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*** 237 貴族家の処遇 ***

 


「ティルピッツ侯爵閣下、あなたも直接借り入れをお望みですか?」


「いや、わしは王家経由でもアマーゲ公爵閣下経由でもどちらでも構わん。

 だが、他派閥の貴族家から、直接借り入れに賛同して欲しいと頼まれたのだ。

 奴らが頭を下げるなど珍しいこともあるものだと思ってはいたが……

 故に直接借り入れに同調しているだけである」


「ありがとうございます。

 それではグライゼナウ伯爵閣下、閣下も直接借り入れをご所望ですよね」


「わたしもティルピッツ侯爵閣下と同じようなものである。

 ラインラント侯爵閣下に頼まれたのでな。

 全ての貴族家が同時に個別借り麦を要求すれば、この国やダンジョン国も応じざるを得ないだろうと言っていた」


「それでは次に……」



 こうして大地は全員からの聞き取り調査を終えたのである。

 どうやら両将軍閣下の寄子でない貴族は、全員が踏み倒し前提で借り入れを要求しているようだ。

 また、幸いにも両閣下の寄子貴族は、全員が他派閥の貴族に頼まれて同調しているだけだと語っていた。

 両閣下の表情は安心して元に戻っているが、怒りのためにかやや紅潮している。



「両陛下、両閣下。

 それではそろそろ魔法を解こうと思いますがよろしいでしょうか」


 両陛下の顔は蒼白だった。


「し、少々お待ちください。

 ダイチ殿はもちろん直接借り入れには応じられないのですよね」


「そうですね、応じておいて、返済期日が来るたびに当主を消失させて投獄しても面白いとは思うのですが……」


「「「「 !!!! 」」」」


「それもまあ悪趣味ですのでやめておきましょう。

 ですが、これだけはご承知おきください。

 ここにいる貴族家の内、両閣下の寄子でない方は、『詐欺未遂』という罪を犯しています。

 これは私共に対する敵対行為と見做されますので、既に十分に投獄に値しています。

 この上罪を重ねるようでしたら、即座に消失させて投獄しますので」


「「「「 ……………… 」」」」


「そうそう、両国の皆さんにこの『映像の魔道具』を差し上げます。

 ここの白い石に触れられると、この画面に先ほどの会話が再生されますので」


「「「「 !!!! 」」」」


「ちょっと見てみましょうか♪」



 画面ではさっきの会話場面が音声付きで鮮明に再生されていた。

 ワイズ国王も含めて皆の口があんぐりと開いている。



「この魔道具をどのようにお使いになられるかは、皆さんにお任せしましょう。

 わたしが直接借り入れに応じなかったことにあまりにも文句を言うようでしたら、貴族たちに見せてやってくださいね♪」


「「「「 ……………… 」」」」




 大地が魔法を解除すると、貴族家の者たちは周りを見渡しながら不思議そうな顔をしていた。


「皆さんの借り麦のご要望は確かに聞かせて頂きました。

 これからワイズ王国国王陛下とも相談してご返答させて頂きます。

 これより少々の休息の後、我がワイズ王国総合商会にご案内させて頂きますのでお楽しみくださいませ」



 全ての貴族たちは、総合商会貴族部で大量の商品を買い込んで盛大に散財したようだ。

 麦の借り入れを要求しておきながら……

 その買い物の明細と総額は後で両国王に届けられ、また陛下たちや将軍たちの顔は赤くなったり蒼くなったりしたらしい……




 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




 翌日は朝から国別に分かれて会合が行われた。

 その場でアマーゲ将軍とケーニッヒ将軍から、王家の命として貴族家の直接借り入れ交渉を禁じ、不足している食料は王家が一括して買い上げた上で、希望する貴族家には王家から貸し出す旨が発表されたのである。


 会合は紛糾したそうだ。

 貴族家の半数が、個別借り入れを禁じるのは貴族領の自治権侵害だとして声高に訴えたのである。


 そこで両将軍は、魔道具を起動して昨日の会合の様子を見せたらしい。


「な、なんだこれは!」

「わ、わしはこのようなことを言った覚えはないぞ!」


「いや、そなたたちは確かにこの通りの発言をしていた」


「陛下!」


「これは『真実の声』という魔法の力だ。

 この魔法が掛かっている間は、そなたたちは虚言を弄することが出来なくなり、本音しか言えなくなるそうだ。

 そなたたちの本心、とくと聞かせてもらった」


「「「 !!! 」」」


「そ、そのような魔法をかけるなどという行為は無礼千万!

