*** 233 視察 ***
「それでは出発致します。
まずはイスタ川の堤防をご覧いただきましょう」
円盤はゆっくりと上昇し、高度100メートルほどに達すると東に向かって飛び始めた。
搭乗者はほとんどの者がガクブルである。
円盤はすぐにイスタ川上流に差し掛かり、高度30メートルほどに下降すると、川の上をゆっくりと飛び始めている。
一段高くなった座席からは、イスタ川とその両側の堤防が一望出来た。
「ダイチ殿、川の流れが真っすぐに見えるのだが……」
「それにこの防塁のようなもの。
これが『ていぼう』というものなのですか……」
「ええ将軍閣下、川の底を掘り下げて真っすぐにした後に、両脇を盛り上げてこのような堤防を造りました。
これで雨期に大雨が降っても、この川が増水して畑や村が水に浸かることは無くなったでしょう。
言ってみれば川の増水から国を守る防塁ですね」
「なんと……」
「我らの国では、畑の水やりを楽にするために、多くの畑は川縁に作られているのですが、おかげで川が増水した時には畑が流されてしまうことも多いのですよ」
「このイスタ川の水を畑作に利用するために、堤防には水門を作って水を大型の溜池に流し込んでいます。
川が増水したときには水門を閉めれば堤防の中に水は溢れないでしょう」
「なるほど……」
円盤はちょうどアライグマたちのコロニー上空に差し掛かった。
ひとりだけ手摺近くに立っていた大地がふと下を見ると、大きな円盤が飛んでいるという不思議な光景に、ほとんどのアライグマたちが巣穴から出て上空を見上げている。
中には大地に気づいてしっぽをふりふりしている仔もいた。
大地は試しにアライグマたちに念話で話しかけてみた。
(ようお前たち、今日は仕事でそこに行けないけど、あとでまたイモを届けさせるから待っててくれな)
すると、200匹近いアライグマたちが全員一斉にしっぽを振り始めたのである。
中には大地に向かって手を振っている者もいた。
(か、可愛い……
な、なあシスとストレー、お前たちの分位体であいつらにイモを届けてやってくれるか)
(( はい♪ ))
円盤はイスタ川上流の溜池上空に到着した。
そこでは、川の水が水路で引かれ、門のようなものを通って堤防下のトンネルを潜り、溜池に繋がっている様子がよく見える。
「この大きな溜池は西のウェスタ川の上流にもありまして、これら2つの溜池の水を領内16か所の小さな溜池に運んで農業用水にしています」
「ダイチ殿、ここからその小さな溜池まではどのようにして水を運んでいるのでしょうか」
「ゲゼルシャフト国王陛下、魔法で動く道具、『魔道具』で運んでいます。
この溜池にも農村にある溜池にもいくつかの魔道具の箱がありまして、その箱から箱に水が『転送』されていますね」
「なんと……
それでは川の無い場所にも畑が作れるのですか……」
「はい」
「ですが、森を切り開いて畑や村を作るのは大変なのでは」
「いえ、魔法の力で木を抜いて地を均すのでそれほど大変ではありません」
「魔法というものは便利なものなのですね。
500年前に我が国を建国した祖王も魔法が使えたと言い伝えが残っているのですが、なぜ我々は魔法が使えなくなってしまったのでしょうか」
「実は500年前に神界はこのアルスにダンジョンを造られたのです。
そして、そのダンジョンでモンスターと戦って生き残った者たちに魔法能力を授けていました」
「神の試練を潜り抜けた者が魔法の力を得たということなのですか」
「はい、その通りです。
ダンジョンでは、それ以外にも鉄製の農具や便利な魔道具なども得られたそうです」
「我が国の宝物庫にも、建国王がお使いになられた鉄製武器が残されていますが、その魔法能力は建国王の子孫に伝わらなかったのですか?」
「その子孫はダンジョンの試練を潜り抜けたわけではないので伝わらないのですよ」
「それではなぜ皆そのダンジョンに挑まなくなったのでしょうか」
大地は若い国王を真剣な目で見た。
「実はこのアルスには、金属資源が少ないというハンデがあります。
