*** 240 模範村の暮らし ***
因みに……
この時期のアルスで平民の男がモテる条件とは、1に健康、2に優しさ、3、4が無くて、5に生活環境である。
イケメンかどうかなどという判断基準は全く存在していないのだ。
また、金持ちか否かという基準も無かった。
なぜなら、貴族と一部商人以外に金持ちという人種が存在しないからである。
貴族に嫁に行くのは不可能だし、商人は商人同士で婚姻関係を結ぶ。
故に、農村の娘たちには、お相手が金持ちだったということがほぼ有り得ないのである。
せいぜい村長の息子程度が優良物件とされていた。
軍に入隊しているということは、確かに1の基準は満たしているが、それでもいつ戦死するかわからない職業では若い女性も結婚に2の足を踏んでいたのである。
故に、軍人は農村の長男たちに比べて独身比率が遥かに高かったのだ。
だが……
大城壁が完成して戦死の可能性が激減し、さらにあの軍人村で模範農業を行うという軍務に就くのである。
若い独身軍人たちが超モテまくるのは必定であった……
これにより、大地は模範村の軍人入植者たちからも神さま扱いされるようになるのである。
まあ、あのアライグマたちと同じようなものだった……
希望者が殺到した入植が始まってしばらくして、公爵領、侯爵領、王家直轄領の村にお触れが出された。
それは、各村の村長や長老は、必ず1度は模範村に見学に行けというものだった。
王都や領都から無料の乗合馬車が出ているので、それに乗れば『模範村』に連れて行ってくれるというのである。
村長や最先任兵などの村の有力者たちは仕方なしにこの見学会に参加した。
だが……
ものの30分ほどの見学で、半数以上の者たちが慌てて自分の街や村に引き返して行くのである。
そうして、自分の適齢期の娘や孫の内、2女3女を伴ってすぐに模範村に帰って来るのだった。
軍は、大地の提言もあって、週に1度、模範村でお見合い会を開催するようになった。
このお見合い会には、目がハート形になり、顔に『お嫁に貰って!』と書いてある若い娘さんたちが続々とやって来たのである。
お見合い会を始めて1か月後、500人目の娘さんが訪れたところで全ての入植兵が家庭を持つことが出来た。
抽選で順番を決めて見合いをしていた500人の男たちは皆、男泣きに泣いている。
ついでに……
シスくんが一生懸命作ってあげた集合住宅は、地球の基準に照らし合わせても異様に頑丈である。
鉄筋鉄骨をふんだんに使った高級住宅以上の強度を誇っていると言っていい。
なにしろ壁も床も屋根も鉄以上の強度と靭性を持っている上に分厚いのだ。
(材料はそこいら辺の土や石なのでタダである)
だが……
その強固な集合住宅が、震度1程度ではあるが、夜な夜な揺れに見舞われるようになったのである。
やはり若い軍人諸君は頑健であった……
さらに、この村では住居費も食費も無料であり、軍の俸給を使う場所も無い。
加えて、兵の奥さんたちが食堂や託児所や農作業の手伝いをすると、大地から日に銅貨20枚の給料が出たのである。
この俸給や給料は、当然のことながら、村の雑貨屋でワイズ総合商会の商品を買うことに使われた。
そうして、綺麗な服、石鹸やシャンプー、ヘアブラシなどもバカ売れしたのである。
兵たちは、農作業が終わると『クリーンの魔道具』がある部屋で体を清潔にすることが出来る。
しかも、週に2回は入浴も出来る。
そして、新妻達も石鹸やシャンプーのおかげで髪の毛やお肌が艶々になっている。
夫も妻もみるみるうちに美しくなっていったのだ。
夜の宿舎の振動はすぐに震度2になった……
おかげで、1年ほど経つと模範村は空前のベビーブームに見舞われる。
