*** 228 避難農民(の一部)強制帰国 ***
1600人の農民が20の集団に分かれて質問会が始まった。
その中でブリュンハルト隊では答えに窮するような質問は、すべて大地に持って来るように指示が出ている。
「ダイチ殿、母国に帰って農業を行う際に、麦の種や種芋を売ってもらえるのかとの質問がありました」
「そうか、後でまとめて答えよう」
「ダイチ殿、サズルス王国では農民が領主や村長から麦を借りる制度があり、連中は今でも賃金の中からそれを返済しているそうなのです。
どうやら村長の身内が捕虜から解放されたのは、そのカネによるものらしいですね。
それで村長から、その借金を全て払い終わらなければ、元の村に帰って返済を続けるよう強く言われているそうです」
「なるほど、外周の避難所でなにも仕事をせずにメシだけ喰ってごろごろしていたジジイたちは、そうした農民たちの上前を撥ねていたわけだ」
「はい」
「わかった。さらにヒアリングを続けてくれ」
「ダイチ殿、6か月後に新しい村に入植したとして、まだ新農法に自信が無いので農業指導は受けられるのかという質問がありました」
「そうか、各村には必ず農業・健康指導員が常駐すると後で皆に説明しよう」
「ダイチ殿、旧ヒグリーズ王国の村長の息子から、今すぐに入植させろという要望がありました。
自分が村長になって元の村人を引き連れて村を作りたいそうです」
「それは認められないと説明する」
こうしたヒアリングを終えた後、大地はまた皆の前で説明を始めた。
「まずは、諸君の中で以前の村で領主や村長から麦を借りていた者たち。
諸君はその借り麦の返済が終わっていないので、村長からこの国で新農法を覚えた後に村に帰るよう強要されているそうだな」
かなりの人数の男たちが頷いている。
「それではここで新たな法を伝える。
この国の外、つまり周辺4か国で為された領主や村長からの借り麦については、この国の中では一切の返済義務は無いものとする」
村長らしき男が大声を出した。
「な、なんだと!
そ、そんなことが許されるとでも思っているのか!」
「お前馬鹿だろ。
ここはワイズ王国で、俺は内政最高顧問だぞ。
ワイズ王国の法はワイズ王国が決める」
「!!!!」
「だいたいだな、お前ら村長一族はその貸してやった麦をどうやって調達してたんだよ。
どうせ税が上がったとか村人を騙して隠匿していた麦だろうに。
それは詐欺という立派な犯罪行為だぞ。
お前その詐欺行為を22回も行っているだろう。
これ以上村人に借金の返済をタテに村に帰ることを強要したら、詐欺罪で投獄するぞ」
「あぅ……」
レベル9の鑑定スキルを持つ大地には、その者が犯した犯罪行為も全てお見通しである。
「つまり、先ほども言ったように、諸君がこの国の新しい農村に入植するかどうかは完全に諸君の意志に任されている。
もし誰かが諸君に帰国を強要しようとしたならば、最寄りの代官所に届け出るように。
その誰かは詮議の上、捕縛されるだろう」
歓声が上がった。
「それからだ、新しい入植農村にはすべて農業・健康指導員が派遣される。
そして、村長はこの指導員になる。
それ以外の村人はすべて平等だ。
そこに元の村の村長だの村長の息子だのという区別は無い」
また歓声が上がった。
「な、ななな、なんだと!
そ、そんなことが許されるとでも……」
「お、俺は領主さまの遠縁だぞ!
その俺が村人とおなじだと!」
「あー、お前らやっぱど阿呆だわ。
許されるもなにも、ここはワイズ王国だろ。
ワイズ王国の法はワイズ王国が決めるってさっき言っただろうが」
「ぁぅ……」
「それにだな、その領主サマとやらは今どこにいるんだよ」
「ぁぅぁぅ……」
「まっぱだかで檻の中だろうに。
いいか、馬鹿には分からんようだからもう一度言ってやる。
お前たちの国は滅んだんだよ。
4カ国の王や皇帝や貴族家当主や軍人は、俺が全員捕獲して牢に入れてあるからな」
「「「「 ………… 」」」」
「つまりこの大陸の常識からすれば、お前たちは今頃皆殺しにされているか全員奴隷だったんだ。
なのにワイズ王国の慈悲で難民として受け入れて貰って、メシも喰わせて貰って仕事も与えられて賃金まで貰っているんだぞ。
その恩人である国の法に文句をつけるとは何事だぁっ!」
「ぁぅぁぅぁぅ……」
「お前たち阿呆は研修生とは認めん!
