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*** 229 アライグマたち ***

 


 或る日のこと。


(ダイチさま、南の湿地帯の工事を始める前にイスタ川東岸に移動させていた例のアライグマたちのですが、どうやら河川敷にコロニーを作って繁殖を始めているようです。

 固い地面が出来たので、穴を掘って巣を作っていますね)


「そうか、それじゃあ一度見学に行ってみるかな……

 タマちゃんも行くかい?」


「にゃ」




「おおー、なんか何頭かアライグマが歩いてるじゃないか。

 そうか、堤防に穴を掘って巣にしてるのか」


 大地はそうした巣穴の一つに近づいて行った。


 すると……


 巣穴から飛び出して来たオスとみられる大きなアライグマが、大地の前に立ちはだかったのである。


 そのオスは後ろ足で立ち上がり、前足を左右に広げていた。

 そして歯をむき出しにしてぎいぎい鳴きながら大地を威嚇していたのである。

 だが、よく見ればその広げた前足はプルプルと震えていた。

 そうして、ただでさえ太いシッポがさらに大きく膨らんでいたのである。


 また、浅い巣穴の中に目を転じれば、一回り小さなメスらしきアライグマが背中を向けてやはり震えていた。

 だが、その手には2頭の小さな仔をしっかりと抱え、頭だけで振り返って涙目でオスを見ていたのである。

 仔たちも母親の不安を感じ取ったのかぴゅいぴゅいと鳴いていた。



(こいつ……

 こんなに怖がりながらも家族を守ろうとしているのか……)



 大地の目からぼろぼろと涙が零れ落ち始めた。

 そのまま涙を拭いもせずにゆっくりと後ろに下がっていく。


 オスのアライグマは、ほっとしたような素振りを見せながらも不思議そうな顔をしている。


(ダイチ…… すっごい泣いてるにゃ……

 そうか、ダイチは7歳の時に両親を亡くしていたっけにゃ……

 にゃから、こうした家族の情愛にはヨワいんにゃね……)



 大地は10メートルほど後退した。

 膨らんでいたアライグマのシッポも元通りになっている。



(ストレー、サツマイモとジャガイモを出してくれ……)


(は、はい……)


 その場に出て来たサツマイモとジャガイモを、ダイチは念動魔法でゆっくりとアライグマの前に動かしていった。


 最初は後ずさりして警戒していたオスも、それが食べ物だと分かると、驚いて目が大きくなっている。


 更にゆっくりとイモが近づくと、匂いを嗅ぎ始めた。

 そうして、恐る恐るそのイモを手に取って一口だけ齧ると、大地を見ながら後に下がり、巣穴の中のメスに渡したのである。


 まだ授乳中なのだろう。

 仔らはイモは食べられないようだったが、メスはオスを見ながらイモを食べ始めた。

 イモを一つオスに差し出していたが、オスはそれを優しく押し返している。



 大地の涙がさらに大量に落ち始めた。


 そうして大地がゆっくりとその場を離れようとしたときに、そのアライグマのつがいが、微かに大地に頭を下げたのである……




(ふふ、ダイチはきっといいパパになるにゃ……)


 タマちゃんも泣きながらそう独り言を言ったとき、神界でもらい泣きをしていたツバサさまや神さまたちまでもがうんうんと大きく頷いていた……


(そうか……

 この男が想像を絶する努力の末に力を得て、300万を超える民たちに幸福を齎らしていたのは…… ううっ……)


(如何にあのコーノスケに育てられていたとはいえ、僅か7歳のときに失った家族への追慕がその原動力になっていたのじゃな…… あぅぅぅ……)


(過去の不幸を背負っていたためとはいえ、まっこと素晴らしき素質を持った男よのう…… ぐすっ……)


(ぐすんぐすん……

 ダイチさんも早く暖かい家庭を持ちましょうね……

 ダイチさんの子ならわたしが何人でも生んであげるから……)


(あちしもたまには神界に帰ってママやパパの顔を見に行こうかにゃ……)




 大地は自室に転移し、しばらく経って落ち着くと王城に転移した。



 その日のうちにワイズ王国に最重要勅令が発布された。

 その内容は、イスタ川の流域一帯を禁猟区とし、如何なる生物の猟も禁じるというものだったのである。

 西岸には巡回監視する国軍兵士の姿すら見られるようになった。


 最初は訝しんでいた民たちも、その勅令があの農業の神ダイチさまのご意志であると伝わると、その法を厳重に守ると誓い合っている。



 大地の涙などという超衝撃的なものを見たシスくんとストレーくんも、もちろんこの河川敷を24時間体制で厳重監視した。

 総勢10万を超える武装強盗集団を無傷で捕獲したという大戦功を持つ大地の実力派重臣たちが、本気になって警護しているのである。

 ウルフや野犬などは、10キロ以内に近づいただけで即座に転移させられていた。


 まあ、少しでも雨が降り出すとアライグマたちのコロニー全域を覆う強大な結界を張ったり、彼らが川に落ちたときに慌ててイスタ川を干上がらせていたのはやり過ぎではあったが……

