*** 236 貴族家たち ***
「ダイチ殿、ひとつお聞かせ願えまいか……」
「どうぞ」
「なぜ我らの国にそこまでして頂けるのであろうか」
大地が微笑んだ。
「そうですね、それにはいくつかの理由があるのですが……
まずはお二方が我がダンジョン国とこのワイズ王国に対して平和の誓いを立てて下さったからです。
もう一つはデスレル帝国の支配者たちを捕縛してこの辺り一帯を平定するために、先ほどご了承を頂いた『通路』が必要だからです。
両陛下、両将軍閣下にはもうお伝えしてあるのですが、『平定』とはわたしが支配するという意味ではありません。
戦と収奪が無くなるのならば、その地は誰が王であっても構いません。
ただし、統治者もしくは防衛者としての王です。
収奪や侵略のための王であれば、わたしはその王家をことごとく滅ぼします」
両将軍閣下は微かに微笑んだ。
対照的に両国王陛下は少し蒼ざめている。
「そして……
最も大きな理由を申し上げます。
それは私が皆さんの国に恩義を感じているからなのですよ」
「『恩義』…… ですか……」
「はい、恩義です。
皆さんは意識されたことが無いのかもしれませんが、この国と周辺国の民約9万には今笑顔が溢れています。
それは、なによりもみなさんのおかげなのです」
「と、仰いますと?」
「この国や民が今こうして平和に暮らせているのは、皆さんの国が盾となって、デスレルの侵攻を防いでいてくれたからなのです。
もし皆さんのご努力が無ければ、今ごろこの辺り一帯もデスレルの属国になっていて、民は塗炭の苦しみを味わっていたことでしょう。
みなさんのおかげでわたしの行動も随分と助かっています。
これが『恩義』なのですよ」
「な、なるほど……」
「よくわかり申した。
それでは誠に申し訳ないのですが、お言葉に甘えさせて頂きたいと思います」
「それからですの。
実は少々困ったことがあって、ご相談申し上げたいのです」
「なんでしょうか」
「実は我が国の貴族たちが、貴国に単独で麦の借り入れを申し込もうとしておりましての。
わたしの寄子であればなんとか説得出来るのですが、特に寄子でない貴族たちが単独借り入れを画策しておるのです。
そうした貴族家独自の行動は、王家でも止められないのですよ」
「王家や将軍閣下を通してではなく、彼らが直接私たちから借りたいというのですね。
ということは、返す気は無いということですか」
「間違いなくそうなります。
王家から借りて踏み倒せば、それは大変な不名誉になり、場合によっては降爵の対象になります。
ですが、他国から借りてその返済を行わねば、それは国全体の富の増大を意味しますからの。
場合によっては大いに自慢しながら自分の権勢の増大に結びつけることでしょう」
大地がまた微笑んだ。
「それでは、わたくしが…………することをお許しいただけませんでしょうか」
「なんと……」
「そのための準備として、こちらの進物をご用意させて頂きました。
このように手首に着けてください」
「これは…… 時の魔道具ですかの……」
「はい、腕時計と申しまして、時刻を知るための道具です。
短い針が時刻を、長い針が分を、そして動いている針が秒を示しています」
「こ、これがあれば、離れたところにいる部隊が、同時に攻撃を開始出来るのですな!」
「はは、閣下、もうそのような機会は無くなっているのではないでしょうか」
「ははは、そういえばそうであった。
これからは我らも防衛一辺倒ではなく、国を富ますことを第一に考えていかねばならぬのだな……」
「それにしても、貴殿の策は実に興味深い。
午後の全体会議を楽しみにしておりますぞ」
(ふふ、貴族家単独の借り麦申し込みを見越して、このような道具まで用意していたのか……
流石よのう……)
昼食後、メインバンケットルームには、大地とワイズ王国王家、ゲゼルシャフト王国とゲマインシャフト王国の視察団が集合した。
通常の開会の辞の後は、ゲゼルシャフト王国のラインラント侯爵(非寄子、E階梯マイナス0.8)が口火を切った。
「ところでダイチ殿、我ら上位貴族がこうして揃って訪問しておるのは、実は目的があってのことでの。
貴殿やワイズ王国に依頼があってのことだったのじゃ。
それに加えて視察の結果、さらに依頼したきことが増えてしまっておる」
「お聞かせくださいませ」
「うむ、まずは教えて頂きたいのだが、あの円盤はどれほどの大きさまで造れるのであろうか」
(はは、やはりそう来たか)
「そうですね、直径300メートルほどまでは作れると思います」
「おお!