神界はそれを哀れに思い、ダンジョンでの試練と引き換えにアルスに金属を与えようとされました。
それだけでなく、少しでも民の暮らしが楽になるようにと魔法の能力も授けて下さったのです。
ですが、当時ダンジョンで鉄製道具や魔法能力を得た者たちが、それらを使って周囲の者たちを殺し、国を作って民を支配し始めたのです。
『俺はこの地の王になる。俺に税を払わねば殺す』と言いながら」
「…………」
「当時この中央大陸には3500万人の民がいました。
それもほとんど戦乱も無く、誰に税を払う必要も無く、平和に暮らしていたのです。
ですがダンジョンで力と道具を得た者たちが、次々に建国のために戦争を起こしたせいで、僅か10年の間に1000万人もの民が殺されてしまったのです。
ダンジョンで力を得た者たちが、単に国王になりたがったためだけのせいで。
それからも、国同士の戦争は頻繁に起こりました」
「だ、だからこの大陸の国は、全て500年前に建国されたと言い伝えが残っているのですか……」
ゲゼルシャフト国王の顔が蒼ざめ始めている。
「その通りです。
この大量殺戮に心を痛めた神界は、ダンジョンで得られる魔法能力を極端に引き下げました。
同時に戦争に使えるような鉄製農具や道具を与えることも止めたのです。
建国王たちが使った鉄製の武器は、元々全て農具でしたけどね。
おかげで誰もダンジョンには入らなくなり、現在に至っているのです」
「だ、だから我々は魔法使えず便利な道具も持っていないと……」
「そうです。
神界の慈悲による授かりものを失ったのは、全て建国王たちの悪行のせいです」
「………………」
貴族家当主の1人が額に青筋を立てながら発言した。
「今の言は聞き捨てなりませんな。
我が国の祖王に対する大変な侮辱ですぞ!」
(ふーん、ゲゼルシャフト王国ラインラント侯爵か。
E階梯は0.2ね。
それにアマーゲ公爵の寄子じゃないんだな……)
「事実ですので仕方ありません」
「な、なんだと!
何故貴様はそのように言い切れるのだ!」
「神界の天使さまがそう仰ったからです」
「な、なんだと……」
「ダイチ殿、貴殿の国の国名は『だんじょん国』と言うそうですが、もしや……」
(ゲマインシャフト王国アーレンスバッハ伯爵か。
E階梯は1.9でケーニッヒ侯爵の寄子なわけね……)
「そうです、私の国は大森林の中にあるダンジョンを中心に私が建国した国です」
「こ、この若さで建国王……」
「だ、だからこれほどまでの魔法が使えるのか……」
「それでは王都周辺の農村地帯に向かいましょうか」
一行を乗せた円盤は、王都周辺42の村上空に到着した。
「この乗り物には私が結界を張っておりますので風も当たりませんし揺れません。
仮に手摺の外に落ちたとしても大丈夫です。
ですから、もしよろしければ座席ベルトのボタンを押してそれを外し、周囲の手すりから下の村々をご覧になられたら如何でしょうか」
一行はシートベルトを外し、恐る恐る手摺に近寄って行った。
眼下には縦横に走る水路の間に大変な数の畑が広がっている。
農村では多くの村人たちが上を向いて円盤を見上げていたが、この円盤の底にはワイズ王国の紋章が描かれているために、皆恐れてはいないようだ。
中にはやはり大地に気づいて手を振っている子供たちもいる。
(はは、アライグマたちと同じだな)
ゲゼルシャフト国王、ゲマインシャフト国王、それにアマーゲ公爵とケーニッヒ侯爵は、真剣な表情で下の風景を見ていた。
(見事な村々だ……
ところどころに林や野原もあるが、その間に整然と水路が作られている。
これならば子供でも作物に水をやることが出来るであろう……)
(あそこの小高い丘の上にあるのは溜池か。
あの池から農業用水を畑に引いているのだな……)
(ここの畑でも麦が芽を出し始めているが、なんとも密に生えているものよ。
それも、どの畑でも整然と列を為して。
ん? 全ての列が同じ方向を向いている。
そうか! 列は南北方向に作られているのか!
