*** 227 研修生制度 ***
第2回農村会議当日。
開会の辞のあとに大地が発言した。
「まずはみんなにいい知らせがある。
陛下と王太子殿下と宰相閣下の思し召しにより、この国の農村に対する税はこれまでの100反につき40石から20石に減らされることになった。
だから前納していた税も半分になるから前納期間は倍になるということだ」
「「「 !!!!!! 」」」
「よ、よろしいのですかの……」
「まあ陛下のお考えだからな」
「ありがたいことでございます……」
「ところで今後の農業についてみんなに提案がある」
「是非お聞かせ下され」
「まずはこれからの村での農作業についてなんだがな。
農学の講義でも伝えたように、これからは連作障害を防ぐために同じ畑ではなるべく違う作物を育てて欲しいんだ
もうどの村も20年分近く税を前納してることになったから、小麦以外の作物を作る余裕も出来たと思う」
村長たちが頷いている。
「例えば、各村400反の畑の内、小麦の作付けは100反で、休耕地も100反にしてクローバーを植えよう。
将来的にはこのクローバー畑で羊を飼いたいと思っている。
羊は毛も肉も取れるし、糞は十分発酵させれば肥料になるからな」
「なるほど……」
「大豆も100反だ。
教えた通り、マメ科の植物は根粒細菌を通じて地中の窒素分を増やし、地味を回復させる力を持っているからな。
それからジャガイモは50反、それ以外の野菜は25反だ。
そうして残り25反は堆肥作成地にしてくれ」
「なにも作物を植えないのですかの……」
「そうだ、だがその代わりにその畑では大量の堆肥を作りたいと思う。
小川の周りにある草や畑の雑草を抜いたら、この畑に埋めるんだ。
それ以外にも秋には林の落ち葉も拾って来て埋めるし、干し柿を作るときの柿の皮も埋めよう。
これらのものは、土の中に半年も入れておけば十分に腐敗して分解され、植物にとっての素晴らしい肥料になるからな。
作付けの時にはこの畑や、羊牧場から肥料を持って来て畑の土に混ぜればいいだろう。
だからこの堆肥畑は、1か所に纏めるのではなく、他の畑の間に点在させるのが望ましい」
皆は熱心に頷きながらメモを取っている。
「この配分でも、半年に付き小麦と大豆は600石ずつ、ジャガイモは300石、その他野菜は150石が取れ、合計で1650石の食料になる。
1年だったら3300石だ。
これなら十分だろう。
例えまた不作になって収穫が半分になっても、年あたり1650石の食料が得られるからな」
その場の全員が頷いている。
「そして、連作障害を防止するためには、どの畑で何を作ったのかという記録を残しておくことも大事だ。
各村では400の畑に番号を付けて、畑で作った作物を記録しておいてくれ」
「「「 はい 」」」
「それからだ。
みんなは確かに便利な農具を手に入れた。
小麦の種を植えるにしても、鳥追いの必要は無くなったし鍬もある。
脱穀の能率も10倍以上になったし、手間賃さえ払えば製粉もやって貰える。
だが、畑の広さが倍になって、小麦やジャガイモは年に2回も作付けと収穫を行わなければならなくなったんだ。
また、あと少ししたら小川の周りに咲いている菜の花が種をつけるから、これを採取する仕事もある。
それ以外にも川べりに勝手に生えて来たクレソンを収穫する仕事もな。
ということでだ。
如何に道具や機械を得て作業が効率化されても、皆の仕事量はかなり増えてしまったんだよ」
「ですがダイチさま。
あれだけの収穫が得られるのならば、皆身を粉にして働きますぞ」
村長たちが頷いている。
「それもまあいいだろう。
だが働き過ぎて体を壊してしまったら意味が無いからな。
俺は、これからは農家の皆にも6日働いたら1日休んで貰いたいと思っているんだ。
そこでだ、皆の村に研修生を受け入れたらどうだろうか」
「『けんしゅうせい』ですかの……」
「今周囲の4カ国から農民兵の家族が大勢来ているだろ。
その家族たちは、俺が雇って村の農作業の手伝いなどをすることでカネを貯め、捕虜になっていた家族たちを解放している。