3年も経つと、保育施設には1000人近い乳幼児たちがわちゃわちゃと集まっているのである。
それはもう戦場もかくやという壮絶な光景だった。
因みに、1年経っても子が出来ない夫婦が希望した場合、レベル8の治癒の魔道具による不妊治療まで行われている。
このために、子が出来ずに悲しむような夫婦も存在しなかったのであった。
大地が大量のお菓子を持って模範村に視察に行くと、歩けるようになっている幼児たちが一斉に大地に集り始めるようにもなっており、大人たちは大地を取り囲んで崇めている。
(やっぱりヒト族もアライグマ族も変わらんな……)
留学生たちは、この模範村に配属されて農業指導教官となる際に、臨時特別昇進措置として全員が『暫定大尉』となった。
これは、暫定とはいえ村長たちと同じ階級である。
村の暮らしについては村長が指揮官となるが、こと農業と健康指導についてはこの留学生大尉たちが指揮権を持っていた。
加えて、彼らは週3コマの読み書き、健康学、農学の講師も兼ねている。
(何故か算術の講師免許だけはまだ交付されていないので、計算の授業にはワイズ王国から人員が派遣されていた)
そしてここは正式名称『模範村駐屯地』という名の軍の施設であり、彼らは軍人である。
彼らの1日は、朝7時の鍛錬から始まった。
大地が教えた軽い動的ストレッチの後は、体を暖めるために村内の農道を2キロほど走り、その後は腹筋背筋プッシュアップに続いて木剣での素振りと模擬戦も行われる。
運悪くここで負傷しても、すぐに診療所に行って『治癒系光魔法の魔道具』で治して貰えた。
こうした1時間ほどの鍛錬の後は、クリーンの魔道具で体を綺麗にした後に朝食である。
これは栄養バランスに考慮して定食だった。
一緒に出て来る野菜ジュースを残すことは軍規で禁止されている。
まあ、砂糖をひと匙だけ入れることが許可されているので、野菜嫌いの者もなんとかなっているようだ。
栄養たっぷりの朝食の後は、20分の休息を挟んで中央広場に整列である。
「本日は昨日と同様、5つの中隊に分かれて残敵の掃討戦に入る!
第1中隊は第10戦闘地域(畑)より攻撃(農作業)を開始せよ!」
「「「 はっ! 」」」
「同じく第2中隊は第110地区から、第3中隊は210地区から、第4中隊は310地区から、第5中隊は410地区より攻撃(農作業)を開始せよ!」
「「「 ははっ! 」」」
「各第1小隊は腐葉土及び堆肥敷設と灰入り水撒きにて先陣を切り、第2、第3小隊は三又鍬をもって土塊を粉砕せよ!
尚、その際には味方との間隔を充分に取って同士討ちを避けること!
第4小隊は、平鍬兵器を使って塹壕(畝)を作り、第5小隊は穴あけ板を持って敵陣(畝)に穴を空け、同時に種を埋めて土を被せ、敵地に橋頭堡を確保せよ!
その後の水撒き工作はあくまでも緩やかにだ!」
「「「 ははっ! 」」」
「以上攻撃予定地区での行動は12:00まで行う!
それでは状況開始っ!」
「「「「 おおうっ! 」」」」
些か風変わりな農業用語が使われているようだが、気にしてはいけない……
また、農業指導士官よりときどき指導も入る。
「サミラス軍曹殿、三又鍬を振り下ろす際には力は要らないであります。
剣の素振りとは違い、武器の重さだけで充分です。
この攻撃は何よりも回数と持続性が肝要であり、そのように力を入れていると、すぐに疲れて戦線離脱を余儀なくされてしまいます」
「申し訳ありません教官殿!
つい気合が入り過ぎておりました!
それからご進言申し上げてよろしいでしょうか!」
「お願いします」
「ここは戦場(畑)であり、教官殿は指揮官であります!
