*** 234 続・視察 ***
留学生たちが農具小屋に走って行き、様々な農具を持ち出して作業を始めた。
皆、今までにさんざん行ってきた作業だけに、かなり手慣れた様子である。
視察団一行は、畑の脇に用意された40ほどの椅子に案内された。
留学生たちは桶に水路の水を汲み、その中に少量の灰を混ぜてから柄杓で畑に撒き始めている。
同時に畑の隅の山から堆肥と腐葉土が取り出されて畑に撒かれて行く。
その後を追うように10人ほどの男たちが三又鍬を使って畑を耕し始めた。
「ダイチ殿、あの水に混ぜているものはなんなのでしょうか」
「それからあの小山から掘り起こして畑に混ぜ込んでいるものは?」
「両陛下、それではご説明させて頂きます。
まず、麦に限らず植物も生き物ですので、生きて行くのには水と食物を必要とします。
水はまあいいとして、植物にとっての栄養の半分は土に含まれておりますが、秋からこの春にかけて育った麦により土の中の養分が減ってしまっていますので、その養分を補ってやっているのです。
我々はその養分を『肥料』と呼んでいます。
後の半分の栄養については、実は植物は水と太陽の光と空気を使って自分で養分を作れます。
ですから作物の育成には水と太陽の光も必要になるのです」
「それで、その『ひりょう』とはいかなるものなのですかな」
「まずは森の落ち葉が発酵して分解されたものですが、昨年の秋に森で集めた落ち葉を地面に埋めていたものを使っていますね。
あの水に混ぜているものは灰ですが、これも植物の生育を助けます」
「『はっこう』とはなんでしょうか」
「簡単に言えば腐ることです。
我々は有用な腐り方をするものを特別に発酵と呼んでいるのですよ」
「ふむぅ、植物にとっての養分とは、ずいぶんと変ったものなのですね」
「ええ、何が植物の生育を助けるかという研究は、それこそ何百年もかけて行われて来ましたから。
草食動物の糞なども発酵させるとよい肥料になります」
「なんと……」
「それにしても、そうした『ひりょう』を作って混ぜ込むのはかなりの手間でしょうに」
「この1反の畑では秋に6石の麦が取れる予定ですが、もしこの肥料を一切与えていなければ、収穫はたぶん3石ほどになってしまうでしょうね。
ですから手間をかけるだけの価値は十分にあります」
「ほう!」
留学生たちの振るう三又鍬はザクザクと心地よく土に刺さっていた。
ある程度の耕しが終わると、今度は平鍬を持った者たちが畝を作っていく。
「麦の種はあのように作った畝に植えられます。
畝を作る理由は、水撒きなどで畑に入るときに麦の根元を踏んで土を固めないという理由が主ですね。
土が柔らかければ麦はより根を張れて大きく育ちますし、刈り入れたあとの根を掘り起こすのも楽ですから。
あとは太陽の光をよく葉に当ててやるために、麦の列と列の間を空けておいてやるという意味や、雑草を除去しやすくするという意味もあります」
「なるほど……」
「ところでダイチ殿、あの土を掘り起こしている農具を見せて頂けないものでしょうか」
「はい」
控えていた代官補佐の若者たちが農具倉庫に走って行き、すぐに三又鍬と平鍬を2本ずつ持って来た。
両陛下はその鍬を手に取ってしげしげと見ている。
拳で叩いて固さも確かめているようだ。
「ダイチ殿、これは青銅よりも固そうに見えるのですが、まさか鉄製なのですか?」
「いいえ、土を魔法で固めて作ったものです。
元は土ですが、相当に固く固めてありますので、鉄よりも固いでしょうね」
「なんと……」
留学生たちは、畝を作るとその上に板を乗せて穴を空け始めた。
穴には麦の種が入れられて埋められ、すぐ後ろにいる者たちが柄杓で水をかけている。
若い国王2人は、そうした一連の作業を熱心に見ていた。
「鳥が飛んで来ない……」
「よくお気づきですねケーニッヒ閣下。
この様に穴を空けて種を埋め込んでやると、目で食べ物を探す鳥は麦の種を見つけることが出来ずに飛んでこないのですよ。
そのおかげで、単に麦の種を撒いたときに比べて鳥追いをする必要が無くなりますから、ああして手間をかけて種を埋めてやる価値は十分にあるでしょうね」
「なるほど……」
アマーゲ閣下も大きく頷いている。
(はは、さすがは両閣下で、農業にも相当に詳しいようだ。
もっとも、あくまで『兵糧の生産』という軍事的観点からかもしれないが。
両陛下もさすがに将軍たちの薫陶を受けたせいか、かなり熱心に見学しているようだな。
それに対して、やはり貴族連中は農業には興味がないか……
将軍の寄子貴族はそれでもなんとか目を開けて見ているようだが、寄子でない貴族家当主たちはもう飽きて来てるようだ。
あー、あいつあくびしてるわ。
あいつなんか舟漕いでるし……)
「農業で最も大事なことは、こうして作物を植える前に水利を整え、土を作ってやるという準備かもしれません。
それでは次に水車式製粉所をご覧になって頂きましょうか。
留学生諸君ご苦労さま。
切りのいいところまで作業して休んでくれ」
「「「 はっ! 」」」
「うむ、留学生たちよ。
そなたたちの作業ぶりは見事であったぞ」
「その通りだ。
このまま最新の農業技術を身に着けて国に帰って来ることを楽しみにしている」
「「「 うははあぁぁっ! 」」」
「それではみなさんこちらにどうぞ」
「これは……」
「水の流れで車輪のようなものを回しているのか……」
「だがなんのために……」
「製粉所職員たち、石臼に麦を入れていったん水車小屋から出てくれるか」
「「 はっ! 」」
「どうぞ両陛下、中を見て頂ければお分かりいただけると思います」
「おおおおっ!」
「そうか!
