*** 235 要望 ***
翌日10時から4カ国の代表による会談が始まった。
まずワイズ王国側はワイズ国王に加えてアイシリアス王太子と宰相。
ゲゼルシャフト王国はアウグスト国王とアマーゲ公爵。
ゲマインシャフト王国はジュリアス国王とケーニッヒ侯爵。
そしてもちろんダンジョン国側は代表であるダイチである。
大地の頭の上には隠蔽で姿を隠したタマちゃんもいた。
もし『看過Lv8』以上を持つ者が見れば、タマちゃんの姿に驚いたことだろう。
実はアマーゲ公爵とケーニッヒ侯爵は、大地の頭の上を見て微かに首を捻っていたのであるが……
(はは、流石は超一流の軍人だな)
視察団両国の国王が口を開いた。
「まずはワイズ王国国王陛下とダンジョン国代表のダイチ殿に厚く御礼申し上げる。
実に有意義な視察であり、昨日の料理も見たことが無いほどに素晴らしいものであった」
「それに加えて我らが国からは留学生も受け入れて頂いている。
昨日の彼らの働きぶりを見れば、貴国の新農法を充分に伝授されつつあると思える。
貴重な技術をお教えくださって、誠に感謝の念に堪えない」
「お言葉痛み入ります。
ですが、こちらの両将軍閣下が、個人的にではあれ我ら2カ国と平和の約定を立ててくださいました。
城壁も視察も、その御礼ですのでお気になさらずに」
アマーゲ公爵とケーニッヒ侯爵が居住まいを正した。
「それでの、この上お願いを重ねること汗顔の至りではあるのだが、今回の視察では貴国方にお願いもあるのですよ」
「両陛下、両閣下。
この場には我らしかいません。
もしよろしければ、お互いに遠慮なく意見・要望などを話し合いませんか」
国王たちも将軍たちも微笑んだ。
「それではお言葉に甘えて率直に申し上げます。
我らの国では麦の作付けが始まっていますが、このままでは秋の収穫までの食料が足りないのです。
おかげで野菜を作付ける余裕も無くなり、また『遠征病』や『貴族病』が再発してしまうでしょう。
ですから、もしよろしければ不足分を購入させて頂きたいのです」
「畏まりました。
我が国では麦の売値と買値を固定価格制に致しました。
国内での買値は常に1石銀貨8枚ですし、売値は銀貨7枚と銅貨50枚です」
「なんと…… 商会の利鞘が銅貨50枚しかないのですか……
それでは商会からの不満の声が出ていませんか」
ワイズ国王が微笑みながら口を開いた。
「我が国の大商会は、共同でワイズ王国総合商会を設立して大いに儲けました。
なにしろ設立から5か月で、国への冥加金を金貨1万枚も支払ったほどです。
我が国の冥加金率は5割ですので、彼らも同じ金貨1万枚を貯め込んでいます。
しかも、その商品はほぼ全てダイチ殿が我が王城に卸して下さったものを商会が仕入れて売っていますので、彼らは国にもダイチ殿にも相当な恩義を感じておりますのですよ。
麦の売買利鞘は要らないとまで言って来たほどです」
「なんと……
商品を全て卸してやったにも関わらず、冥加金率がたったの5割だったのですか……」
「はい」
「それならば麦の利鞘の少なさに文句は言わないでしょうな……」
「ところで、我らの国に麦を売っていただく場合、売値はいくらになりましょうか」
この時代の常識では、国が国に対して戦略物資である麦を大量に売る場合には、国内価格よりもかなり上乗せするのが当然だった。
「もちろん1石銀貨8枚です。
固定価格制は維持したいですからね。
もしも貴国内にワイズ総合商会の支店を作ったとすれば、そこでの売値は運搬費込みで1石銀貨10枚になります。
ですが、兵の皆さんに我が国の中で麦を買わせて持ち帰らせるのであれば、銀貨8枚です」
「国内価格と同じ値で売っていただけるというのですか……」
「それも1石銀貨8枚とは、豊作だった5年前の価格ですぞ」
(はは、流石に北の龍虎と言われるだけの大将軍だな。
麦の流通価格まで知っていたか……)
「ええ。
そのうちに我々の新農法が広まって、大豊作地帯が広がれば固定価格をもっと引き下げる必要が出て来るかもしれませんからね。
今不足しているからと言って、あまり高く値を付けるのもそのときに混乱するでしょう」
「5か月前にワイズ総合商会をお作りになられたときに、既にそのようなお考えをお持ちだったというのですか」
「はい。