部下に敬意を払う必要はありません!」
「い、いや、つい癖で……」
この軍施設では重労働に配慮して昼食も出る。
今日のメニューはとんこつラーメン大盛とチャーハン特盛らしい。
ダンジョン国から転送されて来た麺、スープ、タレ、米、チャーハンの素は、ダンジョン国婦人部隊の指導で兵の奥さんたちが調理している。
週に2回フルーツジュースも出るが、これは大人気だった。
また、休養日前の夕食では、ケチャップ付きのフライドポテトやポテトのガレットやピザなどと共に1人2杯のエールも振舞われている。
こうして、十分な栄養と毎日の軍事行動(農作業)は若者たちの体躯をさらに強靭なものにしていった。
夜の宿舎の振動は震度3になっている。
すっかり美人になった奥さんたちはおハダもツヤツヤであった。
模範村の皆は、笑顔と共に一生懸命働いていたのである……
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「さてガリル、ワイズ王国もゲゼルシャフト王国やゲマインシャフト王国の模範村も順調だし、両国の間の通路も出来たし、俺たちはデスレル帝国の属国群に行ってみようか」
「いよいよだね。
それで商売をするのかい、それとも炊き出しと飴配りだけにするのかい」
「それは現地に行って視察してから決めようか」
「了解」
大地は、アイシリアス王太子とガリルたちブリュンハルト隊20名を連れて、デスレル帝国の属国群の中でも西南部の端にある国の王都に転移する予定である。
大地本人に加えて兵20名とは些か過剰戦力ではあるが、アイス王太子の護衛及び、奴隷購入や教会の孤児を集めるために人手が必要だと考えたからであった。
「アイス王太子」
「はい」
「これから行く場所では王太子という敬称を付けずにアイスと呼ぶが構わんよな」
「もちろんです。仮想敵国内では当然のことでしょう」
「ガリルたちもそう呼ぶように」
「はは、なんとか頑張ってみるよ」
一行はフォボシア王国の旧王都フォボシアンに転移した。
だが……
「なんだよこの街……
ぜんぜん人がいないじゃないか……
建物もボロボロだし。
でもまあせっかく来たんだから『サーチ』で探してみるか……
『サーチ』……
お、なんか300人ぐらい固まってる場所があるな……」
そこは貴族街の奥にある役所のような場所だった。
だが、動いている者はほとんどおらず、多くは建物の外で寝転んでいる。
死んでいるわけではなさそうだが、明らかに重体だった。
よく見れば全員が四肢のいずれかを欠いている。
(『診断』……)
< 壊血病(アルス名:遠征病) 重症 >
(あー、やっぱり壊血病かぁ……
手足の怪我が悪化して敗血症を起してるわけじゃないんだな)
そのとき、6人ほどの男たちが桶や籠を持って建物から出て来た。
やはり全員が四肢のどれかを欠いており、足取りもややふらついている。
「おおーい、メシが出来たぞぉ。
動ける奴は取りに来てくれぇ」
その場の半数、50人ほどの男たちがやはりふらふらと立ち上がった。
あとの半数も体を起こしてその場に座っている。
「上等兵殿、いつもすまないであります……」
「俺はまだ動けるからな、まあ気にするな。
それよりメシを配るのを手伝ってくれ」
「はい」
男たちが手分けして麦粥を配り始めた。
座り込んでいた男たちも皆礼を言って椀を受け取り、粥を食べ始めている。
大地はブリュンハルト隊をその場に止まらせ、ひとりで近づいていった。
「やあ上等兵さん、ここはなんていう場所なんだい?」
「あ? 誰だお前さんは」
「俺はダンジョン国っていう国の者なんだけどな、この国で商売が出来ないかと思って来てみたんだよ」
「聞かねぇ名前の国だな。
だが残念だったな、この総督府街にゃあもうほとんど人は残っちゃいないぞ」
「そうかい。
ところでこの場所は?」
「ここは、フォボシア王国の傷痍退役軍人互助会だ。
大怪我して戦えなくなった兵が暮らしている場所だな。
ところであんた、商売をしてるんか?」
「ああ、商売もしてるな」
「そ、それじゃあ食い物も持ってるのか?」
「持ってるぞ」
「いったいどこに……
ああそうか、あそこにお仲間がいるんだな。
それじゃあ俺たちにも食い物を売ってもらえるのか?」
「もちろんだ」
「それはありがたい。
デスレルの奴ら、俺たちが大怪我で戦えなくなったらこんなところに放り出しやがってよ。
僅かな退役金は出たものの、肝心な食料がほとんど無ぇんだ。
商人もいねぇしな」
「そうか……」