あの車輪のようなものを回して、その力を石の臼に伝えているのだな!」
「見事な仕掛けだ……」
「おおお、麦がみるみる粉になってゆく……」
国王たちは水車小屋の仕掛けが気に入ったようで、ずっと眺めている。
大地は途中で石臼に麦を継ぎ足した。
(はは、やっぱりみんな水車には興味津々だな)
興奮冷めやらぬ両国の国王がようやく小屋から出て来ると、次には貴族たちが入っていった。
さすがにこの水車は面白いらしく、皆盛んに感想を述べている。
「いや素晴らしい仕掛けであった。
この『すいしゃ』があれば、より少ない人手で麦を粉に挽けるのですな」
「ええ、今までは石の窪みに麦を入れて別の石ですり潰していましたが、この水車小屋ではその50分の1の時間で粉が挽けます。
それに、麦を継ぎ足す当番がいれば、夜中も麦が挽けますからね。
パン用の小麦粉を作る労力が大幅に軽くなりました。
そうそう、この製粉所は国営でして、誰でも麦を1合払うと1石の麦を粉にして貰えるのですよ」
「素晴らしい……」
「それで農民たちが小麦を持って来て粉にしているのですな」
「ええ、最近では王都などの街の食堂やパン屋も、麦を買ってここで粉にして使っているようですね。
また、そうした小麦の運送組合も作りました。
こちらは麦2合を渡すと、王国内のどこにでも麦の実や麦粉を運んでくれます。
その運び賃の内、1割が国への税、1割が組合の収入、そして8割が荷車人足の収入になります」
「ますます素晴らしい。
そうやって国の収入の途を増やされてもいるわけですな」
「そうです。
それ以外にも民の収入の途を増やしてやっているという側面もありますけど」
「なるほど……
商人や農民だけでなく、製粉所で働くことや荷車人足という収入の手段も与えてやったのですか」
「はい」
「それにしても、こうして川沿いに『すいしゃごや』を作れば、麦を粉にするのが随分と楽になるのですなあ」
「いえ陛下、川沿いに作るのはお止めになった方がよろしいかと」
「と、仰いますと?」
「川沿いに水車小屋を作りますと、雨期に川が増水したときに水車や小屋が流されてしまいます。
ですから、まず川と平行に堤防と水門付きの水路を作って、その水路沿いに水車小屋を作るべきでしょう。
そうすれば、川が増水した際にも、水門を閉じれば水車小屋は流されずに済みます」
「な、なるほど」
「やはり準備にはたいへんな手間がかかるのですな……」
「どうやらみなさん見学を終えられたようですね。
それでは迎賓館に戻って午餐会に致しましょうか」
午餐会は和やかに進んだ。
料理は以前のデビュタント・パーティーと遜色無いものが出されている。
ただ、ケーニッヒ将軍だけは思っていた。
(食材は同じようなものが使われているが、味が少し違うの。
なんとなくだが、今日の料理の方が数段旨く感じる……)
そう……
王城の厨房にはシェフィーちゃんが入っていたのである。
材料は地球から購入してきたものが多かったが、なにしろ彼女の本体はレベル10の料理スキルであり、地球の三星シェフと同等以上の能力を持つ。
その彼女が作った料理であった。
もともとシェフィーちゃんは大地の料理スキルである。
ということは、大地に料理の知識を与えたり料理する際にその方法を助言することが役割だったのだ。
故に分位体の無い状態ではシェフィーちゃんは自分で料理をしたことは無かったのである。
ところが大地が分位体の体を与えてくれたために、自分でも料理が出来るようになった。
しかも大地からは、道具も食材も使用無制限と言われている。
シェフィーちゃんは実際に自分で料理をすることを喜んでいた。
ストレーくんの時間停止収納庫に厨房がついた家まで貰っていたのである。
シェフィーちゃんはこの家で思う存分料理を楽しんだ。
やはり、自分が思った通りの味を実現出来るのは楽しいらしい。
また、そもそもが料理の仕方を助言する存在であったために、他人に教えることも得意だったのである。
シェフィーちゃんにとって、大地の命により弟子たちに料理を教えていくという仕事は天職だったのだ。
