*** 221 強制帰国 ***
「他に質問があるやつはいるか?」
「なぜ侍従や下男の同伴が認められなかったのでしょうか」
「それはここが農業学校であり、貴族学校ではないからだ。
畑や作物には自分の世話をする者が貴族なのか平民なのかはわからん。
また、この学校では農を通じてヒト族の健康についても教授する。
貴族も平民も体の構造は全く変わらないからな。
よって貴族を特別扱いすることは無い」
「「「 えっ…… 」」」
「この学校で学ぶ者は全員が『学生』として扱われる。
そこに貴族か平民かの区別は無いのだ」
「き、貴族と平民の体に違いは無いと言うのか!」
「ほ、本国の貴族学校では、貴族は体も頭も高貴な存在であり、下賤なる平民や農民とは全く構造が違うと教わったぞ!」
「それは貴族学校の教師が無知蒙昧なだけだ。
或いはそう教え込めと命じられているだけだな。
つまり、そう教えろと言われてその通りにしている者は虚言者であり、本当にそうだと信じて教えている者は単なる愚鈍である」
「なんだとぉっ!
その教授は侯爵家所縁の者ぞっ!」
「だから貴族は嘘つきか莫迦のどっちかなんだってばよ。
高位貴族はその度合いが更に酷いだけだ」
「がぎぐぐぐぐぐ………」
「「「 ……………… 」」」
「この学校では6日の授業の後に1日の休暇が与えられるので、そのときに直轄領外周にある捕虜展示場に行ってみるといい。
そこには貴族と平民の捕虜が越布1枚で展示されているが、檻の前の看板を見なければ貴族か平民かは全く区別がつかないからな。
まあ、貴族の方が明らかにデブだが」
「「「 …………………… 」」」
「それではこれより寄宿舎に向かう」
「な、なんだこの部屋は!」
「よ、4人部屋だとぉっ!」
「そうだ、この学校では寄宿生はすべて4人部屋に割り振られることになっている」
「いくら学則にそう記してあると言っても俺は貴族ぞ!」
「これは我がフェルディナンド伯爵家に対する大いなる侮辱である!
外交問題になるぞ!」
「寄宿舎ぐらいは1人部屋を要求するっ!」
「そうか……
どうしても1人部屋がいいか……」
「あ、当たり前だっ!」
「それでは全員裏庭までついて来い。
そう言い出す者もいるかと思って、いくつかの1人部屋も用意してある」
「さ、最初からそこに連れて行けっ!」
そして裏庭では……
「な、ななな、なんだこれはっ!」
「な、なぜこのようなところに軍用天幕があるのだ!」
「だから1人部屋があると言ったろうが。
だが喜べ、この天幕は2人用だ。
広いスペースでゆったり寛げるぞ」
「も、ももも、もう許せんっ!
すぐに帰国してゲゼルシャフト王国よりの正式な抗議状を送り付けるっ!」
「ゲマインシャフト王国もだっ!」
「そうか、それでは帰国を希望する者は前に出ろ」
両国から5名ずつ10人が前に出て来た。
いずれも伯爵家か子爵家の2男3男たちであり、後から割り込んで来た貴族家子弟全員である。
「この10名で全部か?」
「そうだ! 外交問題になった責任を取らされて処刑されてしまえ平民め!」
「それでは、『転移』……」
10人が消えた。
「「「 ………… 」」」
そのころ、ゲゼルシャフト王国第1砦前練兵場では、同国の精鋭兵500とゲマインシャフト王国の精鋭兵500による模擬戦が行われていた。
これは真剣なる軍事教練というよりも、完璧な防衛体制が整った後でも兵を鈍らせないようにと企画されたものである。
また、両軍の親睦会も兼ねていた。
教練終了後の親睦会では、両将軍閣下が大地から購入したドワーフエールも振舞われる予定である。
そして、模擬戦終了後の講評と訓示が終わったちょうどそのとき、2人の将軍閣下と1000名の精鋭兵の間に、突然10人の貴族留学生が現れたのである。
それもマッパになってちんちんも丸出しにして……
「「「「「 !!!!!!!!!!!! 」」」」」
その場の全員が凍り付いた。
彼らはマッパになっているために、その場の誰にも素性が分からなかった。
また、両将軍閣下の前で尻やちんちんを晒け出しているのは大変な不敬であり軍規違反でもある。
10名は直ちに逮捕されて両手両足を縛られ、喚き散らしながらも兵たちに担がれて運ばれて行った。
「のうケーニッヒ殿、あれは多分ダイチ殿の下に派遣した貴族留学生だと思われるのだがの……」
「ええ、アマーゲ殿、何人かの顔には見覚えがありました」
「やはりすぐに追い返されたか……
それにしてもだ。
何故に裸にされて送られて来たのであろうかの……」
