*** 22 食料調達 ***
突然淳が大地に向かって土下座した。
「あ、あのあのあのっ!
ほ、本当に異世界に連れて行っていただけるのでしょうかっ!」
「は、はい。
実は僕も修行中の身でまだ行ったことがないんですけど、落ち着いたら必ず」
「弟子にしてくださいっ!」
「は?」
「い、いや舎弟に、いやいや子分に!
い、いえ、あなたさまの下僕にしてくださいっ!」
「い、いやいやいや、淳さんは今まで通りの兄貴分でお願いしますよぉ」
「お、仰せの通りにっ!
あ、でも4月からは病院の仕事が……」
「構わん」
「父さん?」
「医者の仕事などせんでよろしい」
「えっ……」
「幸之助さまがわたしに医師になるように勧められたのは、わたしにその適正があったからと、医療方面でわたしの助力を必要とされていたからだ。
その程度の仕事ならまだわたしに出来る。
お前は大地さま専従の助役として働きなさい」
「で、でも臨床の現場実習とか……」
須藤医師が微笑んだ。
「医療法人の理事長は、医師である必要はあるが臨床の経験は要らん。
単なるお飾りの管理職だからな。
仮に私が死んでお前が後を継ぐとしても、そのときには異世界アルスでの任務もある程度目途が立っていることだろう。
なにしろアルスで30年過ごしても地球では3年しか経たないのだから。
それぐらいならわたしもまだ大丈夫だ」
「えっ……」
「もちろんその間、大地さまもお前も3年分しか歳は取らん。
これは神界のお恵みによるものだ」
「ええっ!」
「幸之助さまは、地球時間で88年の生涯をお過ごしになられたが、そのうちの8年をアルスでの御任務に費やされておられた。
そうして、その8年はアルスでの80年に匹敵していたのだ」
「ええええええっ!」
「つまり幸之助さまの生活年齢は160歳だったということになるの。
そして幸之助さまはそのアルスでの80年間で、アルス南大陸の人口を1500万人から2500万人まで実に1000万人も増やされたのだ。
もちろん紛争も激減して住民の幸福度も格段に上がっている。
今では、幸之助さまは『水神さま』として全ての国で祀られていらっしゃるそうだ」
「す、すごい……」
大地は淳さんが須藤さんに説明を聞いている間にタマちゃんに聞いてみた。
(ねえねえ、淳さんって若年性の男性型脱毛症に悩んでるんだけどさ。
ポーションで治ったりしないかな)
(あれは一種の皮膚疾患にゃろうからレベル2の医療ポーションで治るにゃ)
(それ今収納庫にある?)
(もちろん大量にあるにゃ。
なんなら今収納くんに頼んでここに出してもらったらどうにゃ?)
(うん。収納くん、聞こえる?)
(はい、ダイチさま)
(すまないけど、ここにレベル2の医療ポーションを4本出してくれるかな?)
(畏まりました)
微かな光と共に、その場に医療ポーションが現れた。
「あの、みなさんすみません。
今ちょっと収納部屋から取り寄せたものがあるんですけど……」
「おお! あの時間停止の収納部屋ですな!」
「じ、時間停止の収納部屋っ!」
「淳さん、これ使ってみて頂けませんか?
レベル2の医療用ポーションなんです」
「!!!」
「ひょっとしたらAGAにも効果があるかも。
タマちゃん、これって飲むの? それとも頭に振りかけるの?」
「どっちでも大丈夫だにゃあ」
「そうそう、みなさんも1本ずつどうぞ。
皮膚が若返るかもしれません」
「「「 おおっ! 」」」
「まぁっ!」
「大地さま。誠にありがとうございます。
淳、お前もお礼を申し上げなさい」
「あ、あああ、ありがとうね大地くん……」
「そうそう淳、もしそれでAGAが治っても、床屋はいつもと違うところに行きなさい。
大騒ぎになりかねんからな」
「わ、わかった……」
「あ、須藤さん、その淳さんが4歳の時の大怪我の時のことなんですけど」
「何でございましょうか?」
「そのときのトラックの運転手さんはどうなったんですか?