「みなさんは、今まで料理と言えば『焼く』と『茹でる』しか使っていませんでした。
料理方法には、それ以外にも『蒸す』『揚げる』『炒める』などがあります。
さらに、同じ焼くにしても、『ソテ』『ロティール』『キュイール・アン・クルット』『ポワレ』『グリエ』などさまざまな手法があります。
これからわたしが料理を作りますので、よく見て覚えてください」
「「「「 ウイ・マム! 」」」」
もちろん王城の料理人以外にもコック服姿のエルメリア王女もいる。
ホテルでの午餐会や晩餐会などの際には、厨房はよく『戦場』になるなどと言われるが、それは客全員の分の料理を一斉に出さなければならないからである。
もちろん暖かいものを冷ましてもいけないので、同時に仕上げることが要求される。
故に『戦場のような忙しさ』と言われるのであるが、ここにはなにしろストレーくんがいた。
いかなる料理でも、彼が出来た端から時間停止収納庫に仕舞ってくれるので、ここの厨房では3週間も前から料理が作られていたのである。
しかも、十分な時間があるために、王城の料理人たちへの指導付きであった。
王城の料理長は大地のことを料理の神だと思っていたが、このシェフィー講師はその使徒だと思うようになっている。
参加者全員が大満足した午餐会の後、大地はシスくんに聞いてみた。
「アライグマたちにイモは持って行ってやってくれたかな」
(はい…… でも……)
「どうした? なにかあったのか?」
(ええ、わたしとストレーさんの分位体で河川敷に行き、その場にイモを積み上げたのですが……
集まって来たアライグマたちが、全員立ち上がって周りをきょろきょろと見回し始めたのです。
特に子供たちは周囲を走り回っては立ち上がり、周りを見渡してはまた走り回っていました。
そして、そのうちにぴーぴーと鳴きながら親たちにしがみついていったのです。
あれは、鳴いているというよりも、泣いているように見えました。
親たちもどこか不安そうにしていましたが、そんな子供たちをぺろぺろと舐めて慰めていました。
きっとダイチさまがいらっしゃらないので、アライグマたちが不安になっていたのだと思います)
「そうか……」
(ですから、お忙しいところ恐縮ではあるのですが、明日はアライグマたちにダイチさまのお姿を見せてやって頂けませんでしょうか……)
「わかった。
陛下たちや将軍たちとの面談は10時からだからな。
その前に河川敷に行こうか」
翌日早朝。
大地が河川敷に転移すると、それに気付いた1頭のアライグマが「ぴいぃぃ―――!」と大きく鳴いた。
すると全ての巣穴からアライグマが飛び出して来て、大地に向かって走ってきたのである。
それはまるで灰色の絨毯が波打ちながら動いているような光景だった。
そして、特に子供たちは走って来た勢いそのままに、大地に飛びついて来たのである。
そこには、あっというまに『アライグマ団子』が出来上がった。
大地はアライグマたちに念話で話しかけてみた。
(はは、俺はお前たちを見捨てたりはしないぞ。
他の仕事が忙しくてここに来られなくても、いつもお前たちのことは見ているからな)
すると、アライグマたちから『喜び』や『安心』と言った感情が大地に流れ込んで来たのである。
(さあ、怪我をしないようにゆっくり離れてくれ。
それで列を作ったら全員を撫でてやるから)
シスくんとストレーくんの分位体がアライグマたちを並ばせた。
彼らは『列を作る』ということを理解して、200匹が整然と並んだのである。
大地は全員を撫でてやったのだが、特に子供たちは嬉しそうにぴゅいぴゅいと鳴いていた。
(こいつらこれだけ頭がいいんだったら、今度イモ畑でも作ってやるかな。
柄杓も渡してやれば、川の水を汲んで来て水やりも出来るかもしれないし……)
そう……
このときこそが、2000年後のアライグマ共和国のダイチ神神殿に於いて、『柄杓』が神器となっていることが決まった瞬間だったのである……
いよいよアメリカ大統領選挙ですね。
なんかアメリカでは、
【キチガイ老人】vs【痴呆老人】
って言われてるみたいですけど……
どっちが勝ってもアメリカオワタだそうです……