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*** 224 膨大な収穫 ***

 


 アイシリアス王太子が大地を振り返った。


「ダイチ殿、あの鍬を見せて頂いてもかまいませんでしょうか」


「もちろんいいぞ。

 みんなも倉庫から持って来てよく見てみろ」


 10人ほどが倉庫に入って三又鍬を持って来た。

 顔を近づけてしげしげと見ている。


「あの…… ダイチ閣下、これは青銅製の農具なのでしょうか……」


「いや、それは土魔法で土を固めて作ったものだ。

 鉄よりも固くて曲がらないぞ」


「ま、魔法ですか……」


「実演してみようか。

 シス、三又鍬を5つばかり作って見せてやってくれ」


(はい)


 畑の横の土が盛り上がり、みるみる鍬の形になっていった。


「「「「「 ………… 」」」」」


「青銅製の道具は高価になるからな。

 こうやって土を固めれば材料費がかからないし、鉄よりも丈夫な道具が作れるんだ。

 だが一つだけ言っておく。

 もしこの鍬を武器として使おうとしたら、俺の部下がそれを全て土に戻してしまうだろう。

 農作業以外に使うのは厳禁だ」


「「「 は、はい…… 」」」



「こうして収穫の終わった畑では、前の作物の根を掘り起こすと同時に耕してやることで土を柔らかくしてやるんだ。

 種から育ち始めたばかりの芽や根はまだ柔らかいからな。

 それに加えて、この耕運にはもう一つの役割がある。

 それはこうして土を掘り起こしてやることで、畑の土に空気を混ぜてやることだ。

 空気中に含まれている窒素は植物の栄養になるからな」


「「「 ……………… 」」」


「ついでに畝作りも実演してみようか。

 ダンジョン国の諸君、そこに堆肥と腐葉土が埋めてあるから、それを混ぜて畝を作っておいてくれ。

 この畑にはまた麦を植える予定だ」


「「「「 はい、ダイチさま! 」」」」


 男たちは倉庫から平鍬を持ち出し、堆肥や腐葉土を掘り起こして畑に撒き、土塊を砕きながら畑をさらに耕し始めた。

 その後からは、畝作りの部隊も作業を始めている。


 つまり、この畑では、

 灰を混ぜた水撒き。

 根の掘り起こしと引き抜き。

 荒起し。

 堆肥や腐葉土撒きと耕し。

 畝作り。


 という流れ作業が行われていったのである。

 見学者たちは、そうした作業を真剣に見つめていた。


 畑の半ばまで畝が出来ると、今度は男たちが2メートルほどの長さの板を持ち出した。

 その板の片面には短い木の棒が無数につけてある。


 2人ずつの組になった男たちが、その板を畝の上に乗せて足で押し付けている。

 板をどかすと、畝の上には綺麗に揃った2列の穴が開いていた。

 進行方向に板をずらすと、また同じ作業が繰り返されている。

 この板は、小麦の種を等間隔に素早く植えるために淳が開発した穴あけ板だった。

 その後ろからは種を入れた籠を持った男たちが穴に種を入れ、その後ろでは別の男たちが穴を埋めて少量の水を撒いている。



「これらは見ての通り大変に手間のかかる作業だ。

 だが、この作業によって収穫が何倍にもなるなら、それは遣り甲斐のある作業だろう」


 大勢がコクコクと頷いていた。

 皆が既に実った畑は見ている。

 それはどう考えても、今までの畑の何倍もの麦が実っている風景だったのだ。



「よし、十分見て作業を理解したら、代官見習い、農学校生徒、留学生は隣の畑で同じように作業をしてみろ」


 これにはアイシリアス王太子も加わったために全員が硬直した。

 三又鍬を振る王太子の周りは、同じく鍬を振る国軍の護衛たちが固めていたが、何故か王太子も含めて皆笑顔だった。

 どうやら鍬が易々と土に刺さるのが楽しいらしい。


 畑には600人近い男たちが群がり、あっという間に畝が作られて種が埋められていった。


「よーしみんな、或る程度作業をしたら違う作業もするように。

 全員が全ての作業を経験するようにな」


「「「「 はいっ! 」」」」



「さて副会頭さんたち、あの水桶と柄杓、それから三又鍬と平鍬を売るとしたら、いくらぐらいにするか考えておいてくれな。

 あと1週間ほどしたら脱穀作業も始まるから、そのときもまた見学に来て脱穀用農具の価格も考えてみてくれ」


「「「「 畏まりましたダイチさま! 」」」」



 3時間ほどの作業で30反もの畑が耕されると、昼食時間である。

 大地はその場の全員に、定番の穀物粥とパンに加えてラーメンも振舞った。

 これには王太子も含めて全員が目を丸くして驚いていたようだ。

 これももちろん、小麦を使った食品のデモンストレーションである。


 シュロス村では、その後数日で農民たちと手伝いの人足達の手によって、無事荒起しも種蒔きも終わったそうだ。




 1週間後、シュロス村で脱穀作業が始まった。

 大地は、今回もまた大勢の農民や代官見習い、学生や留学生に加えて、またダンジョン国からヒト族の作業員たちを呼んでいる。



「それではまずシュロス村の諸君、脱穀作業を始めてみてくれ」


「「「 はい 」」」


 農民たちは各家から大事そうに脱穀道具を持ち出して来ていた。

 それは大型の箸や細い竹筒を2本結び合わせたものだったのである。

 日本で扱き箸や扱き管と呼ばれていた道具によく似たものだった。


(やはりそうか……)