これならば作物への日当たりも良くなるのだろうな……)
ゲマインシャフト国王が大地を振り返った。
「ダイチ殿、ここにはどれだけの数の畑があるのですか」
「陛下、今農民が住んで畑作をしている村は42ありまして、そこには村ひとつにつき400反の畑があり、合計1万6800反で作付けが行われています。
その外側、第1城壁までの間には、既に350の村、14万反の畑を作っておりますが、こちらにはまだ農民を入植させていませんので作付けはしていません。
また、第2城壁の外側にも同じく350の村を作る予定がありますので、耕作予定地の畑の数は最終的に29万6800反になります」
「そんなに……
それで一反当たりの収穫量は如何ほどですか?」
「1反当たりの収穫は半年で約6石です。
昨年秋には全ての畑で作付けを致しましたので、42の村では約10万800石の収穫がありました」
「じ、10万石……」
「なるほど、だから周辺4か国から総計8万5000もの捕虜を捕獲しても食べさせていけるのですな」
大地がアイシリアス王太子を見た。
王太子が大地の意を汲んで答える。
「いえ、我が国の税は1反当たり0.2石ですので、税収は3360石しかございません。
民たちは20年分もの税を前払いしてくれていますが、それでも約7万石にしかなりませんし、あくまでも税の前払いですから使ってしまうわけにはいきません。
ですから、捕虜や避難民たちの食料はすべてダイチ殿がダンジョン国から持ち込まれたものです」
「民たちの手に残った3万石は……」
「民たちはまだ食料倉庫を持っておりませんので、ほとんどは王城の倉庫で預かっております」
「その食料は使われないのですかな」
「あれは民たちの食料であり、王家のものではありません。
従って使えないのです」
「「「「 ………… 」」」」
この時代の貴族たちには、領内で取れた食料は全て王か貴族のものだという認識がある。
このため、王太子が言った『民たちのもの』という言葉には衝撃を受けているようだ。
「ダイチ殿、もしお差支え無ければお教えください。
貴国の人口と石高は如何ほどなのでしょうか」
(ゲマインシャフト王国、ヴェストファーレン伯爵、E階梯0.7か。
ケーニッヒ侯爵の寄子ではないんだな……)
「人口は約20万で、加えて囚人が3万ほどおります」
「囚人がそんなにいるのですか!」
「囚人の中にダンジョン国の民はおりません。
すべてはダンジョン国の民を害してその財を奪おうとした他国の者たちです」
「ま、まさかその中にはこの国の周辺4か国の王族や貴族も……」
「ええ、国王は計4人、皇帝が1人、他にカルマフィリア王国と言う国も消滅させたので、それ以外にも王太子などを始めとする王族や貴族家に連なる者は8000人ほど収監しております」
「「「「 !!!! 」」」」
「それから、お尋ねの石高ですが、現在80万石ほどですね。
それ以外に備蓄分が70万石ほどございます」
「そ、そんなに……」
(はは、これでみんなうちの国から食料を借りやすくなったと思っただろうな……)
「それでは、もしよろしければ猥雑な場所ではございますが、下の村に降りて実際の農作業をご見学頂けませんでしょうか」
両国王陛下が頷いた。
「是非お願いしたい」
円盤はゆっくりとシュロス村の広場に下降した。
一行が円盤から降りると、20メートルほど先には代官を先頭に村長や村の主だったものたちが拝跪している。
その後方にはゲゼルシャフト王国、ゲマインシャフト王国からの留学生たちが軍服姿でやはり跪いていた。
農民たちは遥かに離れたところで座っている。
(はは、それにしても村人たちの服装がカラフルになってるな。
もうほとんど地球の途上国の農村並みだよ)
「両陛下、村の者たちを仕事に戻らせてよろしいでしょうか」
「もちろんだ」
「構わんとも」
「シュロス村の諸君、出迎えご苦労さま。
皆、立ち上がって仕事に戻ってくれ。
留学生諸君は、予定通り休耕地1反にて麦の作付けの実演を頼む」
「「「「 はっ! 」」」」