*** 230 ストレーくんのレベルアップ ***
ワイズ王国の42の村では、それぞれ250名ほどの研修生が受け入れられた。
とはいっても、彼らは元々大地に賃金を貰って農業手伝いを行っていた人足たちであり、村人たちとも十分馴染んでいる。
住居や待遇も変わらず、変化があったのは人足という職業名が研修生という名に変った点だけだった。
42の村から選ばれた若い学生たちも、農業・健康学校で勉学に励み始めている。
また、ゲゼルシャフト王国とゲマインシャフト王国からの留学生たちも、座学日以外の3日間は、10の村に分かれて農業の実習を行っていた。
彼らは、算術はまだまだだったが、文字カルタで急速に増やした語彙力を使って農学の授業では必死でメモを取り、やはり急速に知識を増やしていたのである。
母国ではサプリ飴によって『遠征病』も『貴族病』も患者が居なくなったと聞き、健康学の授業でも熱心に学んでいたようだ。
こうした研修生と留学生たちの活躍もあり、42の村々では5月上旬には全ての畑で作付けが終わっていたのである。
或る日のダンジョン国定例幹部会議にて。
「ということでワイズ王国の現状は実に順調だ。
ダンジョン国はどうかな」
「ますます豊かになって、みんな笑顔で働いてるよ。
大人学校や子供学校での部活動も盛んになって来てるし」
「それはなによりですね淳さん。
でも、もっとヒト族の避難民の受け入れが増えるかもしれませんから、農地も街も増やしておいて頂けませんか」
「了解」
「他に何か報告事項はあるかな」
ストレーくんの分位体がおずおずと手を挙げた。
「お、ストレー、どうした?」
「あ、あの…… 私事で恐縮なんですけど、ご報告させて頂きたいことが……」
「なんだ?」
「あの…… あのあのあの……
どうやら僕、レベルアップしたみたいなんです……」
「え? お前元々レベル10の収納スキルだっただろ?
レベル上限って10じゃなかったのか?」
「それが今朝レベルアップチャイムが鳴りまして、鑑定で見てみたらレベル11になっていたんです……」
「テミス、そんなことってあるのか?」
「通常ではありませんが、余程の功績があった場合には神界の特別措置でレベル限界が解除されることもあるそうです」
「そうか!
ストレー、お前タイ王国で揚水発電に協力してカネを稼いでいたよな!」
「は、はい……」
「そのカネでサプリ飴を買って、アルスのみんなに配っていただろう。
その総数はこのダンジョン国を除いても10万人を超えてるからな。
それだけの人々が健康になったことを喜んだんで、お前の功績と見做されたんだよ!
実は俺のE階梯も6.6まで上がってたぐらいだからな」
「そ、そんな……
あれはダイチさまのご指示通りにしただけですのに……」
「いや、お前が稼いだカネで民を救ったんだからお前の功績だよ。
ストレー、おめでとう!」
「「「「 おめでとー! 」」」」
「み、みんな……」
「よかったわねぇストレーちゃん♪」
「り、リョーコさん……
う、うわぁぁぁーん!
えーんえんえん! ひーんひんひん!