食料である麦の価格の安定こそが民の暮らしを安定させますので」
(この男は……
新農法を教授することで収穫を飛躍的に拡大させたのみならず、合わせてワイズ総合商会を設立することで周辺国の強欲を煽り、攻め込んで来た盗賊まがいの隣国4国を滅ぼした。
さらにそれで得た捕虜や難民に村や畑を与え、民の数を10倍にした上で国の石高を100倍にし、その上麦の価格まで安定させようというのか……)
(この男の魔法能力は確かに恐るべきものがありますが、本当に恐ろしいのはこの深謀遠慮の力の様ですね……)
「ところで、失礼ながら質問をお許しください。
両国の麦は如何ほど足りないのでしょうか」
「ゲゼルシャフト王国には4万反の畑があり、最盛期には4万石の石高があり申した。
これで民3万を養っていたので、十分な余裕はあったのです。
それが、軍情報部が国内の複数個所で調査した結果、去年の収穫は1反当たりわずか5斗しか無かったのですよ。
つまり、全部で2万石の収穫しか無く、不足分は1万石ということになり申す」
「ゲマインシャフト王国では5万反の畑がありますが、その収穫率はやはり1反当たり5斗でした。
つまり、3万5000の民に対して2万5000石の麦しか無く、不足分はやはり1万石と言うことになります」
両陛下が少し驚いた顔をして2人の将軍の顔を見ていた。
もちろん、こうした国の内情は重大な国家機密であり、それを聞かれるままに返答していることに困惑しているのである。
だが……
(そうか、叔父上は、このダイチという男にここまで信頼を寄せているのだな……)
(ケーニッヒ侯爵将軍がここまで信用する男であったか……)
「それでどうされますか。
その麦不足分を金貨800枚(≒8億円)で購入されますか?」
「うむ、そのことについてなのだが、国庫と我が公爵家の蔵を空にすれば金貨800枚は用意出来よう。
だが、それでは不時への備えが全く無くなってしまうのだ」
「我が国も残念ながら事情は同じですね」
(たった8億円で国庫が空か……
如何にここ数年不作が続いていたとしても寂しいねぇ。
でもまあ人口が3万とか3万5000しかいないっていうことは、日本の地方小都市以下で村並みだろうから、そんなものなのかな……)
「ですから誠にお恥ずかしい申し出なのだが、いくらかは貸し付けにしては頂けないだろうか」
「王家と我が侯爵家からの心よりのお願いであります」
両将軍が大地とワイズ国王に頭を下げた。
それを見た2人の国王も慌てて頭を下げている。
「みなさんどうか頭をお上げください。
それではご両国に対し、金貨3000枚ずつをご融資させて頂きたいと思います」
「「「 !!!! 」」」
(はは、金貨はまだ1000万枚近く持ってるからな……)
もちろん大地にとっては備蓄食料の方が金貨などよりも遥かに大切なものだった。
大地が持つ金はまだ20万トン近くあり、これを全て金貨に鋳造すれば、その量は約8億3000万枚になる。
仮にこの金貨で麦を買えるとすれば、約100億石の麦が得られるだろう。
「恐縮ですが、その金貨で麦をご購入頂けませんでしょうか。
その方が我が国の商会も喜びますし、ひいては民も喜びますので」
(金貨3000枚あれば、麦は3万7500石買えるから十分だろ。
麦を貸してもGDPにはカウントされないけど、カネを貸して麦を買って貰えれば、このワイズ王国のGDPは確実に増えるからなぁ)
「よ、よろしいのですかの」
「もちろんです。
これはダンジョン国代表としての公式発言です」
「それで……
利息は如何ほどなのでしょうか。
それから返済期限は……」
「利息は要りませんし、返済期限もありません。
まあ、或る時払いの催促無しというやつですね」
「なんと……」
「その代わりと申し上げてはなんなのですが、お願いが2つとご提案が1つございます」
「お聞かせくださいませ……」
「まずは、この借り入れ金貨については、王家のみに対する貸し付けで金利10%、返済期限1年と貴族たちには伝えてください」
「なるほど……
貴族家からの金銭貸し付け要求を排除されるためですか」
「はい。
それから、確か貴国同士の国境地帯は王家直轄領になっていましたよね」
