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*** 220 留学生受け入れ ***

 


 今回、4か国の軍には軍監が帯同していた。

 そうして、全ての軍勢が城門内に入り、続けて侍女や女性農民も兵の食事を用意すべく城門に入って行ったところで、軍監は本国に引き返して行ったのである。

 城壁内、すなわち直轄領内の戦闘の内容は、既に潜入させてある間諜たちから齎されるであろう。


 だが、数日後に間諜たちが齎した情報は衝撃的だった。

 城壁内部の直轄領では、一切の戦闘行為が行われていなかったというのである。

 にもかかわらず、あれだけの大軍が忽然と消え去ってしまっていたのだ。


 それから数日後、捕虜交換所の檻の数が激増した。

 なんと8万近い数の檻が追加されたのである。

(女性の収容者には1日中毛布が貸与されていた)

 ただ、今度の保釈金は、非戦闘員の女性の場合銅貨10枚と格安だった。




 ワイズ総合商会は、国軍の手も借りて精力的に周辺各国の農村や街を廻り始めた。

 この時は炊き出しも多用され、腹を満たした農村や街の非戦闘員たちは次々に転移の魔法でワイズ王国の捕虜交換所にやって来たのである。

 そこで子や孫や係累者と再会した民の多くは、ワイズ王国や総合商会が用意した職場で懸命に働き、次々に捕虜たちを解放していった。

 身内が出征していなかった者も、多くはワイズ王国に避難している。

 やはり炊き出しの効果は絶大だった。



 このとき興味深い現象が見られた。

 例えば貴族の子弟と雖も、当主の命令などで半ば強制的に戦に参加されられた者は保釈金が安い。

 特に殺人教唆歴などが無ければ、その金額は農民兵と同じ銀貨10枚である。

 大地は貴族だからといって、平民と区別はしなかったのだ。


 ところが、身内の者などが保釈金を払って捕虜を解放するとき、同じ保釈金金額であった場合でも、貴族家縁者が解放される比率は圧倒的に少なかったのである。


 どうやら日ごろ血筋だなんだと言って、ヤタラに自分の高貴(だと思っている)な血統を喧伝する貴族も、実は身内の情は極めて薄いと言わざるを得ないようだった……



 また、王都や領都などの街の商人たちの中には、ワイズ王国への避難を拒んでいる者ももちろんいる。

 特に大手商会の会頭や家族たちほどその傾向が顕著だった。

 彼らは自前の食料を豊富に持っていたために、炊き出しを受ける必要が無かったのだ。

 加えて商会の倉庫にはまだ大量の品が残っており、それらを持って行くことも出来なかったからである。


 だが、大勢の従業員たちがいなくなってしまったのだ。

 そもそも、彼らが会頭やその一族の専横に耐えて働いていたのは、ひとえに食べていくためである。

 それがワイズ王国に行けば少なくとも食と住が保証されるのであるから、彼らが居なくなっていったのは当然だった。


 最後まで商会に残っていたのは会頭一族と、既得権益にしがみつく一部の番頭だけだったようである。



 こうして、周辺4か国には、本当に王や皇帝とその周辺の人々しかいなくなってしまったのである。

 4カ国合計でも人口は2000人に満たなかっただろう。




 王や皇帝たちは驚天動地の衝撃を受けていた。

 彼らのメンタリティーからすれば、領地の広さや軍の大きさこそが自らの高貴さの証であったが、もう一つ領地の石高もその尺度に入っている。


 それが、自国軍はたった500の兵しかいない弱小国に壊滅させられてしまったのだ。

 更に数百人しか民がいなければ、領地こそ元の大きさのままだったが、来期の税収は無きに等しいものになるだろう。