さっさと国に帰れ!
ああ、ついでにメシだけ喰って借金の取り立てだけしてゴロゴロしている村長も連れて帰るように。
お前たちには言ってなかったが、ここ1か月全く働いていなかった者たちは、強制的に国外退去処分になる。
もし居座っても無駄だと伝えろ」
「「「 ぁぅぅぅぅぅぅぅ…… 」」」
「それからこの馬鹿ども以外の諸君。
もし自分の意志で元の村に帰りたいのならば、その意志は尊重する。
農民はみな自分の畑に愛着があるからな。
だが、そのときは必至で学んで新農法を体得してからにしろ」
「「「「 ………… 」」」」
「なにしろ国外に農業指導員の派遣はしないし、農具の売却も貸し出しもしないからな。
種麦や種芋だけは売ってやる。
わかったな!」
「「「「 は、はい…… 」」」」
こうしてこの日以降、ブリュンハルト隊20名により4か国の民たち1万5000に詳細な説明が行われたのである。
ただ、まだまだ質問はあったようだ。
「ダイチさま、ある農民から聞いたのですが、彼の知り合いの夫婦が2人とも捕虜として牢に入っているそうなのです。
ですので、保釈金を払う者がいないとか」
「そうか、そういえばそういうケースも有り得たな。
それでは、罪の軽い者には仮釈放制度も作るか。
檻から出してやって、自分の保釈金は自分で稼げと言うようにしよう。
もしそのまま国外に逃亡したら、すぐにまた檻に転移させて保釈金は10倍だ」
「はい」
翌日から大地は直轄領周辺の臨時避難村を廻り、その場の全員を集めた。
「さて、これより諸君らをいくつかの集団に分ける。
20のテーブルを設けるので、そこに並び番号札を受け取って首から下げてくれ」
当初4カ国から来た民は1万2000人ほどいたが、そのうちの約6000人は農村で住み込みで働いており、2000人は荷運び人足や料理作りの工場のそれぞれの宿舎に住んで働いている。
この4つの避難村に残っているのは、残りの4000人ほどだった。
テーブルには『鑑定』の魔道具が置かれ、ブリュンハルト隊の隊員たちによって仕分けが行われている。
1時間ほどで仕分け作業が終わった。
「さて、まずは番号札1番を受け取った諸君」
大地は1番の番号札を掲げた。
アルスの民はまだ数字も読めない者が多い。
「諸君らはいずれも乳幼児を抱えていて働けない状態にある。
よって、明日からは新たに作られた託児所に子供を預けて働いてもらいたい。
託児所では専門の女性従業員によって子供たちに食事その他の世話が行われる。
乳児に飲ませる乳も用意してあるので安心してくれ」
「あの、あたしは村長の娘なんだけど、働かなきゃなんないのかい?」
「お前たちの国も村も滅んだ。
よってお前は今ただの難民だ。
そこに元村長の身内だのという区別は無い」
「えっ……」
「もちろん諸君にはこの国で働かない自由もある。
だが、そのときは元の村に帰ってもらう」
「い、いやだよそんなの!
だって、小作人たちがいないじゃないか!」
「ここでタダメシを喰えるのは今日までだ。
働く意思を持たない者、また働くフリをしてサボる者は強制的に帰国させる」
「そ、そんな……」
「さて、それから2番の札を持っている者。
諸君は全員が高齢者だが、明日からは高齢者用の軽作業場で働いてくれ」
「わ、わしは隠居した前村長ぞ!