この連中を研修生として村で働かせてやって欲しいんだ。
今でも人足用の宿舎はあるから、研修生の住まいはそこでいいだろう」
「麦の刈り入れも脱穀も、ダイチさまが雇われた彼らに手伝ってもらいましたからの。
これからは我らが雇うということなのでしょうか」
「いや、これまで通り彼らの食費も給金も俺が出そう」
「そんな…… 何から何まで……」
「この42の村って、全部合わせてもそんなに広くないだろ」
「ええ、防壁までの間にはまだまだ広大な土地が残っておりますな」
「俺は先日その土地に新たに350の村を作ったんだ」
「「「 !!!! 」」」
「もちろん畑も整備したし、家も集会場も納屋も水路もある。
それで、みんなの村で半年間働かせた研修生の内、俺が認めた者で希望する者は、その村に入植させてやろうと思っているんだ。
もちろんみんなの村の住民に加えてやってもいいけどな。
俺の見るところ、これからの農作業は、村ひとつにつき100人の農民ではとても足りないだろう。
少なくとも200人はいなければ、みんな寝る間もなくなって疲れ果ててしまうぞ。
300人いれば仕事は相当に楽になるし、そのぐらいだったら今の収穫なら余裕で養えるだろう」
「そうでしょうな……」
「さらに次の施策として、皆の村から農業・健康指導員を出して貰いたいんだ」
「わ、我らが指導員になるのですか……」
「そうだ、村の皆の内、特に若い人を『ワイズ王国農業・健康学校』に送り込んで再度勉強をして貰いたい。
みんな新農法のやり方はわかっただろうが、なぜその方法だと豊作になるのかまではわかっていないだろう」
「それは確かにそうですの……」
「だから、特に農家の2男3男で、これから家庭を持とうとしている奴なんかを選抜したらいいんじゃないかな」
農民たちは、この冬の間7つの村の700人ずつが6か所の避難村に集まって暮らしていた。
そうなれば、当然若者同士で親しくなり、将来は所帯を持ってなどという話も持ち上がっていたのである。
彼らも、伝統的に同じ村内ではなく、嫁取りも婿取りも他の村から迎えた方がいいということは理解していた。
そして、これだけの大豊作を迎えた今、それらの婚姻話が急速に進みつつあるらしい。
「例えば、42の村から5人ずつ合計210人を学校に行かせて、農業や健康への理解を深めたら、彼らを指導員として新たに作った村に配置するつもりだ。
そこに研修を終えた避難民や元捕虜を送り込んで村を作りたい。
皆の村から学校に行った者たちは、その村の村長見習いであり、3年ぐらい上手く村を運営出来れば村長だ。
その先は代官にもなれるだろう。
代官ともなれば、1代限りとはいえ法衣男爵だぞ」
「わ、我らの村の者たちの中から、お貴族さまが出るかもしれないと仰るのですか!!!」
「そうだ。
もちろん学校でも入植村でも努力はして貰うがな」
「あ、ありがたいお話でございます……」
「それから城壁の外側にも400の村を作る計画があるんだ。
今湿地帯の熱病の元を排除して、干拓工事も始めているんで、そこにもあと200ぐらいは村を作れるだろう。
そうして、10年後には村の数を1000にして、それぞれの村で300人、合計30万人の農民が働く国にしたいと思っているんだよ」
「「「 !!!! 」」」
「そのためにも、我々の新しい農業を理解して実践したことのある農民を増やしていきたいんだ。
皆にお願いしたい研修生の受け入れはその第1歩だな。
皆の息子や孫たちを農業・健康学校に送り込むのが第2歩だ」
「あなたさまは、そこまでお考えでしたか……」
「幸いにも今は大勢の人がいる。
捕虜の内、罪の軽い者が全員釈放されれば、それだけで7万人になる。
そのうちそれなりの数の人たちは母国に帰りたがるかもしれないが、出来るだけワイズ王国に移住してもらいたいと思っているんだ。
だから研修生の受け入れと、学生派遣をお願い出来ないか」
「わかりました」
「今までもダイチさまの仰せの通りにしていたおかげでこの超大豊作ですからの」
「これからもダイチさまの仰る通りにしようと思っております」