 つまり、軍や石高という尺度からすれば、自国は弱小国どころか准男爵家にも劣る存在に成り果ててしまったのである。

 しかも、その後継者たる王族皇族は全員が行方不明だった。

 いるのはまだ乳幼児である王孫、皇孫だけである。


 また、彼らの固定観念として、戦争で大敗した国の王や皇帝がそのまま生き延びると言うことは無かった。

 王族や貴族から退位を迫られ、退位後に人知れず暗殺されるのが当たり前だったのである。

 もしくは内乱で殺されるか敵軍に捕らえられて斬首されるかであったのだ。


 だが、今の状況はただ放置されているだけである。

 これには安堵する一方で、彼らは次第にこの状況を苦痛に感じ始めた。

 なにしろ状況が好転する見込みは一切無い。

 それでいて悔悟の時間だけはたっぷりとあったのである。


 その王や皇帝も、或る日突然消えてしまった。

『戦争教唆』という大罪によって、ダンジョン村刑務所に於いて終身刑となったのである。

 もちろん王都にいた高齢の貴族家当主たちも消え失せ、残された乳幼児たちもダンジョン村の孤児院に保護されている。


 あと10年もすれば残った高齢者たちも死に絶えて、周辺4か国は本当に無人の地になってしまうかもしれなかった……



 因みに……


 ニルヴァーナ王国元駐ワイズ王国大使、アグザム辺境伯爵家嫡男マイグルス・アグザムも、もちろんこの捕虜交換所に収監されていた。


 覚えておられるだろうか。

 彼は頭頂部だけに残った頭髪を1メートル近くも伸ばし、頭皮に巻き付けて蜜蝋で固めてハゲ隠しをしており、そのために一見して『う〇こアタマ』になっていたのである。


 だがもちろん、こうして檻に収監されていても頭髪は伸びる。

 3か月も経つ頃には、彼の頭は『う〇こアタマ』から『きのこアタマ』に成長していたのであった。

 もちろんその立派なカイゼル髭(実は鼻毛)も、そのままの形で口を覆うように垂れ下がっていたのである。






<現在のダンジョン国の人口>

 19万4162人


<現在のワイズ王国の人口(含む捕虜)>

 9万6154人


<犯罪者収容数>

 2万6332人(内元王族・貴族家当主411人)




 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




 こうした大戦果の情報は、行商人たちによって周辺各国にも齎されていった。


 観戦武官の報告書を読み、行商人たちから報告を聞いたアマーゲ公爵とケーニッヒ侯爵は膝を叩いて大喜びし、それ以外の外郭国の首脳たちは目を見開いて驚愕したのである。


 外郭国5国の内、ワイズ王国でのパーティーに招待されていた者たちは、もし自分たちもワイズ王国に攻め入っていたならば、同様に滅ぼされていたと思って蒼ざめていたが……




「なあシス、確かキルストイ帝国の北部には帝室直属の羊牧場があったよな。

 そこは今どうなってる?」


(その牧場では800頭ほどの羊が飼育されており、その世話係も100人ほどいたのですが……

 そのうち90人が徴兵され、残り10人の老人はあまりの重労働に逃げ出しています)


「そうか、このままだと羊たちもエサを貰えなくて死んでしまうな」


(はい)


「それではその牧場を壁で覆って羊を保護し、ダンジョン村直通の転移の輪を設置してくれ。

 村の羊人族たちに羊の世話を頼もう。

 そのうちに羊たちもダンジョン国に連れて行くように言っておいてくれ」


(畏まりました。

 南のサズルス王国の綿花畑は如何いたしましょうか。

 同じように綿花を栽培していた農民たちがいなくなっておりますが)


「まあ綿花は自分で勝手に育つだろう。

 そのうち湿地帯を干拓したら、その南側にでも綿花畑を作ろうか」


(はい)