そのわしに働けと言うのか!」
「だからお前の国も村も滅んだんだよ。
だからお前も皆と同じ難民だ。
働かなければ強制的に帰国させる」
「ううううっ……」
因みに、アルスのような古代社会には、痴呆老人も要介護老人もいない。
年金や介護保険が無く、また医療も発達していない古代社会では、働けなくなるイコール死を意味しているからである。
ついでに言えば、もちろんヒッキーもいない。
そんなことをすればすぐに餓えて死ぬからである。
実は現代地球に於いても、ヒッキーという人種は日本と中華帝国の一部共産党幹部の子弟にしかいない。
他の先進各国には本当にいないそうなのだ。
故に日本のマンガをこよなく愛する外人さんたちも、この『引きこもり』という言葉が出て来ると、意味が分からず困惑するそうだ。
これは何故か。
諸外国では、成人した後は両親の家を出るという常識がある。
大学生ですら両親と暮らしている者はごく少数であり、しかも両親と同居している者たちもバイトで得た金を実家に家賃として納めている。
つまり、諸外国ではヒッキーの数がほぼ0である代わりに、日本にはほとんどいない若年ホームレスの数が多いのだそうだ。
そして、人を動かす動機の内、最強の動機は『腹が減った』であり、次いで『寒い』である。
このため、若年ホームレスも必死で職に就こうとするために、その数もさほどではないらしい。
因みに、ある精神科医がNHKの『若者の引き籠りをどう解消するか』という番組の収録に呼ばれた際に、この点を指摘したそうだ。
つまり、引き籠りを解消する最も簡便で確実な方法は、彼らを家から追い出してまずホームレスにすることだと言ったのである。
だが、何故か実際の放送では全てカットされていたそうだ。
何故だろう?
何故だNHK閑話休題。
避難民を前にした大地の説明は続いていた。
「さて、残りの大半を占める3番の札を持つ諸君。
まあ、その多くが元村長やその係累だが、諸君は働ける体があるにも関わらず、この1か月間というものこの国で全く働いていなかった。
よって、今日をもって強制帰国させる」
「ま、待ってくれ!
わ、わしは腰が痛くて働けないのじゃ!」
「嘘をつくな。
お前の腰痛は既に診療所で治してもらって完治しているはずだ」
「あぅ……」
「しかもお前たちの大半は、母国の村に於いて税が上がったと言って村人を騙し、麦を隠匿していた。
その上、その麦を村人に貸し付けて利息まで取っていたのだ。
よく聞け。
この国では、それら貸し麦は一切無かったものとなる」
「「「 !!! 」」」
「よって、村人にその貸し麦の返済を求めることは禁止された」
「そ、そんなことが許されるとでも思っているのか!」
「もちろん思っている。
そもそもお前たちは村人相手に詐欺を行った罪人だ。
詐欺による麦の貸し付けは無効である」
「な、なんだと……」
「しかもお前たちは、このワイズ王国の慈悲に甘えて働こうとすらしなかった。
強制的に帰国させられるのは当然だと思わんか?」
「だ、だがしかし、村人が麦を借りたのは事実だぞ!」
「だから、このワイズ王国では貸し麦は一切チャラにすると言ってるだろう。
お前は避難させてくれて、メシも喰わせて貰っている国の法を無視するというのか?
ワイズ王国法違反で捕縛するぞ」
「あぅ……」
「それでは3番の番号札を持つ諸君、さようなら。
自分の村に戻って達者で暮らしてくれ」
その場の村人たちがごっそりと消えた。
「「「 !!!! 」」」
「さて、1番と2番の諸君、諸君の中で元の村に帰りたい者はいるかな?
いれば申し出てくれ」
「「「 ………… 」」」
「それでは明日から働いてもらおう。
言っておくが、俺たちは諸君らの働きぶりを知ることの出来る魔道具を持っている。
1か月後に再検査して、その間サボっていた者も強制帰国させるからそのつもりでいるように。
また、週7日のうち1日は休日で、もう1日は各地の学校で読み書きを習うことになる。
秋以降新しい農村に入植出来るのは、学校で読み書きが出来るようになったと認定された者だけだ。
仕事も勉強も頑張るように」
「「「 ……………… 」」」
こうして、各避難村にいた合計4000名の民のうち、3000名が強制帰国させられたのであった。
もちろん強制帰国させられた者のほとんどは小金を持っていた。
村人を働かせて、その借金を返済させていたカネである。
彼らは村人が新農法を覚えたら、借り麦の返済を終える前に全員を連れて帰国しようと思っていた。
懐には結構な額のカネがあるため、それで働かずにさらに贅沢な暮らしが出来るとほくそ笑んでいたのである。
ただ、やはり小悪党は現状認識が甘かったようだ。
彼らの国では、いくらカネがあっても、もはやどこにも商人はいなかったし、もちろんモノも無かったのである……