それであれば、兵の2万や3万も乗せられるの!」
「はい。可能ですね。
ところで、その大きな円盤をご購入されたとして、どのようにご利用されるおつもりですか?」
「いや購入ではなく貸して頂きたい」
(セコいねぇ……)
「それでお借りになられた後はどのようにお使いになるのですか?」
「知れたことよ!
兵を満載し、デスレルの王城に乗り込んでやるわい!」
「そのご希望にはお応え出来ないと思います」
「何故だ!」
「我がダンジョン国の国是は、いかなる理由が有ろうとも他国を侵略しないというものです。
これには当然、他国に対して侵略の道具を供与しないということも含まれるからです」
「な、なんだと!
なぜそのような国是を放置しているのだ!
即刻改正せよ!」
「はは、その国是を決めたのは私ですからね。
わたしが変えるわけにはいきません」
「うぎぎぎぎぎ……」
「それではわたくしゲマインシャフト王国のシュトックハウゼン伯爵から要望があります」
(ケーニッヒ侯爵の寄子でなく、E階梯は0.2か……)
「どうぞ」
「あの農具は鉄よりも固いというのは本当でしょうか」
「はい、本当です」
「ならばあの『くわ』とやらを1000本ほど貸して頂きたい」
(はは、やっぱり『買わせてくれ』じゃあなくって『貸してくれ』かよ……
こいつもセコすぎ)
「その用途をお聞きしてもよろしいですか?
なにしろ畑を耕すなら三又鍬、畝を作るなら平鍬と用途に応じて使い分けるものですから」
「そんなことはどうでもよろしいっ!
返事をはぐらかすなっ!」
(沸点が低い奴だねぇ♪)
「それに、あの農具はこの国から持ち出した瞬間に土に還ってしまいますのでね。
まさかこの国で農業を為されたいのですか?」
「な、なんだと!
なぜ土に還ってしまうのだ!」
「そういう魔法を掛けてあるからです」
「な、何故そのようなことをしたっ!」
「あれ? 先ほどのラインラント侯爵閣下との会話をお聞きになっていらっしゃらなかったのですか?
我が国の国是により、他国を侵略するための武器になりうるものはお渡し出来ないからですよ?」
「し、侵略ではないっ!
デスレルの奴らめが我が国に侵攻して来た際の備えであるっ!
即刻その魔法を解除して、農具1000丁を引き渡せっ!」
「お断りします」
「な、ななな、なんだと!
我がシュトックハウゼン伯爵家を敵に回す気かっ!」
「もちろんです。
理不尽な要求を突き付けて武力で脅そうとする輩は侵略者と見做して排除します。
いつでもかかって来てください。
あなたもすぐにあの捕虜展示場の檻に押し込めて差し上げましょう。
それとも、あなたの領地で周辺4か国の軍勢8万5000を上回る兵を動員出来るとお考えですか?」
「ぬがががががが!」
「他にご要望がある方はいらっしゃいますか?」
「ゲマインシャフト王国のシュピーゲル伯爵である。
『えんばん』も『のうぐ』も貸せぬと申すのであれば、麦の借り入れを要求する。
これだけの遠隔地にわざわざ貴族家当主たるわしが来てやったのに、まさか拒否などすまいな」
(ロックオンしたターゲットに『真実の声』発動……)
「さてゲゼルシャフト国王陛下、ゲマインシャフト国王陛下、並びに両将軍閣下。
今ここにいる貴族全員に『真実の声』の魔法をかけました。
これ以降は全員が偽りを述べることは出来ず、時間の経過もわかりません。
また、この魔法を解除すれば、その間に何があったのかも覚えていません。
もちろん皆さんにはこの魔法は掛かっていませんが、念のために腕時計をご確認ください。
秒針は動いていますでしょうか」
「うむ、動いておるぞ」
「動いている……」
「先ほどと変らずに動いておるの」
「秒針が動いているということは、皆さんは時間経過を認識されているということになり、この『真実の声』の魔法は掛かっていないということになります。
それではこちらの貴族家の方々にいくつか質問をしてみましょう」
「「「「 ……………… 」」」」
「シュピーゲル伯爵閣下。
貴国では王家やアマーゲ公爵閣下が代表して麦を借り、それを国内貴族家に分配するという計画があるそうですが、貴殿は単独で直接借りたいとおっしゃるのですか」
「そうだ」
「それはなぜですか?」
「知れたことよ。
王家やアマーゲ経由で麦を借りたならば、返済の必要が出来てしまうではないか。
だが、我が伯爵家が直接借りたならば返済などいくらでも引き延ばせるし、さらに追い借りをした上で踏み倒すことも容易であろう」
「なるほど。