あ、ありがとうみなさん!」
ストレーくんはしばらくの間大泣きしていた。
「なあ、そういえばイタイ子もシスもテミスも相当に頑張って働いているよな。
お前たちのレベルは上がってないのか?」
「妾たちにはレベルはないのじゃ。
妾は元々ダンジョンコアであり、シスはダンジョン管理システムであり、テミスも神界の創ったマスターダイチのサポートシステムだからの。
そもそもレベルと云うものを持っておらんのじゃ」
「そうか、でももしみんなにもレベルがあったら、今ごろ全員が限界突破してるんじゃないかな」
「そうかもしれんの……」
「あ、ところで料理スキル」
(はい)
「お前は分位体って持てないのかな」
(ダイチさまは既にレベル58に達しておられますので、『料理スキル』をレベル10まで取得可能です。
スキルレベルが10になれば、ストレーさんと同じく分位体も持つことが出来るようになります)
「そうか、それじゃあイタイ子、レベル10の料理スキルのスクロールを用意しておいてくれ」
「心得たわ」
「それで『料理スキル』、分位体を持てるようになったら、ワイズ王国で料理の先生になってくれないか」
(えっ……)
「なにしろエルメリア姫に料理学校も作るって約束しちゃってるからな。
頼むよ」
(は、はい……)
「ところでストレー、レベルアップのお祝いはなにがいい?」
「は?……」
「限界突破のお祝いだ。
俺が用意出来るものだったらなんでもいいぞ」
「あ、あの……
じ、実は前からダイチさまにお願いしたかったことがあるんですが……」
「なんだお願いって。
なんでも言ってみろ」
「あ、あのあのあの……
こ、こんど一緒にお風呂に入っていただけませんでしょうか……」
「…………」
(そうか……
こいつらも、俺と同じ親兄弟がいない天涯孤独の身だったか……
みんなたまに良子さんと風呂に入ってたみたいだけど、良子さんが母親代わりだったんだな……
こいつら全員兄弟みたいなもんだし、あと足りないのは父親代わりだったんだ……
泣かせるじゃねぇか……)
「や、やっぱりダメですか……」
「そんなことは無いぞ。
よし! これからはたまには一緒に風呂に入るか!」
「あ、あの…… みんなも一緒にいいですか?」
「もちろんだ。
シス、ストレーの収納庫にある俺の小屋の隣に露天風呂を作っておいてくれ。
洗い場もな」
「はいっ!」
その日の日中、大地は『料理スキルLv10』を取得してシスくんに分位体の用意も頼んだ。
そして、しばらくすると、大地の前に12歳ぐらいの少女が現れたのである。
「ダイチさま、このような素晴らしい分位体を授けて下さいまして誠にありがとうございました」
「おお、キミが『料理スキル』の分位体か。
これからもよろしく頼むな」
(はは、なんか学級委員か風紀委員みたいな真面目そうな子だな。
なんとなくだが『料理スキル』のイメージ通りだよ。
それに料理学校の主任講師になって貰うから、むしろこの先生っぽい姿でいいな)
「あの、ダイチさま。
わたくしにも名前を頂戴出来ませんでしょうか……」
「そうだな、『シェフィー』でどうだ?」
「あ、ありがとうございます……」
「それでシェフィー、これからみんなで風呂に入るけど、お前はどうする?」
「あの、よろしければご一緒させていただければと……」
「水着でも用意するか?」
「いえ、このままでけっこうです」
ストレーくんの時間停止倉庫にある大地の小屋の横には、分位体たちが揃っていた。
「それじゃあみんなで風呂に入るか」
「「「 はぁ~い♪ 」」」
皆は脱衣所で服を脱ぎ始めたが、タマちゃんだけは露天風呂から少し離れたところに座っていた。
「やっぱりタマちゃんはお風呂に入らないの?」
「にゃ…… あちしはここでいいにゃ……」
「そうか……」
服を脱いだ分位体たちは、洗い場で軽くシャワーを浴びた後は体を洗い始めた。
どうやら風呂の入り方は良子から教わっていたらしい。
シェフィーちゃんも皆の様子を見ながら真似をしている。
分位体たちはお互いに背中を洗ったりしていたが、今日の主役のストレーくんは、全員に集られて体中を洗って貰っていた。
「のうシスや……」
「なぁにイタイ子ちゃん」
「前から気になっておったのだがの、そなたの股についておるそのけったいなものはなんぞえ?」
「これは『ちんちん』っていってね、男の子にはみんなついているものなんだって」
「ふむ、そういえばストレーにもついておるな。
そんなものがついていて邪魔ではないのか?」
「うーん、分位体を頂いたときからついてるからよくわかんないや」
「そうかえ…… 妾も欲しくなったの……」
(はは、小さい子あるあるな会話だな……)
「えっ、お、女の子にはついてないってリョーコさんが言ってたよ。
その代りに胸が大きくなるんだって」
「妾の胸は出ておらんぞ」
「そ、それはまだイタイ子ちゃんが子供だからだよ」
「そうかえ……
お、シェフィーの胸が少し膨らみ始めておる!
