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*** 226 農地拡大見学会 ***

 


「ストレー、あの湿地帯のボウフラは全て収納出来たかな」


(はい、作業は終わっています。

 収容したボウフラは、全てあのティックを移動させた離れ小島に転移させています。

 水辺の生物も、微生物を除いて出来る限り川に移動させました)


「そうした微生物なら排水路を作れば自然に流されて川に移動するな」


(はい。

 それから100頭ほどのアライグマとみられる生物も、すべてイスタ川東岸に移動させています)


「ほう、そんな動物までいたのか。

 まああの熱病はヒト以外には感染しないものだったんだろう。

 念のため『診断』して熱病のウイルスを持っていないかチェックしてくれるか」


(既にチェックしていますが、ウイルス保有はありません)


「そうか。

 あ、そいつらの食べ物は十分かな」


(川岸の環境は湿地帯と似ておりますので大丈夫かと。

 地面が固くなった分だけ巣も作りやすくなったようですし、草の実を食べたり川岸で魚を獲ったりして暮らしているようです)


「そうか。

 それじゃあ刈り入れも順調なようだし、俺たちは予定していた土木工事を始めよう。

 シス、ストレー、頼んだぞ」


(( はい! ))




 翌日王城を訪れた大地は、国王陛下に提案をした。

 その場にはもちろんアイシリアス王太子も宰相もいる。



「なんと……

 農業生産を20倍にした上に、さらに我が国の農地を20倍にしたいと仰られるか……」


「そうだ。

 この先この国の人口は増え続けるだろう。

 せっかく豊かになって人口が増えても、それで飢饉が来たらなんにもならないからな。

 だから、すぐに作付けをしなくても農地の準備だけはしておきたいんだ。

 それ以外に農業に付随する各種設備投資もだ」


「誠にありがたいお申し出であります。

 それで我が国としては、何をお手伝いさせて頂けばいいのでしょうか」


「実は手伝いは要らないんだ。

 設計は終わってるし、実際の作業は俺の優秀な部下たちが行うからな」


(( えへへへ…… ))


「だから、今日は陛下に許可をもらいに来ただけなんだよ」


「それはそれは…………

 それでは委細お任せ申し上げまする」


「ありがとう。

 ところでその工事の様子は陛下も見てみないか?」


 陛下が顔を綻ばせた。


「それは大いに楽しみなことですな……」


「それでは明日の朝から工事を始めるから、この王城に迎えに来るよ。

 もちろん王子殿下も宰相さんも一緒にどうぞ」


「「 あ、ありがとうございます 」」


「そうそう、せっかくだからゲゼルシャフト王国とゲマインシャフト王国の観戦武官くんたちと留学生諸君にも見せてあげても構わないかな。

 さすがにこれだけの土木工事はそう何回も行われるものじゃあないし」


「もちろんでございますとも」




 翌日朝、王城には招待者全員の姿があった。


「陛下、みなさんおはようございます」


「「「 おはようございます! 」」」


 観戦武官と留学生たちは、ワイズ国王陛下も見学に同行すると知らされて緊張気味である。


「それでは今から土木工事の見学に出発しよう。

 シス、30メートル級の円盤を出してくれ」


(はい)


 その円盤は豪華版だった。

 周囲に手摺があるのはもちろん、その手前には、やや高くなった位置に4点支持シートベルト付きのバケットシートが2列外向きに並んでいたのである。

 各席には折り畳み式のテーブルまでついていた。

 尚、国王陛下の席だけは少し大きく高く更に豪華である。


 一行が円盤に乗り込んで着席すると、シスくんが念動魔法で全員のシートベルトを嵌めていった。


「それでは出発!」


 大地の声と共に、ゆっくりと円盤が宙に浮く。


「「「「 !!!!! 」」」」


 今円盤に乗っている搭乗者たちは、全員が初めての空中経験である。

 全身を強張らせながらも必死になって周囲を見ていた。


「まずはイスタ川に向かおう」


 円盤は次第に速度を上げて東に向かった。

 もちろん円盤には結界が施してあるために風は感じられない。

 間もなく円盤はイスタ川上空に到着し、そこで停止した。


「それではこれより堤防を作り始める」


(シス、アライグマや他の生物たちを生き埋めにしないように気をつけてやってくれな)