 即刻国として抗議し、場合によっては懲罰としての武力侵攻を!」


「いや、あの魔法の使用は事前に余が認めている。

 そなたたちの本心が聞きたかったのでな。

 おかげで我が国は大恥をかいた。

 なにせ上位貴族家の半数が他国の王に対して詐欺行為を働こうとしたのだからの。

 そなたたちのおかげで、我が国は詐欺国家と思われてしまった」


「「「 !!!!! 」」」


「しかも借り麦を申し込んでおきながら、この国の商会であれほどの散財をするとは……

 そなたたちには大いに失望した。

 即刻帰国して当面の間謹慎しておれ」


「そ、そのようなこと!」

「無礼を働いたのはあの小僧ですぞ!」


「謹慎を命じた王命に反した者は、降爵処分とする。

 その行動によっては改易もありうるので心せよ」


「「「「 !!!!! 」」」」



 こうして、両国の貴族家の半数が、或る者は悄然として、また或る者は怒りに額を青筋だらけにして帰国して行ったのである。




 翌日はまた、4カ国の会合が持たれた。

 その場には国王たちと両将軍閣下しかいない。



「さて、まずは約束させて頂いていた金貨をお渡しさせていただきますね」


 テーブルの上に金貨1000枚が入った袋が6つ現れた。

 この地域の金貨は1枚40グラムとさほどの重さではないが、それが1000枚も揃うと40キロにもなる。

 皆の目が丸くなった。



「そ、それではこのうちの金貨1000枚で麦を1万2500石買わせて頂いてもよろしいでしょうか……」


「もちろんどうぞ」


「将軍、すまないが国軍本部に命じて荷駄隊を派遣させてくれ。

 その後は准男爵までの全ての貴族領に触れを出して、借り麦を希望するものは王家に届け出るよう伝えるように。

 利息は免除する代わりに返済期限は年末としよう」


「はっ!」


「我が国も同様に頼む」


「ははっ!」



 両陛下が大地に向き直った。


「ダイチ殿、これで我が国の民たちも餓えることは無くなり申した。

 厚く御礼申し上げる」


「この恩義は忘れませぬ。誠にありがとうございました」


 そして両陛下と将軍閣下は大地とワイズ国王に向かって深々と頭を下げられたのである。



「みなさまどうか頭をお上げください。

 これはあくまで金銭貸借・・ですので。

 ところで、僭越ながら皆さまにご提言がございます」


「是非お聞かせ下され」


「率直なことを申し上げますが、どうかお許しください。

 わたしの提言を採用されるかどうかは、もちろん皆さまのご自由です。

 この提言が金銭貸し付けの後に為されることにご留意頂きたい」


「「「 ………… 」」」


「まずは皆さまの今までの祖国防衛努力に敬意を表させて頂きます。

 総兵力で10倍を超えるデスレル帝国とその属国群の侵略を許さなかったご努力は、絶賛に値するでしょう。

 ですが、あの城壁が完成した今、ご両国は防衛から内政に軸足を移す必要があるのではないかと愚考するのです」


「うむ、それは我らも重々考えておる」


「そうですね、我が国も今はなんとかなっても、数世代も経てばデスレルと変らぬ侵略国家になってしまう可能性もありますし、この際抜本的な改革をしなければならないとは考えておりました」