 農民たちは、麦藁で作った筵の上で麦穂を1本ずつ持って、扱き箸や扱き管を使い始めた。

 手が痛む上に根気の要る大変な作業である。

 この小麦は10本ほどの茎を束ねたものを干していたが、江戸時代初期には大人1人で1日作業をして12束ほどの米しか脱穀出来なかったらしい。


「よし、一旦作業を止めろ。

 ダンジョン国の諸君、村と同じ道具を使って脱穀するところを見せてやってくれ」


「「「「 はい、ダイチさま! 」」」」



 男たちが倉庫に入って椅子や籠、手袋やマスク、ゴーグル、そして千歯扱きと唐箕を持ち出して来た。

 その場の見学者たちは皆目が点になっている。


 男らはまずマスクとゴーグルを身に着け、手袋を嵌めた。

 そうして麦穂の先端部分をやさしく扱いていく。

 見る間にぱらぱらと麦粒が籠の中に落ちていった。


 見学者たちの目が見開かれている。


 先端部分の実が落とされた麦穂は、1束ずつ千歯扱きの隣の台に運ばれた。

 そこでは大男たちが麦束を千歯の歯に突き刺し、力を入れて豪快に手前に引っ張ったのである。


 千歯扱きの下には筵の上に籠が置いてある。

 麦の粒はその籠の中に大量に落ちて行っていた。

 この千歯扱きにより、元禄年間には大人1人で脱穀出来る量が日に500束近くになったという大発明品である。


 農民たちの口が驚愕に開かれた。

 留学生たちも元は農民出身であるために同じように口を開けている。

 千歯による扱き作業は重労働であるため、扱き手は15分ほどで交代するが、籠の中にはみるみる麦の粒が溜まっていっていた。

 だが、籠の中の麦には、まだ細かい麦の茎や葉などが混ざっている。


 別の男たちが唐箕を地面に固定し、1人が扇風機のハンドルを回し始め、別の1人が上にある箱に柄杓で麦の実を掬って入れ始めた。

 もちろん唐箕による風選作業である。


 唐箕の端にある籠には、飛ばされた藁くずや混じっていた細い茎などが溜まり始めていたが、少量の藁くずは風に飛ばされて出ていっている。

 見学者たちの方には飛んで行かないように、シスくんがレベル1の結界を張っていた。


 唐箕の真下に置いた籠には麦の実だけが溜まっていった。

 本来であれば農民たちが家族総出で何日もかけて手で行う選別作業である。


 籠一杯になった麦の実が見学者たちの前に運ばれた。

 全員が交代でこれを取り囲み、口を開けたまま凝視している。

 なにしろ1石分の麦の脱穀が15分もしないうちに終わってしまったのだ。



「まあ今までの不作の時には手作業でなんとかなったんだろうが……

 これからは麦の実りも何倍にもなるんだからな。

 こうした道具があった方がいいだろう」


 これには全員がコクコク頷くしかなかった。


 その後は全員にマスクとゴーグルと手袋が配られ、千歯扱きも5台並べられて全員での脱穀作業が始まった。


 こうして、600人もの人手により、シュロス村の脱穀作業は僅か3日で終了してしまったのである。

 堆く積み上げられた2斗入りの麦袋を見て、また全員の口が開いていた。

 そこには、なんと9000袋もの2斗袋が積み上げられていたのだ。


「せ、1800石……」


 シュロス村の村長は滂沱の涙を流していた。

 それは、不作だった去年の収量の18倍である。

 豊作だった5年前に比べても9倍だった。

 麦の収穫は多そうだとは思っていたが、まさかこれほどまでとは……




 なぜこれほどまでの収穫が得られたか。


 もともと農業生産性の低いアルスでは、1石の麦を得られる畑の広さ(1反)を2000平方メートル(≒20アール)としていた。

 今回はこの畑の内300反に麦を作付けていたのだが、これは現代地球では600反(≒600アール)への作付けに相当する。

 そうして、農業先進国であるフラフランスやドドイツでは、10アール当たりの小麦収穫が5石もあるのだ。

 これに比べればシュロス村の収穫率10アール当たり3石はむしろ少ないと言えよう。


 だが、化学肥料を使っていない分、シュロス村の収穫率は1反当たり1石ほどになるはずであった。

 これを補ったのが畑に湧き出ているマナである。


 実は大地はこの収穫率にはやや不満だったのだが、口には出していなかった。



「どうだいみんな、半年でこれぐらいの収穫が得られるんだったら、少しぐらい農作業が大変になってもいいんじゃないか?」


 シュロス村の農民たちは全員が涙を流しながら頷いている。


「それにさ、国王陛下が税の前納も認めて下さるって仰ってるんだよ。

 だから、この麦の内半分ほどを国に納めれば、11年分の税を納められるぞ。

 あとは全部シュロス村の収入だ」


 その場の全員が硬直した。



 もちろん大地は、国王と宰相に乞われて時間停止機能付きレベル8の収納袋の売却に応じている。

 城から持ち出さないという条件付きで、金貨500枚(≒5億円)という格安価格での提供だった……




 ついでながら……


「ところでみんな、この小麦を粉にするにはどうしているんだ?