それからそれだけの騒ぎになったのなら、ご近所のひととか」
「それはあちしが『短期記憶消去』の広域魔法をかけたのにゃ。
みんな不思議そうな顔して帰って行ったにゃ」
「そういえばそんな魔法もじいちゃんのリストにあったっけ。
俺も取っておこうかな」
「うにゃ、その方がいいにゃ」
淳が両親に向き直った。
「で、でもそれにしても、父さんも母さんも佐伯さんも静田さんも、いままでよくそんなことを秘密に出来ていたよね。
うっかり誰かに話してしまったりしなかったの?」
「それはな、タマさまに『誓約』の魔法をかけて頂いていたのだ」
「『誓約』……」
「この魔法をかけて頂くと、お役目に関することを他人に話せなくなるのだよ。
万が一我々の行動を訝しむ者が現れても、タマさまがその者に『短期記憶消去』の魔法をかけて下さったしな」
「な、なるほど……」
「だからお前も後でタマさまに『誓約』の魔法をかけてもらいなさい」
「わ、わかった」
「にゃ、いまかけるにゃ」
タマちゃんが前足を上げると淳の体が淡く光った。
「これでもう自分から他人にお役目のことを話すことは出来なくなったにゃ」
「あ、ありがとうございます……」
「ああそうだ、静田さん、ひとつお願いが」
「大地さま、なんなりとお申し付けくださいませ」
「あのですね、今時間停止の収納部屋で魔法やスキルの練習をしているところなんです。
だいたい日本での1日につき、向こうで10日間ぐらい。
それで食料の調達が大変なんですよ。
スーパーや弁当屋さんで弁当を買ってるんですけど、あんまりいっぺんにいっぱい買うわけにいかないんで、毎日6軒回って10食分ずつぐらい買ってるんです。
ですから、あまり目立たずに済むように、各種弁当を多目に買っておいて頂けませんでしょうか」
「畏まりました。
懇意にしている料亭やレストランに用意させましょう」
「静田さん、及ばずながらわたくしにもお手伝いさせて頂けますでしょうか。
幸之助さまのお役に立てるように栄養士の資格も取っておりますので」
「良子さん、よろしくお願いします。
大地さま、いつまでにどれぐらいご用意すればよろしいでしょうか?」
「そうですね、わたしの大まかなスケジュールをご説明しますと、収納部屋に食料があるうちは収納部屋に籠って修練をしています。
そうして食料が乏しくなって来ると自宅に戻り、そのときが夜であれば朝まで時間を潰して、それから中学校に行っています。
今は午前中授業ですので午後は剣道場かMMAのジムに行っていますね。
それから食料を調達してまた収納部屋に籠っています。
ですから食料が多いほど長く修練が出来ることになります」
「なるほど、それでは早急に多めにご用意させて頂いた方がよろしいですね」
「ええ、すみませんがよろしくお願い致します。
あ、もちろん代金はお支払いさせて頂きますので」
「にゃあダイチ、その食料を収納部屋に運んでもらうのはジュンに任せたらどうかにゃ?」
「なるほど、淳さんお願い出来ますか?」
「そ、そそそ、それって僕も時間停止の収納部屋に入れるっていうこと?」
「もちろんにゃ」
「や、やりますっ! い、いえやらせてくださいっ!」
「それじゃあ食料が届き次第、この時間停止の収納袋に入れておいてにゃ」
「じ、時間停止の収納袋っ!」
「使い方は簡単にゃよ。
この袋の口を開けて『収納準備』って言うと床に魔方陣が広がるから、その魔方陣の上に食料を置いて『収納』って言うにゃ。
そうすれば、後は袋が自動的に食料を吸い込んでくれるにゃよ」
「あ、あの……
わたしもその時間停止の収納部屋で修練を拝見させて頂くことは……」
「はは、構わないにゃよ」
「あ、あああ、ありがとうございますっ!」
「それじゃあ向こうで食料が少なくなったら、こっちへ戻って来てジュンに連絡するにゃ。
それで時間を潰したりダイチが学校やジムに行ってる間に食料が届いたら、またジュンに収納しておいて貰うにゃあ」
「は、はいっ!」
「あ、食料の受け渡し場所はどうしましょうか?」
「それは弊社の特別倉庫をお使いください。
幸之助さまのご依頼に応えるために用意された倉庫でございます。
我々が滞在出来るように宿泊施設も整っておりますので、淳くんにはしばらくそちらで暮らしてもらいましょうか」
「はいっ!」
「ということは……
やはり我々が食料を用意出来れば出来るほど、大地さまの収納部屋滞在が長くなって、その分修練が進むということなのですな。
これは頑張らねば」
「高級ネコ缶とチーズと魚肉ソーセージとお菓子もお願いにゃ。
あと胡椒があんまり入ってにゃいカップラーメンも」
「畏まりましたタマさま」
「あの…… みなさんお忙しいのに申し訳ありません」
良子が微笑んだ。
「一人息子の命を救って頂いた母親は、その息子が一人前になった今、本業が主婦や母親から大地さまの助役になりました。
どうかお気遣い無きようお願い申し上げます」
静田も微笑んだ。
「わたしの本業は静田物産代表取締役社長ではありませんでした。
本業は幸之助さまの助役だったのでございます。
これからの本業は大地さまの助役でございますので、いかなることでもお命じ下さい」
「ええっ!」
「なにしろ弊社が創業から急成長を遂げられたのも、当時ほとんどが幸之助さまからのご注文によるものだったのです。
当初は利益など要らないと申し上げたのですが、その利益で商売を広げてアルスで必要な物資の調達が容易になるようにして欲しいと仰られまして。
特に、もしダイチさまがダンジョンマスターをお継ぎになられた際には、如何なるものでも調達出来るようにとのご指示でございました。
ですから弊社は商社機能のみならず、あらゆる多角化を図って来たのでございますよ」
「は、はぁ……」
「大地さま」
「な、なんでしょう佐伯さん」
「あの時間停止の収納部屋には、幸之助さまがアルスの金を売って地球で換金した遺産が現金で1000憶円ほど置いてあるはずです。
当面はそれをお使いくださいませ」
「えええええっ!
そ、そうだったんですか……
で、でもそれって脱税になりませんか?」
佐伯弁護士は微笑んだ。
「たしかに法律的にはそう捉えることもあり得るでしょう。
ですが、厳密に言えば幸之助さまが金という財産を得られたのは異世界アルスでのことであり、またその間アルスに滞在されていたのです。
ですからもし所得税を払うとすれば、それは現地アルス南大陸政府に対して払うべきということになります」
「………………」
「そして幸之助さまは、金によって得られた所得を全てアルスの民のためにお使いになられました。
ですから所得税についてはなんの問題もございませんでしょう。
また、相続税分についても、あの金は大地さまが個人として相続されたものではなく、神界の下部組織としてのアルス救済財団法人の資金と見做すことも出来ます。
財団法人の理事長が交代した際に、財団の資金に相続税がかかることはありません。
さらに幸之助さまはかなりの金額を各地に寄付されておいででした。
ですから大地さまも、これからおいおいと社会に還元されていかれたら如何でしょうか。
寄付先につきましては、わたくしが幸之助さまに任されておりましたので、どうかご相談くださいませ」
「……あ、ありがとうございます……」
(そ、そうだったんだ……
だからじいちゃんはあんなに寄付をしてたんだ……)