 そのときには川底で跳ねる魚を見たアライグマたちが狂喜し、全員が川だった場所に降りて来て収拾がつかなくなってしまったのである。

 シスくんとストレーくんは、額を寄せ合って、なぜあそこで川に落ちたアライグマだけを転移させなかったのかと反省会をしていた……



 翌日からイスタ川の河川敷に行くのが大地の日課になった。

 どうやら最高の癒しになっているらしい。


 そのうちにアライグマ一家も大地を恐れなくなってきている。

 そうした或る日、ダイチが河川敷に転移すると、そこにはややしっぽを膨らませてびくついている大きなアライグマが10頭ほど立っていたのである。


 大地が彼らにジャガイモとサツマイモを振舞うと、アライグマたちは微かに頭を下げた後にイモを持ち帰って行った。

 よく見れば、堤防の土手に空いたたくさんの穴の中からは、心配そうなメスの顔が覗いている。

 そのメスたちも全て仔を抱えていて、オスからイモを受け取ると大地に微かに頭を下げていた。



 1週間も経つと、イモを受け取りに来るオスの数が50頭に増えた。

 大地は彼らのために、土手の上の方にもっと大きくて頑丈な巣を50個作ってやっている。

 そこならばイスタ川が多少増水しても大丈夫だろう。


 さらに2週間経つと、巣穴の中から歩けるようになった小さな仔を連れてメスたちも出て来るようになった。

 警戒心の薄い仔らは、大地たちの手に乗った芋をそのまま直接食べるのである。

 お腹がいっぱいになった100匹の仔たちがその場で遊び始めると、大地たちはもみくちゃにされるようになっていた。


 そうしたアライグマの仔たちは、微笑みながら静かに涙を零す大地を首を傾げて不思議そうに見ており、中には心配してしっぽをふりふりしながら大地の顔をぺろぺろ舐めてくれる仔もいたのである。

 きっと、いつもそうやって両親に舐めてもらって安心しているのだろう……


 大地が微笑みながら優しく撫でてやると、その仔は嬉しそうにきゅんと鳴いた。

 おかげで、その後大地は100匹近い仔らに集られて、顔や手を舐め回されてしまったのである……



(なあテミス)


(はい)


(このアライグマたちって明らかに知能が高いよな。

 これってやっぱりマナの影響か?)


(さすがのご明察ですダイチさま。

 5万年前に神界が地球の類人猿に知性を与えたときも、同じように森でマナを湧き出させる方法を取っていました)


(そうか、ということはこのアライグマたちも、あと何千年かしたらアライグマ人族に進化しているかもしれないな……)


(はい……)




 そう……

 2000年後、ここアルスにアライグマ人族という信仰心篤き種族の国家が誕生しているのである。

 ワイズ共和国を流れるイスタ川の東には、ワイズ共和国の信託保護領から独立し、その最友好国になる広大なアライグマ共和国が建国されるのだ。


 その種族の信仰は、すべて優しき唯一神、ダイチ神さまに捧げられていた。

 イスタ川の土手沿いの穴は、祖先がダイチ神さまから賜った住居跡として最重要文化遺跡となっており、すぐ傍にはダイチ神さま降臨の地として造られた神殿もある。

 このダイチ神神殿には、毎年数千万のアライグマ人族たちが詣でるそうだ。

 その使徒として、子ども姿のシスさまとストレーさまの像も造られ、信仰の対象になっているという。


 このダイチ神教の教義は実にシンプルだった。

 後の世に、イスタ川の堤防に残された祠にあった石板の文字を解読したところ、そこにはたった2つの教義しか書かれていなかったのである。

 それは、

『家族同族はもちろんのこと、全ての隣人を愛して幸せに暮らせ』

『武力や暴力で他者を従わせる行為は、これを固く禁ずる』

 というものだけだったのである。



 また、その神殿では全国から抽選で選ばれた幼児たちが、月に1度大地神さまの像をぺろぺろと舐める儀式が行われている。

 並んで大地像を舐めながらふりふりとしっぽを振り、きゅんきゅん鳴く幼児たち100人の姿は、言葉では言い表せないほど愛らしく、大陸全土に中継されて大変な視聴率を稼いでいた。

 大陸中の富裕層が、この儀式を生で見るために遥々観光客としてやって来るほどである。


 儀式のたびに、お土産売り場のアライグマ幼児のぬいぐるみはバカ売れだそうだ。

 なにしろこのぬいぐるみは、儀式に参加してぬいぐるみのモデルになった幼児たちの写真つきなのである。

「アラ太くん」とか「アラ子ちゃん」とか名前まで書いてあった。

 感極まって100人分のぬいぐるみを全て買い、部屋に並べて感涙に咽んでいる大金持ちもいるそうだ。


 因みに、彼らは十分な知性と言語能力を獲得してはいたが、わずか2000年ではその体形はあまり進化していない。

 手足は多少長くなり、直立二足歩行にも馴染んではいたが、基本的にはアライグマの形態を色濃く残している。

 言葉も喋って道具も使うが、見た目はややスリムになったアライグマのままだった。

 さらに子供たちはまだ手足が短く、見た目はぽよぽよのアライグマのままである。

 つまり動いて喋るぬいぐるみである。

 激カワなのは言うまでもないことであった……



 このアライグマ共和国は温厚で家族愛に溢れた国民性を持ち、さらに大農業国として大陸中に名を馳せることになる。

 何しろ飢饉に瀕した国があると、当時開通していた大陸横断鉄道をチャーターして、即座に大量の食料無償援助を行うのである。

 その主要援助作物はジャガイモとサツマイモであり、これは種族2000年の伝統に由来するらしい。


 なにせ今でも、プロポーズの際には男性から女性にジャガイモとサツマイモが渡されるのだそうである……





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