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225/410

*** 225 固定価格制 ***

 


 また或る日、大地は見学者たちをシュロス村に集めた。

 皆はまだ驚かされることがあるのかと慄いている。


「それではまたみんなに驚いて貰おうか。

 今日は小麦の実から殻と胚芽を取り除く脱稃だっぷ作業を見てくれ。

 みんなもたまには白いパンが食べたいだろうしな。

 だがきちんと殻も胚芽も確保するから、それは別の料理にして食べればいいだろう」



 ダンジョン国の男たちが、大きな樽のようなものを持ち出して来た。

 どうやら中には突起がたくさんついているようだ。

 大地の助手たちは、その樽の中に半ばまで小麦の粒を入れた後に蓋をして、なにやら機械のようなものに装着している。


 その機械には、農業用扇風機と同じようなハンドルが付いていた。

 男たちがハンドルを回すと、ざらざらと音を立てながら樽が回転している。


 何が起こっているか気が付いたアイス王太子が早くも硬直した。



 5分ほど樽を回すと、助手たちは唐箕の上の箱にその中身をあけた。

 そうして、扇風機を回しながら箱の下の板を動かすと、箱の中身が下に落ち始めたのである。


 その中身は2種類に分かれて唐箕の2つの口から出て来て籠に溜まって行った。

 ひとつ目の籠には分離された胚乳と胚芽が溜まっていたが、もう一つの籠には殻が分離されていたのである。

 実はこの扇風機を回す力加減には熟練を要するのだが、この助手はベテランだったようだ。


 そう、あの回転する樽こそは、淳が地球のドラム式洗濯機にヒントを得て開発した『ドラム式脱稃機』だったのである。


 胚乳と胚芽が混ざったものは、篩にかけられてこれも見事に分離されて行っている。



 アルスでの脱稃は臼に麦の実を入れ、棒状の杵で叩いていくという原始的なものだった。

 しかし、ダンジョン国ではこの機械の開発により、手間のかかる脱稃作業も画期的な効率で行えるようになっていたのである。


 またもや硬直している見学者たちに、殻と胚芽を使った料理が振舞われた。

 殻料理は味噌仕立ての粥であり、胚芽料理は団子になっている。

 この団子は胚芽を細かく挽いてグラハム粉にし、砂糖と少量の水を加えて熱を加えたものであり、熱で砂糖が粘性を持って団子になっていたのである。


 これらの料理を口にした者たちは、またしても驚愕に硬直していたのであった……




 こうしたデモンストレーションの後、代官見習いや農業指導員、そして農業学校中等部の学生たちは、あと41か所の村に分散して派遣された。

 そこにはシスくんが全ての農具も用意して、同じように耕運・種蒔き作業と脱穀作業が行われたのである。

 驚愕に硬直する村人たちを見て、指導員たち全員がドヤ顔になっていた……



 ということで、その結果。


 やはり全ての村で、シュロス村と同様の収穫が得られたのである。

 つまり、42の村の総収穫量は、小麦だけで7万石を越えていたのだ。

 しかもたったの半年で。

 これは、最盛期のワイズ王国の石高1万石の7倍だった。

 ジャガイモも入れれば10倍である。

 これをあと半年行えば、国の石高は20万石となる。

『俺の言う通りに農作業をすれば、村の収穫を10倍以上にしてやる』という大地の公約は見事に果たされたのだ。


 こうして、ワイズ王国は軍事分野だけでなく、総石高という農業分野でも超大国の仲間入りを果たしたのである。




 後日、王城にて、宰相、王太子、代官、村長たちを交えた農村会議が開催された。

 オブザーバーとしてワイズ商会の副会頭たちも呼ばれている。


 この会議で決まったことは、まず農産物の国への預け入れ制度である。

 まあ、農産物銀行のようなものだった。

 もちろんどの村でも、1800石もの麦と600石ものジャガイモを収納出来る倉庫は作れなかったのである。

 まさか貴重な穀物を雨ざらしにしておくわけにもいかないだろう。


