*** 238 ダンジョン国視察 ***
「確かに民たちは逃散することが出来ません。
ですが、両国では軍への志願は自由でしたよね。
城壁が出来た今、志願兵の募集は中断されておられるようですが」
「まさか……」
「そのまさかです。
無茶をした貴族家の領地に於いて、軍が特別志願兵を募集すればいいのです。
軍の施設である模範村への入植という軍務に限定して。
その際には、15歳以上であれば年齢上限は撤廃し、家族親族も10人程度までの同行を認めればいいでしょう。
両閣下と国が運営する孤児院がありますので、村の孤児たちはそこで引き取れますし、模範村で受け入れてもいいですね。
こうすれば、村人が20人も志願すれば村に農民はいなくなります。
もし貴族たちがこれを妨害するとすれば、それこそ改易の絶好の口実になるでしょう。
なにしろ国軍の兵募集を邪魔したのですから」
「そのようなことをして、万が一奴らめが反乱を起こすようなことがあれば……」
「そのときは、陛下から依頼されるであろうわたくしが、貴族家当主と嫡男を反乱罪で捕獲します。
2男3男が当主になって反乱を継続しようとしても、その者たちも捕獲します」
「「「 ………………… 」」」
「反乱の指揮官を失った領軍はすぐに瓦解するでしょう。
その際には、領兵たちの内犯罪歴の無い者は、模範村で受け入れてやってもいいですね。
こうした事例が2、3発生すれば、王家への上納納付や返済が未達になった貴族家は諦めて法衣貴族になることを受諾するようになると思われます」
「貴族家の苛斂誅求を逆手に取って、貴族領地の王家直轄領化を進めようというのですか……」
「はい。
それからもちろん、直轄領が拡大していく中では、宰相や大臣を含む政府の人材は、爵位ではなくE階梯や能力重視で選抜するべきでしょう。
法衣貴族になった今の貴族家を重職につけると、着服や収賄だらけになってむしろ国が混乱するでしょうから。
わたしの母国では、昔『禄ある者には役薄く、役ある者には禄薄く』という政策が取られたことがあります。
しかも役の交代も頻繁でしたし。
あれは、失政の多かった当時の政権に於いても、最も優れた施策のひとつだったと思います」
「なるほど……
『禄ある者には役薄く、役ある者には禄薄く』ですか……
そのようにすれば、上位の法衣貴族たちが重職に就くことが無くなるわけですな。
もし大臣になりたければ、国法によって法衣貴族年金を10分の1にすると言えばいいのか……」
「その方が平民などからも優秀な人材も登用しやすくなると思います。
ついでに、このワイズ王国で行われているような官吏登用試験を行われては如何でしょうか。
なにしろこちらの一代侯爵兼宰相閣下も平民のご出身であり、その試験に首席合格されたという実にご優秀な方で、その後の政策運営もお見事でしたからね。
その際には我が国からE階梯を計測出来る人材も派遣させて頂きます」
突然話を振られた宰相が硬直している。
ワイズ国王は微笑みながら頷いていた。
ケーニッヒ侯爵も微笑みつつ思っていた。
(それにしても……
なぜ模範村を軍の施設などにするのかと不思議に思っていたが、まさか領地貴族を取り潰すための手段でもあったとは……
この男は、軍事にあれだけの力を発揮しておきながら、むしろ内政に関する造詣の方が深いのか……
いったいどのような人生を送って来たというのだ……)
いや、単に『社会科理解Lv5』と『歴史理解Lv5』のおかげだからね♪
「ですがまあ、あまり急ぐ必要も無いでしょう。
まずは模範村の収穫を見てからの話になりますか。
ところで、早速通路工事を始めてもよろしいですか?」
「もちろんです」
「どのようなものが出来るか楽しみにしております」
「シス」
(はい)
「予定通り全ての工事を始めてくれ」
(畏まりました)
「ところでダイチ殿。
もしよろしければ、ダイチ殿のE階梯をお聞きかせいただけませんでしょうか」
「はは、恥ずかしながら先日6.6になりました」
「「「「 !!!!!! 」」」」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
そのころタマちゃんは、神界で大猫に変化したツバサさまと一緒に『グルーミングサロンつばさ』で寛いでいた。
「ツバサさま」
「なぁにタマちゃん」
「ダイチのE階梯が6.6ににゃったと言うことは、神界から天使威が与えられる水準を超えたっていうことですにゃね?」
「そう、もう十分な水準ね」
「ダイチを天使族に昇格させないんですかにゃ?」
「うーん、昇格させるとアルスで行動出来なくなっちゃうでしょ」
「それもそうでしたにゃぁ」
「だから神界は、ダイチさんのアルスでの任務が終わるころに天使に昇格させるんじゃないかしら。