(はい)



「「「 堤防? 」」」



 アルスのこの時代に治水という考え方は無かった。

 川とは自然現象と同一のものであり、雨期にそれが溢れて洪水となっても、それは夏が来た後に秋や冬が来る自然現象とおなじものだと考えられていたのである。


 大地の声とともに、イスタ川の川床の岩石や土砂が、川の両側に移動し始めた。

 イスタ川の川幅は広いところで30メートルほどだったが、その両側50メートルほどの位置に岩や土砂が積み重なって行っている。

 どうやら川床のものだけでなく、どこからともなく現れたものも加わっているようだ。

 それら土砂岩石がある程度溜まると、その山が形を変え始めた。

 断面の形状を言えば、底面の幅が80メートル、上面の幅が20メートル、高さが15メートルの台形になっている。

 川床の土砂岩石が大幅に削り取られたために、一段低くなったイスタ川が堤防の間を流れていたが、よく見ればその流れもより直線に近いものになっていた。

 ついでに見事な護岸工事も行われている。



 川の左右の堤防が南北に伸び始めた。

 見ているうちに距離を伸ばし、ワイズ王国の領土を越えて遥か先まで伸びて行っている。

 将来はこのイスタ川に放水路を何本か作成し、一部は水車用の水路とする予定だが、その工事はまたシスくんとダンジョンが行ってくれるだろう。


「これで雨期に川の水が増水しても、せっかく作った畑が流されてしまうことも無くなっただろう」


 皆はコクコクと頷いている。



 一行はイスタ川の上流である南側に向かった。


「ここの堤防の内側には農業用水のための溜池を造ろうと思う」


「「「「 ………… 」」」」


「シス、よろしく」


(はい)



 眼下の地面が直径200メートル、深さ30メートルに渡って窪み始めた。

 その側面と底面は土魔法で固められ、周囲には転落防止用の壁も作られている。

 その溜池から溝が伸び始め、堤防の下を潜ってイスタ川に繋がった。

 念動魔法で開閉する水門も作られて、イスタ川の水が溜池に流れ込み始めている。

 溜池にある程度水が溜まれば、周囲に設置されたストレーくんの魔道具により、水は収納庫に吸収されるだろう。

 ウェスタ川の上流部分にも同様な溜池が造られた。



「それではウェスタ川でおなじ工事をしながらも、俺たちは湿地帯に向かおうか」


「あの…… ダイチ殿、湿地帯に行くと呪われてしまい、皆熱病に罹ってしまうのでは……」


「あの湿地帯を通った者が熱病に罹るのは、蚊に刺されることによって蚊の中にいるウイルスという微小生物が体内に入ってしまうからなんだ。

 このウイルスが人を熱病にしてしまうんだよ。

 だから蚊のいない冬には熱病には罹らなかったはずなんだ。

 その代り、蚊のいる春から秋にかけては罹ってしまうけどな」


「そうか……

 あの35年前のサズルス王国兵の熱病蔓延も確か真夏であったか……」


「それで俺たちは蚊の幼虫であるボウフラをこの湿地帯から取り除いていたんだ。

 だからもう誰も熱病には罹らなくなっているぞ」


「なんと……」


「それじゃあ湿地帯の干拓工事を始めよう」


「『かんたく』…… 工事ですか?」


「そうだ。あの湿地帯を埋め立てて、畑にするための工事だ」


「「「「 …………… 」」」」



「シス、排水路を造り始めてくれ」


(はい)