 ゲゼルシャフト国王が真剣な表情で口を開いた。


「その抜本改革の第一歩はまず農業改革となりましょうな。

 国家による侵略の動機はまず王家や上級貴族家の貪欲ですが、それ以外にも農業生産の低下による貧困化もありますので」


「そうよの、防衛の必要が無くなった国の目標は、まず農業生産の向上よの……」


「その件に関しましては、これから作る模範村がお役に立てると思います。

 ただ、農民は保守的です。

 今すぐに農業のやり方を変えろと言ってもなかなか従わないでしょう。

 ですが、今から模範村で作物の作付けを行い、秋に例年の10倍を超える収穫が得られれば、農民たちも新農法を真剣に学ぼうとするようになると思います」


「今から村を作って作付けを行って、秋には収穫が得られるのですか?」


「はい、4平方キロの村8つ程度であれば1日で作れます。

 その後すぐに入植を始めれば、秋には十分な収穫が得られているでしょう」


「「「 ………… 」」」


「そうなれば、今まで農業適地で無かった場所に次の模範村を作って行くのも受け入れられるでしょう。

 軍人以外にも、農家の2男3男など、新たな入植者を集めやすくなると思います」


「そうだの。

 実際に例年に10倍する収穫を見せれば、皆目の色を変えて集まって来るであろうな……」


「その際に、後々の禍根になるかもしれない障害があります」


「それはどのような障害でしょうか……」


「わたしが為政者にとって最も重要と考えているのは、能力もさることながらその人物が持つE階梯であります」


「『いーかいてい』ですか?」


「ええ陛下、E階梯とは他者を思い遣ることの出来る能力の尺度です。

 倫理心や道義心と言い換えてもいいかもしれませんが。

 詳しくは後程ご説明申し上げますが、私がワイズ王国の国王陛下や王太子殿下、宰相閣下をご信頼申し上げているのは、みなさんE階梯2.8から3.5をお持ちだからです。

 アマーゲ公爵閣下もケーニッヒ閣下も両陛下も、E階梯はこの範囲内にあります。

 ですからわたしはみなさまをご信頼申し上げているのです」


「ダイチ殿は、その人物の『いーかいてい』を見る事が出来るのですね」


「はい」


「その『いーかいてい』とは、だいたいどのような数値なのか、概略だけでも教えて頂けませんでしょうか」


「そうですね、このE階梯は『他人を思い遣る能力』の尺度でありますが、例えば、ミミズやカエルのE階梯は0です。

 彼らに他者を思い遣る心はありませんから。

 また、他人を虐げて苦しめることに喜びを感じるような者はE階梯がマイナス表示されることもあります」


「このアルスの民の平均はどれほどなのでしょうか」


「0.3です」


「そんなに低いのですか……」


「ええ、平均だとそうなります。

 特に貴族や王族など地位の高い者ほどマイナスが大きい傾向にありますね」


「「「 ………… 」」」


「一方で、私が出会った中で最高のE階梯を持った者は、ほとんどが弱者になります。

 弱者ほどお互い助け合って生きて来たからでしょう。

 このE階梯は親から子に受け継がれることは無く、その人物の生き方に最も影響を受けるようですから。

 特に自らの権力や自尊心だけを振りかざして民を顧みない貴族はこのE階梯が低くなりますし、当然そういう親を見て育った子も低くなります。


 ですから、失礼な言い方をお許しいただければ、皆さんのように王族や高位貴族であるにも関わらずE階梯の高い方は貴重なのです。

 想像するに、そのE階梯の高さが民を思い遣る心になり、それが他国の侵略を跳ね除けて来られた原動力になっていたのでしょう。

 そうして、民の笑顔を守るために国防に注力されることをもって、ご自分のE階梯もさらに上げられて来たのではないでしょうか」


「なるほど……」


「ですが……

 お国の貴族たち、特に両将軍閣下の寄子でない貴族たちは、全員がE階梯1未満だったのです。

 中にはマイナス表示の者もいましたし。

 あれでは民を思う気持ちを持つことは出来ません。

 まあ、国防のための戦闘には有益な人材だったのかもしれませんが」


「「「 ………… 」」」


「ですから、今後の内政重視の政策には彼らが障害になります。

 これよりあらゆる手立てを尽くして彼らを排除して行くべきでしょう」


「「「 !!!!! 」」」


「武威や地位、爵位などを背景に平気で詐欺を働こうとする者たちに、民の統治を任せるわけにはいきません。

 彼らは自らの利益と権勢の為なら民の不幸などなんとも思わないでしょうから」


「「「 ……………… 」」」


「もちろん彼らにも今までの戦功という功績があります。

 ですから、改易ではなく法衣貴族家への転換を進められるとよいのではないでしょうか。

 つまり名誉と収入はそのままに、支配する民と保有する戦力を無くすための施策になりましょう」


「な、なるほど……」


「さらに、その際に解雇される領兵は、追加で作る模範村で受け入れてやればいいでしょうね。

 そうすれば、農業生産も更に増えますし」


「そうか……」


「具体的には、例えば王家経由で借りる麦の返済が滞った場合には、降爵かもしくは爵位は変わらないまま法衣貴族への転封を選択させるとかですね。

 そのころになれば模範村の収穫高も十分になり、法衣貴族家への年金も払えるようになっているでしょうから。

 もし足りなければもちろん私がご融資申し上げます。

 そうして、最終的には全ての地を国家直轄領とされては如何でしょうか。

 その方が内政重視の政策が遥かに取りやすくなりますので」


「まさにこのワイズ王国の現状そのままですな……」


「ええ」


「ですがダイチ殿、納税が滞った貴族家は降爵や法衣貴族家への転封を恐れて無茶をするかもしれませんぞ。

 例えば農民から全ての麦を取り上げて餓えさせるとか」


「貴族家領主は民の逃散を防ぐ措置を取る権限を持っておりますからの。

 農民たちは逃げることも出来ません」


「そのときはチャンスですね」


「「「 ??? 」」」





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