「すぐにでも研修生を受け入れますし、学生の選抜も始めましょうぞ」
「みんなありがとう。
学生たちが村長候補、村長、代官になったら、今の代官諸君は中級代官や上級代官になるだろう。
代官諸君もそれでいいかな」
「「「 畏まりましてございまする! 」」」
「それじゃあ、何回かに分けて周囲4か国から来た避難民や解放捕虜たちに説明会をしようか……」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
ワイズ王国では、このころ捕虜が約8万、その捕虜を解放するためや炊き出しに加わるために周辺4か国から集まって来た農民たち1万2000がいた。
このうち農民たちの多くは農村で賃仕事をしており、村に作られた仮設住宅で暮らしていたが、それ以外にも42の村々の周囲にはそれぞれ4つの国から来たひとびとの避難村が4つあったのである。
或る日、大地は村で働いている他国の農民たちを集めて『研修生制度説明会』を開催した。
その場には、6つの村で賃仕事をしている1600人の他国農民たちが集められている。
大地はブリュンハルト隊のメンバー20人を連れてこの説明会に臨んだ。
「それではこれからワイズ王国に新たに作られた『研修生制度』について説明をする。
これから諸君が働いている村々では、豆や野菜の作付けが始まるだろう。
諸君には今まで通りそこで農業手伝いとして働いてもらいたい。
ただし、週7日のうち1日は休みで1日は村内の教場で読み書きを覚えてもらう。
もちろん今まで通り賃金も払うし食事も支給される」
大勢の農民たちがほっとした顔をした。
今の最高の仕事を失いたくなかったのだろう。
「そして、諸君らの扱いは、今までの農業手伝い人足から、『研修生』というものになる。
この研修生について説明しよう。
諸君はあと半年も農村で働けば、この国で始まった新たな農業をつぶさに見て実際に行うことになる。
そうした、新農法を理解し、かつ真面目に働いた者たちには、この国に新たに作られた村への入植が認められる」
会場が盛大にザワついた。
「静粛に。
半年後には各村にいる農業指導員に加えて村長たちが認めた者は、新しい村に住んでワイズ王国民となり、この地で農業を行えるということだ。
その際にはもちろん、今各村で使われている農具も使えるようにし、作物の種や種芋も支給される。
これらはもちろん有料だが、その代金は作物を収穫してから払ってくれればいい。
次に皆が知りたがっているであろう税について説明する。
村ひとつには400反の畑があるが、そこから取れる収穫のうち税は麦またはジャガイモで80石を国に納めてくれればいい」
「な、なんだって……」
「400反の畑でたった80石……」
「今までは100反に付き65石も取られていたのに……」
ここにいる者たちは皆、自分が賃仕事をしている村の収穫量を見ている。
半年ほどで麦だけで1800石もの収穫があった村の税が僅か80石であることに硬直していた。
「さらに、入植してから3年の間、税は免除される」
「「「「 !!!! 」」」」
「まあ、農具の代金を払ったり生活用品を買わなければならないだろうからな。
もちろん研修生にはワイズ王国の新しい村に入植する義務は無い。
母国に帰って元の村でまた農業を始めてもいいだろう。
どちらを選ぶかは完全に諸君の意志に任せる。
ただし、その際にはこの国で使われている農具、特に鎌と鍬は持ち帰ることは出来ない。
もちろん武器として使用されないようにするためであり、あの土から作られた農具も、この国を出た途端に土に還るよう魔法が掛けてある」
「「「「 …………… 」」」」
「また、千歯扱きや唐箕、石臼や水車なども国外に出すことは出来ない。
あれはワイズ王国の財産であり、他国に流失はさせられないからだ。
まあ、自分たちで作る分には構わんが」
「ま、まあそりゃそうだよな……」
「あんなすげぇ農具、他のどこでも見たこと無いもんな……」
「それではこれよりここにいる20名により、質問受付を開始する。
聞きたいことはなんでも彼らに聞いてみるように」