 眼下の地表に幅5メートル、深さも5メートルほどの大きなU字溝が現れた。

 そのU字溝がいくつも連結されながらずぶずぶと湿地に沈んでいく。

 長さ30キロ近い長大な溝が500メートルおきに20本並べられている。

 これらの溝はウェスタ川の手前で合流し、水門を通ってウェスタ川に繋がるだろう。


「実は元々イスタ川は大きな河川の分流だったんだよ。

 その大元の大河の本流が1000年ほど前に大規模な土砂崩れでせき止められてしまってな。

 それでイスタ川の水が溢れて湿地帯が出来ていたんだ」


「「「「 …………… 」」」」


「イスタ川の方がウェスタ川より標高が10メートルほど高かったから、溢れた川の水はゆっくりと西側に流れて行っていたんだな。

 でもこうしてイスタ川に堤防を造ったし、湿地帯に溝も掘ったから、この湿地帯の水は徐々に減って行くだろう。

 だから半年もすればこの辺りはかなり乾いた土地になるから、村や畑を作るのは半年後にしようか」


「「「「 ………………… 」」」」



「さて、それでは次は直轄領の外周部に向かおう」



 御記憶頂いているだろうか。

 大地と国王は貴族領を転封させ、その直轄領を王都を中心とする半径18キロの地域に集約させていた。

 その面積は、外周部の緩衝地帯を除いて約900平方キロである。


 そのうち、王都に近い部分には42の村があったが、この村には20アールの畑が400か所作られ、アルスで言う100反分の広さに民家や集会場や代官邸や診療所などの村の建物があり、残りの半分の土地には林や草地などの自然が残されていた。

 つまり、約100人が暮らす村の広さは約1000反=2平方キロである。

 この村が42か所で計84平方キロ。

 王都周辺の6平方キロを考慮しても、直轄領にはまだ810平方キロもの広大な土地が残されていたのである。


 大地はこの地域に350か所の村を造る計画を立てていた。


「それではまず、溜池と農業用水路を造ろうか」


 眼下の土地が12か所ほど盛り上がり始めた。

 その上部に直径100メートル、深さ20メートルほどの溜池が出来て行く。

 その間にも、耕作予定地はもぞもぞと動いて平らに均され、岩や木が村の予定地の外周に移動して行った。

 その作業が終わると、溜池からは大きな水道管がいくつも作られ、そこから分岐した無数の細い管にはこれも無数の蛇口がついている。


 この蛇口からは碁盤目状に細い水路が造られて耕作予定地を囲んで行った。

 更にはその水路の間の土砂がごっそりと消え失せ、まずは底部に砂利が敷かれる。

 その上に地球などで採取された栄養豊富な土にアルスの腐葉土などが混ぜられた耕作土が厚く敷き詰められ、最後に畑の間の土地に村の建物が造られ始めた。


 こうして、円盤上の見学者たちが目を見開き、大きく口を開けて見ている間に、1時間ほどで350もの村が出来ていったのである。


 さらに直轄領を囲む城壁の外側にも村を作れば、そこでも村の数は400近くになるだろう。

 また、湿地帯の干拓工事が終われば、200ほどの村も出来るはずである。


 こうして数年後、ワイズ王国の村の数は1000に迫り、一部地味回復のための休耕地があるとはいえ、年間の収穫量が実に200万石を超える農業生産が可能になって行くのであった……




 見学会が終わり、王都に戻って解散すると、大地はそのまま宰相や王太子を交えて国王とのミーティングを持った。


「ところで陛下、アイス王太子、宰相さん、農村に対する税は今までの100反につき40石のままでいいのかな」


「いいもなにも、既に国庫には莫大な金銀や食料の蓄財が出来ておるからの。

 民から税を取らずともやっていけるほどであろう」


「だが、今はそれでいいとしても、50年後100年後のことを考えれば税は残しておいた方がいいな。

 いったん税を無くすと、何か起きたときに税を取り始めるのはたいへんなんだよ」


「なるほど。

 だがダイチ殿のおかげで村々の畑の数が倍になっておるからの。

 税は100反に付き20石ということでどうだろうか」


「そうだな、それぐらいがいいかもしれないな。

 ただ、これから農民を入植させる新しい村では、最初の3年ほどは税を免除してやってもらえないかな。

 入植者たちもなにかと大変だろうから」


「ははは、もちろんだとも」


「それで俺は研修生制度を作りたいと思っているんだ」


「『けんしゅうせい』かの?」


「研修生っていうのは……」



 そこでの大地の提案が全て了承されると、第2回農村会議の招集が行われたのである。





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