 次に決まったのは、鎌や鍬、水桶や柄杓、手袋やマスクやゴーグルなどの農具の価格だった。

 各村はそれぞれ500石(≒5000万円)ずつの麦を払って、ダンジョン商会からこれを購入したのである。

 大地はもう少し安く売ってやると言ったのだが、村長たちに押し切られた。

 その代りに、千歯扱きや唐箕などは、収穫期に無償で貸与してやることになっている。



「ところでアイス王太子、3年ぐらい前までの麦の価格は1石銀貨8枚だったよな」


「はい」


「それ、農家が商会に売りに来たときの買い取り値はいくらだったんだ」


「銀貨6枚だったと聞いています」


 アイシリアス王太子は熱心である。

 ワイズ総合商会の副会頭たちから商売のことを教わっておくようにという大地の指導を忠実に守っていたようだ。


「そうか、それではこれから麦の売買は当面固定価格制にしたいと思う。

 商会の買い取り値は1石に付き銀貨7枚と銅貨50枚で、売値は8枚だな。

 陛下、それでいいかい」


「もちろん構わんが、それでは商会の利益が少ないのではないかの」


「いや、農民たちが麦を銀貨に替えるのは、その銀貨でワイズ総合商会の商品を買うためだろう。

 だから、総合商会はそちらでも儲かるから大丈夫じゃないかな」


「なるほどのう」


 副会頭たちは皆微笑んでいる。


「それで総合商会はそれらの麦を買い取る資金は大丈夫だよな」


 ミルシュ副会頭が代表して答えた。


「もちろんでございます。

 6つの商会はダイチさまに卸して頂いた品々を周辺各国で売り、1万枚を超える額の金貨を貯めておりますので」


「それではこれからは、各国から来た行商隊にも麦を売ってやってくれ。

 奴らも買った麦を国に持ち帰ればそれなりに儲かるだろう」


「なるほど、そうすれば多少なりとも周辺国の民が飢えなくなるかもしれないということなのですな」


「そうだ。

 ついでにこれから商売を始める総合商会の各国支店でも、1石銀貨10枚で売ってやってもいいな」


「畏まりました」


 もちろん商会が売る商品は、全てストレーくんの収納庫から直接出されるので輸送費はかからない。


「このワイズ王国内では、いつ誰が持ち込んでも麦は1石銀貨7枚と銅貨50枚で買い取るし、誰が買いに来ても常に銀貨8枚で買えるようにしたいと思う。

 食料価格の安定こそが民の暮らしを安定させるからな。

 頼んだぞ」


「「「「 畏まりましてございます! 」」」」


「ついでに、もしも俺がその任務の一環としてワイズ王国の穀物を買い付けする必要が出来たときには、無理しない範囲で俺に麦やジャガイモを1石銀貨10枚で売ってくれ」


「銀貨10枚でよろしいのですか?」


「今王国外で売るときには銀貨10枚だと言っただろう。

 俺の国もこの国から見たら外国なんだから当然だ」


「か、畏まりました……」


「まあ、いくら俺が買いたいと言ったとしても、絶対に無理はするなよ」


「「「 はい 」」」


(アルスではまだ食料は固定価格制の方がいいだろう。

 あと何百年か経って社会が成熟したら自然に変動価格制になって行くだろうからな。

 あ、そういえば日本では米や麦はまだ統制価格制だったか。

 はは、日本は食料に関してはまだ一部原始社会並みなのかも……)




 しばらくして、42の村から税や預け入れ分として王城に麦とジャガイモが運び込まれ始めた。

 これには大勢の元捕虜や避難民たちが雇われ、シスくんが整地した道を通ってダンジョン国から貸与された荷車を曳いて働いている。

 こうして彼らはますます貯金を溜め、その暮らしも豊かになっていったのであった。


 また、4か所に完成した国立製粉所の水車も農民たちに公開され、これにより農村から製粉所に持ち込まれる小麦の量は大変なものになった。


 因みにこの製粉所は『火気厳禁』になっている。

 大地としても、粉塵爆発で吹き飛ぶ水車小屋は見たくなかったのだ。

 よって冬には粉挽職人たちも苦労するだろうが、代わりに分厚い防寒着が支給され、水車小屋から50メートルほど離れた場所には、囲炉裏のある休息所も作られることになった。