「万が一にも国境沿いで両国の間に偶発紛争など起こさないよう、50年以上も前に貴族領を転封させて王家領としており、立ち入りも禁止しておりますが……」
「先日も申し上げました通り、その国境地帯に城壁を2枚造らせて頂いて、通路を作らせて頂きたいのです。
デスレル帝国やその属国群にこのワイズ王国に攻め込んで来て貰いたいのですが、このままでは皆さんの国の軍や城壁が障害になって、彼らも近づくことすら出来ないでしょう。
もちろんご両国間の移動を妨げないために、城壁の下には隧道も造らせていただきます」
「本当によろしいのかの。
デスレルの奴らめが本気になれば、属国の兵と農民兵も含めてその総兵力は30万にも達しましょうぞ」
「農民兵まで動員すれば40万もの兵力になりましょう」
「その程度の兵であれば全員捕獲するのに1刻もかかりません。
例え30万が300万になっても問題無いです」
「「「 ………… 」」」
「それで、貴国同士の国境沿いを、幅300メートル、長さ87.5キロに渡って貸して頂けませんでしょうか」
全員が2カ国の王を見た。
「も、もちろんだ……」
「デスレル共を懲らしめるためであれば、もちろん協力する」
「ありがとうございます。
それでは土地の借り賃として、ご両国に金貨500枚ずつをお支払いさせてください」
「「「 !!!!!! 」」」
「それから、ご提案についてなのですが……
今後のご両国の食糧増産のために、国内に『モデル農村』を作ってみてはいかがでしょうか」
「『もでる農村』ですか……」
「まあ、新農法を広めるための村ということで、模範農村と言ってもいいですかね。
そうですね、王家直轄領に2つずつ、将軍閣下のご領地に2つずつほど作られたらいいと思います。
そして、これら8つの村には貴国からお見えの留学生諸君を派遣して、農業指導教官とすればよろしいでしょう。
もちろんうちの農業・健康学校の教官も何人か派遣します」
「その村の農民はどうしましょうか。
どの村でも少ない人数で作物を作っており、人員派遣の余裕は無いはずですので」
「国境の城壁が出来たことで、守備兵の人数には相当なゆとりが出来たと思います。
ですから、もしよろしければ、軍の余裕人員を軍所属のまま村に派遣されたら如何でしょう。
村そのものも軍の施設としましょうか。
いわば軍人村ですかね」
(日本だったら屯田兵村かな)
「彼らも多くは農村出身ですから農業には馴染んでいるでしょうし、『軍の兵糧の確保のため』と言えば納得もしてくれるのではないでしょうか。
村の生活に慣れたら家族を呼ばせてあげてもいいでしょう」
「なるほど……」
(この男は、まさかこれを見越してあの大城壁を造っていたというのか……
寒気がするほどの戦略立案能力と実行能力だの……)
「もちろん村づくりにはわたしが全面的に協力させて頂きます」
「どれほどの広さの村を想定していらっしゃいますか?」
「そうですね、2キロ四方で4平方キロほどの土地で如何でしょうか。
そこに1000反の畑を作って500人の村人に耕作をさせたいと思います」
「4平方キロですか……
それだけの農業適地があるかどうか……」
「もちろん既存の農業適地でなくとも構いません。
むしろ高台にあって川が無い場所ですとか、井戸を掘っても水が出ない場所ですとか、森が濃すぎて畑を作るのが困難な場所ですとか。
そういう場所の方が却っていいかもしれません。
ただ、多くの村から見学に来て貰いたいと思いますので、出来れば王都や領都などの大きな街からあまり離れていないところがいいですね。
後程ご領内の詳細な地図をお渡ししますので、『模範村』の建設希望地に印をつけておいていただけますでしょうか」
「ということは……
まさかあの魔道具を用いた水利施設も作って下さるというのですか……」
「もちろんですよ。
御二方の国は、それぞれ国土の4%ほどしか耕作地として利用されていませんよね。
将来的にはこれを12%にして、かつ新農法を全国に導入すれば、国の石高はそれぞれ72万石と90万石になります。
当面はこれを目標にしませんか?」
「な、72万石……」
「90万石……」
(ははは、我が国に占める耕作地の割合が4%だということまで把握しているのか……
あの地図と言いこの調査能力と言い、ほんに魔法の力と言うのは凄まじいものよの……)