 ちょっとやってみせてくれないか?」


 シュロス村の村人たちは、平たい大きな石と掌で掴めるほどの細長い石を持ち出して来た。

 そうしてその大きな石の窪みに麦の実を入れて、細長い石でごりごりとすり潰し始めたのである。


(あー、やっぱりそうか……

 だからこっちのパンにはたまに小さな石が混ざってたんだな……)



「それではまた俺の村のやり方を見せてやろう。

 ダンジョン国の諸君、石臼による粉挽きの実演を見せてやってくれ」


「「「 はい! 」」」


 男たちはまた倉庫に行って、重そうな円筒形の石を2つ持って来た。

 まずは浅い大きな桶の上に一つの石を置き、その上にもう一つの石を乗せる。

 上の石に空いた穴には平たい漏斗が差し込まれ、もう一つの小さな穴にはハンドルが設置されていた。


 そうして漏斗に麦の粒が入れられると、男が桶の前に椅子を置き、石のハンドルを回し始めたのである。

 しばらくはごりごりという音だけがしていたが、そのうち石と石の間から粉に挽かれた小麦が出て来て桶に溜まり始めた。

 見学者たちはまたしても硬直している。



「どうだい、これなら粉に挽くのも簡単だろ。

 でもさ、もっと大量に粉にする方法もあるんだよ。

 それじゃあみんな、水車小屋に移動しよう」


 見学者たちは大地のあとをぞろそろと付いていった。

 溜池から出ている主水路の途中には、いつの間にか小屋が出来ており、その小屋から出ている丸い円盤のようなものが水の流れによって回っていたのである。


「それじゃあ水車による製粉を見せてやってくれ」


「「「 はい! 」」」


 ダンジョン国の男たちが小屋の中に入り、同じような形ながら大分大きな石臼の上の漏斗に麦粒を入れた。

 そうして、中のレバーを引くと、水車が回る力が傘歯車を通じて石臼を回し始めたのである。

 小屋をのぞき込んでいた少数の者は、本当に硬直した。

 なんと、石臼を手で回さなくとも勝手に麦粒が粉になっていくのである。

 このときこそが、ダンジョン国以外のアルスのヒト族が、初めて機械を見た瞬間だったかもしれない。



「みんな交代で小屋の中の様子を見てくれ」


 そうして、全員が交代で小屋の中を見て硬直し、茫然とした顔で戻って来たのである。


「どうだい、これ便利な仕掛けだろ。

 なにしろ上の漏斗に麦粒を入れてやるだけで、後は勝手に粉にしてくれるからな。

 麦粒補給係が居れば、夜中でも粉に挽くことが出来るぞ」



 この水車製粉所の能力は圧倒的だった。

 試しに比べてみた結果、シュロス村の人力製粉の300倍近い効率で小麦を挽くことが出来たのである。

 しかも小麦粉は異様に細かく、また石粒も混ざらなかった。

 さらに石臼を変えてやることで、強力粉、中力粉、薄力粉の挽き分けも出来るのだ。



 アイス王太子の報告を受けて、翌日には国王陛下まで水車小屋を視察に来た。

 そうして、国王に懇願された大地は、金貨500枚で合計10か所の水車小屋を作ってやることになったのである。

 そのうちの4つは溜池から流れ出る水路沿いに造られ、後の6つはウェスタ川に造られる副水路脇に置かれるだろう。


 この水車製粉所は、国営企業となった。

 ここに麦を持ち込むと、幾ばくかの手数料を払うことで小麦を見事な粉にしてもらえるのである。


 ついでに、この10の水車小屋のうち、ひとつは菜種用の小屋になった。

 ここでは収穫した菜の花の種がすり潰される。

 この石臼で潰された菜種は、丈夫な袋に詰められて隣の小屋の搾油機に運ばれ、これも丈夫な樽に詰められる。

 その樽の上部にはねじ付きの圧搾蓋が付いており、数人の男たちが棒を回して圧縮すると、下の口から絞られた油が出て来るというものだった。

 この油は、王都や街の食堂でコロッケやフライドポテトを提供するために使われるだろう。


 まだアルスでは油の防腐処理は出来ないために、一度に大量に油を搾って保存しておくことはない。

 そのため、この搾油所では毎日少しずつ油が生産されていくことになる。


 ついでながら、1日中ポテトフライを揚げ続け、真っ黒になってしまった油を試しにクリーンの魔道具にかけてみたところ、かなりの程度まで元に戻った。

 これにより、油の消費量も相当に節約出来ると思われ、皆を喜ばせている。

 そのうちに、廃油を使った石鹸工場も造られるだろう。





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