そうか、シェフィーは大人になりかかっておるのか!」
「はい、分位体を授かるときに、12歳ぐらいの体をお願いしましたので」
(あ、ダイチさまが私の胸をチラ見してくださった……
うふふ、これでいつかダイチさまの何番目かの奥さんになる野望に一歩近づいたかも♡)
意外に計算高いシェフィーちゃんであった……
「ふむぅー、それでは妾も大人になり始めるのを楽しみにするとしようかえ。
ところでシス」
「なぁに?」
「それ、ちょっと触ってもいいかの」
「えっ……」
「ちょっと触るだけじゃ。よいではないかよいではないか♪」
「う、うん……」
きゅっ。
「ひいぃぃぃ―――っ!」
「す、すまんすまん!
痛かったかえ?」
「うん…… なんだかすごく痛かった……」
「そうか、そういうものなのじゃな……」
イタイ子が大地を見た。
「のうマスターダイチや。
マスターのそれはシスのよりだいぶ大きいようじゃが、それはそなたがより大人だということなのかえ?」
「ま、まあそうだな」
「ちょっとだけぶら下がってもいいかの?」
「ダメ! 絶対!」
「ちぇ……」
そのときタマちゃんは大地を見ながらほっとしていた。
(にゃんだ、あの大地像はやっぱり妖精族の願望で誇張されてたんだにゃ……
これなら、あと100年ぐらいしてあちしがもう少し大きくにゃったら、ダイチの子供を生めるかもだにゃぁ♪)
タマさんや…… あと100年ですか……
さすが長命の種族はスケールも長いですね……
体を洗い終わった分位体たちがわちゃわちゃと湯船に入っていった。
大地も入って体を伸ばし、ゆっくりと湯に浸かる。
「ふぅ~」
「「「 ふぅ~ 」」」
分位体たちも大地の真似をして声を出していた。
しばらくすると、分位体たちが大地に集り始めた。
みんな大地のバッキバキの筋肉に興味津々らしく、大地の体をぺたぺたと触っている。
イタイ子だけは違うものに手を伸ばそうとしていたので、大地はプチ結界を張って防御していた。
そのとき、大地の目に寂しそうにしているタマちゃんの姿が見えたのである。
「ねえタマちゃん、タマちゃんはお風呂で毛が濡れるのがイヤなの?」
「……そうにゃ……」
「だったら、ワーキャットに変身してみたらどうかな。
それなら毛の量が大分減るからなんとか入れるんじゃないか?」
「や、やってみるにゃ……」
微かな光と共にワーキャットに変身したタマちゃんは、自分に『クリーン』の魔法をかけると、恐る恐る湯船に近づいて来た。
最初は指を湯船に入れてすぐに引っ込め、指が入れられるようになると腕を入れ始めている。
その後は手で湯を掬っては体に掛け、ようやく足から湯に入り始めた。
「どうやら大丈夫そうだね♪」
「うん……」
「これからは、ワーキャットになってお風呂に入ったらどうかな」
「そ、そうしてみようかな……」
そうしてタマちゃんは大地の傍に来て同じように体を伸ばしたのである。
「ふぅ~」
やはり気持ちがいいのだろう。
強張っていたタマちゃんの体が徐々に弛緩していった。
ころころころころ……
タマちゃんは喉まで鳴らし始めている。
だが……
ぼんっ!
「き゛に゛やぁぁぁぁぁ―――っ!」
気が緩んで元のネコ姿に戻ってしまったタマちゃんは、飛び上がって大地の頭を蹴り、洗い場にジャンプして行ったのである。
(うっわー、タマちゃんって子猫にしても細い子だと思ってたけど、濡れるとさらにこんなに細かったんだ……
なんか体を伸ばしたフェレットみたい……)
「ど、ドライ! ドライ! ドライ! ドライ!」
「た、タマちゃん!
そんなにドライを掛けたら……」
そう、ドライのかけ過ぎで湿度0%になったタマちゃんの毛は、ゴワゴワのボサボサになってしまっていたのである……
「う、う、う、にゃーんにゃーんにゃーんにゃーん……」
変わり果てた自分の体を見たタマちゃんは、大粒の涙をぽろぽろ零しながら泣き始めた。
大地は慌てて湯船から上がり、自分をドライの魔法で乾かしてから、タマちゃんを抱っこしてあげたのである。
タマちゃんは大地の体に顔を押し付けたまま、まだ大泣きしていた……