練兵場の隅に置かれている派手な貴族服を見ながらケーニッヒ将軍が答えた。
「あのお方は、貴族が貴族であるというだけで威張り散らすのがことのほかお嫌いなようです。
あのように裸にすれば、貴族も平民も同じヒト族であると仰りたかったのではないでしょうか」
「わははははは! やはりそうか!」
10人は取り調べに於いて身分を声高に叫び、即時釈放とワイズ王国への報復を主張した。
だが、ここは軍の施設内であり、軍規違反の罪はむしろ貴族の方が重い。
そのために拘留と尋問は長引いたのである。
また、軍情報部による取り調べの結果、この10名が、あの大戦争に於ける超絶勝利の英雄であり、自国の大将軍閣下の盟友でもあらせられるダイチ閣下に大変な無礼を働いたこともわかった。
周辺4か国とワイズ王国の戦争については、情報部員は観戦武官の報告書を熟読していたため、このことを知った情報部の上級将校たちはしばらく冷や汗が止まらなかったという。
しかもこ奴らは、遠征病の特効薬を齎して民の命を救い、あの大城壁の建造により国王陛下が頭を下げられたほどの国の恩人に対し、国を挙げてワイズ王国に抗議することで、そのお方を死刑にせよと主張しているのである。
さらにその理由が貴族である自分に敬意をもって語らなかったことと、寄宿舎に1人部屋を用意しなかったからだというのだ。
呆れ返った軍情報部からの提言を容れて、両将軍は王宮に書簡を送った。
その結果、10名の属する貴族家は全て降爵となり、両国王宮府からの正式使者が大地に謝罪するべくワイズ王国に向かったのである。
もちろん大地は笑ってこれを許した上で、10名全員の貴族籍剥奪を撤回するよう嘆願書も書いている。
どうやら貴族の一端に留まったままで反省して欲しかったようだ。
10名の貴族家子弟は、自分たちが暴言を吐いた相手が、あの大戦争に於いて僅か数10名の手勢を率いて総計8万を超える大軍と戦い、これを全員捕虜とした大英雄本人だったとは知らなかったらしい。
しかもあの男はダンジョン国の代表であり、実質的な国王だというのである。
そのことを告げられると、全員が滝のように冷や汗を滴らせ、口を開けて半日ほど硬直していたそうであった……
一方で残された50名の留学生たちは……
「それではこれより、諸君の属する学部と課を決めたいと思う。
学則にも記載してあるが、この農学校には初等部、中等部と高等部があり、そのそれぞれに初級課、中級課、上級課がある。
まずは諸君の希望を聞いてみようか」
「教官殿、我らは国の軍学校将校教育課程で上位の成績を修めた者であります。
従って高等部への配属を希望するものであります」
全員が頷いていた。
「そうか、だが高等部はかなり先進的な研究を行う場でな。
残念ながらまだ学生はいないのだ」
「ということは、中等部の上級課が最も上のクラスだということでありますか」
「そうだ」
「ならば我らはその中等部上級課への配属を希望します」
「それでは先日実施された中等部中級課から上級課への昇格試験があるので、これに解答してもらおう。
取り敢えず読み書きは大丈夫だろうから、算術と農学・健康学の試験だけでいい」
(へへ、俺は将校育成課程では高等算術の授業で優等の成績を得ているからな……)
(ふふ、俺はなんてったって農村の村長の息子だからな。
農学ならお手の物だ……)
【中等部上級課昇格試験、算術(制限時間1時間)】
問題1
川の両岸に柱を立てて吊り橋を掛ける準備をしている。
両岸2本の柱は水平な場所に立てており、その高さは同じで柱間の距離は20メートルである。
この柱の上端部から上端部にかけてロープを垂らしたとして、その弛んだ最下点は、支柱の上部から垂直方向に10メートル下がっていた。
このとき、ロープの長さを求めよ。
「「「「「 ………… 」」」」」
問題2
直径2メートルの球の表面積と体積を答えよ。
円周率は3.14とする。
尚、なぜそうなるかも解答すること。
「「「「「 ……………… 」」」」」
全員の筆記具がピクリとも動かないまま1時間が過ぎていった。
「止め!
それでは次に農学・健康学の試験を行う」
【中等部上級課昇格試験、農学・健康学(制限時間1時間)】
問題
ヒト族に必要な必須アミノ酸、準必須アミノ酸、ビタミン、ミネラルを全て記述し、それらの栄養素が多く含まれている農産物を挙げ、合わせてその成育・摂取上の注意点を述べよ。
「「「「「 ………………………… 」」」」」
「止め!