 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




 ゲゼルシャフト王国とゲマインシャフト王国から留学生がやって来た。


 大城壁のおかげで防衛力が飛躍的に強化され、サプリ飴の配布も終わって国内外の情勢も落ち着いている。

 加えてワイズ王国と周辺4か国の戦争も終結したことから、留学生派遣が実施されることになったのである。


 アマーゲ公爵とケーニッヒ侯爵は、一時帰国した息子たちから戦争の詳細な様子を聞き、息子たちと同じく盛大に仰け反りながら顔を引き攣らせていたそうだ。

 やはり5日間で捕虜7万8000、味方損害ゼロという超絶大戦果は、この戦乱大陸でも超驚異的だったのだろう。

 もちろん息子たちも完成した大城壁と見張り塔を見て仰け反り倒れている。



 留学生は、当初は両国から30人ずつ、計60人のメンバーである。

 その人選は、最初16歳から22歳までの職業軍人たちの中から、将校教育課程に於いて優秀な成績を修めた者たち50名が選ばれていた。

 だが、アマーゲ公爵とケーニッヒ侯爵の寄子でない貴族家当主たちから、この人選に物言いがついたのである。

 将来の国の中核になるかもしれない人材育成ならば、貴族家の者こそがその中心になるべきだという主張だった。


 アマーゲ公爵とケーニッヒ侯爵は内心でにやにやしながらもこれを了承し、追加で5名ずつ10名の貴族家子弟が加わったのである。


 貴族家から派遣されて来た子弟たちは、王都の貴族学校ではそれなりに優秀な成績を修めていたらしい。

 だが、軍歴も浅く、将軍閣下の訓示も碌に聞いていなかったのである。




 王都南門を出てすぐのところには、ワイズ王国総合商会本店の建物がある。

 その横の広大な雑木林が整地されて、ワイズ農業・健康学校中等部と高等部の建物が造られていた。

 中等部には、各代官駐在村に点在する初等部の生徒たちの中から、成績優秀でありかつ志願した者500名が選抜されている。

 高等部にはまだ在籍者はいなかったが、ここでは将来アルス独自の植物の研究や品種改良が行われるだろう。



 中等部・高等部の生徒は広範な地域から来ているため、ここでは寄宿寮も併設されていた。


 その中等部の大講堂では、シスくんの転移魔法で連れて来られた留学生60名が大地の前で着席している。

 前列中央にいるのは派手な貴族服を着た貴族家子弟と思われる者10名であった。



「ゲゼルシャフト王国、並びにゲマインシャフト王国の留学生諸君、『ワイズ王国農業・健康学校』へようこそ。

 俺は現学校長であるダイチだ。

 諸君を歓迎する。

 この学校では、国の基幹産業である農業に於いて、如何に効率的に収穫量を上げるかということと、食を通じて民の健康を増進していくことを目指しており、そのための農業・健康指導員の育成が当校の目標である。


 そのためにはまず知識が必要になろう。

 よってこの学校では当初知識の習得に重点が置かれ、その後に畑などでの実際の作業が始まる。


 また、在籍期間に制限は無い。

 各人が好きなだけ学んでくれ。

 ただし、『ワイズ王国認定農業・健康指導員』の資格を取得するには、授業や実習で優秀な成績を修め、複数の指導教官が認めた者のみになる。


 

 普段の諸君らの学習や生活の面倒を見るのは、こちらのワイコフ大尉と3人の将校たちである。

 彼らは軍の教導士官も兼ねているが、ここは軍学校ではない。

 従って、事前配布した『学則書』にも書いてあるように、敬礼や過剰な敬語は不要である。

 まあ、丁寧語ぐらいで充分だ。


 それではこれからまず寄宿舎に案内し、その後初等部か中等部への編入希望を取ることになる。

 その前に何か質問はあるか」



「貴殿の貴族位を伺いたい」


 最前列中央に座る若者が発言した。


(最初の質問がこれかよ……)


「俺は貴族ではない」


「なんだ平民か……」


 途端にその若者の態度が横柄なものになった。


「貴様、平民のくせに伯爵家2男のこの俺に敬語も使わずに話すか。

 不敬罪で無礼打ちにしてやってもいいが、まあこのような田舎国では仕方がないな。

 最初だけは許してやるが、以後は敬意をもって俺様を扱うように」


「おい、お前は何でその田舎国に留学なんかしにきたんだ?」


「なんだと! 俺はゲゼルシャフト王国ブライテンバッハ伯爵家2男のゴットフリート・ブライテンバッハだぞ!

 敬意をもって接しろと言ったばかりであろうっ!」


「質問に答えろ。

 お前はこの国を田舎国と言って蔑んだ。

 なぜそのような国に学びに来たのか、学校長が聞いているのだ」


「こっ、この下賤な平民めがっ!」


(それはもちろんあのアマーゲ閣下が招集為された留学1期生だからであり、エリートコースに乗って将来貴族家を興せる可能性があるからに決まっているだろうが!)


「そうか、答える気はないか……

 それでは直ちに帰国せよ。

 この学校には過剰な敬意は必要無いと言ったが規律は必要だ。

『学則書』を読んでいなかったのか?」


「な、なに……

 き、貴様、かのアマーゲ大将軍閣下に直々に指名された俺様に、帰国せよと申すか!」


(後から無理やり割り込んで来たくせに……)


「そうだ、直ちに帰国せよ。

 俺はアマーゲ閣下とケーニッヒ閣下より、留学生の扱いについては一任されている」


「な、なんだとぉっ!」


(まずい…… まずいぞ……

 このまま帰国したら俺はいい笑いものだ……

 父上が激怒されるかもしらん)


「と、特別に許してやる!」


「お前はまだ俺の質問に答えておらん。

 なぜわざわざ田舎国と蔑む国に留学して来たのか」


「くくっ!

 そ、それはアマーゲ閣下に命じられたからだ!」


(命じてねぇよ……)


「そうか、ならば留学生を頼むと閣下に委託された俺の言葉は、閣下の言葉と思って従うように。

 無論俺がお前たちの教育を委託した教官たちの言葉もだ」


「あぅ……」


「学校内で俺や教官に命じられたことは絶対である。

 もし今後も命令不服従があれば退学処分とし、強制帰国させる。

 なにせ転移の魔法ならば一瞬で追い返せるからな」


「「「……(くくっ)……」」」





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