 農村の農民だけでなく、王都などのパン屋も大量の麦粒を買ってこの製粉所に持ち込むようになっている。

 こうして、預入れ農産物を農村から王城へ運んでいた荷車人足達は、年間を通じて仕事を得ることが出来るようになった。



 国王は、大地の提言を容れて彼らを組織化し、国立運送会社を設立した。

 輸送料金の1割が国への税、1割が会社の取り分、残りの8割が人足達の取り分である。


 このため、より多くの収入を得ようと、人足達が走って荷車を曳き始めてしまうという弊害も生まれた。

 そうして軽微ながら接触事故なども起きるようになってしまったのである。


 おかげで、将来の重大事故を防止するためにも、人足達には街道上で走ることを禁止しなければならなくなったのだが、やはりこのルールは守られないことが多く、大地は宰相から相談を受けたのである。



 その結果、街道沿いにいくつか国軍の詰所が作られた。

 そう…… アルス初のネズミ捕りである。


 もしもこの国軍兵たちに速度違反が見つかると、人足は常時携帯を義務づけられている荷車運転免許証にスタンプを押されてしまうのである。

 そうして、このスタンプが3つ溜まると3か月間の免許停止になってしまうのだ。


 もちろん人足達は、そのうちに詰所付近はゆっくり歩き、詰所から離れると走り始めるというワザを覚えた。


 だがしかし……

 街道を農民風の服を着て歩いている国軍兵が、走っている荷車人足を見ると、笛を吹いて停車を命じるのである。

 この農民偽装国軍兵は、『覆面国軍』と呼ばれて恐れられていた……





「ところでアイス王太子」


「はい」


「ひとつ気をつけておいて欲しいことがあるんだ」


「なんでしょうか」


「あの千歯扱きって便利な道具だろ」


「ええ、脱穀の効率が今までの40倍以上にもなる素晴らしい道具です」


「でもさ、俺の国で300年前にあの道具が開発されたときには、別名『後家殺し』って言われてたんだよ」


「えっ……」


「農村には一家の大黒柱を病気とかで失った未亡人がけっこういたんだ。

 その未亡人を『後家』さんって言ったんだが、彼女たちは働き手を失って貧乏だったんだよ。

 子供とかいるとさらに貧しくなるし」


「…………」


「その彼女たちにとって、ほとんど唯一と言っていい現金収入の機会が、あの箸や竹による脱穀作業の手伝いだったんだ。

 ところが、千歯扱きの普及によって、彼女たちの収入源が無くなっちゃったんだよ。

 だから千歯扱きが『後家殺し』って言われていたんだ」


「な、なるほど……」


「だからさ、為政者としては、便利な道具が発明されて普及するときにも、それで困る人を助けてやってくれな」


「だからダイチ殿は、商売を始められる際に、王国の商人たちに合弁会社を作らせて参加させたのですね……

 それに、王都の食堂や宿屋にあのドワーフ・エールやビールや穀物粥の材料を卸してやったり、ジャガイモ料理の作り方を教えてやっていたのも……」


「はは、よく見ていたな。

 そうだ、俺も『商家殺し』にはなりたくなかったからな……」


「ご教授、胸に刻んでおきます……」




 常に大地の傍らに付き従い、その言動をつぶさに見ていたアイシリアス王子は、大地の行動の真意に気づいていた。


(このお方様は……

 農業生産を飛躍的に拡大させ、周囲の国を無血で滅ぼしてこの国の安全を確保し、多くの民に仕事と収入を与え、衣類などを供給して賃金を使うという喜びも与えた。

 なにしろ村々から城の蔵に穀物を運び入れるときにも、魔法の力であれば一瞬で終わったものを、わざわざ賃金を払って元捕虜たちやその家族を雇ってやったほどだからな……


 さらに、自ら商品を売らずにわざわざ総合商会なるものを作って国や商会に大儲けさせていたのは、周辺国の強盗共をおびき寄せるとともに、国にも商会にも大変な富を齎して、麦の買取価格を安定させるためだったのか。

 確かに麦がいつでも一定価格で売り買い出来るとなれば、民たちも安心して余裕分のカネを使うだろう。


 おかげでワイズ王国8500の民だけでなく、周囲4か国の民数万にも笑顔が溢れている。

 本当にこのお方様の深謀遠慮は底が知れぬ。

 さすがは神界の神々が全幅の信頼を寄せられる使徒殿だ……)



 だが、その王子もさらに驚嘆することになるのである。





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