ラインラント侯爵閣下も、侯爵家として我々からの直接借り入れをご所望ですか?」
「当然である」
「なぜ、王家経由ではなく直接借り入れなのですか?」
「そんなこともわからんのか。
やはりお前は未熟な若造よの。
その方がさんざん借り入れた後に踏み倒すのが容易であるからだろうに」
「如何ほど借り入れになるおつもりですか?」
「そうさの、当初は5000石、その後も追加で借り入れを要請して、2万石も出させれば上出来よの」
「2万石もの麦を借りて返さないのですか?」
「ははは、そのときは我が娘か孫を正室としてお前に当てがってやるわい。
お前も伝統と権威あるゲゼルシャフト王国ラインラント侯爵家と縁続きになれるのならば、涙を流して喜ぶことだろう。
麦の2万石など安いものだ」
「ご回答ありがとうございます。
それではザイツベルガー伯爵閣下。
閣下も私共から直接借り入れをご希望ですか?」
「無論である」
「何故王家やアマーゲ公爵閣下経由での借り入れではいけないのですか?」
「王家やアマーゲからの借り入れになれば、我が伯爵家の権勢が低下してしまうではないか。
だが、余が直接他国から借り入れた後に踏み倒せば、我が声望はさらに高まるであろう。
当たり前のことを聞くでない」
「ありがとうございます。
それではビスマルク伯爵閣下は如何ですか?」
「無論我が伯爵家としての直接借り入れを要求する」
「それはなぜですか?」
「王家が借りた物を分配するとなれば、王家も名誉のために返済の努力をするだろう。
そうなれば、我がゲゼルシャフト王国全体の国富が増えることにはならん。
むしろ利息の分だけ持ち出しになる。
だが、わしが直接借りて踏み倒せば、その分だけ国富が増えることになる。
つまり、国を思っての行動よ」
「それではフォッケウルフ伯爵閣下、閣下も私共からの直接借り入れをお望みなのですよね」
「もちろんだ」
「閣下の領内の人口は何人ですか?
それから昨年の総収穫量と納税額は?」
「そのような些末事は知らん!」
「それを知らずにいくら麦を借りたらいいのかお分かりになるんですか?」
「ははは、そのようなことを知らずとも、借り麦は多ければ多いほどよろしい。
なにせ全て踏み倒して、我が領の収入になるのだからの」
「ありがとうございます。
次はロンメル伯爵閣下、あなた様も直接借り入れをご所望ですか」
(はは、こいつの紋章、キツネだよ♪)
「当然である」
「何故王家経由の借り入れではなく、直接の借り入れを望まれるのでしょうか」
「もちろんその方が我が寄子の子爵や男爵たちが当家により依存するようになるからである。
もし連中がわしに返済出来なければ、村の一つも取り上げてやればよろしい」
「閣下のわたしへの返済が無かった場合にはどうなりますか?」
「わははは、そのようなことは心配に及ばん。
返済の代わりに領地をよこせなどと言って来たら、無礼打ちにしてくれるわ。
やはりお前は世間知らずの若輩者よの」
「ヴェストファーレン伯爵閣下、閣下も直接借り入れをお望みですよね」
「無論である。
即刻麦3000石を差し出せ」
「閣下のご領地の畑の数は1500反であり、昨年の収穫は750石でした。
それで如何にして3000石もの麦を返済するのか、返済計画をお聞かせ願えますか?」
「わははは、返済しないのだから、返済計画などは必要無いのだ。
やはりお前は知恵が足りないようだの」
「シュトックハウゼン伯爵、閣下も直接借り入れをお望みですよね」
「もちろんだ」
「如何ほどの麦をご所望ですか?」
「多ければ多いほど良いが、最低でも5000石は寄越せ」
「差し支えなければ、その5000石の使途をお聞かせ願えませんか?」
「よかろう、特別に教えてやるので感謝せよ。
まずは我が邸の建て替えであるな。
次は配下の子爵や男爵共への貸付に使おうか」
「民の口には入らないのですか?」
「はは、民などその辺に生えている草でも喰えばよろしい。
もしどうしても麦が喰いたければ国軍に加わればいい。
国軍の糧食は王家の負担であるから我が領の財は減らん」
「シュトックハウゼン伯爵閣下、閣下は如何ほどの借り麦をご所望ですか?」
「最低でも6000石は寄越せ」
「それほどまでの量の麦をどうされるのですか?」
「もちろんデスレルの属国に攻め込む際の兵糧にする。
もし即刻麦を差し出さねば、この国に攻め込むぞ」
「みなさんご返答ありがとうございました。
それでは、両将軍閣下の寄子であらせられる貴族家の方にもお聞きしてみましょうか」
(はは、両閣下たちの顔がおっかなくなってるよ……)