そのときは、ダイチさんの子のうちの誰かにダンジョンマスターを引き継がせて」
(うふふ、ダイチさんとわたしの子なら資格は充分ね♡)
「にゃるほど……」
(にゃへへ、ダイチとあちしの子にゃら資格は充分にゃ♡)
その周囲では、獅子や虎に変化した神さまたちが、グルーミングしてもらいながらうんうんと頷いていた。
(それにしても、ここのサロンのグルーミングも上手にゃけど、ダイチのグルーミングの方がいいにゃあ。
やっぱり愛のあるグルーミングの方がいいんだにゃ♡)
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
伝令が荷駄隊を連れて戻って来るまでの間、両国王陛下と貴族たちはワイズ王国の視察を続けた。
なんと留学生に混じって、農学・健康学校での授業や農業実習などにも参加したのである。
「そうでしたか……
あの美味な芋料理は『悪魔の芋』で作られていたものだったのですね……」
「あの美味しい赤いソースは『悪魔の実』から作られていたものだったとは……
作り方と食べ方さえ間違わなければ、このように美味で栄養豊富なものが食べられたのですか……」
「しかもこの『じゃがいも』は秋に植えて冬の終わりには収穫出来るとのこと。
これでもう我が国の民も餓えることは無くなるかもしれません……」
そうして精力的に視察が続けられていた或る日、ワイズ王国国軍の鍛錬の視察も行われた。
両将軍閣下は、留学生たちからの報告書により、大地の配下である教導士官たちの強さは聞き及んでいる。
両将軍閣下が大地に向き直った。
「ダイチ殿、僭越ながらお願いがあり申す」
「もしよろしければ、我らと模擬戦を行っていただけませんでしょうか」
何故か留学生たちが硬直している。
「それはもちろん構いませんが……
その前に我がダンジョン国の視察と、兵たちとわたしの鍛錬もご覧いただけませんでしょうか」
「おお! それは願ってもない話!」
「確か貴国はここより1700キロも離れた地にあるとのこと。
ということは『転移』の魔法を使って移動するのですか?」
「ええ」
「それは楽しみです」
大地は視察団だけでなく、留学生たちも連れてダンジョン国に転移した。
ハブ広場では、見学者たちが周囲を見回して硬直している。
(シス、今日のモンスター戦士たちとの鍛錬は1時間後だったよな)
(はい)
(それではそれまでみんなにはこの国を見学してもらおうか)
因みにではあるが、もちろん鍛錬はストレーくんの時間停止ダンジョン内で行われいる。
ということは、その中で2時間の鍛錬を行っても、外部では時間が経過しない。
つまり、大地は1分ほど席を外すだけで、2時間の鍛錬を熟すことが出来るのである。
故に鍛錬開始時刻の前後の予定はあまり考慮しなくても済んでいる。
「だ、ダイチ殿、実にさまざまな種族がいらっしゃるのですな……」
「ええ、ヒト族もだいぶ増えて来ましたけど、それでもまだ他の種族の方が多いですね」
「「「 …………… 」」」
大地は皆を見学に連れていった。
農場、果樹園、大人学校、子供学校、幼稚園、保育園、孤児院、公園、レストラン街、居住区、魚処理場、演芸場、大浴場、露天風呂。
この国では1週間7日のうち2日の休日が義務付けられているが、その休日は敢えて同じ日にせず、各人が好きな日を選んで休みが取れるようになっていた。
このため、レストランやレクリエーション施設などには多くの家族連れの姿も見られたのである。
サッカー場では折からヒト族代表チーム対犬人族代表チームの試合が行われていた。
ボール捌きはヒト族の方が上だったが、なにしろ犬人族代表は全員が100メートル7秒台という超俊足である(4つ足になって走った場合)。
キーパーやディフェンダーがロングボールを蹴り込んだ途端に、全員が一斉にダッシュするという戦法にはヒト族代表も手を焼いていた。
ただ、犬人族選手はつい前足のつもりでボールに触れてしまうために、ハンドの反則も多く苦戦もしている。
因みに、これが兎人族代表になると、100メートルの速度は変わらない上に、全員の垂直跳びが2メートルを超えるのである。
ヒト族のキーパーが思いきりジャンプして伸ばした手よりも、兎人族の頭の方が上にあるのだ。
このために、兎人族代表チームはコーナーキックでは無敵状態であり、種族リーグの首位を独走している。
また、スライム族は、試合前に全員がボールと同じ色の色水を飲み、ロングボールとともに敵陣に転がり込んで来るために、ボールとの見分けがつかずに相手が混乱する。
なにしろ相手チームがボールと間違えてスライム族を蹴ると、イエローカードが出てフリーキックが与えられてしまうのだ。