なんだ全員の解答用紙が白紙ではないか。
これでは中等部上級課への配属は認められんな」
「き、教官殿……
そ、それでは中等部中級課は如何でしょうか……」
「よし、それじゃあ中等部中級課への昇格試験をやってみるか」
【中等部中級課昇格試験、算術(制限時間1時間)】
問題1
A^2 + B^2 + C^2 >= A*B + B*C + C*A
であることを証明せよ。
問題2
次の式を因数分解せよ。
A^4 + A^2 + 1
問題3
半径1メートルの円の外周にA、B、C、D、E、F、G、Hの点を等間隔に取る。
このうちAとD、BとG、CとF、EとHを直線で結んだとき、この4本の直線によって得られる正方形の面積を求めよ。
「「「「「 ………… 」」」」」
【中等部中級課昇格試験、農学・健康学(制限時間1時間)】
問題
ヒト族が必要とする全てのビタミンを挙げ、それぞれの体内に於ける役割を述べよ。
「「「「「 …………………… 」」」」」
「あ、あの…… 教官殿……
中等部初級課でいいです……」
「そうか、それでは中等部初級課への昇格試験を行うぞ」
【中等部初級課昇格試験、算術(制限時間30分)
問題1
今レンガで立方体型の小屋を建てようとしているが、直角定規が無い。
代わりに1メートル、2メートル、3メートル、4メートル、5メートルの細長い棒がある。
これらを使って直角を得よ。
また、なぜそれで直角が得られるかも書け。
【中等部初級課昇格試験、農学・健康学(制限時間30分)
問題
ヒト族が必要とする3大栄養素を書け。
また、その栄養素の体内に於ける役割も記述せよ。
「「「「 ………………………… 」」」」
「なんだまた全員が白紙解答か……
これでは中等部に配属することは出来んな」
「「「「 ……(ううううううっ)…… 」」」」
「初等部内での昇格試験は特に無い。
授業での成績を見て本官と教諭の総合判断で決めている。
明日は諸君をシュロス村の初等部上級課の教室に連れて行こう」
「「「「 ………… 」」」」
「それではこれから夕食を取る食堂に案内する。
朝食も朝7時から食べられる。
食事を終えたらこの教室に8時に集合してくれ」
「「「「 は、はい、教官殿…… 」」」」
食堂にて。
「な、なんだこの料理は! なんでこんなに旨いんだ!」
「し、しかも食べ放題だと!」
「「「「 ハグハグハグハグハグハグ……(食べるのに夢中で会話に参加していない) 」」」」
「残念ながらこの食堂では酒は出ない。
酒が飲みたければ食後に街へ出て飲んでくれ。
街の酒場でなら夜8時まで酒が飲めるぞ」
「あ、あの…… 教官殿、外出や飲酒が許可されているのでありますか?」
「はは、ここは軍の新兵教練場ではないからな。
門限の9時までは許されているぞ」
「「「「 ……………… 」」」」
「そうそう、校長であらせられるダイチ閣下からお前たちに渡すように言われていた小遣いがある。
各人この革袋を一つずつ持って行ってくれ。
ワイズ王国王都の夜を楽しんでくれると嬉しい。
ただあまり深酒はするなよ。
明日の授業に差し支えるからな」
「お、おい! こ、これ銀貨が50枚入ってるぞ!」
「なんだと……」
「お、俺の軍の俸給の1年分以上だ……」
「あ、あの…… 教官殿……
教官殿は大尉でいらっしゃいますよね」
「そうだが?」
「その教官殿が、先ほど学校長のダイチ殿を閣下とお呼びしていらっしゃいましたが……
あの方は平民なのでは……」
「はははは、なんだお前たち知らなかったのか。
あのお方さまは、ダンジョン国の代表だぞ。
ご本人はそうは名乗らないが、実質的な国王陛下だ」
「「「「 !!!!!!! 」」」」
「さらにこのワイズ王国の最高軍事顧問であり、最高内政顧問と最高外交顧問も兼務されておられ、その上王子殿下と王女殿下の教育係でもあらせられる」
「そ、そのお方ってまさかあの周辺4か国を相手に、自軍の兵は1兵も損なわず8万を超える捕虜を得られたという大英雄将軍では……」
「そうだ、俺もあの戦場にいたが、なんとも一方的な戦いだったぞ」
「「「「 !!!!!!!!!!!!!!!!!! 」」」」
「全員食事は終わったかな。
それでは今日は歓迎会ということで、酒場に連れて行ってやろうか……」
「う、旨ぇ! こ、このエール旨ぇっ!」
「こ、こっちの色の薄いエールも旨ぇっ!」
「こ、これ、たぶん芋の料理なんだけど旨過ぎるっ!」
「こ、この薄いパンに赤いソースとチーズが乗ったやつも旨ぇっ!」
「「「「 ハグハグハグハグハグハグ……(食べるのに夢中で会話に参加していない) 」」」」
こうして、留学生たちは、学業の方はともかく、食事や酒には大満足したのであった……