ、デスレルの支配体制や国の配置なんかの一般的なことを教えてくれればいい」
「わかった。
お前さんには恩義があるからな。
喋れる範囲で俺の知ってることは全て話そう」
それから1時間ほどかけて大地はオルナンド曹長から話を聞いた。
「貴重な話をどうもありがとう。
それじゃあ、薬の効き具合を確認するために、3日後にまた来るよ。
たぶん、そのときにはあんたの部下も全員治っているだろうが」
「ああ、是非また来てくれ」
(シス、すまんがここにいる全員を『鑑定』しておいて貰えるか。
戦場外での殺人や犯罪歴をチェックしておいてくれ)
(畏まりました)