*** 232 2カ国合同視察団 ***
ワイズ王国の外周には新たな城壁が建設されていた。
内側にある2か所の城壁と基本的には同じ造りである。
もっとも、今はまたその内堀は偽装のために埋められていたが。
レベルが上がってパワーアップした今のストレーくんであれば、ものの数秒で内堀を埋めた土も収納出来ることだろう。
「叔父上、い、いやアマーゲ公爵将軍。
我が国に建造された城壁と違って随分と低い壁であるようですの。
それに内堀も無いようです」
「はは、陛下。
この城壁の低さは敵軍に攻略容易と思わせるための罠だそうです。
さらに我が国にある城壁と同様に、内側には深さ20メートルに及ぶ内堀があるそうなのですが、今はわざわざ土で埋めてあるということですな。
敵軍が放った間諜に内堀があることを悟らせないようにするためで、敵が門外に集結した際には、魔法で土を取り除くそうです」
「なんと……」
北門の上には大きな看板がかかっており、ゲゼルシャフト王国とゲマインシャフト王国の視察団を歓迎する言葉が書かれていた。
その横には通常の案内板があり、『↑キルストイ帝国捕虜交換所、これより20キロ』、『↑ワイズ王国王都、これより32キロ』
という表示が為されている。
門の横には50名ほどの儀仗兵が並んで敬礼しており、すぐに城門も大きく開かれた。
城門からはワイズ国軍兵の先導隊もついている。
ワイズ王国内に入ると馬車の速度が上がった。
もちろん大通りの路面が見たこともないほど平滑になっていたからである。
路面の内部は土をコンクリート並みに固めたものであったが、表面には『靭性』の魔法もかけられているために、馬の負担も小さかった。
ケーニッヒ将軍はこの道路に感心している。
(これは……
道の中央部がやや膨らんでいて、側溝にかけて傾斜が付いている……
そうか、こうしておけば大雨が降っても道路上の水はけは良く、ぬかるむことも無いのだな……
それにしても馬の足や馬車の車輪が落ちないよう、側溝に蓋までしてあるとは……)
ゲゼルシャフト王国国王は好奇心旺盛である。
「公爵将軍、この道の左右には多くの農地があるようだが、作物の生えている様子も人の姿も見えないですの」
「ここは新たに作られた入植用の村だそうです。
滅んだ周囲4か国の民を受け入れて入植させてやるための村ですな。
その民たちは、現在直轄領の村や農業学校で新農法を学んでいるそうでして、十分な知識を得たあとに希望すればこれらの村に移住出来るそうです」
「その間の食料はどうしておるのですか?」
「彼らは農作業の手伝い以外にも多くの仕事を選ぶことが出来まして、そうした仕事に従事すれば、日に銅貨20枚の賃金とは別に、食事が支給されるそうです」
「そうした避難民は何人いるのでしょうか」
「現在では、捕虜約5万に、避難民は4万5000ほどいるそうです」
「なんと……
計9万5000もの民を養のうておりますか。
我が国の民の3倍近い数でありますの……
だが、彼らがこれらの新農村に入植すれば、その分税収が上がるのですな。
この国の税率は如何ほどなのですか?」
「それが、ただでさえ昨年まで畑100反に付き40石とかなり少なかったのですが、畑の面積を倍にしたために、今年からは100反に付きさらに半分の20石にしたそうです」
「なんと……」
「去年までは100反の畑でも麦は50石しか得られていなかったのですが、新農法では半年で600石もの収穫があったそうですからの。
この国の民たちは、これからは餓えることはまずありますまい。
さらに、ワイズ王国は税の前納を認めたために、42ある村々は冬の収穫から皆20年分の税を払い終わっておるそうです。
加えて、それでも作物が余ったために、『作物ぎんこう』という名の王城への作物預け入れ制度も作ったようでございます」
2人の会話は周囲の者たちも聞いていた。
軍事国家の者たちだけに貴族や護衛は全員が騎乗して移動しており、特に急いでいるわけでもないので自然と良く聞こえたのである。
ゲマインシャフト王国のジュリアス国王も若いだけあってやはり好奇心旺盛で、熱心に聞いていた。
だが、その受け止め方は、王族と貴族でかなり違っていたのである。