このために、後半には相手チームのプレイヤーが3人ほどになってしまうことも珍しくなかった。
この戦法は『ショットガン・フォーメーション』と呼ばれて恐れられている。
因みにスライム族の場合、体から足のような突起を2本出してこれでボールを操作するのだが、3本目を出してボールに触れるとハンドの反則ということになっている。
また、特別ルールとして、ボールを丸呑みして転がって行くことは禁止されていた……
こうした場所に視察団を連れた大地が通りかかると、民たちが全員笑顔で近づいて来る。
だが、誰もその進路を邪魔したりはせず、一行は自然に出来上がったパレードコースの大歓声の中を歩いて行くのである。
大地も笑顔で手を振っていた。
視察団の一行は、こうした風景を見て、全員が感心するやら仰け反るやらしている。
鍛錬の時間が近づき、大地は一行を連れて鍛錬場中央に転移した。
その周囲は、ブリュンハルト隊を含む2500名のモンスター戦士たちが取り囲んでいる。
その迫力に留学生たちの半数が白目になった。
「ゲゼルシャフト王国、並びにゲマインシャフト王国のみなさん、こちらが我がダンジョン国が誇る精鋭兵軍団です。
戦士諸君、こちらは両国からの視察団のみなさんだ。
ご挨拶してくれ」
「「「「 ようこそダンジョン国へ! 」」」」
「「「 よ、よろしくおねがいします…… 」」」
「それでは戦士諸君、ヒト族以外は戦闘形態になってくれ」
「「「「 御意! 」」」」
その場のモンスターたちが光と共に凶悪な姿に変った。
可哀そうに留学生たちは全員が白目になって倒れている。
(『心の平穏』……)
「さて、これよりいつもの鍛錬を始めますので、皆さんはあちらの観客席でご見学くださいませ」
見学者たちを転移させて観客席に結界を張ると、大地はモンスター戦士たちに向き直った。
「それではいつものように鍛錬を始める!
前列の者から俺を攻撃せよ!」
「「「「 応っ! 」」」」
モンスターたちの魔法攻撃と物理攻撃が大地に向かって殺到したが、大地はいつものように仁王立ちになってそれらを全て受けている。
2巡目の攻撃が終わるころ、大地はようやく光のエフェクトを残して消え、すぐにまたリポップしてモンスターたちの攻撃が始まった。
そして、この鍛錬はほとんど間を置かずに10回繰り返されたのである。
「それでは次は俺から攻撃するぞ!」
「「「「 応っ! 」」」」
「『サンダーレイン』……」
大地のサンダーレインがモンスターたちに降り注いだ。
レベル10に上がっていたために、その数は万を超えている。
飽和電荷が鍛錬場一帯に溢れ、全てのモンスターが一瞬で黒焦げになって消滅した。
「『ストーンストーム』……」
リポップしたモンスターたちに、やはり万を超える石礫がマッハ3の速度で襲い掛かった。
全てのモンスターが数秒でズタズタになって行く。
レベル10もの魔法になれば、もはや複合魔法を使うまでもなく、ストームレベルの一撃でモンスターたちを全滅させられるようになっているようだ。
時折『心の平穏』の魔法も交えて10回の全滅が繰り返された。
「それじゃあ族長たちは前に出て来てくれ。
俺は魔法抜きで体術だけで戦うぞ」
「「「 お、応っ! 」」」
「それでは始めっ!」
途端に族長たちが爆散し始めた。
血や肉や骨や石(ゴレム族長の破片)が周囲に飛び散っている。
やはり魔法戦よりも肉弾戦の方が凄惨な様相を呈していた。
まもなく族長たちもリポップして来たようだ。
「よーしみんな、これで今日の鍛錬を終わるぞー。
お疲れさーん」
「「「「 お疲れ様でしたー♪ 」」」」
体に『クリーン』をかけた大地が観客席に戻ると、見学者のほぼ全員が白目を剥いて気絶していた。
かろうじて意識があるのは将軍閣下たちだけであったが、その将軍たちも顔面蒼白になっている。
「『心の平穏』……」
視察団の皆がようやく復活し始めたようだ。
「な、なんという恐ろしい鍛錬であったことか……」
「こ、このような鍛錬を毎日……」
「も、もはや強さの次元が違う……」
「ひとりで2500もの敵を10回瞬殺……」
「あの魔法を使えば10万の敵でも一瞬にして全滅させられるだろう……」
「わ、我が国の貴族たちは、これほどのお方を相手に武力を背景に恫喝するなどという真似をしていたのか……」
「このお方が1人いれば、デスレル帝国どころか大陸中の軍が全滅する……」
「き、教官殿がダイチ殿には絶対に模擬戦など挑むなと仰った意味がようやく分かった……」
「以前拝見した時よりもさらに強くなっておられる……」
実は大地もたまに農学・健康学校の教壇に立つことがあるのだが、留学生たちは背筋を伸ばして硬直したまま講義を聞くようになった。
さすがは脳筋系軍事国家の若者たちである……