国王たちは、軍事的な脅威が激減したと思われる今、如何にして国力、つまりは農業力を上げていくかについてかなり真剣に考えていた。
ありがたいことに、自国の大将軍たちがこの農業超先進国の代表と友誼を通じたために、如何にしてその先進技術を導入させて貰おうかと考えていたのである。
両将軍閣下の寄子である貴族たちも、多少は同じ思いを持ってはいたものの、こちらはやや消極的だった。
なにしろ彼ら壮年から老境に差し掛かった男たちは、今までの生涯をすべて国防に費やしてきたのである。
もちろん農業の現場に立ったことも無く、農業と言えば兵糧の生産という軍事的観点からしか考えたことは無かった。
故に、城壁のおかげで軍事的な脅威が激減した今、徴兵していた農民を農地に帰せば自然に作物の増収も果たせると考えていたのである。
一方で、両将軍の寄子ではない貴族家当主たちは、また別の考えを持っていた。
彼らはそもそも国というものに対する忠誠心は薄い。
各々が一国一城の主としての気概を持っており、今まで挙国一致体制として国防に貢献していたのも、言ってみれば集団的自衛権行使の発想に近いものがあった。
彼らとしても、大将軍の指揮力と指導力は認めざるを得ないものがあった故に従っていたまでである。
だが、デスレル帝国の脅威が薄れた今、彼らはより地域の独立性を追求していく気になっていた。
もとより彼らも農業については全くの無知である。
やはり夫役としての徴兵を減らして農民を農地に戻せば、農業生産は自然に回復するものと考えていたようだ。
さらに、彼らのうち何人かは、ワイズ王国とダンジョン国にあまりいい心証は持っていなかった。
なんとなれば、彼らの寄子の子爵家や男爵家の2男3男をワイズ王国の農業学校とやらに派遣したところ、素行不良ということで強制送還させられたのみならず、その咎をもって本家が王家より降爵を命じられてしまっていたのである。
これは、彼らにとって自分の勢力の削減を意味しており、その原因となったダンジョン国代表のダイチという男に悪感情を抱くのは当然だっただろう。
このように、2カ国の合同視察団はさまざまな思いを抱きながら歩を進めていたが、2つ目の城壁を過ぎたところで足を止めた。
そこには、『←キルストイ帝国捕虜交換所』という看板が立っていたのである。
少し離れた建物の前には、国軍の上級将校とみられる者数名が立って一行に敬礼をしていた。
そして、アマーゲ将軍の副官がワイズ王国兵と暫し話し合った末に、視察団一行はその場で下馬し、捕虜交換所も視察することになったのである。
視察団は最初の檻で早くも硬直した。
何故なら、その檻には『キルストイ帝国ドザエモーン21世皇太子』と記されており、その下には『武装強盗罪で収監中、保釈金金貨1万枚(≒100億円)』と書かれていたのである。
目を転じれば、周囲には同じような檻が見渡す限り広がっていた。
「こ、これが全て先の戦での戦争捕虜だというのか……」
「いえ、ここに収監しているのはキルストイ帝国の捕虜だけであります。
他の3国の捕虜はそれぞれ東門、南門、西門の収容所に収監しております。
また、陛下のお言葉に反すること誠に恐縮ではございますが、この者たちの扱いは『戦争捕虜』ではございません。
単なる武装強盗を試みた『罪人捕虜』であります」
「そ、そうか……
それでここにいるのは……」
「キルストイ帝国から来た強盗たち約2万6000のうち、まだ国や家族が保釈金を払っていない者1万6000名がおります。
この街道近くの檻に収監されている者たちは、主犯格の皇族や貴族家所縁の者たちになり、それ以外の領兵や農民兵は、名前のアルファベット順に並んでいます」
「皇帝や直接従軍していなかった貴族家当主たちは?」
「彼らは武装強盗教唆という重罪を犯しておりますので、解放が認められません。
よって、転移の魔法により、既にダンジョン国の牢獄に終身刑犯として収容されております」
「『てんいのまほう』か……」
「はい」
「と、ところで、この者たちはずっとこのままなのか?」
「いえ、彼らはここに収容されて約2か月になりますが、あと4か月の内に保釈金の支払いが無ければダンジョン国の牢に移送されます。
その際には厳正なる裁判にて量刑が決まり、禁固数年から終身刑までの刑罰になることでしょう。
特に、戦場以外での殺人や殺人教唆がある者は全員が終身刑になります。
ですが、ここでもダンジョン国の牢獄でも食事と日に30分の運動は保証されておりますのでご安心くださいませ」
「そ、そうか……」
「また、徴用された農民などのうち、盗みや殺人などの罪のない者は、保釈金が非常に安くなっております。
キルストイ帝国だけでなく、周囲3カ国の民のほとんどがここワイズ王国に避難民としてやってきて働いておりまして、その賃金で収監されている家族や係累者などの保釈金を払いつつあるのです。
我々は、現在ここにいる1万6000名のうち、あと4か月以内に1万名は保釈されることと予想しております。
既に保釈された者1万と合わせて2万は当面このワイズ王国で暮らすことになりますでしょう。
他の収容所も同様と思われます」
「その後はどうなるのかな」
「働きぶりが良く、且つ希望した者はこの国の国民となり、新たに作られた農村に入植することが出来るようになります。
かなりの人数がワイズ王国民になるでしょう」
「そうか……
やはり、キルストイ帝国もヒグリーズ王国もサズルス王国もニルヴァーナ王国も、本当に滅んだのだな……」
「現在周辺4か国に、王族や貴族の係累者は1人もおりません。
乳幼児も全てダンジョン国の孤児院に収容いたしました。
まあ、まだ4か国には若干の農民が残ってはおりますが、事実上滅んだと言っていいかと思われます」
「そうか……」
視察団一行はまた城門を潜り、旧直轄領内に入った。
先ほどの捕虜展示施設で受けた衝撃からか、皆口数が少なくなっている。
「叔父上、ワイズ王国とダンジョン国は、本当に周辺4か国を滅ぼしていたのですね……
それも単に降伏させたのではなく、国が消滅するほどまでに……」
「いえ陛下、我が観戦武官の報告によれば、4カ国を滅ぼしたのはダンジョン国単独での武功になります。
それも、実質的に国の代表であるダイチ殿とその重臣2人の魔法の力によって……」
「ま、魔法の力というものは凄まじいものなのですね……」
「それに……」
「それに?」
「ダイチ殿が国を消滅させたのはこれが初めてではありませぬ。
ここより西南西に30日ほど行った地にあったカルマフィリア王国という国も消滅させています。
また、その周辺3か国の戦力も半減させているそうですな」
「なんと……」
途中多少の道草はあったものの、一行は夕方までには無事ワイズ王国の王城に到着した。
そこでは、ワイズ国王、大地、アイシリアス王太子と簡単な顔合わせと紹介が行われたが、両国王とも自国を囲む防衛用城壁の建築に深甚なる感謝を表明している。
その後は、一行の疲労に配慮してすぐに宿舎に案内されたのである。
その日の夕食会は全員が集合して迎賓館にて行われた。
正式な歓迎晩餐会は翌日に予定されており、この日の夕食会はかなり簡素なものだったが、それでも両国の国王と上位貴族たちは相当に驚いていたようだ。
翌日は朝からワイズ王国の見学会が予定されていた。
「それでは皆さん、こちらの移動用魔道具に御搭乗下さい。
空からワイズ王国をご案内します」
貴族家当主たちは躊躇う素振りを見せた。
当然である。
彼らにとっては、空から見学するなどということは荒唐無稽な非常識以外の何物でもない。
まして、どうやらこの乗り物は50人ほどしか乗れないようである。
ということは、自分たちの個人護衛以外の兵はほとんど置いて行かなければならないのだ。
だが、アマーゲ公爵将軍とケーニッヒ侯爵将軍が嬉々として乗り込んで行った。
両将軍にとって、この乗り物に乗るのは2度目である。
それを見て両国の国王たちも恐る恐るではあるが乗り込んで行った。
「如何されますか、まあ無理にとは申しませんので、ご希望される方はこちらでお待ちいただきたいと思います」
将軍たちの寄子の貴族たちが後に続いた。
それを見て残りの当主たちも苦々し気な顔をしつつも続いたようだ。
同乗したブリュンハルト隊の護衛たちが搭乗者たちのシートベルトを締めていった。